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150/211

150話

 日付も変わり真夜中深夜、吐く息も白く、一段と冷え込んだ気温は一桁台と思われる。

 外套も羽織らずに出かけたためかなり寒い。

 体温を守るという意味でも、聖職者の衣装はありがたい。頭巾とマスクがあるだけでも全然違うな。

 今日一日、びっくりするほどいろいろあり過ぎた。

 ドラゴンの襲撃、撃退、ティナメリルさんの告白、ジャガイモとリンゴの高速栽培、火災の消火、重傷者の治療。

 これでだけあってまだ一日経ってないっていうね。

 心配していたギルドが破壊される目にも合わなかったしな。しばらくは大変だろうが、みんなで力を合わせりゃ何とかなるだろう。

 ティアラ前の広場に到着。

 よく見ると、一階の閉まった木窓の隙間から灯りが漏れている。

 あーそうか……避難しているわけだから真っ暗にせずにいるのか。

 念のため『探知の魔法』で辺りの状況を確認する。


 《そのものの在処(ありか)を示せ》


 店内はっと……一階にも何人か動いている人たちがいる。まだ起きているのか。

 大部屋、会議室、二階、三階にも青い玉は見えるが動いていない。眠っているのだろう。

 奥の別棟にも数個、二階はティナメリルさん。よしちゃんと休んでいる。


 辺りの建物にもある程度は青い玉が見える。避難後に戻ってきた人たちがいるのだろう。

 その他、怪しげな動きをする玉は見えないので安心する。


 本館の裏手に回り、裏口から入ろうとすると突然、一個の玉が裏口に近づいた。

 即座に足を止め、小声で問いかける。


「誰?」

「ん、瑞樹か?」

「あっ、アッシュか」


 どうやら俺が裏口から近づいたのに気づいたらしい。とんでもない感知力だな。何かスキルでもあるのか?

