128話
次の日、起きたら昼だった。
どうやら完全に爆睡しててアラームでも起きなかったようだ。
仕事を休もうか少し考えたが、無事なところを見せないとと思い、遅刻で顔を出す。
「おそようございますー……」
この挨拶の洒落は通じるのかな。
申し訳なさそうに顔を出すと、皆が一様に心配して声をかけてくれた。
主任が「今日は休んでもよかったですよ」と言ってくれたが、俺は指を上に差して「取り急ぎ報告が……」と告げる。
真顔で主任は頷くと、俺と一緒にギルド長室へ向かう。
トンットンッ
「どうぞ」
「失礼します」
ギルド長は、俺の声とわかるとすぐに顔を上げた。
「瑞樹、お前大丈夫か?」
部屋に入ると開口一番、俺の心配をしてくれた。
昨日、ギルド長は不在だったらしい。主任からひどい有様だったと聞かされて驚いたという。
席を立つと、俺の前まで来てじろじろと観察する。
「ここだけの話ですが、二回死にかけました」
少しシュンとして答える。
その言葉にギルド長は顔が強張り、横の主任は申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「いや主任、そんな顔しないでください。調子に乗った自分が悪いんで……」
「ですが……」
「いやホント……勝手な行動をした俺のせいですんで」
二人の渋い表情が変わらない。
「むしろ『何やってんの!』って怒られても仕方ないことで……本当に申し訳ありません」
軽くぺこりと頭を下げる。
上司としては、職員に大怪我を負わせたという責任を感じてしまったところか。
しかしこれは俺の身勝手な行動の結果である。
勝手に夜に出て、勝手に森に入って、勝手に死にかけたわけだ。
話を受けたとき、めんどくさいと思いつつ、「魔法もあるし、ひょっとして討伐もいけるかな……」と頭をよぎった。
実際そのつもりがあったので夜、音がして出かけたし、森にも入っていった。
その結果の大怪我だ。なのでとにかく俺が悪い!
三人で来客用のソファーに座ると、しばらくしてリリーさんがお茶を運んできてくれた。
「後日ちゃんとした報告書は出しますが……」
「それは?」
「あー、話す内容を項目にしたので、それを見ながら報告しようかと」
昨晩、ベッドに撃沈する前に、起きた出来事を項目だけ書き出しておいた。
ギルド長と主任が紙に目を落とすと、すぐにある単語が目が留まる。
「魔獣……二体いたのか!」
「はい。大型草食獣の鹿はやはり魔獣でした。それと猪の魔獣とも遭遇しました」
「じゃあさっき『二回死にかけた』というのは……」
「ええ。こいつらと戦闘になったんですよ」
先に魔獣の話からすることにした。
スマホを取り出し、まずは大猪の写真を見せる。
「うおっ!?」「はぁ!?」
二人はマジマジと写真に見入る。
この世界では、スマホで撮影して見せられるのは、本当に最高の報告手段である。
写真を見てもらいながら解説した。
「両腕骨折!?」
ギルド長が怪訝そうな顔をするので、俺は左手で右前腕をスリスリして笑う。
「この辺が紙束ぐらいに薄くなってました。左もポッキリ折れて反対側に曲がってました」
「……自分で治したのか!」
「ええ。前のグレートエラスモスのときに足を治した要領です」
「……まったく怪我の痕がわかりませんね」
「まだ痛みは少し残ってますがね」
「ふぅむ……」
次に大鹿の魔獣の写真を見せる。
「うおぉお!」「なんっ!」
あまりのデカさに二人はソファーから腰が浮いた。
「こいつですか! 例の依頼にあった大型草食獣というのは……」
「おそらくそうですね。草食獣なんて生易しいもんじゃないですがね」
明らかに俺に対して敵対していたし、殺す気満々で襲われた。
魔獣になると性格が狂暴になるんじゃなかろうか。グレートエラスモスもそんな感じだった。
「で……こいつを倒したのは俺じゃありません」
「誰だ?」
「ローゲンウルフの親子です」
「は!?」
黒い犬たちの写真を数枚見せる。
それは『四匹がお座りして笑顔』『食堂で肉を食べている』『荷馬車で俺と自撮り』という写真である。
実に緊張感のないローゲンウルフの写真に、二人は目を見開いて凝視する。
「瑞樹、これは?」
「以前、グレートエラスモスのときに黒い犬を助けたって話、しましたっけ?」
「……いや、聞いてない」
「そうでしたっけ。すみません」
実はサイ野郎と戦う前に、この犬の両親がやられていて、戦闘後に治療したと説明する。
その後、素材を回収しにいった際に仲良くなったという話に、二人は困惑の度を増した。
「どういう意味だ?」
「よくわかんないんですが、俺のことを『ご主人』と呼んでました」
主任が口を挟む。
「えっ、ミズキさん、ローゲンウルフの言葉もわかるんですか?」
「んー、こいつらの場合は言葉じゃなくてですね、普通に吠えてるんですが、意味はわかるんですよ」
「瑞樹……お前そんなこともできるのか!」
ギルド長も呆れ顔である。
「いやまあ……。で、話戻しますけど、大鹿を倒したのはこいつらで、俺は串刺しにされて意識を失ってたんです」
「!?」
二人とも表情が気色ばんだ。
大鹿の写真を見せながら少し脚色して説明した。『隠蔽の魔法』のことは話せないからな。
