138話
フランタ市の東地区にある雑貨街を南に抜けると川が流れている。
流れは緩やかだが、川幅と深さはそれなりにあり、何か所か橋が架かっている。
その一つを渡った先に冒険者広場がある。
かなりの広さを有する場所で、広場の入口に衛兵の待機所がある。
寒い時季でも葉を落とさない常緑樹があちこちに植えてあり、ピクニックにはもってこいの公園といったところだ。
地面も常緑の草が生えていて、年中通して緑が見られる。
南東の城壁に隣接しており、何の施設かはわからないが小屋もいくつか建っている。
初めてやってきたのがドラゴンを引き連れてというね……とてもはた迷惑である。
見ると冒険者のテントは見当たらない。
寒すぎて利用していないか、それともドラゴンの襲撃で荷物をまとめて逃げたか、とにかく誰もいなかった。
招き入れたドラゴンは、広場にやってきてからも、懲りもせず俺を追いかけ回す。
大きな楕円を描くように移動する様は、まんま『鬼さんこちら、手の鳴るほうへ』と鬼役を引っ張って遊んでいるように見える。
目隠しをしているわけでもないのに、ドラゴンは俺をゆっくりと追いかける。
巨体をずりずり引きずるせいで草が剥がされる……まあ誘導の目印になっていいが、管理者がいたら激怒ものだな。
しばらくすると、奴がピタッと歩みを止める。
おっ、ブレス攻撃だ!
すぐさまダッシュで五十メートル程度の距離をとる。
奴は翼を広げてふわっと十メートルぐらい飛び上がり、こちらをじっと見据える。
小さく羽ばたいてバランスをとると、口を開いてブレスを放つ。
俺は合わせて放水、数秒間撃ち合うとドラゴンは落下。
すぐにドラゴンが追いかけ始めるのでまた逃げる――
……これで五回目。
何というか……こいつは学習しないのか? それともそういう習性なのか?
適度に距離を開けていると、のっしのっしと追いかける。攻撃しようにも前足が届かないからだろう。
じゃあ一気に近づいてきて、殴りかかってくるかというとそうでもない。
とにかく俺の逃げるのに釣られて追うのみ。
とはいえ奴はゆっくりでも歩幅が広いので、ジョギングよりはペースが速い。普通ならへばってダウンしているな。
身体強化術の《俊足》のおかげで軽いペースで走れている。
一度だけ試しに、奴の目ん玉に石の魔法で砲撃できないかと横移動しようとしたのだが、危うく死にかけた。
進行方向からずれて回り込もうとすると、身体を捻って尻尾がとんでくる。
もし尻尾に気づいて後ろに跳び避けなかったら、撥ねられて死んでいた……。
だが攻撃できるとすれば目ぐらいしかない。他は全部、硬い鱗に覆われている。石弾じゃ傷すらつくまいて。
何とか狙う機会がないかと窺っているのだが、俺も鬼ごっこの体力維持するので手いっぱいである。
距離を間違えると、奴の手が飛んできて終わりだしな。無理はしない。
しかし……そろそろ燃料切れになってもいいんじゃないのか?
もう十回ぐらいはブレス放っているだろ! どんだけ撃てるんだコイツ!!
襲撃からまだ一時間といったところだろうか……さっきより日は傾いたか。お日様沈む頃には帰ってくれないかなー……。
逃げながらそんなことを考えていた――
そのとき、遠くから誰かの叫び声が聞こえた――と、思ったらドラゴンの真上に人影が見えた。
「――――ァアアア!!」
空から落下しながら大剣を一閃!
ッカ―――ンッ!
ドラゴンの頭に見舞ったその一撃は、金属音の甲高い音を響かせた。
その打撃により、ドラゴンは一瞬だけ頭が下がった。
途端、驚いたのか俺を追う歩みを止めた。
俺の真後ろに着地したその男は、全身フル装備の革防具を装着しており、誰だかわからない。
ドラゴンに注意を払いつつ後ろ向きで下がり、その人物の顔を見た――
防衛隊第一小隊のカートン隊長だ!
