136話 対ドラゴン戦、開始!
東門へ向かう途中、先ほどの戦闘があった方角に目を向ける。
脱出したあとにドラゴンが飛び上がった形跡はない。しかも建物が破壊される音がしない。
ということは、まだ大通りにずっと座ったままなのだ。
……なぜ微動だにしない!?
逃げる前にチラっとみた様子を考えると、意表を突かれて呆けている……と見えなくもなかった。
ブレス後の光景に驚いたか、または水を突然被ってびっくりしたか。
それにしても、俺も正気の沙汰ではないな……ドラゴンに再び立ち向かうなんて。
だが放置もできない。あのままだと確実にここにやってくる。
そしたら全滅だ。
それだけは避けなければならない。動き出す前に何とかしなければ……。
そんなことを考えながら東門に到着。
大きく息を吐いて、入口の横からチラっと顔だけ出して様子見。
ちょうど掌ぐらいの大きさに見えるドラゴンが、大通りのど真ん中を封鎖する形でお座りしている。
頭を傾げ翼を畳んだそのシルエットに思わず――『鎌倉の大仏』を連想してしまった。
奴が動かない理由は何だ……。
びっくりしたのだろうというのは間違いない。どうしていいかわからなくなり動けなくなった状態……だろうか。
ある種の昆虫や爬虫類に見られる、持続的な不動状態に陥る――擬死行動。それに近い状態か。
……まあ、ドラゴンが死んだふりってのはないなと思うが、とにかく動かないのは事実。今なら接近できるかもしれない。
静かにドラゴンへ近づく。
このまま奴に接触できれば、あの魔法が使える――『雷の魔法』だ。
グレートエラスモスも、大猪もこれで仕留めた。大鹿には失敗したが、使えていたら倒せてたはずだ。
ドラゴンにも感電攻撃は効くのではないか?
というかそれしか対抗手段がない。
飛ばれる前にワンチャン……最大電力で一発かましてやれば撃退できるやもしれん……いやできる!
それに賭けよう。賭け金全額オールインだ!
ブレスとの撃ち合いで発生した水蒸気雲はすでに上空に散っている。
けれど水を被った周囲の建物や道路、ドラゴンの体からはまだ蒸気が立ち上っている。
寒い時季というのに、ここだけ蒸し暑い。
奴に近づくと、胸の辺りが小さく前後していて、畳んだ翼も小刻みに動いていた。
……さすがに怖い。
近づいた途端、叩かれたり小突かれたりすればプチっと即死する。
その可能性を考えつつ、ドラゴンの動向を注視し、慎重かつ大胆にゆっくり歩いて近づく。
周囲は不気味なほど静かだった。
遠くで人々の叫び声が聞こえるが、ここいら一帯に人影はない。東大通りをドラゴンが鎮座しているせいで、皆、引き返している。
先ほどまでいた辺りを過ぎてさらに近づくと、突然、奴が頭を下げた。
それはまるで、巨大なパワーショベルがアームを持ち上げ、地面すれすれにバケットを下ろした動作に見えた。
奴は首を曲げ、頭を地面に平行にすると、近づく俺を品定めするかのように、巨大な目で見つめている。
俺は驚いて立ち止まった。
けど奴の動きがゆっくりだったため、それほど恐怖ではなく、むしろ動きに見入ってしまった感もある。
実物のドラゴンの面を間近にし、恐怖と好奇心の両方が交錯した。
最大限の警戒をしつつ、奴の出方をみる。
首を下げただけで動かないな。
これは、ドラゴンも俺に興味を持ったとみて大丈夫かな……。
襲われる可能性が低いとわかり、覚悟を決めて奴の鼻先に着いた。
思ったより小っちゃい頭だな……という印象。
だが面構えはクソ野郎だな。いやホント……表情筋はないのにムカつく表情に見える。
ゴツゴツとした表皮のせいか、それとも細めた目でこちらを凝視しているせいか。
奴が不意にバフっと鼻息を吐いた。
その勢いに思わずのけぞる。幸い《剛力》で足を踏ん張れたので飛ばされなかった。
しかし鼻がひん曲がる。
くっっっさい!! しかも熱っっっい!!
