148話 防衛隊の救護所
防衛隊本部に併設されている救護所へ向かう。
慌ただしく行き来する隊員たちは、聖職者姿の俺を目にするとギョッとして足を止める。
こんなところで聖職者に出くわすとは思っていなかったのだろう。鼻から下を布で隠している不審者っぽくもあるしな。
が、すぐに隣のカートン隊長に気づくと、姿勢を正して敬礼する。
なるほど、隊長が聖職者を探して連れてきたのだろう……そんなふうに捉えたのかもしれない。
俺たちは歩みを止めず、隊長は「ご苦労」という意味合いで軽く頷く。
防衛隊に併設されている救護所は、教会の治療院よりは小さな建物。田舎の公民館といった大きさだろうか。
正面の大きな開き戸を入ると、目にした光景に思わずうっとなった。
入口から伸びる廊下に座り込んでいる人たちが大勢いて、血と体液の混じり合った嫌な臭いが充満している。
戦争映画の野戦病院さながらといった光景だ。
部屋は左右に二つ、一部屋二十床のベッドがある。すべて埋まっていて重傷者ばかりだという。
もう細かい話はなしにして、とっとと治療を行おう。
まずは左の一室に向かい、一番端の患者に近づく。
「じゃ、片っ端から治していきます」
かなり大柄の隊員で全身包帯まみれ。顔も右目以外はすべて覆われている。
包帯はどす黒い赤色に染まっている。血だけでなくおそらく湿潤した体液だろう。
重度の熱傷だな。
もはや呼吸しているのかもわからないほどの状態だ。
彼の姿を目にしたクールミンが、俺の後ろでつらそうに呟く。
「副隊長……」
驚いてカートン隊長に目を向ける。
彼は第一小隊の副隊長で、南門の巡回中にドラゴンの襲撃に遭ってしまった。
その際、馬に乗ったまま火に包まれたという。
幸い馬がそのまま中心街へ向かって突っ走ったおかげで生き残れたらしい。馬は残念ながら亡くなった。
涙目のクールミンを一瞥して床に跪く。
彼の胸辺りに右手を当て、その上におでこを乗せる。
絵的には真剣に祈っているように見えるはず。
《詠唱、大ヒール》
掌を当てたところがポッと明るくなった。
すると患者の傷がみるみる治り、グルグル巻きの包帯の隙間から見えていた火傷も消える。
十数秒後、光が消えると、患者の落ち着いた寝息が聞こえてきた。
確認のため、彼の顔の包帯を取り除いてもらう。
するとどうだ、副隊長の綺麗な顔が現れた。
思わずカートン隊長とクールミンは絶句した。
「よし、大丈夫ですね」
俺はそのまま振り返り、隣の患者に大ヒールをかける。
手当に従事している数名の隊員も、俺の治癒魔法を目の当たりにして動きが止まる。
たった十数秒で重傷者の傷がすべて治ってしまうのだ。
長々とお祈りを唱えるどころか詠唱すら行なわず、バテる様子もなく次々と治療を行う。
その様子にその場に居合わせた全員が唖然とした。
通常の聖職者の治療がどの程度かは知らないが、以前俺を助けてくれた聖職者のお姉さんは三度のヒールでバテていた。
レベルが違うのはあきらかだろう。
「終わりました。次の部屋に行きましょう」
「――っあ、ああ」
俺の言葉に室内を見渡す。
苦しそうだった呻き声は消え、皆、静かな寝息を立てている。
隊長は驚きすぎて、知らず半笑いになっていた。
反対側の部屋も満床。
こちらは女性患者が主らしいのだが、そこである患者を目にする。
奥の二人はベッドの上に膝を組んで座ったまま震えている。
「奥の四名は女性の聖職者だ。教会の襲撃を生き延びて運び込まれた」
「!?」
「どうやらドラゴンの襲撃で、仲間が大勢死ぬのを目の当たりにしてしまったらしい」
隊長が沈鬱な表情で告げる。
なるほど……たしかにおでこライトで照らした教会跡の惨状はひどかった。
血が川のように流れていて、まともな死体は一つも見当たらなかった。
これはあれだ、PTSD(心的外傷後ストレス障害)というやつかな……。
引きつった表情で視線が定まっていない。
たしか第一次世界大戦の診療所の映像だったか、後遺症の患者の様子を映しているのを観た。あんな感じだと思う。
初めて目にすると面食らうし、ぶっちゃけ怖い。
これはさすがにどうしようも……と思ったそのとき、ある魔法に気がついた。
「ちょっと診ていいですか?」
「ん?」
静かに近づいて、彼女の震える肩に手を当てる。
拒否されないことを確認し、サッとおでこを当てると精神浄化の魔法を唱えた。
《詠唱、精神浄化》
すると彼女は震えが止まり、崩れるように意識を失うと前のめりに倒れかけた。
「うおっと!」
すぐに隊長とクールミンが駆け寄ってベッドに静かに寝かせる。
落ち着いた寝息の彼女に、続けて大ヒールの魔法をかける。
「今のは?」
「あー、精神浄化の魔法……お祈りですね。聖職者なら使えるんじゃないかな。本に載ってましたし」
「本!?」
続けてもう一人の震えている女性にも、精神浄化の魔法をかける。
こちらもスッと力が抜けたように震えが止まると意識を失った。
「どうやら精神浄化はPTSDにも効くようですね。便利だなー」
「ピー……何?」
隊長は初めて聞く単語に首を捻る。
「ストレス障害……ってわかんないか。悲惨な状況に遭遇したり目撃したりすると、心にダメージを負ってずっと不安になったり恐怖が続いたりする症状です。防衛隊の人はたまになったりしません?」
クールミンは心当たりがないようで、隊長に目を向ける。
どうやら隊長はあるようで、小さく数回頷いた。
「じゃあもし今後そういう隊員が出たら、聖職者に精神浄化をお願いしてみてください。永続的に効果あるのかはわかりませんが……」
「……わかった」
隊長もクールミンも、まさか精神的な症状まで治すとは思ってなかったようで、俺の所業に驚いていた。
重傷者の治療が済んだので、立ち去る前に、廊下にいる軽傷者の治療を簡単に行う。
軽傷といっても瀕死の重傷者に比べればってことで、手足に火傷、裂傷や手足の骨折なども見受けられる。
彼らも聖職者姿の俺を目にして、すがるような表情を見せる。
さすがに通り過ぎるわけにはいかないな……。
廊下に座っている人たちのそばでしゃがみ、患部に手を当ておでこを近づける。
《詠唱、更新》
次々と廊下に座っている人たちに治癒魔法をかけていく。
ヒールと違い、ポンポンとかけては次々と移動していく様に、患者は「えっ終わり?」という表情で見送る。
ところが身体の傷が徐々に癒されるのがわかると、途端に感嘆の声とともに表情が明るくなった。
隊長とクールミンは、俺が何をしているのかがわからないようで、もはや開いた口が塞がらないといった顔だ。
「マナを温存する必要があるので軽めにしかできません。これで勘弁してください」
もちろん嘘だが、全員を懇切丁寧にヒールしてもいられない。言い訳して頭を下げる。
それでもほとんどの怪我は治ったようで、更新もヒール並みの効果はあるようだ。
患者の表情は喜びに満ち、沈鬱だった救護所の空気は一気に明るくなった。