127話 討伐を終えて
「ワウゥン(ご主人! こっちこっち!)」
「おおあったあった! すみませ~ん、こっちに数頭います」
村人を呼んで鹿の運搬をお願いする。
防寒具に身を包み、白い息を吐きながら、ローゲンウルフが吠える場所に向かう。
村役場の上役が音頭を取り、テキパキと指示を出す。
手際よく鹿の足に縄をかけ、木を渡し、肩に担いで運び出す。その表情はやる気と喜びに満ちている。
彼らの作業を、傍らにいるローゲンウルフの母親とともに眺めていた――
今朝、果樹園にやってきたのは、村役場の人と若手が二十人ほど。
ところが見るからに乗り気ではなさそうな表情。森の奥に入るなど怖くて堪らないのだろう。
しかも果樹園に来たら、家の前にローゲンウルフ四匹が鎮座している。
これで怖がるなというほうが無理である。
「こいつらがいるから森は安全ですよ」
ローゲンウルフの親子の頭を撫でて安心させる。
そう言って傍らに立つ俺の服は血だらけでズタボロだ。
どこをどう見たら安全だの安心だの言えるのだ……村人は互いを見やりながらそんな表情を浮かべていた。
ところが森へ進むと、まず五頭、しばらく進んで十頭、さらに五頭……と鹿の死体が見つかる。
二十頭……村人たちはその数に圧倒された。
唖然とする彼らに俺はドヤ顔を見せつける。
「言ったでしょ? 百頭倒したって」
現金なものだ。もう森への恐怖もどこへやら、大量の獲物を目にして途端にやる気を出す。
全然人手が足りない!
すぐ数人が、追加で人手をかき集めに戻る。
その間、俺たちは運べるだけの鹿を運び、果樹園まで戻ることにした。
半信半疑に集まる村人たちの前に、第一陣の鹿が運び込まれる。
十頭近い鹿を目にして村人たちは沸き立った。
これも昨日のギルド職員の仕業と知ると、彼は一体何者だと目を白黒された。
村から離れたところに住んでいる人たちは、昨日の出来事を知らない。
一体何があったのか事情を聞くと、驚くとともに喜んで手を貸すと申し出てくれた。
運搬は男たちが行い、解体作業に女たちが駆り出される。まさに村人総出の大イベントだ。
一旦果樹園に戻っていた俺は、追加の人手が集まると、再び森へ入っていった。
「こいつです」
「うわぁ……」
倒した大鹿を目にした村人たちは、あまりの大きさに圧倒され、言葉を失う。
「……これは運べないな」
「となるとここで解体ですか?」
「まあそうだな」
空を見上げると、まだ昼にはなっていない。
「今日中に解体できますか?」
森での作業はできれば今日一日で済ませたい。村人を何度も集めるのは避けるべきだ。
「まあ大丈夫でしょう」
村人たちは相談して段取りを整える。
解体の上手い連中を呼び、合わせて道具や運搬用の布や袋も持ってくるように伝えた。
彼らのやり取りを眺めながら、俺が一人でグレートエラスモスを解体した出来事を思い出す。あのときもこんな感じで助けを呼べたら楽だったのにな……と。
「これまた肉は差し上げます。ですがこれの皮と頭はこちらにください。依頼品なんです」
「わかりました」
その運搬の手間賃は払うと言うと、とんでもないと拒否される。
百頭以上の鹿の肉と皮をいただき、大鹿の魔獣の肉までいただけるのにと、感謝してもしきれないと恐縮された。
そういうことならと了承し、俺はまた例の話を持ち出した。
「申し訳ないんですが、この討伐も例の冒険者がやったことに……」
「えっと……『ホンノウジ』の方々ということですね」
「はい。あとできちんと話をしますので、村人のみなさんにもお願いします」
「まあそれは……はい。ですが……」
「なんです?」
「村人の中には口の軽いものもいますので……」
一応、みんなには話をするが、漏れたらどうなるのかと気にしている。
俺は笑みを浮かべて安心させる。
「ああ、多少漏れても大丈夫です。深く考えないでください」
「そうですか……」
