139話
掛け声と同時に、カートン隊長がゆっくりドラゴンの前に進む。
およそ人が相手していい存在ではない。
よく俺の「かかれ!」と号令で立ち向かえるな。カートン隊長はすごい。
……勝算はあるのか?
隊長が数メートルまで近づくと、攻撃範囲に入ったのか、反応して右の前足を振り下ろした。
太い丸太ほどの前足、先には尖った数本の爪、重量も数トンはあろうかという攻撃――それがカートン隊長を襲う。
上段に振り上げた大剣に爪が触れ、剣ごと身体を押しつぶす――
次の瞬間、奴の振り下ろされた前足は、カートン隊長の前に突き刺さっていた。
……あれ? 軌道を逸らした!?
どうやら受けるのではなく、滑らせて受け流したようだ。
ドラゴンは身体を起こすと、今度は左前足を振るう。
すぐに隊長は向きを合わせ、先ほどと同じように振り下ろされた爪を、逆向きに剣で滑らせるように逸らした。
「おおお……」
俺は思わず感嘆の声が漏れた。
どう考えても人間の力で防げる重量ではない。それをカートン隊長はしっかりと受け流している。
よくもまあ振り下ろす奴の爪を視認して的確に当てられるものだ。
……あっ、《動体視力強化》か。爪を瞬間的にはっきり見てるわけか。それで剣をしっかり当てて、怪力技で受け流している。
いや、それだけではないな。
おそらく剣技……というべきか、そういう技術の賜物だろう。焦る様子もなくドラゴンと対峙している。
いやはやカートン隊長……度胸があるというか、心臓に鋼鉄製の毛でも生えてんじゃないかな。
肩書は伊達じゃない!
ふむ……これ、ブレスさえ何とか凌げれば、人間様でもドラゴンの相手はできるんじゃね?
そう思わせてくれるほど、カートン隊長の剣技は素晴らしかった。
次いでアッシュが攻撃に移る。
彼もまったくビビらずドラゴンに向かう。
ドラゴンの爪を食らわないよう注意して、少し回り込んでから左の後足へ攻撃。渾身の力でアッシュが剣を振り下ろす。
初めて見る彼の攻撃は豪快そのもの、ぶっとい大剣を軽々と振り下ろす……が、ドラゴンの表皮は硬い。
背中の分厚い大きな鱗に比べれば、足のは遥かに小さく薄い鱗。それでもほとんど傷がつかない。
一旦下がると、今度は横薙ぎの姿勢で構える。
奴が前足を戻すタイミングで突撃し、斜め下から振り上げる。
まるで左打ちの大リーガーがホームランを豪快に放つような大振りだ。
すると見事、奴の鱗の隙間に滑り込むように剣が刺さった。
刃先数センチの切り込み、人類初のドラゴンへの攻撃成功だ。
すぐさま離れる。
今の攻撃に対するドラゴンの反応はない。
奴の痛覚が鈍いのか、それとも表皮が厚すぎて中まで届いていないのか……。
それでもアッシュは手ごたえを感じたようで、離れては打ちこみ、また離れては打ちこみを繰り返す。
剣士二人の戦いっぷりを初めて目の当たりにした。
俺はというと、二人の攻撃を高みの見物……ではなく、状況をゆっくり観察している。
ダメージを与えるのが無理でも、三人で奴の攻撃能力が尽きるまで耐えれれば、そのうちドラゴンは諦めてさせることもできるのではないか……。
突然、ドラゴンが攻撃を止め、翼をバッと広げた。
俺はすぐに叫んだ!
「戻って! 俺の後ろに!!」
二人はその声にすぐさま反応――隊長はバックステップしたのち反転、アッシュは身を翻して猛然とダッシュ。
反応が速い。そういえば城壁の上で俺の戦闘を見ていたと言っていたな。
俺はドラゴンの口元だけを見ていた。
二人は俺の後ろに入ると、肩をポンと叩いた。
ふわりと飛び上がった奴は、翼を引き寄せて小さく羽ばたき、静止すると口を開いた。
もう何度目だか……馬鹿の一つ覚えでタイミングも覚えたぜ。
《詠唱、最大放水発射》
おでこから放たれる大量の水と、ドラゴンのブレスとの撃ち合いが、水の蒸発する凄まじい爆発音を轟かせる。
「うおおおおおお!!」
「ぬああああああ!!」
初めて俺の魔法を目の前で見る二人、その迫力に絶叫している――が、その声もかき消すほどの轟音だ。とてつもない恐怖だろう。
数秒後ブレスが止み、放水を止める。
《停止》
ドラゴンが着地すると、辺りには濛々と水蒸気雲が立ち上っていた。
呆然としている二人にすぐさま声をかける。
「はいボーっとしない! 前へ前へ!」
二人は俺の声で我に返り、すぐさま定位置に移動する。するとドラゴンは再び前足で攻撃を始めた。
カートン隊長がタンク、アッシュがアタッカーだ。
彼らの戦闘を見ながら、俺はある攻撃を思いついていた。
しかし二人に説明する暇がない……というかバラしたくない。
……まあ黙ってこのままやるか。
ドラゴンの注意は、攻撃を受け流すカートン隊長に向いている。
《我が姿を隠せ》
俺は『隠蔽の魔法』でスッと姿を消して、奴の右側面に回り込む。
姿が見えなければ尻尾は飛んでこない。
ゆっくりと移動し少し距離を取る。ドラゴンにも二人にも気づかれていない。
ドラゴンの頭に目をやる。攻撃で多少上下はしているが、目は見開いたまま隊長を見つめて攻撃している。
――いける!