ドブ水に廃油を混ぜたような、吐き気を催す高温の鼻息だ。
青筋が立つほどの怒りが込み上げる。だが我慢我慢……手を伸ばせば届く距離に来た。
奴は油断しているのか動く気配はない。ここで決める!
雷の魔法もおでこ発動だが、効果は俺の体全体に及ぶ。そのため手をくっつければ奴に電気が流れて感電する。
奴の鼻先に両手を乗せる。そして一気に雷の魔法を――
熱っ!!
体表面はかなりの高温で、熱した鉄板ぐらいには熱かった。
ヤバいと思ってすぐ手を放す。
すると《更新》が発動したのがわかる。おそらく手を火傷した。
突然のダメージにびっくりして心臓がバクバクする。
だがここで決めないともう機会はない。この機を逃さず一気に決めることにした。
大きく息を吸い込み、最大声量で悪態をつく。
「こおぉぉんのぉ、クソトカゲやろうがぁぁああああああああ!!」
両手をついて『雷の魔法』を最大威力で発動!
《詠唱、最大雷》
――ババババッ
突然の感電にドラゴンは驚いたのか、先ほどより強い鼻息をバフゥと吹き出した。
その勢いに煽られて、俺は後ろに吹き飛んだ。
「うぉっ!!」
反応したということは感電したという証拠……だがダメージを受けた様子はない。
……失敗だ!!
ドラゴンは首を持ち上げ、俺を睨みつける。
途端、猛烈な風を体に浴びた。
「くっ……なん……」
十数メートルぐらい後ろに転がされ、横倒しのまま、手で風よけしつつ顔を上げる。
奴を見ると、飛び上がって空中で静止していた。
小さく羽ばたく姿勢、その姿を目にして瞬時に理解する……ブレスの体勢だ。
マズい!!
全身の毛が逆立つほどの恐怖が走る。
奴の口元から目を離さず、膝と両手をついた姿勢で正対した。
すぐに奴の口の奥が昼光色に光るのが見えた――
《詠唱、最大放水発射》
動体視力強化をする間がなかったが、タイミング的にはいいはず……。
一瞬、ブレスの穂先が見えたような気がした。
けれどおでこ放水が目の前に出現して見えなくなった。
……ギリギリ間に合った。
先ほど同様、辺り一面に水蒸気が立ち上り、ブレスと放水の激突で、想像を絶する大音響が辺りに響き渡る。
俺も、二度目でもあるおかげか、しっかり状況を掴めている。
五~六秒後、爆発音が止む。
《停止》
放水停止と同時に奴の体が落下する。
立ち上る水蒸気がお互いの視線を遮り、吹く風に煽られて水蒸気が晴れると、互いに姿を確認した。
今度はドラゴンは止まらなかった。
いきなり咆哮を上げる。
「なぁぁんだぁぁオマエはぁぁ――――ッ!!」
一瞬、恐怖が走る……咆哮による恐慌だ!
しかし俺にかけてある《精神浄化》が発動し、瞬時に恐慌を打ち消す。
奴がすぐ目の前に迫り、直後、俺めがけて前足を振り下ろした。
《跳躍》
反射的に地面を蹴って後ろに飛び去った。三度の魔獣との戦闘経験で体が瞬時に反応した。
経験が活きている!
