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149話 避難所での治療活動

 救護所での治療を終え、いよいよ避難している人たちの所へ向かう。

 一旦対策本部へ戻り、隊長から避難場所を記してある地図をもらう。


「馬はいるか?」

「いえ、乗れませんし、走るのでいりません」

「……走る?」

「ドラゴンに追われてましたしね。大丈夫です」


 彼を見上げておどけて言うと、隊長はふっと笑った。


「では灯りを何か……」

「それもいりません」

「…………」


 もはや言うことはなさそうだと諦めた表情になる。

 俺が戻る間にできれば怪我人の情報収集をお願いし、帰ってから明日以降の段取りを尋ねることにする。

 ふとあることに気がついた。


「そういえば今気づいたんですが、この町って一番偉い人は誰ですか?」


 フランタ市に領主はいない。隣のバララト市に住んでいるからだ。

 とはいえ町の行政機関はあり、そのトップは必ずいる。この災害に対して指揮権のある人がいるはずだ。


「領主代行がいるんだが……」


 隊長が言うには、情報がまったく入らないので安否すらわからないという。

 指示や要請もないので、防衛隊は独自に活動しているというわけ。

 なお、あとで知るのだが領主代行は、いわゆるお飾りみたいな立場だったようで、隊長もどういう人物か知らないという。

 ここの本部長ぐらいしか会ったことなくて、それも年に数回のパーティーで顔を合わせる程度だったらしい。

 ふむ……典型的なお貴族様というやつか。こりゃ復旧活動の陣頭指揮は取りそうもないな。


「あ、ここって裏口ありますか?」

「ん? ああ」

「じゃあ裏から出ましょう。この姿で訪れたの誰も目にしてませんから」

「わかった」


 俺が門前で大騒ぎしてしまったからな。この恰好で出たら間違いなく俺だと勘ぐられる。

 隊長はクールミンに目で合図すると、裏口の衛兵にそのように指示しておくと告げた。

 合わせて各避難所に、今から重傷者を治療するための聖職者が向かうとの伝令を出した。

 時刻を見ると21時。

 本部の救護所だけで三十分ぐらいかかっている計算で、移動で十数分かかるとみて……ざっと三時間ぐらいか。

 日付変わっちゃうかな。

 んなことを考えつつ、俺は、五ヶ所の避難場所に向けて出立した。



 一ヶ所目、西門近くの冒険者広場。

 夜になりかなり冷え込んできている。あちこちに焚き火があり、皆が暖を取っている。

 俺の姿を目にした衛兵は、こんな夜更けに聖職者が来たことに驚く。

 防衛隊本部から重傷者の治療を頼まれて来たと告げると、すぐさま案内してくれた。


「テントは?」

「数がないんです……」


 寒空の下、大した防寒具もなしに寝かされており、そのそばに男性が付き添っている。

 家族だろうか、疲れた表情を浮かべていた。

 俺を見るや、すがるような目つきで懇願し涙を流す。


「あ……お、お願い……妻を……おねがいします……」


 奥さん……女性だったという面影がまったく見受けられないほどの全身火傷。

 髪の毛は焼け落ち、顔面も皮下脂肪の赤い部分が見えている。包帯もないのか、在り合わせの布で身体を覆っている程度。

 生きているのが不思議なレベルだ。

 夜の暗さではっきり見えないおかげでまだ見られるが、日中だったら目も当てられなかったかもしれない。

 俺は男性の肩をポンと叩くと、跪いて治癒魔法を詠唱した。


《詠唱、完全回復》


 すると一瞬で火傷の痕が消え、焼け落ちていた髪の毛も元通りのロングヘアに戻った。


「もう大丈夫!」


 マスクの下で笑みを浮かべる。もちろん彼には見えない。

 一瞬の出来事に、彼は何が起きたか理解できずに呆然としている。

 奥さんに目を向け、かけてある毛布を剥ぐ。