 カチャリとドアが開く。

 すると俺の姿を見て身構えた。


「あー待て待て、俺だ俺っ!」


 そういえば聖職者の衣装を着てたんだった。

 口を覆っているマスクを外して顔を見せる。


「なんだその恰好……」

「あーいろいろあったんだよ」


 頭巾をかぶった聖職者、手には服で包んだ荷物を抱えている。

 それは一体何だという表情だ。


「俺が裏口に近づいたの、よくわかったな」

「当たり前だ!」


 えー当たり前なのか……冒険者ハンパないな。


「というかお前こそ、俺がドアに近づいたのに気づいただろ」

「……当たり前だ」


 彼は俺をじっと見つめ、首で入ってよしと仕草をした。

 おそらくそれも魔法だと思ったのだろう。


「というか護衛をしてくれてたんだな。ありがとう」

「ちょうどお前と入れ違いになったみたいだぞ」

「そうか」


 職場に入ると、なんと受付カウンターにリリーさんが腕枕をして寝ている。

 他に店内のベンチに二人ほど、何か飲みながら会話をしている。寝つけないのだろうか。

 いきなり聖職者が登場したので、彼らは驚いて立ち上がった。

 頭巾を取って俺だと示し、手で座るように促す。

 すると物音に気づいてリリーさんが目を覚ました。


「……瑞樹さん!」

「あっ、しぃー!」


 思いのほか大声だったので、口に指を当てて静かにというポーズを見せる。

 それを目にしてリリーさんも、しまったという顔をした。

 だが心配してたのか、俺を見て安堵の表情を浮かべる。


「すみません、帰りが遅くなりました」

「……ってその恰好はどうしたんです?」

「まあいろいろとありまして、ハハッ」


 さすがに教会を物色してたとは言えないが……。

 明日詳しく話すと言うと、すぐに炊事場からスープと、切ったリンゴを持ってきてくれた。


「あれ、温かい……」

「お前が帰るのを待ってたんだとよ!」

「あーすみません」

「いえ……」


 アッシュは少しムッとした表情を見せる。

 そういや彼はリリーさんに気があるんだったな。

 彼女が俺に告白しちゃったことを知らないだろうし……どうしたものやら。

 俺もちゃんと考えないといけないな……。


「お、おいしい! 温まる~!!」


 出汁というほどの旨さはないが、塩味と肉から味が出たのだろう。

 ジャガイモと葉物の薬草、すいとんの具、それと猪肉だろう。いわゆる豚汁っぽい汁物に舌鼓を打つ。

 俺がおいしそうに食べる姿を、リリーさんは嬉しそうに眺めていた。


「ごちそうさま。さすがに飯食ったら眠気がくるな」

「瑞樹さん、仮眠室が空いてますので使ってください」

「……リリーさんは?」

「私は片付けをしたらそこで休みますので」


 そこというのはカウンターのことを言っている。


「ダメダメダメダメ! 女性をそんなとこで寝かせられるわけないでしょ! リリーさんが仮眠室です」

「ですが瑞樹さん、ドラゴンと戦って――」

「いやいやいやいや、それとこれとは別。なあアッシュ!」

「そうだな」


 これは二人とも意見が一致する。

 片付けと火の始末も俺がやると言い、リリーさんには仮眠室で休んでもらうことにする。


「明日から大変なので、しっかり休んでください」

「……わ……かりました。おやすみなさい」

「おやすみ」


 ベンチで談笑していた二人も二階に戻ったようで、俺たちも寝ることにする。

 アッシュは店内の壁にもたれかかり、片膝を立てて眠りにつく。冒険者が護衛任務のときはあのスタイルで寝るのだろうか。

 さて、俺も寝るか。

 暖炉の火を焚いているおかげで室内は暖かい。

 聖職者の服を着たままだと、他の人に見られたときにいろいろとマズい気がする。脱いでおくか。

 畳んで荷物と一緒に棚の上に置く。

 さて、俺は自分の席で腕枕をして寝ることにするか。もうみんな寝ているだろうしな。

 普通にベッドで寝たら、おそらく丸三日は起きない気がするしな。

 それほどの魔法を今日一日で使ってしまっている。明日は無理やりにでも起こしてもらわないとな。

 そんなことを考えていたらいつの間にか眠っていた。



「――ッ! ……さんっ! 瑞樹さん!」


 身体を大きく揺すられる衝撃と、俺を呼ぶ声に目が覚める。

 すぐに職場の机に突っ伏していることに気づく。そういや昨晩はここで寝たんだった。

 上半身を起こして大きく深呼吸する。

 見ると俺のまわりに人だかりができていた。


「――っあー、えっと……」

「やっと起きた~! もう瑞樹さん、びっくりさせないでくださいよ~!!」


 えっ、どういうこと? びっくりさせるとは!?

 キャロルは泣きそうな顔だし、リリーさんも大きなため息をついて安堵の表情を見せた。

 みんなもよかった……と、一様に安心している。

 俺は状況が呑み込めずにポカンとした。

 聞くとどんなに揺すっても起きなかったようで、このまま目が覚めないんじゃないかと心配したという。


「そうでしたか……」


 やはり魔法を使いすぎると体力の回復には時間がかかるようだ。

 体全体にずっしりと重しが乗っかっている感覚が残っている。疲れが取れていないのだ。

 大丈夫です……と頷きつつ辺りを見渡す。すでに日が昇っているようだ。


「今、何時ですか?」

「朝の8時です。ちょうどみんなで朝食にしようとしてたところです」

「なるほど」


 室内は暖炉がずっと焚かれていたせいで暖かい。

 目頭を押さえたのち、みんなに笑顔を向ける。

 そういやドラゴンの襲撃を受けて避難してる真っ最中だったな……。

 昨日の今日だという事実に少し驚く。

 やることは山ほどある。気を引き締めて頑張らないと。

 俺が起床したことで、皆それぞれ動き出した。


「――ん~、なんかいい夢見てた気がするんだけど、なんだっけかなー……」


 キャロルやリリーさん、アッシュに目を向ける。

 彼女たちがいたような気が…………ダメだ、スパッと忘れてしまったな。

 まあみんな生き残ったんだから、きっといい夢を見ていたに違いない。そういうことにしとこう。

 ふっと鼻で息を吐くと、すべき作業に取り掛かることにした。


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― 新着の感想 ―
[一言] リリーやキャロルの告白がジャガイモやリンゴの高速栽培以下の印象とか
[一言] あれだけの魔法を使いまくっておいて深めの眠りと疲れ程度で済んでるってのも中々びっくりなもんですがねえ
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