144話 今晩はギルドに避難宿泊
さて、約四十数名がギルドに一晩泊まる。
まず必要なのが食事。
まあ当然どこの食堂もやってないし、食料品店も開いてない。
「うちって食べ物の在庫あります?」
その言葉にラーナさん、リリーさん、キャロルの三人は顔を見合わせる。
すぐにリリーさんが炊事場に、キャロルが購買に向かう。
ラーナさんは食材になりそうな備蓄はあるか、買取部門の職員を捕まえて聞いている。
しばらくしてすぐにキャロルが戻った。
「携帯乾パン(ビスケット)と干し肉はたくさんあるって」
あれか……異世界転移二日目に夜に口にしたあれだ。パッサパサのビスケットと、血の味がしっかりする干し肉。
購買のオットナーとミリアーナさんが在庫確認の作業をしてくれているようだ。
「じゃあとりあえず乾パンと、水を何かにいれて配りましょう?」
「わかった」
次いでリリーさんが戻る。
「瑞樹さん、炊事場には備蓄の食料はあまりありません」
あまり……ということはなくはないってことかな?
彼女の言葉に、一緒に炊事場へ向かう。
食材の備蓄棚を開けてみると、袋に入った小麦粉と塩、調味料、それとかごに入った根菜類が少しだけ。
その中にとある野菜を発見する。誰もが知ってる万能野菜――ジャガイモだ。
それと、かごの底のほうから、カピカピに干からびたリンゴが一個見つかった。
そこへラーナさんが戻ってきた。
「干し肉加工用の猪肉と鹿肉が数頭分と、薬草は大半は食べられるそうよ」
その報告に安堵した。
とりあえず食い物は何とかなりそうだ。
「それじゃあえっと、今晩の人数分の汁物でも作る準備をしましょう。お願いできますか?」
「何を作るんです?」
以前、メレンゲクッキーを作るときにリリーさんと話をしたが、彼女は料理をするというのを聞いている。
「ん~、とりあえず肉と薬草入れて、塩で味付けするぐらいですかねー。あーあと、小麦粉を水で練って入れちゃいましょう」
「水で練る?」
「はい。すいとんですね。まあパン作るみたいな感じですけど……リリーさん、パン焼いたことは?」
「パンはないです。買ってましたから」
「まあ普通買いますよね。俺も買いますし」
にこっと笑って大丈夫……と、アピールする。
「それはあとでいいので、とりあえず寸胴に水と、肉と薬草を用意しましょう」
「わかりました」
ラーナさんが女性職員に手伝いを頼みに向かう。
俺はさっそく寸胴をかまどの上に乗せると、魔法で水を満たす。
《詠唱、放水発射》
するとものの数秒で溜まった。
「じゃあ水を溜めときましたので、お湯にしてもらっていいですかね?」
「えっ!?」
リリーさんがキョトンとする。
俺がおどけた表情でじっと見つめると、彼女は思い出したように笑みを浮かべた。
お風呂に水を溜めるの見てるしね。
「それホント便利ですね」
「でしょ!」
他の大鍋にも水を溜めておいて、洗い物やその他に必要になる際に使ってもらうことにする。
「すみませんが少し席を外します。あとお願いできますか?」
「わかりました」
食材のかごから、ジャガイモと干からびたリンゴを手に取ると、裏からギルドを出た。
倉庫から鍬と鉈を持ち出すと、別棟横の花壇へ向かう。
以前、グロリオ草の栽培をした場所だ。
花壇というよりは家庭菜園の畑みたいな場所で、相変わらず何も植わっていない。
さて、まずジャガイモを鉈で、芽のあるところを潰さないように四等分に切る。
鍬で花壇を四ヶ所掘り起こし、切り分けたジャガイモを植える。
……まあこんなとこか。
辺りをキョロキョロと見渡して、誰もいないのを確認――
《そのものの成長を促せ》
しゃがんで『生育の魔法』を唱える。
これなら人に見られても、花壇を眺めているように見える。
おでこを土につけなくても、一メートルぐらいの距離ならちゃんと効く。もう土下座はせんでいいのだ。
と、すぐに芽が出た。
すくすくと成長し、葉をもっさりと広げ、白い花を数輪咲かせた。
……ホント、冗談みたいに早い!
