146話 ニセ聖職者、誕生
教会から数百メートル離れた場所に中心市街地がある。
以前の買い物のときに青空市場があった場所なのだが、ドラゴンの襲撃が14時前だったので、そのまま放置して逃げたはずだと思う。
何か食材でもあれば……と見に行く。どうせ明日になればすべて奪われるだろうし。
……と思っていたら、通りいっぱいに食材が散らばっている。
なんかもうぐちゃぐちゃって感じ。
ドラゴンの風圧で吹っ飛ばされたのか、または馬車が突っ込んだのか。
あーこりゃダメか……。
何となく食糧事情の悪化が頭をよぎる。
ヤバいな、ずっとジャガイモとリンゴだけっていうのはマズい。
――そうだ、種を集めるか。
種……というか、実を植えたら育つ気がする。
適当に地面に散らばっている食材を調べて持ち帰ろう。
ここいらは魔法具の街灯の明かりで照らされているので、夜でもそれなりに見える。
まあ現代ほどの明るさではないが……。
地面を物色していたそのとき、突然、人の声がした。
「……うっ……うう……」
「うわああああ!!」
誰もいないと思ってたところに呻き声……背筋が凍るほどビビって思わず叫んだ。
ど……どこどこどこ!?
《そのものの在処を示せ》
探知で居場所を確認する――あ、いた!
どうやら屋台の道具の下敷きになっている男性がいるようだ。
近づいて引っ張り出す。
「うう……」
あ、足が引っかかっているのか。
《剛力》
ゆっくり屋台を押しのける。
ああ……これは火傷もしているのか。どうやら焼き物の道具が倒れたようだ。
静かにどけて、彼を引っ張り出す。
《詠唱、大ヒール》
治癒魔法をかけてから問いかける。
「大丈夫ですか?」
「……う、ううっ」
意識はあるようだがはっきりとはしない。
これは放ってはおけないな。寒さで凍えて死んでしまう。
どこかに連れて行かないといけないのだが、はて……この辺りに避難所はあるのだろうか。
《跳躍》
建物の上に乗って辺りを見渡す。
すると少し離れた場所に、かがり火が焚かれている場所が見えた。
おそらく人が集まっていると思う。
場所を確認したのち、彼を抱えて運んだ。
到着するとそこは空き地のようで、数組のテントと、二~三十人ほどの人たちが避難していた。
テントはおそらく冒険者のものだろうか、数名が武器を携えているのが見える。
「すまないが、この男性を寝かせてくれないか」
大の男をお姫様抱っこして暗闇からヌッと現れる。
年配の男性が驚いて目を向けると、途端に目の色を変えた。
「あんた聖職者か!」
かがり火に照らされる俺の姿は聖職者である。顔を布で覆っているので怪しさ満点ではあるがな。
避難している人たちを見渡していると、その年配の男性から治療の要請を受ける。
「テントの中に怪我人がいるんだ。治してやってくれないか!」
懇願するような眼差しを向けられる。
まあ断る理由はない。男性を預かってもらう手間賃だと思えば安いものだ。
黙って頷き、テントの中を見る。
暗くてよく見えないが、二人ほど横たわっている。
どちらも男性で大火傷を負っているようだ。
一人は顔全体を包帯代わりの布で覆われ、左腕と左足も布で巻かれている。
もう一人も似たような感じで上半身が焼けただれていた。
人がわらわらと寄ってきたので、後ろを向いて離れるように告げる。治療するところを見られたくない。
《詠唱、大ヒール》
一応、おでこの前に手をかざし、手で治療しているように装う。
外の人たちが遠巻きに見ているしな。
十数秒後、治療が済んでテントを出る。
「二人とももう大丈夫。で、そっちのテントは?」
「はっ? えっ、もう済んだのか!?」
あまりの早さに、治療を頼んだ男は驚く。
ん……これは早いのか?
普通の聖職者の治療と比較したことがないからわからない。
そういや大ヒールも、俺が見つけたままのを使っている。よかったの……かな。
続いて隣のテント。
こちらは女性――三人ほど寝かされていて、一人ほど男性が付き添っている。
暗くてよく見えないが、相当な大火傷を負っている様子。
治療するので出るように言うと、聖職者の俺を見て固まった。放心状態で気づかなかったらしい。
別の男性に促されて連れ出されると、心配そうに外から覗いている。
《詠唱、大ヒール》
先ほどの治療の早さもあってか、テントの入口から皆が遠慮なしに覗く。
まいっか、身バレしないしな。
「もう完治しているので包帯をとってもらっても大丈夫」
「あ……ああ……ありがとう。……うっ……うう」
突然、付き添っていた男性が泣き崩れた。
どうやら女性の一人は彼の奥さんで、とても明日までもたないだろうと意気消沈していたようだ。
傷も残らず完治したと聞き、人目もはばからず号泣した。
その姿に少しうるっとさせられる。
ふむ……せっかく聖職者の衣装を着ているのだし、活用しない手はないな。そのつもりでいただいたわけだし。
「他に怪我人は?」
その言葉に数名が手を挙げる。
足を引きずる男性、左手を火傷した女性、背中を火傷した男性だ。
彼らそれぞれに手とおでこをかざし、更新をポンポンポンとかけた。
《詠唱、更新》
途端、彼らの傷がじわじわと消えていく。
あっという間に怪我が治る様に、皆、目を丸くしていた。
「じゃあこの男性を頼みます」
「……あ、ああ!」
最初に声をかけてきた年配の男性が、まるで神の使いでも見たような呆けた顔で返事をする。
他の人たちも、すごいものを見たという顔で俺を見送った。
うーむ……これは聖職者は全滅に近い感じか。あの教会の有様ではなあ……。
生存者がいたとしても、手が全然回っていないのだろう。
ウエストポーチからスマホを取り出し――って聖職者の服が邪魔。裾をまくって取り出す。
時刻は20時過ぎ。
ということはドラゴンの襲撃から七時間経過といったところ。
先ほどの二人のような大火傷は、治療がないとまずもたない可能性が高い。
病院の役目をしていた教会、医者の務めをしていた聖職者が壊滅しているのだ。
――治療活動、できるだけのことはしてみるか。
泣き崩れた男性を目にして心が動かされた。
知らなきゃ気にもしなかっただろうが、知ってしまった以上は何とかしてやりたい。
おそらく防衛隊本部になら情報は入っているはずだ。
カートン隊長がいればいいのだが……。
とはいえ彼も大怪我を負ってまだ七時間だ。回復もままならないはず。さすがに寝ちゃってる――いやないな。あの人は起きてる気がする。
とにかく行ってみよう。