130話
小走りで自宅に戻ると、床に膝をつきベッドにドサッと突っ伏した。
「やってもぉたあああああああああ!!」
布団に顔を当てて声が漏れないように叫ぶ。
なんで言っちゃったかな……雰囲気かな、前回の私室でのお酒飲んでっての期待しちゃったか。
違うな……いや違わない、違わないけど言っちゃった理由は違うなー……なんだろう……。
少し考えると何となく思い当る。
先日、大鹿との戦闘で死にかけたせいだな、きっと……。
……寂しかったんだよな。
そう。会えなくなるのが寂しいって思っちゃったんだよな……。
意識失いかけててはっきりとは覚えてないけどさ。
好きって思いが強くなってるし、抑えておく理性のたがも死にかけて緩くなったか。
んでひさしぶりの面会で思い爆発!
深夜にラブレター書いてるテンションになってまったかー!
「…………まあいっか。どうせもう忘れてるっしょ」
所詮はギルドの一職員の戯言と思われているに違いない。
全然動じてなかったしな。
次、会ったときは素知らぬふりでご挨拶されるだけだ。俺も気にするまい。
「そんなことより魔獣で死にかけたほうが問題だ。ドラゴン気にしとる場合じゃねえし!」
ベッドに寝っ転がりながら、先の魔獣戦での分析をする。
まず俺が現在使える攻撃系魔法――
隠蔽で姿を消せる、探知で先に発見できる、石の魔法で遠距離攻撃できる、雷の魔法で接触して殺す。
身体強化で暗視も遠視もできる、俊足と跳躍で動きも速い。自動で治癒する、死にかけても完全回復もある。
これだけあったらチート以外の何物でもない。勝てない相手などいないはず。
でも毎回死にかけてるのが現実である。
防御系がまったくないのが問題だ。先制されたり不意を突かれると、その時点で不利に陥る。
つまり現代のスナイパーと同じ、『バレたら終い』なのだ。
右肩に手を当てる。大鹿に串刺しにされたところがまだ痛む。
あの犬たちが来てくれなければ本当に死んでいた。
「……にしても猪が投擲攻撃って何! 鹿がAoE攻撃ってなんだ! 有り得ねえだろ!!」
AoE――Area of Effectの略。広範囲に効果がある技のこと。
ゲームや漫画でよく『全体攻撃』とか『エリアヒール』などの単語を目にするが、それのことである。
大鹿の魔獣は、あの叫び声がAoE攻撃で『敵を行動不能にして突進、串刺しにして倒す』という戦術なのだろう。
音波攻撃……あれもおそらく魔法の一種だと思われる。耳にした途端、頭痛がして体が動かなくなった。
大猪の投擲攻撃も予想外、よく考えてみれば戦闘時は深夜なんだよな。
敵の存在は『探知』で知り、《暗視》で姿を視認するしかない状況だ。
ところが奴は、百メートルも離れた場所から正確に、俺に弾をぶつけてきたわけだ。
つまり奴も『探知や暗視と同等の魔法を有してる』ってことになる。しかも的確に弾を当てられる……と。
魔獣恐るべし!
二体の魔獣が持っていた魔法攻撃に戦慄を覚えた。
「やっぱ前衛いないと厳しいよなー」
魔法職は前衛がいるのが前提の職種だ。
パーティー組むとまではいかなくても、誰か信用がおける盾役の冒険者が欲しいところ。
でもティアラの冒険者は若い新人がほどんど。能力的にはちと厳しい。
たまに顔を見るベテラン勢も、なんか鼻に突く連中ばっかで性に合わない。
おそらく俺自身がそういう人間だからだろう……自分でわかっている。
それに俺は基本的に一人でこなしちゃいたいタイプ、ソロが好きなのだ。
そもそも情報学部生に協調性なんぞあるわけないんだ。(※瑞樹の個人的見解です)
だいたい知ってる冒険者もいないし……あっ。
「あの人か……」
領都に向かう途中で出会った大剣使いのことが頭に浮かんだ。
俺が凶悪犯を討伐したときに現場を見られてる。たぶん魔法のことは察しているだろう。
談話室で話をして以来、俺のことをべらべら触れ回らないのは好印象ではある。
大剣使いだから身体強化術は使えている。腕もまあ……たぶんあるのだろう。場所の把握や救助の手際はよかったしな。
「でも最近見てないし、領都に戻ってんだろうな」
ティアラでしばらく活動すると顔を出したあと、すぐに来なくなってしまった。
どこぞで死んでなきゃいいけど……と、少し気にかけて、彼のことは頭から追いやった。
