129話 一ヶ月半ぶりのティナメリルさん
ギルド長に報告したあと職場に戻る。
「うわっ! これがその魔獣ですかっ!?」
「そうそう、めちゃくちゃ大きかったんだよ!」
倒した魔獣の写真を見せながら、みんなに説明する。
ただし心配かけたくなかったので、少し話を脚色する。
「大鹿の突進をかわし損ねて右肩を削られちゃってなー……それで血がドバーってなったんよ。見た目ほどは大したことなくて助かったです」
肩をポンポンと叩きながら笑う。
みんなは黙って聞いていたが、「そんなわけないよな……」という目をしている。
話をでっち上げるのはもはやお約束、そう思われている。
俺も気づかれてるなーとわかってはいるが、死ぬ一歩前だったとは聞かせたくない。
話を聞きつけた買取部門や財務部門の職員が顔を覗かせた。
心配してくれて嬉しい。手を振って大丈夫アピールしとく。
「本当に危なくなかったんですか?」
後ろから、キャロルが椅子の背を掴んで尋ねる。
ずいぶん心配をかけてしまったようで、いまだ彼女の表情が冴えない。
帰ってきたときも、泣きそうな顔だったのが印象に残っている。
「ん? 大丈夫だよ。向こうじゃ朝早くて寝不足だったんだよ」
今日は見事に遅刻だったしな。言い訳としては十分通じる気がする。
「ちゃんと治ってるから……ホラホラ」
左手で貫かれた右肩をパンと叩く……少し痛かった。
「でも……痛むんでしょ?」
「あーまあね。でも鎮痛剤も飲んだし、明日には消えるよ」
椅子を掴む彼女の手に目がいく。
上目で彼女を見やり、ポンポンと手を軽く叩いて安心させた。
横にいるリリーさんも表情が暗い。
「リリーさんも心配しないで。ホント大丈夫ですから」
言葉をかけても笑みがぎこちない。
調査のことを気にしているのだろうか……てか調査を頼んだのは主任だし、リリーさんが気に病むことではない。
「それで昨日、依頼の報酬を払いに来られた方から話は聞きましたが……」
「あーはい」
「また例の冒険者パーティー“ホンノウジ”の手柄にするんですか?」
店内を見渡すと、壁際で雑談をしている冒険者が数名いるだけ。
少し声を落として話をする。
「もちろん」
「相変わらず隠すんだな」
ガランドが横から尋ねた。俺は小さく頷きながら答える。
「ティアラ以外の冒険者も亡くなってるからね。嘘でも実力のある冒険者が討伐したことにしないと誰も納得しない」
特に討伐専門のヨムヨムの連中が被害に遭っている。大鹿討伐の依頼を受けたイケメン連中も実力はあったはずだ。
となると噂の凄腕冒険者パーティーが討伐した……ぐらいの話が必要だろう。
「村の人たちにもその方向でお願いしたしね。ちゃんと被害者役を演じますよ」
にやりと笑みを浮かべると、ガランドが「まあとにかくお疲れ」と、痛いほうの右肩をポンと叩いた……こんの~!
◆ ◆ ◆
業務終了後、久しぶりにティナメリルさんとのお茶会。
今回は私室ではなく、いつもの副ギルド長室……前回のお風呂上がりが特別だっただけかー。
一月はドラゴン襲撃騒動でそれどころではなかったし、年明けからは店頭にもお見えになられなかった。
実に一ヶ月半ぶりになる。
「大変だったみたいね」
「まあ……はい」
詳しい話は聞いていないとのことだったので、事の顛末を説明した。
ティナメリルさんには魔法のことも話せるので、隠蔽の効果や、更新の魔法についても話す。
話を聞く様子は無表情で、報告を受ける上司の態度にしか見えない。
けど串刺しで死にかけた話には、じっとこちらを見て心配してくれたように見えた。
わかんないけどそう思うことにした。
「そういえばお風呂……あれから入りました?」
「……いえ」
「ええええ! もったいなあぁぁぁい!」
俺の驚きを見ても、興味ないという表情のまま。
「お風呂よかったですよね?」
「……ええ」
「じゃあなんで~!?」
その問いには答えず、静かに紅茶を口にする。
「ティナメリルさん、ぜひぜひ私を使ってください。風呂釜の火は私が焚きますから」
胸をパンパンと叩きながら主張する。
「入りたいなと思ったら声かけてくださいよ。あの晩みたいに準備できたらお呼びする感じで……ね?」
おねだりする子供みたく小首を傾げるが、彼女はじっと見たまま黙っている。
「そうだなー……職員の誰かにメモでも渡してくださいよ。エルフ語で書いた『お風呂入りたい』と記したメモを持ってこさせるとか……いや、ティナメリルさん自身が持って来てくれてもいいんですよ……いやそれがいい!」
ここまで口にして、はしゃぎ過ぎてるなーと気づく。
また私室にお呼ばれしたいという期待と、久しぶりの対面とあってアクセル踏みっぱなしだった……。
