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125話 鹿の魔獣

 パンッ――パンッ――パンッ――パンッ――パンッ


 手前、約十メートルの五頭の頭を狙って連射。

 しかし初っ端、詠唱を勘違いして間違えていた。


 《詠唱、小石弾発射。詠唱、小石弾発射……》と、頭で唱えなければいけないところを、

 《詠唱、小石弾発射。石弾射、石弾射、石弾射……》と、つい端折ってしまった。


 ところがこれでも連射できたのだ。

 自分でも撃ち終えたあとに気づいてびっくりした。


「おぉぉっ!! これが石の魔法の連射機能か」


 つまり魔法語を唱え続けるなら『詠唱』は省けると判明。

 サイズ変更などの言葉も、最初に決めた大きさなどが維持されている。

 まんまプログラミングにおける変数の初期値代入と設定保持だ。

 新たな詠唱方法に心が躍った。


 一発目の射撃で隠蔽が解けたが、鹿は射撃音に驚くと、俺に見向きもせずに逃走開始。

 蜘蛛の子を散らすように……という表現がぴったりだ。

 だが逃がさない。

 言語継続なら連射可能……そのまま視線で追いながら狙撃した。


 攻撃魔法のチートな点――それはある程度、視線誘導が利くところ。

 逃げる鹿の頭を見ながら射撃すると、移動に合わせて勝手に当たる。

 映画などで、主人公が走って逃げるところを敵がマシンガンで銃撃し、当たらずに壁に弾痕がたくさんつくシーンがある。いわゆるアクション映画の醍醐味だ。

 けれどこの魔法の場合はそれは発生しない。俺が敵なら主人公の見せ場はない。

 鹿がピョンピョン跳ねながら逃げる程度なら、視界にとらえていれば余裕で当たる。

 適当に撃ちまくって一回目終了。大体十五頭ぐらい仕留めた。


 やっべ……超楽しい!


 動物愛護協会の人が見たら発狂するかな。鹿狩りってたーのしいー!

 ゲームで獲物を狩るのとは全く違うリアルさ。おでこから響く衝撃波の音も気持ちよい。秒間一発を切る連射も堪らない。

 何より新たな詠唱を見つけたという嬉しさと、敵を倒しているという高揚感に完全に酔いしれた。

 わくわくが止まらない。


 よし……全滅させるか!


 害獣認定されている獣の狩りだし、倒すことに何の躊躇もない。むしろ依頼を完遂することにもなる。

 倒した鹿に『保存の魔法』をかけて再び『隠蔽』で追う。『探知』もしているので、すぐに見つかるはずだ。

 こうして俺は、鹿殲滅作戦を行うことにする。

 このとき、行方不明者が十数名発生している森だということをすっかり忘れていた……。



 鹿たちの行動を見てて気づいたことがある。

 音に対して反応は速いが、その多くが同方向に駆ける。

 数十秒ほど逃げたら脚を止め、辺りを見渡すと、再び家族単位で集まり草を食み始める。

 警戒を解くのが早い。

 おそらく俺が隠蔽で気配が消えちゃうため、すぐに安心しちゃうのかもしれない。

 近くまで行って射撃……隠蔽解けて、その場から撃てるだけ撃つ……隠蔽で消える、この繰り返し。

 するとすぐに鹿は襲われた出来事を忘れたように草を食べ始める……と。


「『隠蔽』がチートすぎる故の楽勝ムーブか……」


 さらに言えば、『遠視』による長距離狙撃が行えるので、離れた位置からだと、撃たれた仲間が倒れて初めて気づく……という具合。


「ふむ……一度普通に追ってみるか」


 走りながらの狙撃の練習も兼ねて、《俊足》と《跳躍》で鹿の群れに突撃した。

 すぐに気づいた鹿が逃走を開始。追いかけながら、ピョンピョン跳ねる一頭を見ながら射撃する。


《詠唱、小石弾発射》


 弾は鹿の頭に命中した。


「行進間射撃でも視線誘導が利くのか。偏差も考えんでいいんだ」


 さらに調子に乗る。

 ここで十メートル上空にジャンプ。逃げる数頭を視界にとらえて各個に射撃。


《石弾射、石弾射、石弾射》


 おでこから発射された三発は、顔の向きを変えなくても、目線で目標を意識するだけで当たった。

 着地すると、羽織っている毛布を広げ、オサレポーズを決める。


「やべえ……俺って超かっこいい!」


 しばらく調子に乗って狩りまくり、気づくと辺りに鹿の反応はなくなっていた。

 スマホで時刻を見ると13時前……お昼過ぎてるわ。

 ここでマズいことに気づく……現在位置がわからない!

 最後の鹿の家族を倒した草原に佇んでいる。

 四方に森の木々しか見えず、どっちから来たかもわからない。

 慌てて上へ高く飛び、辺りを見渡した。

 しかし上空から見ても、道や家がどこにも見えない。


「ヤッバい! やらかした!」


 どこで鹿を倒したかすら覚えていない。これは持ち帰るどころの騒ぎではないぞ。

 どうしよう……途端に帰れないという不安に襲われ、寒気で毛布を掴む手に力が入る。

 焦りが先に立ち、周りに注意を払うのを怠っていた。

 そのとき突如、右の木陰から何かがやってくるのが目に入る。


「ん? まだ残ってた?」


 すぐに鹿だと気づく。

 けれどものすごい違和感に襲われる。

 何か遠近法がおかしく……あ、デカい鹿だ!

