143話 恋模様の行方
ティアラへの帰り道。
ティナメリルさん、もういつものスンとした表情だ。
チラっとでも顔を見ちゃうと簡単に顔がにやけちゃうので、前を向いて並んで歩く。
頭ん中じゃずっと万歳三唱してる……選挙で初当選した代議士かってくらいな。
とはいえギルドに近づくにつれ、浮かれ気分を打ち消す喧騒が大きく聞こえてくるようになった。
怒号や悲鳴……どうやら大混乱は続いているようだ。
冒険者広場から戻るとギルドの裏側に着く。大通りを通らずに帰れるので混乱に巻き込まれずに済んだ。
ギルドに到着すると、みんな無事に到着していた。
俺とティナメリルさんが裏から顔を出すと、皆こちらを向いた。
店内には職員の他に一般人も多くいる。親し気な様子からも職員の家族のようだ。
ラーナさん、リリーさん、キャロル、ロックマン、レスリーと、いつもの面子が席に戻っている。
よかった、特にトラブルもなく帰れたようだ。
「瑞樹っ!」
俺に気づいたガランドがすぐに声をかけた。家族を迎えに行っていたのだが、どうやら無事だったようだ。
「ガランド! 無事だったか!」
思わずホッとして反射的に抱きつき、互いの無事を祝うかのように背中をポンポンと叩いた。
すると、彼の肩ごしに見知らぬ女性と目が合った。
ガランドの席に座っている女性……だいたい察しはつく。
何となく思慮深い感じが漂う美人で、綺麗な茶色のロングヘアーが少し乱れている。
「妻のスーミルだ」
ガランドの紹介に彼女はスッと立ち上がった。
目線が俺のちょい下ぐらい、身長はリリーさんと同じぐらいかな。
「スーミル、彼が瑞樹だ」
「いつも主人がお世話になっております」
「御手洗瑞樹です。こちらこそお世話になってます」
軽く会釈する彼女には疲労の色が見える。
「お怪我とかありませんか?」
「はい、大丈夫です」
おそらく精神的な不安からそう見えるのだろう。にこっと笑って安心感をだしとこう。
ガランドから事情を聞く。
東大通りから逃げようとしたが、「ドラゴンが東大通りを塞いでる」という騒ぎのせいで行き場を失った。
それで迎えに行った職員たちは、ギルドに戻るしかなかったという。
なるほど……それはさぞかし不安だっただろう。
俺がドラゴンを退けたという話を聞いたようで、皆、不思議そうに俺を見ては、感謝の言葉を述べてくれた。
「いつも瑞樹さんの話を聞かされてます」
スーミルさんの言葉にガランドは少し照れる。
よせやい、俺も照れるがな。
しばらくして、外へ避難していた職員たちを主任が連れて戻ってきた。
主任と数名の職員が迎えに行っていたらしい。
仲間との再会に歓声が上がる。
聞くと東大通りは大混乱で通れなかったらしい。それで横道から迂回して戻ってきたという。
主任が職員の確認を済ませ、ギルド長が声高に叫んだ。
「よし、ティアラの職員は全員無事だ! 皆の家族も無事のようだ!」
その言葉に一斉に歓喜の声が上がり、拍手が起こった。
あの大災害で一人の死亡者もいないのは奇跡に近い。本当によかった。
アッシュの姿がないことを尋ねると、彼は自分の泊っている宿を確かめに戻ったという。
あとで顔を出すらしいので、そのときにお礼を述べるとしよう。
時刻は16時を回っている。
いまだに市内は大混乱な上、あと一時間もすれば日が暮れる。
災害直後の一番怖い夜がやってくる。
「ギルド長!」
「ん、なんだ瑞樹」
「皆さん今日はギルドに泊まるんですよね?」
「そうだなー……」
ギルド長は少し言いよどむ。まあそこまでは考えてないよな。
「今晩はここに泊まるほうがいいかと。もう日が暮れますし、移動するのは危険です」
「ふむ、そうだな」
ギルド長が今晩はここに泊まることを勧めると、皆は安堵した表情を浮かべた。
そうと決まれば早速、みんなで準備に取り掛かる。
主任がいろいろと指示を飛ばす。
幸いギルドは部屋がたくさんある。三階は来客用の寝室だし、談話室、会議室の大部屋もいくつかある。
暖炉もあるし寒くない、毛布もおそらく足りるだろう。
「――瑞樹」
ティナメリルさんが俺に声をかけた。ちょっと表情が和らいでるかな。
「では私は戻ります」
「あ、はい。ティナメリルさんもゆっくり休んでくださいね。大怪我したんですから」
彼女は小さく頷いた。
そして別棟に戻っていくその後ろ姿を、俺はずっと見送った。
「瑞樹、副ギルド長と帰りに何かあったの?」
「えっ!?」
ラーナさんの指摘に、隠しきれない笑みがこぼれる。
「ああ~~もうくやしぃ~~!!」
突然、キャロルが地団太を踏む。
そういやティナメリルさん、キャロルは俺のことが好きだと言っていたな。
するとリリーさんも前のめりに聞いてきた。
「瑞樹さん、ティナメリルさんといいことありました?」
「ふぇ!?」
「いやだって……」
リリーさんも俺の様子が気になるのか、珍しくしつこく聞いてくる。
ガランドが女性陣を一瞥し、俺をじっと見て尋ねる。
「瑞樹、顔が緩んでるなー。副ギルド長と進展したのか?」
「いや……え、顔?」
ごまかそうにも顔が緩々なのが自分でもわかる。ダメだ……どうしても顔がしまらない!
