142話 帰路にてティナメリルさんと……
アッシュは大きく背伸びをする。
ドラゴンに蹴とばされ、顔を焼かれたはずの身体が無傷なことに、今更ながら驚いている。
「瑞樹、今度お前のこと、いろいろ聞かせてくれ!」
「ん? ――断る!!」
その言葉に彼はやっぱりか……と口角を上げて笑う。
彼は、護衛がてらティアラへ同行すると言ってくれた。
たしかに町は今、大混乱だからな。戻るときにトラブルに巻き込まれても困る。
彼の申し出に、俺も素直に感謝を述べた。まあ魔法のことぐらいはそのうち少し話してやるかな。
受け取ったウエストポーチを腰につけていると、ギルド長が俺の前に来た。
「ゆっくり帰ってこい!」
肩をポンと叩いた。
彼の表情はとても柔らかい。上司というより、父親が息子に声をかけるような雰囲気が漂っている。
ギルド長は、そばにいるティナメリル副ギルド長に目を向けると小さく頷いた。
あとは任せる……という意味だろうか。
何となく気を利かせてくれるのかな……と、心遣いに少し照れた。
じゃあ……お言葉に甘えて少し遅れて帰ろう。
先に進むみんなを見送る。
すると、帰りかけたキャロルが戻ってきた。
「瑞樹さん!」
「ん、どうした!?」
ポケットから俺のスマホを差し出した。
「戦っているところを撮っておきました」
「えっ!?」
驚いてる俺の手を掴んでスマホを握らせると、いきなり左頬にキスをした。
「――ッ!?」
彼女はティナメリルさんに目をやり、少しムッとした表情を見せる。
呆気に取られていると、キャロルはラーナさんに呼ばれ、俺の手を名残惜しそうに離して戻っていった。
「彼女、あなたが好きなのよ」
「えっ!?」
ティナメリルさんに目を向けると、彼女は俺を見て微笑んでいる。
「い、いや~そんなこと……え、マジですか!?」
「誰でも気づくわよ」
どうやら右頬にキスをした副ギルド長への対抗意識ってことらしい。
「そうか……それは……嬉しいです」
正直、そうかな……と思うときもあった。
けれど自意識過剰と思われたら嫌だったので考えないようにしていた。
何せ大学でも彼女できなかったし、自分に好意を寄せられることに自信が持てなかった……。
先を行くキャロルを見送る。
今回は俺とティナメリルさんに気を使ってくれたのか……。
少し心がチクリとした。
ドラゴンの襲撃で市内はまだ大混乱のようで、あちこちの喧騒が耳に届く。
「えっと……じゃあ帰りましょうか」
二人でゆっくりとギルドへ向かって歩き出した。
ふと、先ほどのやり取りに違和感を覚えた――
ん、あれ? いやちょっと待って……ティナメリルさんが人間の恋愛に気づいた!?
ティナメリルさん……人に興味を持つ感情が戻ってきたのだろうか……。
彼女に目を向けると、俺の視線に気づいてこちらを向いた。
期せず恋愛話の流れになってね?
……この空気なら……聞ける気がする!
「ティナメリルさんはその……どうなんです? 俺のこと……とか」
以前しちゃった告白の答えを聞きたくなった。
俺の交感神経が活発になり、疲れも顔の痛みもどこへやら。心臓がバクバクしている。
そんな俺を見る彼女の表情は優しく穏やかだ。
「そうね……、瑞樹はなぜ私のことが好きなの?」
「え!?」
意表をつかれた返答に焦る。
「ちょ、質問に質問で返すやつですか。ずるいなー! でもティナメリルさんなら許しちゃう」
少しおどけた口調で反論し、ふうと息を吐いて真面目に答える。
「以前、お茶会のときに言ったと思うんですが、日本にはエルフいないんですよ……空想上の種族。なので憧れが強いから好きになるハードル……あー……」
ハードルに代わる適切な単語が浮かばなくて悩んでいると、ある単語がポンと浮かんだ。
「一目惚れしちゃう感じですかね。わかります? 一目惚れ」
彼女はわかるという頷く。
「ティナメリルさんとお近づきになれて……こうやって散歩するだけでもすごく嬉しいんですよ」
そしてはたと気づく。
「あ、これ今、デートみたいですね、デート」
「デート?」
「そうです。好きな人と一緒に散策したり、買い物したり食事をしたりする行為です」
「――ふぅん」
俺の説明に笑みがこぼれる。
あれ? ティナメリルさん……めっちゃ上機嫌じゃね?
