表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

146/211

146話 ニセ聖職者、誕生

 教会から数百メートル離れた場所に中心市街地がある。

 以前の買い物のときに青空市場があった場所なのだが、ドラゴンの襲撃が14時前だったので、そのまま放置して逃げたはずだと思う。

 何か食材でもあれば……と見に行く。どうせ明日になればすべて奪われるだろうし。

 ……と思っていたら、通りいっぱいに食材が散らばっている。

 なんかもうぐちゃぐちゃって感じ。

 ドラゴンの風圧で吹っ飛ばされたのか、または馬車が突っ込んだのか。

 あーこりゃダメか……。

 何となく食糧事情の悪化が頭をよぎる。

 ヤバいな、ずっとジャガイモとリンゴだけっていうのはマズい。


 ――そうだ、種を集めるか。


 種……というか、実を植えたら育つ気がする。

 適当に地面に散らばっている食材を調べて持ち帰ろう。

 ここいらは魔法具の街灯の明かりで照らされているので、夜でもそれなりに見える。

 まあ現代ほどの明るさではないが……。

 地面を物色していたそのとき、突然、人の声がした。


「……うっ……うう……」

「うわああああ!!」


 誰もいないと思ってたところに呻き声……背筋が凍るほどビビって思わず叫んだ。

 ど……どこどこどこ!?


《そのものの在処(ありか)を示せ》


 探知で居場所を確認する――あ、いた!

 どうやら屋台の道具の下敷きになっている男性がいるようだ。

 近づいて引っ張り出す。


「うう……」


 あ、足が引っかかっているのか。


《剛力》


 ゆっくり屋台を押しのける。

 ああ……これは火傷もしているのか。どうやら焼き物の道具が倒れたようだ。

 静かにどけて、彼を引っ張り出す。


《詠唱、大ヒール》


 治癒魔法をかけてから問いかける。


「大丈夫ですか?」

「……う、ううっ」


 意識はあるようだがはっきりとはしない。

 これは放ってはおけないな。寒さで凍えて死んでしまう。

 どこかに連れて行かないといけないのだが、はて……この辺りに避難所はあるのだろうか。


《跳躍》


 建物の上に乗って辺りを見渡す。

 すると少し離れた場所に、かがり火が焚かれている場所が見えた。

 おそらく人が集まっていると思う。

 場所を確認したのち、彼を抱えて運んだ。


 到着するとそこは空き地のようで、数組のテントと、二~三十人ほどの人たちが避難していた。

 テントはおそらく冒険者のものだろうか、数名が武器を携えているのが見える。


「すまないが、この男性を寝かせてくれないか」


 大の男をお姫様抱っこして暗闇からヌッと現れる。

 年配の男性が驚いて目を向けると、途端に目の色を変えた。


「あんた聖職者か!」


 かがり火に照らされる俺の姿は聖職者である。顔を布で覆っているので怪しさ満点ではあるがな。

 避難している人たちを見渡していると、その年配の男性から治療の要請を受ける。


「テントの中に怪我人がいるんだ。治してやってくれないか!」


 懇願するような眼差しを向けられる。

 まあ断る理由はない。男性を預かってもらう手間賃だと思えば安いものだ。

 黙って頷き、テントの中を見る。

 暗くてよく見えないが、二人ほど横たわっている。

 どちらも男性で大火傷を負っているようだ。

 一人は顔全体を包帯代わりの布で覆われ、左腕と左足も布で巻かれている。

 もう一人も似たような感じで上半身が焼けただれていた。

 人がわらわらと寄ってきたので、後ろを向いて離れるように告げる。治療するところを見られたくない。


《詠唱、大ヒール》


 一応、おでこの前に手をかざし、手で治療しているように装う。

 外の人たちが遠巻きに見ているしな。

 十数秒後、治療が済んでテントを出る。


「二人とももう大丈夫。で、そっちのテントは?」

「はっ? えっ、もう済んだのか!?」


 あまりの早さに、治療を頼んだ男は驚く。

 ん……これは早いのか?

 普通の聖職者の治療と比較したことがないからわからない。

 そういや大ヒールも、俺が見つけたままのを使っている。よかったの……かな。


 続いて隣のテント。

 こちらは女性――三人ほど寝かされていて、一人ほど男性が付き添っている。

 暗くてよく見えないが、相当な大火傷を負っている様子。

 治療するので出るように言うと、聖職者の俺を見て固まった。放心状態で気づかなかったらしい。

 別の男性に促されて連れ出されると、心配そうに外から覗いている。


《詠唱、大ヒール》


 先ほどの治療の早さもあってか、テントの入口から皆が遠慮なしに覗く。

 まいっか、身バレしないしな。


「もう完治しているので包帯をとってもらっても大丈夫」

「あ……ああ……ありがとう。……うっ……うう」


 突然、付き添っていた男性が泣き崩れた。

 どうやら女性の一人は彼の奥さんで、とても明日までもたないだろうと意気消沈していたようだ。

 傷も残らず完治したと聞き、人目もはばからず号泣した。

 その姿に少しうるっとさせられる。

 ふむ……せっかく聖職者の衣装を着ているのだし、活用しない手はないな。そのつもりでいただいたわけだし。


「他に怪我人は?」


 その言葉に数名が手を挙げる。

 足を引きずる男性、左手を火傷した女性、背中を火傷した男性だ。

 彼らそれぞれに手とおでこをかざし、更新(リニュア)をポンポンポンとかけた。


《詠唱、更新(リニュア)


 途端、彼らの傷がじわじわと消えていく。

 あっという間に怪我が治る様に、皆、目を丸くしていた。


「じゃあこの男性を頼みます」

「……あ、ああ!」


 最初に声をかけてきた年配の男性が、まるで神の使いでも見たような呆けた顔で返事をする。

 他の人たちも、すごいものを見たという顔で俺を見送った。


 うーむ……これは聖職者は全滅に近い感じか。あの教会の有様ではなあ……。

 生存者がいたとしても、手が全然回っていないのだろう。


 ウエストポーチからスマホを取り出し――って聖職者の服が邪魔。裾をまくって取り出す。

 時刻は20時過ぎ。

 ということはドラゴンの襲撃から七時間経過といったところ。

 先ほどの二人のような大火傷は、治療がないとまずもたない可能性が高い。

 病院の役目をしていた教会、医者の務めをしていた聖職者が壊滅しているのだ。


 ――治療活動、できるだけのことはしてみるか。


 泣き崩れた男性を目にして心が動かされた。

 知らなきゃ気にもしなかっただろうが、知ってしまった以上は何とかしてやりたい。

 おそらく防衛隊本部になら情報は入っているはずだ。

 カートン隊長がいればいいのだが……。

 とはいえ彼も大怪我を負ってまだ七時間だ。回復もままならないはず。さすがに寝ちゃってる――いやないな。あの人は起きてる気がする。

 とにかく行ってみよう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 能力の出自的にもある意味で神の使いみたいなとこあるからなあ
[一言] 瑞樹さん、私は個人的には彼のような人は好きですね!自己中だろうがなんだろうがマイペースでこれからも頑張って欲しいです♪ 私自身、自己中だから(笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