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133/211

133話

 フランタ市に飛来したドラゴンは、目的があって襲っているわけではない。

 人間が嫌いだとか、ムカついたとか、そういう感情もない。

 ……ただ目についただけ。

 小さな生き物が巣を作っていたから、何となくダーンって壊してみただけ。そんなところだ。

 人間にしてみればたまったものではないが、かくいう人間もわりと同じことをしている。

 子供の頃、公園でアリの巣を見つけたとき、ほじくり返したり、水を流し込んで遊んだことはないだろうか?

 その行為に意味はない……ただしてみただけ。

 この黒褐色のドラゴンはまさにそれだ。知性はあるが幼稚なのだ。



 教会は午後のお祈りの時間であった。

 多くの聖職者が何事かと外へ飛び出すと、教会の上空を旋回するドラゴンの姿を目にして驚愕する。

 初めて目にする巨大生物だ。

 それと同時に誰もが思い出したのではなかろうか……年始の噂が本当だったことを。

 すぐに高位の司祭が指示を出した――宝具や宝冠などの保護をせよと。

 多くの若い聖職者たちが、聖書や教具を運び出そうとした。

 ……全てを放って避難するという行動をせずに。


 ドラゴンは、大通りに人がわらわらと逃げ出してるの眺めながら嬉しそうに鼻息を鳴らす。

 その巨体を上手にホバリングさせると、嬉々として大通りに向けてブレスを吐いた。

 通りに沿って伸びる炎は、逃げ惑う人々を一瞬にして飲み込む。

 周辺の建物は高熱で焼け焦げ、木造家屋は炎上、石造りの建物は崩れ落ちた。

 ブレスを吐き終わると、落ちるように着地し、教会めがけて突進。

 前足でぶっ叩く。尻尾で張り倒す。動くだけで教会や周辺の建物を破壊しまくった。

 聖職者たちは避難行動を誰も取っていなかった。

 そのため多くが建物の下敷きになり圧死、または炎の熱で焼け死んだ。

 教会周辺を破壊しつくすと、大きな翼を広げ、数回大きく羽ばたいた。


「クハハハハハハハッ」


 ドラゴンの笑い声は、人間には低く唸るような咆哮に聞こえた。

 その巨体はふわりと浮かび上がり、羽ばたきながらゆっくり後ろへ下がると、首を横に向ける。

 その視線の先には南門だ。

 くるっと反転すると、南西の市街地の上を飛び、南門の真上へやってきた。

 まるで、通せんぼをするぞと言わんばかりの示威行動である。

 その光景に人々は愕然とさせられた。


 南門の近くにはアーレンシア商業組合がある。

 商業ギルドが運営する冒険者ギルドであり、商隊の護衛専門の冒険者を派遣している。

 そのため各商会の輸送拠点にもなっており、多くの荷馬車や荷物でごった返していた。

 普段なら飛び交う怒号も、活気のいい商いの証拠だと言えただろう。

 ところがドラゴンが南門に飛来した今、その声は発狂と呼ぶに近い絶叫が飛び交っている。

 我先に荷物を積んで脱出しようと大混乱に陥っていた。


「なぁぁにしてるぅぅう!」


 腹に響くような唸り声に、馬はパニックになり暴れまわった。

 突然、走り出す馬に御者は振り落とされ、人々は踏みつけられ、蹴り上げられ、荷馬車に引かれて大怪我を負った。

 荷物は散乱し、馬も壁に激突して死んだりしている。

 それでも商人たちは、我が身一つで逃げようとはしない。

 暴れる馬を必死で押さえつけ、崩れる荷物を抱え、散らばった証書をかき集める。

 彼らにとって、金貨の入った箱は、命より大事なのだろう。

 商人の誰一人、荷物を放って逃げ出すものはいなかった。


 ドラゴンはその光景がたまらなく愉快なのか、上空で静止したまま眺めている。