すぐ調子に乗ってしまう……ウザがられる前に止めとこう。
「ま……その、遠慮せず……はい」
声のトーンを落としてお茶を口にする。
俺が大人しくなると、数秒後に小さく「わかったわ」と返事をしてくれた。
その言葉が嬉しくて、カップを持ったまま、にへらと笑った。
「そういえばお聞きしたかったんですが、ティナメリルさんはドラゴン見たことありますか?」
彼女は腹の前で軽く手を組むと、斜め上に目線を向け、思い出すように口を開いた。
「あるわよ」
「あーやっぱりいるんですね」
「ただし街を襲ったというドラゴンではないわね」
「え?」
彼女の知っているドラゴンとは、『白いドラゴン』と『青いドラゴン』だそうで、どちらも火を吐かないらしい。
ふむ、火を吐く黒いドラゴンは知らないのか。
「ティナメリルさんは、ドラゴンが街を襲ったという話は聞いたことありますか?」
「私の記憶には……ないわね」
「そうですか」
俺は顎に手を当てながら少し思案する。
彼女の記憶は約三百年分、日本の歴史だと江戸時代の頃からだ。
その頃から情報がないとなると、人の記録にはないな。
俺が以前買った本、『俺はドラゴンを見た』の内容にもそれらしい記述はなかった。
ちなみにこの本に載っていたドラゴンも『青いドラゴン』で、木の果物を食べていたそうだ。
最後の頼みが空振りか……。
軽くため息をつくと、くいっとお茶を飲んだ。
「瑞樹はこの街が襲われると思っているの?」
「えっ?」
ティナメリルさんは、少し難しい顔で考え事をしている俺を見て、空いたカップにお茶を注いでくれた。
「正直わかりません。ですがダイラント帝国の街が襲われたというのは事実だと思っているので、いずれは来るかなと……」
「そう」
「……来たら逃げましょうね」
「…………」
……あれ? お返事がないんですが……。
その表情に危機感は感じられない。
まあさすがに逃げないってことはないわな……。三百年の記憶にないことを言われてもポカンなだけか。
ティナメリルさんこそエルフだし、いざとなったら街を捨てて森へ逃げればいいだけだ……と思う。
「話はそれますが、いただいた日記にですね……住んでた村が戦争に巻き込まれたとき、森に逃げたとあったんですが覚えてます?」
彼女は軽く息を吐くと、首を横に振って覚えていないという仕草をした。
となるとだいぶ前か……。
ティアラに身を置いてからは戦争で焼き出される事態は起きていない。それ以前も人々の争いごとには巻き込まれていないという。
とはいえ昔は冒険者みたいな生活をしていたようだし、いざとなったらサッと逃げる能力はあるのだろう……。
…………あるよね?
「あの……冒険者をなされてたことは……覚えてます……よね?」
「…………」
反応がない……いや、軽く首が上下に動いたか。頷いた……のか?
微妙に不安がよぎる。
このお婆ちゃんが大事なこと忘れてないか確認しとこうか。
「身体強化の魔法、使えますよね?」
彼女は若干斜め上を見やる。表情から「どうだったかなー」と思い出してる感じ。
「……勘弁してくださいよ。忘れたんですか?」
「使えるわよ」
「ならいいんです!」
珍しくムキになった彼女の返事に、反射的にムキになって答えてしまった。
少し微妙な空気が漂う。
俺も何を意固地になってるんだろう。
別に使えなくたってギルドのみんなと一緒に逃げるだけだ。
ただ身体強化術が使えれば死なない率が上がる。
彼女には死んでほしくない。だって――
「好きな人に死なれるのは嫌なんですよ……ティナメリルさん!」
胸に思いが込み上げてきて、つい思いを口走ってしまった。
彼女の組んだ手を見ながら、自分が言った言葉を思い返す。
ん……俺は今、なんて言った!?
ハッとして顔を上げると、ティナメリルさんと目が合う。
透き通る翠玉の瞳に、本音を聞かれた自分が映っていると思うと、急に恥ずかしさが込み上げた。
瞬間湯沸かし器の如く身体が熱くなるのを感じ、慌てて釈明する。
「違くて……あ、いや違わなくて……その…うちの国では『尊い』っていうか、こうやってお茶するのが楽しくてですね、嬉しくてですね……えっとその……」
俺の慌てる様子をじっと眺めながら、彼女の口から言葉が漏れる。
「わかったわ」
いただいた一言が頭を駆け巡る。
何がわかったんですか? 俺の告白ですか? 死なれるのが嫌ってことですか? それとも言い訳についてですか?
思わず告白してしまったことに心臓がバクバクしてて考えがまとまらない。
バツの悪さも相まって、「今日はこの辺で……」と席を立つ。
ティナメリルさんは軽く頷き、「楽しかったわ」と、気にする様子もなく微笑んだ。