こんなに楽しそうなの見たことないな。相当機嫌がいい気がする……。
こ、これはいけるんじゃないか?
「ティナメリルさんは俺のことどう思って――」
「――ねえ瑞樹」
俺の言葉が遮られる。
「……はい?」
「私はエルフで人間ではないのよ。年齢も人間でいうと、お婆ちゃん……になるのかしら」
「気にしません。知ってますし!」
むふーと鼻息荒く即答する。
「人と寿命が違うから、人との付き合い方がわからないのよ……」
「あーそれか……」
たしかに彼女にとってはそれが一番のネックなのだろう。
エルフと人間が付き合う場合、必ず人間が先に死ぬ。それが嫌だから好きになりたくない……というやつかな。
今の口ぶり……何となくだが、彼女は諦めてもらう理由を言ったのかもしれない。
寿命が違うから無理よ……と。
「ねえティナメリルさん……」
「ん?」
「ティナメリルさんは、俺が今、死んだら泣きますか?」
突然、彼女の足が止まる。
俺としてもかなり自意識過剰な質問だと思う。むしろ中二っぽいか……。
だがここは攻める。さっき泣いてたもん!
「ちょっと意地悪な質問でしたか?」
「……いえ」
「エルフは寿命が長いから、人と親しくなってもすぐ死んじゃうからつらい。なので親しくならないように距離を取る……的なやつですか?」
彼女の少し思い悩む表情に、慌ててフォローする。
「違うなら違うって言ってくださいね。的外れなこと言ってたら恥ずかしいので……」
少し長めの沈黙のあと、少し憂いた表情で呟いた。
「……わからないわ」
「でも人間とお付き合いしてもいいという感情はあるんでしょ?」
以前いただいた日記には、人と生活を共にしていたという記述がある……けど詳しいことが書いてなかった。
夫婦だったのか、ただの共同生活だったのか、死に分かれて辛かったとか、そういう記述がない。
その頃はまだ、人間との感情の機微がうまく理解できなかったのかもしれないな。
付き合い方がわからないと言われても、たかだか二十二年しか生きていない俺に、わかるわけがないのだ。
「まあ見当違いでもいいんですけど……。そうだな、せっかくなんで宣言しときます」
俺の言葉に彼女は眉がぴくっと反応した。
「俺はティナメリルさんが好きです!」
よし、頑張った俺! ガツンと言ったった!
辺りの喧騒が急に静かになったような気がした。
「ティナメリルさんが俺のこと好きになって、先に死なれて将来悲しい思いをするのが嫌だと言われても知ったことではありません。むしろ絶対忘れてもらわないよう、骨に刻み込むつもりで爪痕残して死にます」
俺の全身全霊の告白に、彼女は少し驚いている。
冷たい風が、彼女の長い髪をさらさらとたなびかせる。
一瞬、ちょっと嬉しそうな表情をしたのを見逃さなかった。
しかしすぐに口角をキュッと締め、軽く頷くと何も言わず、再び前を向いて歩き始めた。
ダメかあああああああああああああ!!
いや……まだ返事がダメと決まったわけではない!
考え中なのかもしれないし……勝手に解釈するのはまだ早い。
お互いに沈黙したまま歩く。
「ねえティナメリルさん、さっき部屋を訪れたとき、逃げずにずっと座ってましたよね。あれはなぜです?」
ふと思い出した。
逃げる前のあの状況……あきらかに不自然だ。
彼女は歩きながら考えている様子。
「わからないわ。ただ……もういいかなと」
その言葉に内心衝撃を受ける。
「何がです? ――生きるのに疲れたとかですか?」
「いえそれは……。でも……そうね……そうかもしれないわね」
「このまま死んでもいいとか思ってました?」
「そんなことは……」
彼女は必死に否定しようとする。けれど自分で気づいてしまったようだ。
「――そう思っていたのかもね」
「なるほど。無意識で生きるのを諦めちゃう感じですか……」
彼女は何も言わなかった。
いくら記憶を消して長生きをしても、深層意識では『もう生きるのに疲れている』のかもしれない。
記憶の保存もできずに消去しての長生き、しかも人間社会にずっとたった独り。
不安と虚しさが、生きた年数積み上がっている。
そのため、いざ命の危険が訪れたとき、生を終わらせることを自然と受け入れちゃうのか……。
災害時に一人暮らしのお婆ちゃんが「あたしゃここで死ぬよ」と諦める状況に似ている。
そしてそれが無意識に発動する……と。
もちろんただの推測だ。
けれど先ほどの行動は、それを裏付けるには十分ではなかろうか。
あのとき、逃げない彼女にカチンときたが、彼女自身にはどうしようもないってことか。
…………。
ふむ……だったらそれに打ち勝つ動機を与えらればよいのでは?
