147話 防衛隊本部にて
ドラゴンの襲撃から、まだ半日も経過していない。
日が沈んでいるにもかかわらず、あちこちから喧騒が聞こえてくる。
時折、数騎の馬が通りを駆けていく。防衛隊の隊員があちこち回って情報収集をしているのだろう。
俺は建物の陰に隠れてやり過ごし、目立たないように移動しつつ防衛隊本部の近くにやってきた。
門前はかがり火がこうこうと焚かれ、衛兵が七、八名いる。かなりの厳戒態勢だな。
「んー、どうすっかなー」
さすがに聖職者のままなのはマズいだろう。
顔も覆っているし、見るからに不審人物そのものだ。
手には聖職者の衣服で包んだ魔法書などの戦利品もあり、「落ちてたので拾った……」では通用しないだろうな……。
それに聖職者として身分を示すものを出せ……と言われたら困る。あるのか知らんけど。
ここはティアラの職員として面会にきたと言ったほうがいいだろう。身分はたしかだし。
ということで聖職者の服を脱いで小脇にはさみ、ティアラの職員の制服で本部に向かう。
――ところが衛兵は、俺の姿を目にした途端、威圧してきた。
「なんだお前! ここは立ち入り禁止だ!」
「ティアラ冒険者ギルドの御手洗瑞樹といいます。カートン隊長に用事があって来ました」
「ああ? 隊長はもうお休みだ。帰れ!」
衛兵たちはかなり気が立っている。
「……じゃあクールミンさんでもいいです。とにかく用事があるんです。会わせてください」
「ダメだダメだ! 帰れ!!」
まるで取り付く島もない。
ドラゴン襲撃の恐怖がいまだに抜けていないのか、他の衛兵たちも俺に対して警戒を露わにしている。
ウェストポーチからギルドの職員カードを取り出して見せる。
「ほら、ティアラの職員ですって。これを持ってって見せたら会ってくれるはずです」
「うるさい! ダメだと言ったらダメだ!」
「冒険者ギルドとして、町の状況を聞きに――」
「帰れ!!」
さすがにカチンときた。
そこまで横柄に言われる筋合いはない。こちとらドラゴン撃退した立役者だぞ……言わないけど。
グッと怒りを抑えつつため息をつく。
かといってこのまま帰るわけにもなあ……先ほどのひどい有様の患者の姿が頭をよぎる。
おそらく町のあちこちに、明日の朝日を迎えられそうにない瀕死の人たちがいる。
その避難状況を知る必要が今あるのだ。
それとなく防衛隊本部の塀に目をやる。
こっそり入ろうと思えばできそうではあるが、やはりそれはマズい。
中で「誰だお前!」って見つかったら厄介だ。
ここはやはり正規ルートで入るしかないのだが……。
ふとウェストポーチの中に、魔道具のハンドマイクが入っていることに気づく。
あーこれ……スマホで音楽聞く際のスピーカーになるかなと思って、魔道具のお店でついでに買っていたものだ。
結局、使う機会がなかったのだがな……。
門の奥にある防衛隊本部の建屋に目をやる。
結構距離があり、普通に叫んだところで声は届かないだろう。
だがハンドマイクで叫べば――
少し気落ちする素振りを見せつつハンドマイクを取り出す。
そして大きく息を吸って叫んだ。
「カートンたーいちょー! こーんばーんはー!!」
その大音量に隊員たちは目を丸くして驚き、俺を拒絶していた衛兵は憤慨した。
「貴っ様ぁああ!!」
「用があるつってんだろ! 通さないお前が悪い!」
どうやら本部にも声が届いたようで、二階の窓際に人影が見え、こちらを窺っている。
門前で両手を振って飛び跳ねるとすぐに姿が消えた。
よし、おそらく気づいてもらえたぞ。
ところが衛兵が剣を抜く。
やっべ!!