昔のヨーロッパでは、ジャガイモはこの花を観賞するための植物で、食用ではなかったらしい。
たしか髪飾りにしていた有名人がいたと聞いた記憶がある。
芽に毒があるからだろうか。
知らずに食べて腹を壊すだけならまだマシで、へたをすると死ぬんだよ……ジャガイモの芽は。
この国では食料として流通しているから知識としてはあるのだろう。
んなこと考えつつ、さらに魔法をかけ続ける。
すると花が枯れ、葉も黄色く枯れた。
よし、頃合いだ。
鍬で上の土を掘り、茎を掴んで引っこ抜く。
――するとどうだ……根のところに八~十個ほどの大小のジャガイモが収穫できた。
こんなん笑うしかないよなー。
現代科学の観点では、植物の生長には、土から窒素、リン、カリウムなどの栄養素が必要で、葉から光合成を行い、二酸化炭素を吸って酸素を吐き出す。さらに実をつけるには、花粉による受粉が必要である。
ところがこの『生育の魔法』はそのどれも必要としない。チートすぎ。
しかも成長の時間が著しく早い。
でな、俺はこれ……おそらく『時間魔法』なんじゃないかと推察している。時間を早送りする魔法。
なので植物の成長以外にも使えるんじゃないかと思ってるんだが、近いうちにぜひいろいろ試してみたい。
ちなみに『保存の魔法』も『時間魔法』で、こちらは時間を遅くする魔法だろう。
ティナメリルさんの属していたエルフだけの魔法なのか、他のエルフも使えるのかはわからない。とにかくすごい魔法だ。
次に、別棟裏の空き地へ向かい、穴を掘って干からびたリンゴを埋める。
そして『生育の魔法』を唱えた。
《そのものの成長を促せ》
すると芽が出た……思った通りだ。やはり種は大丈夫だった。
苗はどんどんと成長し、立派なリンゴの木に成長する。
幹が太くなるので下がり、時折見上げては魔法をかけ続ける。
しばらくして白い花が、わさっと咲き誇った。
本来は受粉を行い、実ができたら端の実を切り落とす摘果をし、さらに数を減らして育ちのいい実だけを残す。
けれどこの魔法には必要ない。
たくさんの実がどんどん大きくなって、程なく真っ赤なリンゴが鈴なりに実った。
初めての挑戦で大成功。
自分でやっといてなんだが、成果を目にして唖然とした。
こりゃエルフは飯には困らんわな。
「ただいま戻りました」
炊事場にはリリーさんと、数名の女性職員がいた。
振り向くと、彼女たちは俺が手にしているのもを目にして一様に驚く。
右手には根っこにたくさんのジャガイモをつけた数本の茎、左手にはたわわにリンゴが実った数本の枝、それを引きずって戻ってきたのだ。
「とりあえずジャガイモだけ何とかしたので、これを汁物の具材に加えましょう。そうですね……茹でるか蒸してから塩ふって配りますか」
バターがあったら完璧だったんだがなー残念……。
何食わぬ顔でジャガイモの茎を差し出すと、彼女たちは互いに見合い、笑った。
俺のすることが斜め上すぎるのだろうな。
「でこっちはリンゴ。とりあえず切って配る分ぐらいを持ってきました。お願いできますか?」
手渡すと、枝についているリンゴを確認していた。
「あ、枝はあとで外に出しといてもらえますか? 乾かして薪にするんで」
「わかりました」
「ちなみにリンゴはですね、別棟裏の空き地に生えててまだ実がたくさんあるので、手が空いてる人がいたら取ってきてもらうとありがたいです。男性職員に頼むといいですかねー。まあもう日が暮れちゃうので明日がいいかな……」
「一応声だけかけておきます」
「お願いします」
みんなもう呆れるのを通り越して笑っている。
「それじゃあちょっと、町の様子を見に出かけてきます」
「今からですか?」
リリーさんが目を見開いて驚く。
「うん。火事の消火に行ってきます。もう日が暮れるんで目立たずに活動できますから」
「……でも瑞樹さん……その……ドラゴンと戦ったばかりで……」
俺のことを案じてくれるのか、少し顔が曇る。
「少し休まれたほうが……。それにその……もう危ない目には……」
「大丈夫ですよ。もう戦闘するわけじゃありませんし」
「……でも……」
言葉が続かず押し黙ってしまった。
そういやさっき、好きって言われたんだよな……。心配かけて申し訳ない。
近づいて彼女の両手をギュッと握る。
「サッと行ってパッと消してチャチャッと帰ってきますよ。安心して!」
「…………」
俯く彼女を覗き、小首を傾げてにっと笑う。
一度泣かせてしまった前科持ちだ。もう泣かせるようなことはしたくない。
料理を手伝ってくれてる職員数名が、リリーさんの肩に手を乗せて「大丈夫よ」と言葉をかける。
その言葉に納得したのか、こくりと頷いた。
「じゃあ皆さん食事の手配、よろしくお願いします」
「はい」
みんな一斉に返事をした。
時刻は17時半を過ぎている。
出かけようとした直前、玄関先で馬の蹄の音がした。
すでに玄関は施錠していたので、扉をドンドンと叩かれる。
「すみません! 防衛隊第三小隊の者です!」
玄関を開けると、二人の若い隊員がいた。
「ど、どうしました?」
「先ほど指示された、冒険者広場で見つけたものを持参しました」
「あー……」
そういえばお願いしてたな。別に明日でもよかったのに……。
「何かありました?」
「それが……」
口ごもる彼らの手には、何やら布に包まれた肩幅ぐらいの荷物を馬から下ろした。
カウンターに運んでもらった。
「うわあ!!」
驚いて思わず声が出た。
それは七十~五十センチの長さの牙三本と、三~四十センチの大きさの鱗三枚。
もちろんあのドラゴンのものだ。
さらに別の隊員は、べっちょりとした肉片を袋に入れて持ってきた。
「――これってドラゴンの……ですか?」
隊員が俺に確認するように聞く。
指示されたとはいえ、自分たちが手にしていたものを信じられなかったようだ。
「うん、まあそうです」
「……本当にドラゴンと戦っていたのか……カートン隊長は……」
二人の隊員は、互いに顔を見合わせて度肝を抜かれていた。
「あ、このことはまだ内緒にしといてください。カートン隊長にティアラからきちんと報告するまでは確定しないので」
「……わかりました」
「第三……ガットミル隊長には報告しても大丈夫です。けれど公にはしないで……と伝えてください」
「了解しました」
「わざわざありがとうございました」
深々とお辞儀をすると、二人は敬礼して立ち去った。
牙と鱗が得られるとは……しかもまさか肉片まであったとはな。んー……口のとこのかな。
炊事場にいたリリーさんや他の職員、今のやり取りに気づいた何人かが二階から降りてきた。
「ドラゴン、本当に撃退したんですね」
避難していた人たちやギルドに逃げていた人たちは、俺が戦っているところを見ていないので、話だけでは信じてなかったのかもしれない。
「……俺の机に置いておくので、皆に声をかけて見てもらうといいかもしれませんね」
驚いている彼らに目を向け、撃退の戦果を誇った。
「では行ってきます」
そう言い残し、日が暮れる夜の町へ出かけていった。