「というかですね……目の前のこれ、俺が一人で倒したって言ったら信じます?」
少しおどけて笑うと、村役場の人は俺をじろじろと眺めた。
見るからに腕力のなさそうな体躯に、血まみれのボロボロの衣服をまとったギルド職員である。
むしろ襲われたところを助けてもらった……という話のほうが通るに違いない。
「まあ筋書きはできてますので、あまり気になさらずに……」
「わかりました」
大鹿の解体が始まると、その手際の良さに感心する。早い……とても解体が早い。
やっぱ本職は違うな。今後に備えて俺もきちんと教わろうかな。
その後は解体と運搬も滞りなく運び、日が暮れるまでには全作業が済んだ。
運び出しが終わり、果樹園の二人の男性と握手を交わす。
「今晩は宿に泊まられるんですよね?」
「ええ。さすがにもう帰れません」
「では明日、宿に伺いますので一緒に街へ行きましょう」
「わかりました」
深々と頭を下げ、お礼を述べられた。
さすがに百頭もの鹿を退治すれば、害獣被害はなくなるだろう。
しかも辺りにはローゲンウルフの匂いも残っている。他の獣も近づくことはないだろう。
「あんたホントにすごいな!」
「店主、わかってると思うけど、俺のことは言わないでね」
店主はニヤニヤしながら話を聞きたそうで、目の前には奮発した料理が出されている。
昨日討伐した『猪のステーキ』だと思われる。
どう見ても筋肉質だった猪だが、出された肉はそれなりに柔らかい。店主の料理の腕がいいのだろうか。味もシンプルだが旨かった。
「お前たち、肉は旨いか?」
「ワン(おいしい!)」
四匹揃って嬉しそうに吠えた。
店主が食堂まで入れる許可をくれたので、俺の横に座って食べている。
客が俺しかいなくて助かった。
「あんた話ができるのか?」
「んなわけないでしょ。こいつらも適当に答えてるだけだよ」
店主の質問を鼻で笑う。
しかし彼は俺を疑っているように見える。そりゃあ人のいう事を聞くローゲンウルフなんざ有り得ないしな。
食後、ローゲンウルフは宿の玄関口で、俺は体を拭くお湯をいただいてから、泥のように眠った。
次の日の朝、解体された大鹿の魔獣の皮と頭を見せてもらう。
実に綺麗な状態だ。丁寧に感謝を述べる。
ついでに運搬をお願いしたい旨を話すと、快く了承してくれた。
というのも、ティアラに『猪の駆除』『鹿の駆除』『村周辺の探索』の報酬支払があるからだ。
村の荷馬車を用意してもらい、大鹿の素材と俺が乗る。御者は村役場の人と果樹園の男性。
「あの、彼らも乗せていい?」
「いいですよ」
「お前たち、乗っていいって!」
俺が手で乗り込めと合図すると、ローゲンウルフの親子は軽々と荷馬車に乗り込んだ。
「吠えるなよ。馬が怖がって動かなくなるから」
そう告げると伏せて、上目で「ハーイ」という表情を見せた。
こいつらホントかわいいな。
荷台から村の人たちと握手を交わし、手を振って別れを告げた。
「申し訳ないけど、フランタ市は東門のほうに回ってもらえます? ちょっと遠回りですが、こいつら街の前で下ろす必要があるので」
「ん、わかりました」
それだけ告げると、俺は親子たちに挟まれて到着まで寝ることにした。
◆ ◆ ◆
「すみません。着きました」
「んぁ……あーはい」
東門が数百メートル先に見える位置に到着した。
どうやら昼だ。
ずいぶんかかったなと思ったら、俺が寝ているので静かに走らせてくれたみたい。
荷馬車を降りると、しゃがんで頭を撫でて首を抱きしめる。
「本当にありがとな。お前たちは命の恩人だ。恩は必ず返す……今度はちゃんと遊ぼうな」
目頭が熱くなり、抱きしめる腕に力が入る。
彼らは小さくクゥーンと鳴くと、二回ほど振り返って東の森へ帰っていった。
俺は荷馬車の中で横になり、寝たふりをして東門へ向かう。
「どうも、依頼の報告です」
御者の言葉に頷くと、衛兵が荷馬車の中を確認する。
