150話
日付も変わり真夜中深夜、吐く息も白く、一段と冷え込んだ気温は一桁台と思われる。
外套も羽織らずに出かけたためかなり寒い。
体温を守るという意味でも、聖職者の衣装はありがたい。頭巾とマスクがあるだけでも全然違うな。
今日一日、びっくりするほどいろいろあり過ぎた。
ドラゴンの襲撃、撃退、ティナメリルさんの告白、ジャガイモとリンゴの高速栽培、火災の消火、重傷者の治療。
これでだけあってまだ一日経ってないっていうね。
心配していたギルドが破壊される目にも合わなかったしな。しばらくは大変だろうが、みんなで力を合わせりゃ何とかなるだろう。
ティアラ前の広場に到着。
よく見ると、一階の閉まった木窓の隙間から灯りが漏れている。
あーそうか……避難しているわけだから真っ暗にせずにいるのか。
念のため『探知の魔法』で辺りの状況を確認する。
《そのものの在処を示せ》
店内はっと……一階にも何人か動いている人たちがいる。まだ起きているのか。
大部屋、会議室、二階、三階にも青い玉は見えるが動いていない。眠っているのだろう。
奥の別棟にも数個、二階はティナメリルさん。よしちゃんと休んでいる。
辺りの建物にもある程度は青い玉が見える。避難後に戻ってきた人たちがいるのだろう。
その他、怪しげな動きをする玉は見えないので安心する。
本館の裏手に回り、裏口から入ろうとすると突然、一個の玉が裏口に近づいた。
即座に足を止め、小声で問いかける。
「誰?」
「ん、瑞樹か?」
「あっ、アッシュか」
どうやら俺が裏口から近づいたのに気づいたらしい。とんでもない感知力だな。何かスキルでもあるのか?
カチャリとドアが開く。
すると俺の姿を見て身構えた。
「あー待て待て、俺だ俺っ!」
そういえば聖職者の衣装を着てたんだった。
口を覆っているマスクを外して顔を見せる。
「なんだその恰好……」
「あーいろいろあったんだよ」
頭巾をかぶった聖職者、手には服で包んだ荷物を抱えている。
それは一体何だという表情だ。
「俺が裏口に近づいたの、よくわかったな」
「当たり前だ!」
えー当たり前なのか……冒険者ハンパないな。
「というかお前こそ、俺がドアに近づいたのに気づいただろ」
「……当たり前だ」
彼は俺をじっと見つめ、首で入ってよしと仕草をした。
おそらくそれも魔法だと思ったのだろう。
「というか護衛をしてくれてたんだな。ありがとう」
「ちょうどお前と入れ違いになったみたいだぞ」
「そうか」
職場に入ると、なんと受付カウンターにリリーさんが腕枕をして寝ている。
他に店内のベンチに二人ほど、何か飲みながら会話をしている。寝つけないのだろうか。
いきなり聖職者が登場したので、彼らは驚いて立ち上がった。
頭巾を取って俺だと示し、手で座るように促す。
すると物音に気づいてリリーさんが目を覚ました。
「……瑞樹さん!」
「あっ、しぃー!」
思いのほか大声だったので、口に指を当てて静かにというポーズを見せる。
それを目にしてリリーさんも、しまったという顔をした。
だが心配してたのか、俺を見て安堵の表情を浮かべる。
「すみません、帰りが遅くなりました」
「……ってその恰好はどうしたんです?」
「まあいろいろとありまして、ハハッ」
さすがに教会を物色してたとは言えないが……。
明日詳しく話すと言うと、すぐに炊事場からスープと、切ったリンゴを持ってきてくれた。
「あれ、温かい……」
「お前が帰るのを待ってたんだとよ!」
「あーすみません」
「いえ……」
アッシュは少しムッとした表情を見せる。
そういや彼はリリーさんに気があるんだったな。
彼女が俺に告白しちゃったことを知らないだろうし……どうしたものやら。
俺もちゃんと考えないといけないな……。