 素っ裸を晒して申し訳ないが、大火傷を負っていた身体は綺麗な肌になっていた。

 彼は感極まって声すら出ない。

 奥さんが治ったことを理解すると、人目もはばからずに大声で泣いて喜んだ。

 深夜の大声に、何事かと人々が集まってきた。

 俺は構わず次々に重傷者を治療していく。


 《詠唱、大ヒール》


 明日をも知れぬ命の患者が完治していく。

 その様子に、沈鬱な空気が漂っていた避難所は、夜にもかかわらず沸き立った。

 十数分後、もう重傷者はいないことを確認する。


「すみませんが軽傷者の人は診られません。次の重傷者の所へ向かいますので」


 俺が拒否すると、他の怪我人から不満の声が上がった。

 そらたしかに骨折や裂傷も重傷だからな。

 だがそういうレベルではない人を今夜は治す必要があると説明する。


「今にも死にそうな人を優先していますから……」


 そう言って、さっきまでお通夜ムードだった場所に目をやる。

 助かって泣いている人たちの声を耳にすると、彼らは文句を言う口を閉じた。

 衛兵たちに次の避難所に向かうと告げると、彼らは敬礼して俺を見送ってくれた。



 午前0時、防衛隊本部の裏口に戻ってきた。


「えっと、ホンノウジのランマル……です」

「ご苦労様です!」


 衛兵二人は恭しく敬礼して通してくれた。

 そのまま本部二階の対策室へ向かう。部屋に入ると、カートン隊長とクールミンがまだ起きていた。


「ただいま戻りました」


 俺の登場に、隊長は机から立ち上がる。

 かなり疲れが見える。そりゃドラゴンの戦闘で死にかけたにもかかわらず、いまだ休みなしで働いているせいだ。

 とはいえ表情は来たときより明るい。

 数時間で町の火事は鎮火し、救護所の怪我人が皆、完治したのだ。

 彼にしてみれば、やっと風向きがよくなったという状況だろう。


「どうだった?」

「まあ、及第点といったところですかね……」


 かいつまんで状況報告する。

 各所の避難所では数名の間に合わなかった人たちがいた。それは残念だったが、残りはすべて治療が間に合った。

 避難している人数と怪我人の数、必要な物資等を伝えると、クールミンがメモを取る。


「避難所以外に重傷者の報告はありました?」

「うむ、五ヶ所ほど見つけてきたそうだ」


 持っている地図を手渡すと、新たに五ヶ所に丸をつけた。


「じゃあ俺はこの五ヶ所が済んだら今日はそのまま帰ります。明日以降の段取りを決めておきましょう」


 まず防衛隊の巡回で、火傷や骨折などの重傷者がいれば、防衛隊の救護所に運ぶ。

 緊急を要するならティアラの裏手に馬車で連れてきてもらう。

 それ以外は日が沈む頃に、俺がランマルとして防衛隊に出向く。

 動かせない人たちがいる場合は、場所を記してもらい俺が出向く。


「とりあえずこんな感じで、不具合があるようならその都度見直しましょう」

「そうだな」


 話もまとまり、対策室をあとにしようとする。


「瑞樹!」

「はい?」

「――いろいろとありがとう」


 隊長とクールミンが深々と頭を下げる。


「カートン隊長、ドラゴンと戦った英雄なんですから胸張ってください。あといい加減寝ないと、明日から持ちませんよ」

「――わかった」


 俺の意見を、渋々といった表情で受け入れる。

 おそらく……というか間違いなく、明日からフランタ市は大変だろう。

 しばらくは手を貸せる範囲で援助していこう。

 それがそのままティアラのみんなの安全にも繋がるはずだ。


 その後、残り五ヶ所の重傷者の治療を行い、ティアラに戻ったときには午前1時を過ぎていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 信仰が芽生えそうなレベルの奇跡の治療をいくつもやってそうだなあ
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