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15話 猫人行商人ルーミル

 昼過ぎ、とある親子がティアラ冒険者ギルドを探してやって来た。


「あーここかな?」


 父の言葉に連れの子供は嬉しそうに元気よくドアを開ける。

 すると店内にいた数名の客は、彼らの姿を目にしてザワッとした。


 その親子は特に気にすることなくカウンターが空いてたところへ進む。

 書類の記入をしていたリリーは来客に顔を上げると、驚いて目をぱちくりさせる。


「あ……いらっしゃいませ。ご依頼ですか?」

「えーと、こちらに御手洗瑞樹さんという方がいらっしゃると聞いてきたんですが……」


 その人物は身長160ぐらい、背中に大型のリュックを背負った行商人風の――猫人だ。

 俺はその時スマホを必死に叩いてたのでまったく気づいていなかった。


「瑞樹さん、あの……」

「はい?」


 リリーさんの声に顔を上げると、カウンターのデカい茶トラが目に入る。


「うぉ!」


 すると連れの子猫が俺に気づいてピョンピョン飛び跳ねる。


「兄ちゃん! 兄ちゃん! 僕! 僕!」

「――――ああ!」


 すぐに思い出し顔が緩む。

 席を立って店内へ出向き、壁際のベンチに一緒に座った。


「ティアラ冒険者ギルドの御手洗瑞樹です。瑞樹で結構です」


 彼は一瞬驚いた表情を見せ、すぐになるほど……という顔で挨拶をした。


「私は行商人のルーミルです。この子はラッチェル。先日は助けていただいてありがとうございました」

「ああいえ。私は何もしてませんので」


 ラッチェルは俺の膝をバンバンと叩き足に抱きついたので頭を撫でてやる。


「それにしても……ホント、猫人語話されるんですね」

「あっ……まあ」


 店内の客が驚いてる理由がわかった――


 猫人語を話してるからだ!