俺のいた位置に、振り下ろされた前足が突き刺さっている。
後ろ手についた姿勢で奴と正対すると再び目が合った。
どうやらドラゴンも驚いているようだ。さっきより目がガッと見開いている。
ブレスを二回も防ぎ、咆哮も効かない人間……。
今度は俺が先に動く。
左方向の二階建ての屋根に跳び乗った。
東門に逃げると皆を巻き込んでしまうのでそれはできない。どうするか……。
ふと、南に約五百メートルのとこに冒険者広場が見えた。
そこなら障害物もないし、奴を暴れさせても被害は出ない。
いかにドラゴンといえど、ブレスを放つエネルギーは有限のはず。必ずいつかは撃てなくなるはずだ……。
時間を稼いで諦めさせよう。
俺の動きにドラゴンが反応し、追随する動きをみせた。
よし、釣れそうだ……十分距離を取って、奴の飛行を待った。
――だが奴は飛ばなかった。
何と、建物を破壊しながら俺を追ってきた!
「おいおいおいおい! 何やってんだお前えぇぇえ!!」
まんま某怪獣映画のそれ、建物を破壊しながらずんずん進んでくる。
ふざけんな!! なぜ飛ばない!!
建物が……街並みが破壊されていく。何てこった!
「うおおぉおぉおお!! 怖ぇえええええ!!」
迫るドラゴン……屋根伝いに必死に逃げる。
この辺りは、低層の住居と雑貨街が建ち並んでいる。奴の歩行で建物の屋根がドラゴンの腹辺りに当たり破壊される。
通ったあとはすりつぶされた廃墟が残った。
「『飛べば輸送機、座れば大仏、歩く姿は大怪獣』ってかっ!」
さしあたり人はいないと信じたい。
振り返って奴を見る。
二本足で歩いたかと思えば、四本足でダダダっと駆けたりと、翼を広げて飛ぶ気配はまったくない。
かといって破壊を楽しんでる様子でもない。ただただ必死に俺を追っかけてくる……。
――あのドラゴン……ブレスのあと飛べねぇんじゃねえか!?
南門での攻撃や、二度の撃ち合いで感じた違和感……おそらくそれだ。
降りるというより、ドスンと落ちるという感じだった。
確信はないが、飛んでこないのは事実。
来るのに時間がかかるなら、『石の魔法』で砲撃を試みてもいいかもしれん……。
《詠唱――》
突然、奴の右前足が建物を下から薙ぎ払い、その瓦礫が俺に向けて飛んでくるのが見えた。
「うわっ!」
眼前に大きな塊の瓦礫が見えたとき、終わったと思った――
だが次の瞬間、瓦礫は眼前で弾き返したように、斜め上へ飛んでいった。
同時にバランスを崩して建物下に落下。しこたま体を打ちつけた。
「あいったぁ――ッ!!」
《詠唱、完全回復》
右肩から地面に叩きつけられ、胸も打ったのか息が苦しい。
どの程度の怪我を負ったかわからなかったが、ドラゴンが迫ってくる今、ちんたらヒールしてる暇はない。
約五分のクールダウンが必要な完全回復の呪文を使い、すぐさま屋根に上った。
今、大怪我をしたら死ぬ!
見るとドラゴンは目の前に迫っていた。
「ヤバいヤバいヤバい!!」
屋根を跳んで移動するが、建物自体も均一ではないうえに、いかにも崩れそうな家屋も見える。
踏み外さないように選びながら跳ぶ。
しまったな……道路のあるところを選べばよかったか。
……いや、下を行くと奴の姿が見えないし、奴からも俺が見えなくなる。
そうするとよそへ飛んでいってしまう可能性もあるな。やはり屋根伝いに逃げるのが正解だろう。
さながらアクションゲームをリアル体験してるようだなと、そんな考えを浮かべられる余裕も出てきた。
「しかし、さっきは死んだと思った……なぜだ!?」
先ほどの瓦礫の直撃を、どうやって防いだのかわからない。
呪文を頭で詠唱中だったのは憶えている……おそらく『石の魔法』を無意識で発動させて防いだんだろう……。
そういうことにしておこう。
追ってくるドラゴンの注意を引きつつ、広場まで逃げることを優先した。