手にしている剣は、俺の身長はあろうかという大剣。いわゆるロングソードをそのまま大きくしたような見た目だ。
「――――カートン隊長!?」
「……くそう、あいつの頭は硬いな!」
「は!?」
一瞬、何事かと驚いた。
ドラゴンに挑む人間など、勇者かチートスキル持ちの転生者ぐらいだと頭をよぎる。
普段の防衛任務で腰にぶら下げている剣とは違う、ゲームでしか見ないような背丈ほどもある大剣――それを軽々と振り回す隊長は、実は強い人物なのかと期待した。
「た、隊長……ドラゴン倒せるんですか?」
「いや、お前が戦っていると聞いて、手を貸しに来た!」
ドラゴンは動きを止めている。
人間が増えたことに驚いているのだろうか……それとも頭を殴られてびっくりしたのだろうか。
俺の左隣に来ると、ドラゴンに対して剣を構えた。
「なんかこう……一撃必殺の大技、持ってるんですか?」
「――いや」
「えっ?」
俺はドラゴンが動き出さないかとひやひやしながら、カートン隊長に尋ねる。
「じゃあ何しに来たんです?」
「ドラゴンを倒すためだ!」
「どうやってです?」
「お前も戦ってるんだろ?」
「戦ってませんよ! 逃げてるだけです!」
カートン隊長が俺に向く。その表情は驚いたように「えっそうなの?」という表情だ。
あ……これダメだわ!
「……てかなんで頭殴ったんです? 普通目でしょ狙うの。目ぇ!」
自分の目を指さして文句を言う。
と、そのときまた、遠くから声が聞こえた――と思ったら、止まっているドラゴンの上に人影が見えた。
「――――ォオオオオ!!」
彼もまたドラゴンの頭めがけて大剣を一閃!
ッカ―――ンッ!
またもや甲高い金属音を響かせ、ドラゴンの頭が一瞬だけ下がった。
後ろに着地した男には見覚えがあった――
冒険者のアッシュだ。
革装備に身を包んだ彼の大剣は、カートン隊長のより幅が広く大きい。だがドラゴンにはまったく効いていない。
「――アッシュ!?」
「ちくしょう!!」
「『ちくしょう』じゃねえよ!!」
反射的に言い返す。
「こっち来い! このバカ!」
「何だとっ!?」
アッシュは俺の右隣に来た。
「なんで目ぇ狙わないんだよ! 頭叩くバカどこにいんだよ!?」
カートン隊長は、剣を構えたまま前を向いて黙っている。そういや隣にいたわ……。
「古今東西、ドラゴンで一番柔らかい目を狙うのは常識だろ! 知らねえのかよ!?」
「……そうなのか?」
「こ……んの~バカッ!」
ドラゴンは不思議と、俺たち三人の漫才を黙って聞いている。
頭にダメージが入った……ようには到底見えない。
状況的に初めてブレスを防いだときに似ている。おそらく起きた出来事に対応できていないのだ。
「何しに来た!」
「お前が戦っているのを見て、手を貸しに来た!」
「……見たってどこで?」
「城壁の上だ! みんないるぞ!」
「えっ?」
どうやら城壁にギルドの面々がいるようだ。
が、ちょうど位置的にドラゴンで陰になっているようで見えない。まあ見ている余裕もない。
「カートン隊長もですか?」
「ああ。彼らに話を聞いた」
なるほど。たしかに戦っているようには見えるわな。実際、奴のブレスを防いでいるんだし。
まあとにかく盾役二人が来たことは素直に感謝しよう。
「よく聞いて! あいつの真下には入らないように。横に行きすぎると尻尾が飛んでくる。奴は前足を交互に払う動きで攻撃をする。捌けるようなら捌いて。翼を広げて飛んだらすぐ俺の後ろに入る。わかった?」
「わかった」
「おう」
二人がどの程度の実力者なのかはわからない。
だがドラゴンに向かってやってきたこと自体、それなりに自信があるのだと信じたい。
「隊長が奴の攻撃を受けて流す。アッシュはそれが始まったら奴の後足を攻撃。まずはそれでやってみましょう」
「「了解!」」
人間三人がドラゴンに挑む。果たしてどうなることやら……。
「では行きます。開始!」