《詠唱、大石弾発射》
ズパン!
奴の目ん玉に戦車砲の石弾を発射!
発射音と同時に奴の右目が破裂するのが見えた。
よっしゃ見事に目玉にヒット……と同時に俺の姿が現れる。
途端、奴がもんどりうつような叫び声を上げた。
「ウギャアアアアァァァアアア!!」
石弾は奴の頭蓋の奥にでもぶち当たったか。
「よし――」
命中を喜んだのもつかの間、攻撃を仕掛けていた二人がそのあおりを食らったことに気づく。
「―――ッ!」
カートン隊長は、逸らした前足がそのまま戻ってきたせいで、手の甲で払われるみたいに吹っ飛ばされた。
鋭い爪が隊長の横っ腹を襲う――
が、大剣を腹の横で構える恰好になっていたため、腹を掻っ捌かれずに済んだ。
不幸中の幸い……。
とはいえ隊長の身体が宙に舞う。
大型ダンプに撥ねられるほどの衝撃だろう。骨の数本は折れ、内臓もやられたのではなかろうか。
大剣は隊長の手から離れ、くるくると飛んでいくと地面に突き刺さった。
「――ングッ!」
アッシュは切りかかろうとしていたときに、後足が自分に向かって跳ね上がるのが見えた。
反応素早く、咄嗟に大剣を盾代わりに防ぐ。
しかしこちらも貨物列車に撥ねられるレベルの重量をモロに受け、身体は空高く後へ吹っ飛んだ。
「隊長! アッシュ!」
吹っ飛ぶアッシュを目で追ったが、先にカートン隊長のもとへ向かう。
《詠唱、更新》
じわじわ回復する治癒魔法を唱え、防具の襟口を掴んでアッシュのところへ引きずって向かう。
ドラゴンに目を向けると、数歩後ずさりして苦しんでいる。
首を曲げ、短い腕を右目のところに当てようとしている。
まるで人間みたいな仕草だ。
どうやらこちらに向かってくる様子はない。
急いでアッシュにも更新を唱え、同時に大ヒールも唱える。
《詠唱、大ヒール》
十数秒後、カートン隊長にも大ヒールをかけた。
カートン隊長は意識がなくぐったりとしている。アッシュは何とか意識がある。
「隊長! カートン隊長!」
頬をペシペシするが反応が無い。
息はある……死んではいない。傷の完治は済んでいるはずだが意識が戻らない。
「アッシュ! 大丈夫か?」
「……ああ。問題ない!」
そう答えたアッシュも、再びドラゴンに対峙するのは無理そうだ。
となると、この二人をまず避難させなければ……。
どうするか……どこに逃がすか……、辺りをキョロキョロしていると、地面に刺さっているカートン隊長の大剣が目に入った。
そのとき、ある出来事が頭をよぎった。
急いでカートン隊長の大剣を拾いに行く。
うおっ! さすがに重い!
すぐさま《剛力》を発動して両手で持つ。構えるだけなら俺でもできた。ちょっと感動……。
ととと、それどころではない! 剣を持って二人のところへ戻る。
襲ってこない今、急いでアッシュにある作戦を伝える。
それを聞いたアッシュは、
「――ホントに可能なのか!?」
驚いた表情で、俺を凝視した。
「一か八かだ。ダメなら全員焼け死ぬ!」
もちろん焼け死ぬつもりはないが、奴に強烈な一撃を与えられる可能性がある作戦だ。やってみる価値はある。
ドラゴンを見ると、肩で息をするような仕草でこちらをじっと見据えていた。
ダメージを受けてショックでも受けたか……ざまあみろ!
もし襲い掛かってきたら作戦中止。アッシュにカートン隊長を引き連れて離れてもらう。俺一人でまた鬼ごっこだ。
だが来ないなら――
そう思っていたそのとき、ドラゴンがふわりと空に飛んだ。
◆ ◆ ◆
ドラゴンは突然の右目の激痛に絶叫した!
「ウギャアアアアァァァアアア!!」
痛い痛い痛い!
わけがわからず慌ててのけぞる。何が起きたのかまったくわからなかった。
一体、何をされた!? 何も見えなかったぞ!!
もちろんドラゴンは、三人の人間の一人が姿を消し、隠蔽状態から攻撃してきたなどとわかるはずもなかった。
ドラゴンは自分の置かれている状況がすでにわからなくなっている。
気晴らしに人間の都市を襲ったものの、途中から火の手も上がらず、目の前の人間が倒せずにいる。
それを追いかけるのに夢中になっていたら、途中で人間が増えた。
構っているのが面白くてつい相手をしていたら、いきなり右目に激痛が走り、見えなくなったのだ……。
もしかして目を攻撃されたのか? どうやって!?
なぜ今ここにいるんだっけ? 何しに来たんだっけ……忘れたな。
……何だかいい加減、疲れてきた。
――次で最後にしよう!
だがあの人間だけは許さない! あの竜語を話す人間……何をやっても倒せないあの人間だけは絶対に許さない!
きっと炎の威力が足りないのだ。もっと強力なのをお見舞すればきっと倒せる。
最後の一撃……ギリギリまでガスをいっぱい溜めて吐き出そう。
威力と時間を伸ばせば、きっとあの人間どもを焼き払えるはずだ。
人間がああ……人間如きがああ!!
逃げない人間を見据えつつ、ただひたすらブレスの準備に備えた。
「にぃんげぇんごぉとぉきぃがぁ――ッ!」
唸るように小さく吠えると、その巨体をふわりと浮かせた。