脱兎の如く逃げ出して、百メートルぐらい離れる……が、衛兵たちは追ってくることはなかった。
どうやら門から離れられないらしい。
程なく門前にカートン隊長とクールミンが姿を現したので近づいた。
「どうもー隊長。七時間ぶりです」
「やっぱりお前か。何があった! なんだ今の大声は!?」
揉めた衛兵を指さして告げる。
「隊長に用があるつってもダメだの一点張りで通してくれないんですよ!」
「ああっ?」
隊長に睨まれた衛兵は、真っ青な顔で縮みあがる。
「あーもういいです。職務に忠実だったんでしょ! とにかく話があるので入れてください」
「んむ……すまん」
居並ぶ衛兵たちは隊長に敬礼し、俺は彼らを無視して前を向く。
「えらく厳重ですね」
「上の指示でな……」
「ふぅ~ん。まあわからなくもないですが……」
前代未聞の出来事だし、まだたった七時間しか経っていない上で夜を迎えたのだからな。
「いやまあ俺も、こんなとこに来ることはもうないと思ってたんですが……」
「こんな夜更けにどうした? ドラゴンがまた来るのか?」
「は!?」
一瞬、キョトンとしてしまった。
あー……俺が来るつったらドラゴン絡みって考えにはなるか。疫病神みたいで不本意ではあるが、そう思われても仕方ないわな。
ふっと鼻で息を吐き、違うと軽く首を振る。
そばにいるクールミンを一瞥する。
俺の魔法のことを疑っていた人物だが、もう隊長が話をしてバレてるだろう。
何となくだが、噂をしていた人物が登場した……という興味津々な表情に見えなくもない。
歩きながら話をする。
「いまフランタ市の怪我人はどこにいるのか聞きに来ました」
「聞いてどうする?」
「治せるなら治そうかと。特に重傷の患者を」
「治す!?」
ここに来る途中に大火傷の人たちに遭遇して治してきた事情を話す。
「治療のできる聖職者、いないんじゃないですか?」
俺の問いに隊長は答えず、重苦しい表情で頷いた。
途端、隊長はあることに気づいたようで、俺に驚いた表情を見せる。
「そういえば、さっき窓から火事が消えていくのを目にしたんだが……もしかして瑞樹、お前か?」
横目で隊長を見上げると、にっと笑って唇に指を当てる。
隊長は感心した様子で、何も言わずに軽く頷いた。
その表情は少し柔らかく見え、いつもの怖いオーラは感じない。
俺との距離感が縮んだようにも感じる……。お互いドラゴンと戦った仲だしな。
二階の対策本部が置かれている部屋へ案内される。
閑散とした室内、数名の隊員が机に座って書類作業をこなしていたが、第三者のいきなりの登場に眉をひそめる。
門前で大声出した張本人ともあればそうなるな。
壁に大きな地図が貼ってあり、ピンでメモ用紙が刺してある。
机にも地図が広げてあり、南門や西大通りの場所がバツ印が描かれている。おそらく通行できないという意味だな。
「で、怪我人なんですがどこにいます? 防衛隊で管理してるんですか?」
「一応、避難場所を数か所、割り当ててはいるが……」
隊長は、丸で囲ってある場所を指し示す。
だが、どこにどれだけの怪我人がいるかなどの、詳しい状況まではわからないという。
とにかくまったく人手が足りない。
どういう状況なのか、まず防衛隊の事情を聞く――
防衛隊は一から四小隊まであって、各小隊は約五十名。それと本部の事務職が三十名。
南門を担当していた第二小隊はほぼ全滅。
西門を担当していた第四小隊は行方不明。おそらくドラゴン襲撃時に、他の町へ避難したのではないかという。
唯一全員生存しているのが、ガットミル隊長率いる第三小隊である。しかしながら彼らも東地区の処理で手一杯。
何せ唯一無傷の大通りなので、逃げる人たちが殺到しているのだ。
カートン隊長の第一小隊も数名が焼け死んだという。市内を巡回中に、運悪く西と南にいた隊員たちである。
なので現在、事務職の大半を駆り出して治安維持に当たっているという。
なお門の衛兵は事務職の者だそうだ。
なるほど、それで対応があんなだったのか。
実戦向きではないし夜だし、ドラゴン見たあとじゃ怖くて堪らないだろうな。
「じゃあ手あたり次第、避難場所を回りますので場所を教えてください」
「わかった」
その間に隊員たちに個人単位で避難しているところを洗い出してもらい、重傷者がいるところを教えてもらう。
日が暮れて寒くなってきたし、かがり火を頼りに探せば見つかるだろう。
「とにかく、今晩もたなそうな人のみを治療するということで」
「ふむ……で、それは?」
服でくるんだ包みと、小脇に抱えた聖職者の服だ。
「これはちょっとした戦利品、これは治療のための変装セットです」
「変装セット?」
「はい。あ……この荷物は終わるまで預かっといてください」
そう言うと、その場でササっと聖職者の服を着がえ、そして顔を布で隠す。
「こんな感じ。これならバレないでしょ?」
「……なるほど」
隊長は俺をじっと見つめたまま黙っている。
身バレしたくないという事情は察してくれている模様。
ただ、その服をどうやって手に入れたのかは気になったのかもしれない……が何も口にしなかった。
ここでクールミンが口を開く。
「瑞樹……さんは、本当に治療ができるんですか?」
おっと、だいぶ謙虚な物言いに少しびっくりする。
以前、事情聴取のときに俺の魔法のことを疑っていたが、もはやそんな雰囲気はない。
「あー、この恰好のときは俺の名前は出さないでくれます? バレたくないので……ってもう遅いか!」
数名の隊員が見ているところでこの姿に着替えてしまったな。
それにそもそも門前で大騒ぎしてしまったし……まあ隊長に口止めしてもらえば大丈夫……かな?
「じゃあなんて呼べばいい?」
隊長が顎に手を当てながら尋ねる。
俺は少し考えて――
「そうですねー、じゃあ『ランマル』、冒険者パーティー“ホンノウジ”のランマルで」
「ホンノウジ……ランマル」
俺はあまり詳しくはないのだが、森蘭丸っていう美少年が信長のそばにいたんじゃなかったっけ。
まあ光秀にしてもよかったんだけど……いやダメか。
「わかった。じゃあ早速ですまんが、うちの隊員を治してくれないか?」
「ん? 隊員?」
防衛隊本部にも救護所があるそうで、かなりの人数が運び込まれている。
しかし聖職者がいないので、いわゆる応急処置的なことしかできていないという。
「わかりました」
そう答えると、少し駆け足気味に本部横にある救護所に三人で向かった。