あれから何事もなく一週間が経過した。
二月も中日を過ぎて、ギルドも活況を呈している。
「ぜひ噂のホンノウジのパーティーに頼みたいんだが……」
「そう言われましても……」
リリーさんのカウンターで、害獣駆除の依頼を男性が頼み込んでいた。
彼は小さな農場を経営しているのだが、とある噂を聞いてやってきたらしい。
『凄腕の冒険者パーティー“ホンノウジ”が、二体の魔獣討伐と、かなりの鹿の駆除をたった一日で成し遂げてしまった』
という武勇伝が広まっている。
今の話にラーナさんのカウンターに座っている男性が口を挟む。
「いやいや、俺が先に申し込むんだよ! うちの村も猪の被害が出て困ってんだ。ぜひホンノウジにお願いしたい!」
「ああん!?」
客同士が険しい表情になる。
それを目にしたリリーさんとラーナさんは互いに見合わせ、軽くため息をつく。
ここ数日ずっとこんな申し込みが続いているせい。
「彼らがどこにいるのかはわかりませんし、そもそも彼らが依頼を受けたわけじゃありませんよ」
その話に男二人は眉をひそめた。
噂の真相を確かめるかのように、お互いが語りだす。
「いやでも、果樹園を襲った鹿を統率していた魔獣を、ノブナガが一刀両断で倒したっていうじゃねえか! こう……ズバーンっと!」
「俺は穀物倉庫を木っ端みじんにした魔獣を殴り殺したって聞いたぞ! こう……ドガーンって!」
依頼者同士、身振り手振りで盛り上がる。
彼らの話が、算盤を弾いているガランドの耳に入る。
「一刀両断したんですか?」
「したした」
ロックマンが上目で俺を見る。
「殴り殺したんですか?」
「殴った殴った」
二人ともわかってて揶揄ってくる。
それにしても噂の尾ひれがすさまじいことになっているなあ……。
実は今回の噂、俺はほとんど話をしていない。
村役場の人が、大猪の素材を売却しにヨムヨムを訪れ、そこで話が広まったらしい。
俺は被害者として名前が上がっていたので、休憩中に広場にいたら話を聞かれたのだ。
その際、「自分は不注意で森に入ってしまい、襲われて大怪我を負って意識がなかった」と説明し、凄腕の聖職者に治療してもらった……という話をする。
さらに、村の人たちにお願いした話を「自分もあとで聞いたんだけど……」と、噂の重ね書きをすることで信憑性を高めた。
もちろん、この話を疑う冒険者もいた。
いまだに彼らを見た人がいないからだ。
しかし俺が帰ったときにティアラにいた冒険者が、俺のひどい有様をヨムヨムで見たことを話したらしい。
大怪我を負ったギルド職員が嘘を言う理由もない。
結果、話は真実となり、伝播の過程で噂に尾ひれがつきまくった。
「……で、駆除したあとに村人にこう言ったんだってな! 『ゼヒモナシ』って」
「そうそう、『ゼヒモナシ』ってな」
二人の依頼者は、右手でサムズアップの仕草をお互いににんまりした。
主任が俺の横を通り過ぎる。
「言ったんですか?」
「……言ったんでしょうねえ」
主任の言葉に苦笑いで返す。
話が盛り上がっている依頼者を横目に、リリーさんとラーナさんが俺に顔を向ける。
二人の無言の圧力に、俺は口を真一文字にして黙るしかない。
その話にキャロルの前の冒険者が参戦する。
「その話、本当かよ!?」
「なんだお前、知らねえのかよ! ここに魔獣の素材が持ち込まれてたって聞いたぜ」
「衛兵が言ってたぜ。村人がここに運んだって」
「へえーそうなのか?」
客たちは受付嬢に尋ねるが、三人は揃ってこう答えた。
「他の依頼についてのお話はできません」
ひとしきり客足が途絶えたところで、彼女たちは口々に不満を述べる。
「瑞樹さん、どうにかしてくださいよ!」
「毎日よ! 『ぜひホンノウジに』ってもう……」
「いやもう『そんな連中いない』ってここまで出かかってますよ~」
彼女たちは明るく笑っている。
本気で文句を言ってるわけではない。軽口で場を和ませてるだけだ。
こんな風に相手をしてもらえることが、とても心地よかった。
「まあ……寒い時期が終われば皆忘れますよ」
机の上に駆除依頼の報酬支払い伝票が見える。
例の噂話に刺激されたのか、他の冒険者たちもこぞって依頼をこなしてくれている。いい好循環だ。
書類をペラペラとめくりながら、頬杖ついて笑みを浮かべた。