 そういや門番の衛兵がわからず困惑してたな、人には理解できないらしい。


「マール語と猫人語、どちらがいいですか?」

「話しやすいのは猫人語ですが、どちらでも構いませんよ」

「んー……」


 少し考えてラッチェルに目をやる。


「ラッチェルも聞きたいでしょうし猫人語でいきましょう」


 俺が楽し気に笑う。

 わかりましたと猫らしい笑顔を見せた。

 これはもしかすると俺は今ニャーニャー言ってるのかもしれないな……。

 そう思うと少し愉快だ。


 ルーミルが来店の理由を語る。


 本来は回復直後にお礼に来る予定だった。

 しかしそのときは俺が旅人だと聞いたらしい。なのでもう会えないなと……。

 2日ほど治療院にて治療。

 そのことで別の街の予定に遅れそうになり、急ぎ出立せざるを得ない事情もあった。

 そして今日この街に立ち寄る。

 すると東門のガットミル隊長から俺がここに勤めていると聞いたのだ。


「何でも先日襲われたと聞きましたが、ご無事で何よりです」

「いやまあとんでもない目に遭いました」


 少し照れつつ頭を掻く。


「兄ちゃん、死んじゃダメだよ!」

「いや死なんし」


 ラッチェルの慰めにもしや……とルーミルに小声で聞く。


「ラッチェルはオ……男の子? 女の子?」


 彼はラッチェルを一瞥、そして俺を目にして笑う。


「――女の子です」


 思わずやらかすとこだったと胸を撫でおろす。

 僕って言ってたから男の子だとばっかり……ボクっ娘だったとは。気づいてよかった。


 ◆ ◆ ◆


 ギルド内は騒然としていた。

 猫人と人間が話をしている――


 マール語ではなく猫人語でだ。


 それは傍目にはニャニャーと猫が鳴いているようにしか聞こえない。

 人間がニャーニャー鳴いているのだ。


 ニャニャッ…ヌゥゥ…ニィニャッ、ナァアアァッニャ、ニャアアアニャアァア…ニィア

 ナァ…ニャ、アアアゥニャウニャウ、ナァアアアニャンンン…ナッナニャーン

 ニャッニャッニャッニャッ、ニャァアー……ヌゥ…


 ――こんな感じだ。


 キャロルはもう信じられなーいと口を半開きでラーナの肩を掴んでゆする。


 ラーナはラッチェルが俺の足にじゃれついてるのがたまらない。

 うっとりした様子で目を離せない。


 リリーはもう、自分は一体何を見ているのだろうと思考が停止。

 ずっとこちらを凝視して固まっている。


 経理の3人も半腰状態で「なんだあれ……」という表情だ。

 購買の2人も商品棚から覗くようにこちらを窺っていた。


 ただ間違いなく全員がこう思っている――


『お前は一体何者なのだ!』


 そして主任はというと――残念ながらここにいなかった。


 間の悪いことに別件で出かけており、この貴重な風景を見逃したのだ。

 帰ってきたらおそらくキャロルから自慢気に語られてさぞ悔しがることだろう。


 来店する客も綺麗な二度見で絶句していた。


 ◆ ◆ ◆


 ルーミルの荷物はリュックと肩掛けカバン、それとキャリーケースみたいな木箱だけ。

 行商という割に少ない荷物という印象。個人だとこんなもんなのだろうか。


「何を商売されてるんです?」

「生活雑貨と嗜好品、あとは頼まれたものを必要に応じて手に入れてくる感じですね」


 彼はあちこちにいる猫人コミュニティ相手に商品を売買しているという。

 ただしこの街にはなく、付き合いのある商店主に時折り品を卸しているのだそうだ。


 嗜好品――という言葉を聞いて、俺の持ってきたタバコがあと1箱なのを思い出す。


「タバコってあります?」

「ありますが……猫人用ですよ」


 と言いながら荷物をゴソゴソ探すと商品を取り出す。


煙管(キセル)?」


 ただしこれは猫人用なので長さが菜箸ぐらいある。


「ご存じですか! 人はあまりこれで吸わないんですよね」

「あーそうなんだ。うちの国じゃ昔それで吸ってたみたいなんですよ」

「どこの国です?」

「日本です」


 ルーミルは少し考え込む。だが知らないなという表情。


「人用のタバコも仕入れましょうか?」

「でもルーミルさんは人相手じゃないんでしょ?」

「そうでもないですよ。嗜好品を扱うので人間とも取引しますし。お茶は結構売るんですよ」

「なるほど」

「どんなタバコです?」


 ウエストポーチからマールボロを出して1本差し上げた。

 すると彼は鼻で匂いをかぎ、ふむふむといった表情でこちらに戻す。

 俺はそれで種類でもわかるのか……と不思議に思ったが顔には出さなかった。


「差し上げますよ」

「大丈夫です」


 タバコよりマールボロの赤白の箱が珍しい様子。

 渡したらしばらく念入りに観察していた。


「紙ですか?」

「紙ですね」

「凄い綺麗です」


 タバコの箱に感心した様子。


「商売の邪魔になるようなら無理されなくても大丈夫ですんで」

「いえ……いくつか心当たりがあるので試しに持ってきます。この街にくる理由ができてこの子も嬉しいでしょうし」


 俺とルーミルはラッチェルを見る。


「まあそう言っていただけるなら……」


 ラッチェルはヘヘヘーとばかりにまた俺の膝をバンバン叩いた。可愛いのう……。


 玄関前まで見送る。

 また近いうちに寄りますと言い残す。

 ラッチェルも「またねー」と言って手を振っていた。


 席に戻ったらみんなが待ち構えていた。

 あれこれ質問攻め……なぜ猫人語を話せるのかと問われたが誤魔化すしかない。


「まあ……学校で習ったので」


 絶対嘘だとみんな思っている――キャロル以外は。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ニャーニャーしてんのかなぁ、と思ってたけど実際にニャッニャの文字列を目の当たりにしたら笑っちゃった [気になる点] アナグマ……アナグマ語もありますか……
[良い点] ナッナニャーン ニャッニャッニャッニャッ
[一言] 習ったからでそんな流暢に話せるようになるもんかっw
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