「でも今は違わないですか?」
「ん?」
「さっき俺に抱きついてキスしてくれたじゃないですか!」
嬉しそうにティナメリルさんを見やると、彼女も思い出したのか、少し照れがみてとれた。
俺の言葉に明るい表情……これは手応えあるか?
彼女の数歩先に進み、振り向いて告白する。
「俺、好きだったのがすごく好きになったんですよ、ティナメリルさん!」
どんなに頑張っても俺のほうが先に死ぬ。
死後、数百年も経てば、彼女の記憶からも消え、日記に記された名前だけになる。
ティナメリルさんが俺にキスをした……そのことも彼女は忘れてしまう。仕方のないことだ。
けれど忘れられるのは嫌だ、という思いは伝えておきたい。
「『忘却の秘術』でしたっけ? 忘れちゃうやつ。あれしても忘れないように、記憶に刷り込むつもりで生きますので!」
彼女は歩みを止めずに俺を追い越す。その横顔は少し緩んでいた。
なんで俺もこんなこと言ってるんだろう……。
ドラゴンとの戦闘から生き残れた高揚感だろうか、テンションがおかしなことになってるな。
いわゆる無敵モードだこれ……。これはもういくっきゃない!
横並びに必死に口説く。
「まずは今日、『ドラゴンから自分を救った人間』ということで、ちったあティナメリルさんの心に爪痕残したと思うんですが、どうでしょう?」
痛いとこを突かれたのか、彼女の顔がさらに綻ぶ。
「ここ……ここにチューしたでしょ!? 俺、すごく嬉しかったんですから。ティナメリルさん!」
ほっぺを指さしながら必死にアピール。
「正直、将来のことなんか知りません! 今日だって十分死にかけたでしょ――」
「んふっ――」
彼女は突然吹き出した。
「なっ……」
必死の口説きを笑われたと思った。
くっ……と悔しく思った次の瞬間、ボソッと彼女が口走る。
「――好きよ」
「すっ……えっ!?」
ふいの告白に足が止まり、目をぱちくりさせた。
数歩先に進んだ彼女は、足を止めて振り返る。
「好きよ、瑞樹」
このときの、ティナメリルさんの少しはにかんだ笑顔を、俺は一生忘れないだろう。
彼女の言葉に、俺の無敵モードが終了した。
心臓がバクンバクン音を立ててフル稼働、全身の血液がひゃっほいと駆け巡り、体温が急速に上昇する。
街の喧騒がまったく聞こえない。
「それはえっと……男女の恋愛的なやつってことです……よね」
口にしてすぐ、自分でも情けないな……と思ってしまった。
普通ここでそれ聞くか?
彼女の真意を確認してしまう自信のなさを猛省した。
俺の言葉に一瞬「ん?」という表情を見せると、すぐに何か理解した様子。
おそらく、エルフと人間との感情表現の違いを気にしたのだと思われたのかもしれない。
笑みを浮かべながら彼女は近づくと、そっと両手で俺の頬を包む。
ゆっくり顔を近づける。
今度は鼻先は触れなかった……。
彼女はそっと唇を重ねてきた。
俺はいきなりのことに驚いてしまい、目を見開いたまま固まっていた。
数秒後、彼女が離れて答える。
「これでいいんでしょ?」
ティナメリルさんは愛おしそうに俺の目を見つめて微笑んでいる。
俺は自然と彼女の腰に手を回し、ギュッと抱きしめた。
「すみません……不意打ちだったのでよくわかりません。もう一度してもらっていいですか?」
ティナメリルさんが俺のことを好きだとわかった。
超嬉しい!!
もう離したくない!!
その思いが一層強くなる。
俺の言葉に唖然とするがすぐに、しょうがないわね……という表情をし、俺の首に手を回す。
そしてお互いに目を閉じ、再び口づけを交わした。
いやったあああああああああああああああああああああ!!
少し肌寒い夕暮れ前、抱きしめる彼女の温もりに喜びをかみしめる。
フランタ市を襲ったドラゴンを追い払った結果、俺は最高のお宝を手に入れた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
このあとの話を全面改稿する必要がでてきたため、次話以降の投稿をしばらく休みます。
予定では二週間後(20日)の予定です。
お楽しみのところを申し訳ありませんが、ご了承ください。
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