「お、おいしい! 温まる~!!」
出汁というほどの旨さはないが、塩味と肉から味が出たのだろう。
ジャガイモと葉物の薬草、すいとんの具、それと猪肉だろう。いわゆる豚汁っぽい汁物に舌鼓を打つ。
俺がおいしそうに食べる姿を、リリーさんは嬉しそうに眺めていた。
「ごちそうさま。さすがに飯食ったら眠気がくるな」
「瑞樹さん、仮眠室が空いてますので使ってください」
「……リリーさんは?」
「私は片付けをしたらそこで休みますので」
そこというのはカウンターのことを言っている。
「ダメダメダメダメ! 女性をそんなとこで寝かせられるわけないでしょ! リリーさんが仮眠室です」
「ですが瑞樹さん、ドラゴンと戦って――」
「いやいやいやいや、それとこれとは別。なあアッシュ!」
「そうだな」
これは二人とも意見が一致する。
片付けと火の始末も俺がやると言い、リリーさんには仮眠室で休んでもらうことにする。
「明日から大変なので、しっかり休んでください」
「……わ……かりました。おやすみなさい」
「おやすみ」
ベンチで談笑していた二人も二階に戻ったようで、俺たちも寝ることにする。
アッシュは店内の壁にもたれかかり、片膝を立てて眠りにつく。冒険者が護衛任務のときはあのスタイルで寝るのだろうか。
さて、俺も寝るか。
暖炉の火を焚いているおかげで室内は暖かい。
聖職者の服を着たままだと、他の人に見られたときにいろいろとマズい気がする。脱いでおくか。
畳んで荷物と一緒に棚の上に置く。
さて、俺は自分の席で腕枕をして寝ることにするか。もうみんな寝ているだろうしな。
普通にベッドで寝たら、おそらく丸三日は起きない気がするしな。
それほどの魔法を今日一日で使ってしまっている。明日は無理やりにでも起こしてもらわないとな。
そんなことを考えていたらいつの間にか眠っていた。
「――ッ! ……さんっ! 瑞樹さん!」
身体を大きく揺すられる衝撃と、俺を呼ぶ声に目が覚める。
すぐに職場の机に突っ伏していることに気づく。そういや昨晩はここで寝たんだった。
上半身を起こして大きく深呼吸する。
見ると俺のまわりに人だかりができていた。
「――っあー、えっと……」
「やっと起きた~! もう瑞樹さん、びっくりさせないでくださいよ~!!」
えっ、どういうこと? びっくりさせるとは!?
キャロルは泣きそうな顔だし、リリーさんも大きなため息をついて安堵の表情を見せた。
みんなもよかった……と、一様に安心している。
俺は状況が呑み込めずにポカンとした。
聞くとどんなに揺すっても起きなかったようで、このまま目が覚めないんじゃないかと心配したという。
「そうでしたか……」
やはり魔法を使いすぎると体力の回復には時間がかかるようだ。
体全体にずっしりと重しが乗っかっている感覚が残っている。疲れが取れていないのだ。
大丈夫です……と頷きつつ辺りを見渡す。すでに日が昇っているようだ。
「今、何時ですか?」
「朝の8時です。ちょうどみんなで朝食にしようとしてたところです」
「なるほど」
室内は暖炉がずっと焚かれていたせいで暖かい。
目頭を押さえたのち、みんなに笑顔を向ける。
そういやドラゴンの襲撃を受けて避難してる真っ最中だったな……。
昨日の今日だという事実に少し驚く。
やることは山ほどある。気を引き締めて頑張らないと。
俺が起床したことで、皆それぞれ動き出した。
「――ん~、なんかいい夢見てた気がするんだけど、なんだっけかなー……」
キャロルやリリーさん、アッシュに目を向ける。
彼女たちがいたような気が…………ダメだ、スパッと忘れてしまったな。
まあみんな生き残ったんだから、きっといい夢を見ていたに違いない。そういうことにしとこう。
ふっと鼻で息を吐くと、すべき作業に取り掛かることにした。