中には大鹿の頭と、その手前に横たわっている血まみれ姿の俺を目にする。
「なっ……どうしたんだ!?」
「彼はその魔獣に襲われたんです」
「なんだって!?」
何事かと数名の衛兵がやってきた。
御者が「休んでいるので声をかけないで」と告げる。
報告を受けたガットミル隊長がやってきて中を覗く。
すぐに見たことある奴だと気づいた……例のティアラの職員だ。
前に魔獣の素材を持って帰ってきたのを覚えていた。
しかし今回は死んだように眠っている。
「何があった?」
「彼は村に調査に来ていたんですが、その魔獣に出くわして襲われたらしいんです。そこへ凄腕の冒険者が現れて助けてくれたらしいんです」
「調査ってなんだ?」
「うちの村で討伐の依頼を出していたんですが、冒険者が行方不明になっていたのでその調査らしく……」
「彼は無事なのか?」
「ええ。凄腕の聖職者に治療してもらったそうです」
御者はやたらと凄腕という言葉を強調する。もちろん俺の指導である。
「わかった。行ってよし!」
「どうも」
東門をくぐったあと、チラっと薄目を開けて居並ぶ衛兵たちを目にする。
よしよし、俺が襲われて大怪我を負ったと思ってくれたようだ。いや……負ったのは事実だったわ。
程なくティアラに到着した。
先に俺の案内で裏手に回してもらい、倉庫の前につけてもらう。
御者の二人は、素材の荷下ろしをしようと荷台の後ろに来るが、俺を目にして固まった。
俺一人で折りたたまれた大鹿の素材を軽々と抱え上げていたからだ。
ヒョイっと跳び下り、タッタカと倉庫に運び入れた。
その光景を目にした二人は驚きつつも、今回の一連の出来事は本当にこの人がやったんだな……と、互いに見合わせていた。
「では行きましょう」
二人を連れてギルドの扉を開ける。
俺の姿を目にした客は、綺麗な二度見をしたあと、驚いた表情で道を空けた。
「ただいま帰りました」
受付カウンターには客はいなかった。
「瑞樹さん!」
「瑞樹っ!!」
「うわぁあ瑞樹さーん!!」
リリーさん、ラーナさん、キャロルの三人は、絶叫に近い声で俺の名前を呼んだ。
その声に皆が俺に注目した。
羽織っている毛布は泥だらけで、右肩のところに穴が空き、半身どす黒い血のりがべっとり。
毛布の下はさらにひどく、外套も血で黒く染まり、その下の服は全部血だらけ、ズボンも右側は赤黒かった。
誰の目にも、俺が大怪我を負っているようにしか見えないだろう。
経理の三人も驚いて立ち上がり、主任は慌てて俺に駆け寄ってきた。
「なっ……ど、どうしたんです? 何があったんですか!!」
「んふ、まあその……んふふ」
何をどう話していいやらわからず、つい笑ってしまった。
その様子に主任が青ざめる。俺の気が触れたんじゃないかと思ったのかもしれない。
大きく深呼吸して、手で大丈夫だという仕草を見せた。
村の二人に報告の手続きをするように促す。
「お世話になりました」
「例の件、よろしくお願いしますね」
「はい」
互いに握手を交わした。
主任に向き直り、疲れた表情を見せる。
「主任、とりあえず今日は帰って休んでいいですか? もう眠くて……」
「それは構いませんが、ミズキさん……ホントに大丈夫なんですか?」
「はい。その話も明日で……大丈夫です。あーでも風呂が空いてたら入ろうかなー……」
その言葉にキャロルがサッと立ち上がる。
「わっ、私がお風呂空いてるか見てきます!」
「ごめんね~……」
ギルドに戻れて安心したのか、一気に疲れが襲ってきた。
昨晩も寝たし、荷馬車の中でも寝た。しかし疲労がまったく取れた気がしない。
おそらく魔法を使いすぎたとか、治癒の反動だとか、そういうことだろうと考えている。
今、何か起きたら困る。体調は万全にしておかなければならない。
このあと、いったん着替えを取りに帰り、風呂で寝落ちしそうになるのを踏ん張り、宿舎に帰ってベッドに突っ伏した。