「いいもん! 私、二番目でもいいもん! 瑞樹さん、私、二番目いいですか?」
突然、キャロルが俺に向けて宣言した。
「おおー!」
彼女の言葉にガランドとラーナさんは褒めるような歓声をあげた。
ラーナさんはすぐにリリーさんに目を向けると、キャロルの言葉に唖然としている様子。
それを見て大きくため息をついた。
彼女はリリーさんの背後に回ると、両肩をつかんで前へ押し出す。
「瑞樹! リリーがあなたに言いたいことがあるそうよ」
「ちょ……ラーナさん!!」
いきなりラーナさんに押しやられてリリーさんはあたふたする。
「――は!?」
「ほら……今、言わないと後悔するわよ!」
いくら俺でもこれは理解した。
察した俺は心臓がバクバクし、体が熱くなるのを感じる。
目の前のリリーさんは、少し俯き加減で顔を真っ赤にしている。
しかし覚悟を決めたのか、両手をギュッと握りしめたのち、上目で小さく呟いた。
「瑞樹さん……私も好きになっちゃいました」
やっぱりかああああ!!
告げた途端、彼女は顔を真っ赤に涙目になる。
いやその表情は反則でしょう!
と、ここでキャロルがミスに気づく。自分は告白してないということに……。
「あっ! 瑞樹さん、私も好き……好きです!」
その元気な告白に拍子抜けし、思わず笑いそうになる。
とはいえいきなりの二人の告白に、これがモテ期か……と経験のない事態に動揺する。
キャロルはともかくリリーさんまで。
一体どうしたん――あっ!
これあれか……さっきの俺と同じ、無敵モードか!
命の危機に遭遇して、とにかく思いは伝えておかないとマズい……と、感情が高ぶってしまってるわけだ。
俺もそうだったし、ティナメリルさんもたぶんそうだ。
チューしたしな!
そう……俺さっきティナメリルさんと両想いになったばかりなんだよ。そこに二人から好きと言われても……。
「いやいやダメでしょ、二番目とか……。俺はそういう――」
「なんでだ?」
「『なんで』!?」
ガランドの質問に、俺は口を半開きにして振り向く。
「瑞樹はキャロルとリリーのこと嫌いなのか?」
「んなわけないでしょ! 二人とも素敵だし好きですよ。でも俺、ティナメリルさんと――」
「じゃあいいじゃないか。奥さん三人いても」
奥さん三人!? 何言ってんだコイツ!!
いやいやいや、早い! 早いよ! 気が早い!! なんですぐ結婚になる!?
他の人たちは寝泊まりの準備に入っているのに、ここだけ恋模様が急展開を迎えている。
「言ってる意味がわからんぞ!」
そう言った瞬間、ある単語が思い浮かんだ。
「――もしかしてこの国って『一夫多妻』なの?」
「なんだ、イップタサイって」
あれ? 言葉が通じてない。そういう単語はないのか?
「いや、男一人に奥さんが複数いるって状態のことなんだが……」
「そんなん普通だろ」
ガランドは不思議そうな顔をする。
「普通なわけあるか!!」
思わず叫んだ声が大きかったようで、店内にいた何人かがこちらを振り向いた。
慌ててこの場を納める。
「と、とにかく今はそれどころじゃないのでこの話はあとで……」
俺の言葉にガランドも思いなおす。
そうだな……と少し反省の色を見せると、奥さんを連れて移動した。
ラーナさんも、リリーさんとキャロルに何か耳打ちすると、二人とも落ち着いたのか、スッと仕事モードに切り替わった。
何を耳打ちしたのか気になるが、とにかく今は非常事態。
色恋沙汰は二の次だ。
――と思いつつ、ティナメリルさんと両想いという事実に脳内は浮かれまくっていた。
「それにしてもこの国は一夫多妻なのかー……」
誰にも聞かれないようにボソッと呟いた。
お待たせしました。
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