 何とか大通りに出られた人々は、南門の上空に陣取るドラゴンを目にすると、反対の中央に向かって逃げ出した。

 ところが大通りはすでに横転した荷馬車や、散乱する荷物で満足に進めない状態。

 商人たちは進めないことに、どけや通せやと、怒号を吐き散らしている。

 そんな彼らをあざ笑うかのように、ドラゴンは大通りに向けて火を吐いた。

 綺麗に一直線に地を這う炎、人も馬も馬車も瞬時に燃え上る。

 その炎にアーレンシア商業組合の建物も巻き込まれた。


 ◆ ◆ ◆


 ギルド長と主任を先導に、広場にいた人々は東大通りを東門に向けて避難開始した。

 俺は皆に合わせて屋根伝いに移動しつつ、ドラゴンの動向を注視する。

 いまだに教会付近に着地したまま暴れている。

 えらく地上が長いな……飛び回って火を吐きまくるのかと思っていたが、そうでもないのか……。

 ドラゴンの去就をつぶさに観察する。


 幸い奴との距離がある。今なら撮影できるか――

 この襲撃は記録に残しておきたい。今後、何かと役に立つことがあるはずだ!


 ウエストポーチからスマホを取り出して録画を開始した。

 遠くのドラゴンを捉え、画面を指で拡大する。

 燃え盛る街の火をバックに、尻尾と後足で体を支えて立っている姿は、まんま怪獣映画のそれである。

 奴は前足で建物を破壊し、尻尾を振って瓦礫を吹き飛ばす。


「あ……ドラゴン、角あんのか……」


 小首を下げた際に二本のさほど長くない角が見え、かっこいいと思った。

 数分後、翼を伸ばして羽ばたくと、その巨体がふわりと浮かんだ。

 くるりと方向転換し、南門のほうへ向かう。

 もしこのとき、ドラゴンが東に跳んできたなら、すぐに撮影を止めて逃げ出しただろう。

 しかしそうではなかったのでそのまま撮影を続行した。

 燃えさかる街の光景、飛行するドラゴンに魅了される。

 意識が完全に『火事の現場でSNS投稿を狙う野次馬』のそれになっていた。


 南門の上空に静止したドラゴンの姿は、俺の位置から斜め正面……まさに映画のワンシーンだ。

 ドラゴンの吐き出す炎がスマホの画面に映し出される。


「うぉ…おぉぉおー……」


 思わず画面から目を離して実際の光景を目の当たりにする……やはり心にズシリとくるほど恐ろしい。

 しかしスマホ越しに見る映像はさほど恐怖を感じない。画面越しだとこうも現実感を失わせるのだな。

 スマホの撮影を止めようと思わない。恐怖感や危機意識がなくなるのか。


 ドラゴンはブレスを吐き終わると、自身の巨体を南門に乗せた。

 どうやら南門の城壁は、奴の体重を支えられるほどの強度があった。

 翼を折りたたんで、城壁に留まって燃えさかる炎を眺めている。遠くなのでわかりにくいが、悦に入っているようにも見える。

 しばらくしてドスンと地面に降りると、先ほど同様に周辺の建物を破壊し始めた。

 ふと奴の動きに違和感を覚えたのだが、このときはそれが何かは気づかなかった。


 先ほどの様子だと、またしばらくあそこで暴れまわるのだろうな。

 よし、ドラゴンの一番いいシーンが撮影できた。いい加減に脱出しよう。

 東大通りに目を向けると、大荷物を抱えて逃げ出す人や、荷車に荷物を積み込んでいるのが目についた。

 これはそのうち大通りが通れなくなるな……。

 ギルドのみんなはすでに見えない。ずいぶん先に行ったのだろう。

 よかった……早めに行動できたおかげだ。スマホをしまい、急いで屋根伝いに東門へ向かう。

 そのとき、ある不安が頭をよぎった。


 ティナメリルさん、逃げてるよね?


 俺は彼女の姿を見ていない!