「ふぅ~む……」
「ギルド長……」
「肩を刺されたってどこだ?」
「ここです」
右肩の付け根辺りを指さす。
「痛みは」
「昨日よりはマシですが、今もズキズキしています」
「そうか」
「いやミズキさん、服が血だらけでしたよ。本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫です。ですが治療後の疲労と脱力感がものすごかったです」
憶測ではあるが、魔法でマナを大量に使ったことと、大怪我を無理やり治療したことが影響しているだろう。
「今日も休んでよかったんだぞ!」
「いやまあそう思ったんですが……」
そう言いつつ、紙に書かれている重要項目を指さす。
「鹿の駆除依頼が三件……十五人!?」
「これにあと大鹿の依頼の四人、薬草採取の一人……計二十人がおそらくあの大鹿に殺られた冒険者の数です」
鹿の駆除依頼が他に二件あった事実に、ギルド長と主任は衝撃を受けた。
他市のギルドはともかく、ヨムヨムの冒険者が行方不明と知っていれば、ティアラの依頼は断れたかも知れないからだ。
冒険者ギルド間で情報共有はある程度されているのに伝わっていない……。
ヨムヨムはまだ依頼が継続中なのかもしれない。
もしくはドラゴンの襲撃の騒動で、通達を忘れられている可能性もある。
ギルド長は大きく息を吐くと、背もたれに身体を預けた。
「これに大猪の四人をいれて二十四人か……。他のギルドにも行方不明がいるかもしれんな」
「あーそうですね」
ティアラだけで五件だ。他のギルドも出してる可能性が高い。
これは各冒険者ギルドに行方不明の問い合わせをしたほうがよいだろう。
ギルド長は主任に手配するように指示を出した。
「……にしても瑞樹、お前本当に鹿百頭も倒したのか?」
「ん……はい、魔法の練習にちょうどよかったのでつい調子に乗っちゃいまして。あんなにいるとは思わなかったですし……」
「村の人たちはなんて?」
「めちゃくちゃ感謝されました」
笑顔で答えると、ギルド長はやっと表情を崩した。
依頼を三件完了させたという、いい報告ぐらいはないとな。
職員を派遣して死なせかけたというのは、いくら俺が自分のせいだと言っても、上司の管理責任みたいなことは思うだろう。
ギルド長はやはり、ベテランの冒険者を派遣すべきだったと考えているかもしれない。
ベテラン冒険者……そうそう、重要な話をしないといけない。
「あー主任、今回の一連の出来事はすべて『例の凄腕冒険者パーティーの仕事』としてくださいね」
「はい?」
「瑞樹、凄腕っていうのは、お前がでっち上げた架空の冒険者のことか?」
「ええ」
二人は顔を見合わせてしばし沈黙する。
「しかし村の人たちはお前の仕業って知っているんだろ?」
「だから口止め料として、討伐した獣全部差し出したんです……鹿百頭ですよ!」
「…………」
「猪の魔獣なんか丸ごとです。売ったら金になるっしょ!」
ギルド長は顎に手をやると理由を尋ねた。
「目立ちたくないってのが一番の理由です。冒険者を大勢殺してる魔獣二頭の退治、鹿百頭の討伐……それを俺一人でこなしたとなると確実に目をつけられます。悪い意味で」
二人が黙って聞いている姿を目にし、ふと思いついたことを述べる。
「それにティアラとしても、あまりよくないですし……」
「というと?」
「仕事を斡旋する立場の人間が、冒険者の仕事を横取りした……みたいな感じにみられますし」
討伐依頼を持ち込まれたとして、それを職員が片付けてしまうのは、仕事斡旋業としては間違いだという指摘である。
もちろん取ってつけた理由だが、あながち間違ってもいないと思う。
「……それは問題ないと思うが……やはりバレると思うぞ」
「いやいやギルド長……あんだけ提供して口を割るようなら、『次は助けてもらえない』って思いません?」
「…………まあ、そうかもな」
「村としても、困ったときに『一つよろしく』って頼める伝手があるほうがいいと判断するでしょう」
主任が膝の上で手を組んでこちらを見やる。
「ミズキさん、それ……前から考えてたんですか?」
「でっち上げることは前からですが、言い訳は今、思いつきました」
「おい!」
ギルド長が思わずツッコミを入れる。
「いやいやいや、ローゲンウルフの親子を従えたギルド職員なんてバレたら、俺マジで困りますもん!」
ローゲンウルフと仲のいいギルド職員……二人には理解の範疇を超えている。
「俺が襲われたのは事実です。東門の衛兵も血だらけで横たわる俺の姿を目にしてます。ギルドにいた客も俺のひどい姿を目にしてますし、どう見ても俺はただの被害者ですよ」
主任も俺の姿を見たときは驚愕していた。誰が見ても助け出された側だと思うだろう。
「仮に『お前が倒したって聞いたが?』って聞きに来る奴がいたら、バカにした顔して鼻で一笑してやりますよ」
そう話すと、大あくびが出てしまい、口を手で覆った。
「すみません」
二人は少し考え込んだのち、諦め気味に了承してくれた。
「とにかく瑞樹が無事でよかった」
「ありがとうございます」
体調が悪ければ休んでもよいと労いを受け、ギルド長室をあとにした。