 もうみんなは先に行っており、ここからティナメリルさんの姿は確認できない。

 職員は襲撃を伝えたと言っていた。彼女もすでに脱出しているはず。


 ……まさかな。


 《そのものの在処(ありか)を示せ》


 確認のため、『探知の魔法』を発動し、ギルド方面に目をやる――

 すると見えてはいけないものが見えた。

 別棟の二階、おそらく副ギルド長室のあたり。微動だにしない青い玉がある。


「なんでえぇぇえええ!?」


 背筋が凍るほど血の気が引いた。

 なんでまだそこにいる! 何かトラブルでもあったのだろうか!?

 よく地震などで家具が倒れて挟まっただの、扉が開かなくなって逃げられなくなっただの、そういう事態が頭をよぎる。

 とにかく急いで彼女の部屋に向かう。


「――ティナメリルさん!」


 副ギルド長室のドアをバンッと開けた。

 見ると彼女は椅子に座っており、俺の声に驚いて机から顔を上げた。

 俺は、そのあまりに日常的な光景に一瞬、目を疑う。


「なっ……え、何してるんです?」


 何と彼女は、机で本を読んでいた。彼女が記憶を保持するためにつけている例の覚え書だ。

 俺の問いに返事はなく、ただ真っ直ぐこちらを見ている。あまりに場違いな状況に呆然とした。


「逃げないんですか?」


 これも返事がない。


「ドラゴンの襲撃が来たって聞いたんですよね?」

「聞きました」


 俺の言葉に、読んでいた本をパタンと閉じた。

 その彼女は悟りきったような澄んだ表情を浮かべている。一体何が起きているのだろう……彼女はどうしたんだ!?


「……じゃあ逃げましょうよ!」

「……そうね」


 えっ、このやり取りは何? 何でそんなに悠長に構えてんの!?

 彼女とのお茶会でのやり取りでも、たまに会話がかみ合わないときがある。

 しかし今のこれは明らかにおかしい!

 とはいえ話はあと、とにかく彼女と一緒に脱出するのが先決だ。

 ズカズカと彼女の机に向かい腕を掴む。


「もう、すぐそこまで来てんですよ! 何、悠長に座ってんですかっ!」


 いきなり腕を掴まれたことに、怒ったり驚いたりもしない。

 俺に促されながら、無表情で部屋をあとにする。

 彼女の腕を引っ張ると素直に従ってくれる。逃げるのを嫌がるわけでもない。

 なんだかさっぱりわからないな……。


 ギルド前の東大通りは、すでに大荷物を抱えた市民でごった返していた。

 どうやらあちこちで荷馬車や荷車が通行を妨げているらしい。

 これは下を通っていくのは危険だろう。


「ティナメリルさん、《跳躍》は使えますよね……」


 彼女は俺をじっと見つめる。


「前、聞きましたよね? まさかと思いますが、忘れてませんよね?」

「…………《跳躍》」


 さすがにイラっとしてくる。

 彼女の詠唱にため息をつくと、俺は屋根の上を指さして跳ぶように合図した。

 すると見事に飛び上がり、屋根の上に着地した。

 ティナメリルさんの初めての能動的な動きに少し感動を覚えつつ、やれやれと首を振って俺も続く。


「ゆっくりでいいですから屋根伝いに行きましょう」

「わかったわ」


 やっとまともに返事をしてくれた。


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― 新着の感想 ―
[一言] アルツハイマーだった爺さんがこんな感じで「何か考えてんだろうけど出力出来ないか滅茶苦茶遅くてもどかしい」感じだったなぁと思い出しました お婆ちゃんしっかり……ボケるには早いよ……
[一言] 避難誘導はともかくドラゴン撮影に夢中になるとか… チート持ちでもメンタルは平和ボケの日本人だなぁ 副ギルド長にイラっときた瑞樹にその気持ちそっくりお返ししたい…
[一言] 感情が希薄になってるのかな
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