 しかし青い玉が見えない。

 瞬時に気づく……『探知』の効果が切れてた!

 鹿を倒しきっていたので反応する生物がいない。効果が終わっていたことに気づかなかった。


 ここで思い出した!

 大鹿のこと、それと行方不明者が大勢いる森だということを……。

 奴は俺を真っ直ぐ見ている。いや、睨みつけているという表現が正しいか。


 しまった、完全にバレてる!!

 奴が駆け足でこちらに向かってきた。


《我が姿を隠せ》


 咄嗟に『隠蔽』を発動し、とりあえず襲われる前に姿を消せた。

 大鹿から離れるように反対方向へ逃げ出すと、奴が俺がいた辺りにやってきた。


 その立ち姿は見るものを圧倒する。

 頭の高さは軽く二メートルを超えている。

 その頭に生えている角は別格級の大きさ、俺が両手を広げた以上の幅がありそう。

 角も掌の指を広げたような形状で、先端も太い棘のように鋭い。

 体つきも筋肉質で、これまたムキムキ感が溢れている。

 崖の上に登場したら、思わず拝んじゃいそうな威厳が漂っている。


 こいつだな……四人組の冒険者が受けたっていう『大型草食獣の討伐』は。

 間違いなく魔獣だ。

 それにしてもこいつ、スタスタと俺の位置に来たな……バレてるわけじゃないよな。

 思わず足を止めてしまった。

 奴との距離は大体五十メートルぐらいは離れていると思う。

 このままゆっくり下がろう。

 そのとき、奴は顎を上げたかと思うと、甲高い叫び声を上げた。


「キィイイイイイイイイ――――ッ!」


 耳をつんざくような悲鳴。

 頭が割れそうに痛み、怯んで目を閉じた。

 数秒嘶いたのち、悲鳴が止んだ。

 一体……何だ!?

 びっくりして目をパチクリさせる――

 俺の体が見える……なっ、『隠蔽』が解けている!?

 しかも足が思うように動かない!

 刹那、頭が真っ白になり背筋がゾッとした。

 だが遅かった……顔を上げると、突進してくる奴の角が迫ってくる。

 反射的に組んでた腕を顔まで上げて身を屈める。


 そこへ奴の鋭い角が迫り、右肩に突き刺さった。

 角はそのまま肩を貫通、左上腕も別の角が掠めてえぐられた。


「―――ッ!?」


 想像を絶する痛みが走る。

 すぐに口の中に血の味がした。肺をやられた!?

 大鹿は突進してすぐ頭を上げた。

 そのせいで角がさらに深く刺さり、身体が奥に押し込まれた。


 撥ね飛ばすつもりだったのだろうか……突進スピードが落ちなかった。

 運がよかったのは、角が右肩にしか刺さらなかったことだ。

 角が大きく、隙間が広かったせいで、他の角が心臓などに刺さることがなかった。

 運が悪かったのは、毛布を羽織って腕を組んでいたことだ。

 手を交差したまま角の間に挟まってしまい、身動きがまったくできない。

 おまけに毛布が他の角にも引っかかったようで、身体が完全に固定されてしまった。


 大鹿が首をブンブン首を振り回す。

 角にはまり込むとは思っていなかったのか……俺の身体を抜こうとしている。

 振られる遠心力で頭が揺られ、激しい痛みで次第に意識が遠のいていく。


 更新(リニュア)が発動しているのがわかる。

 しかし角に突き刺さったままでは治癒しない。

 このままでは意識不明に陥ってしまう。そうなると待っているのは確実な死だ。

 マズい……かなりマズい……。

 遠のく意識で懸命に魔法の言葉を思い浮かべる。

 近接での必殺技、『雷の魔法』だ。


《……詠唱……最大雷》


 ブンっと音を立てて発動……やった!


 ――だが効果がなかった。


 釣り上げられている状態だからか、奴の体からは離れすぎていたようで感電しなかった。

 角からは感電しないのか……。

 大鹿の動きが止まらない。

 奴が俺を抜こうと必死で振り続ける。

 首がもげそうなほど振られ、もはや思考もおぼつかない。

 ああ……調子に乗って鹿倒したからかな……ああもうダメ……だ……。

 ギルドのみんなが頭に浮かんだ……。

 …………ティナメリルさん。


 そのとき、遠くで犬の鳴き声が聞こえた気がした。


「……ゥウ、ワゥウ(……人、……主人、ご主人!)」

「ガウゥウゥグァアウ(お前何やってる! お前何やってる! ご主人に何やってる!)」

「ワゥンワゥン(ごちゅじん! ごちゅじん!)」

「ワフゥゥン(ごちゅじんたしゅける!)」


 ここで意識が途絶えた。


 ◆ ◆ ◆


 大鹿はイラついていた。

 角に人間が挟まってしまい、抜けずに邪魔だったからだ。

 どけようと必死に頭を振る。

 そのせいでローゲンウルフ親子の接近に気づくのが遅れた。


 ローゲンウルフは魔獣である。

 彼らの魔法は、高速移動、跳躍強化、ハウリング(恐怖で敵を弱体)、かみつき強化である。


 飛ぶように駆けってきた四匹が、奴の後方から同時攻撃を仕掛けた。

 まず母親が、後足の膝に噛みつき、ゴキゴキっと骨ごとかみ砕く。

 間髪容れずに子供たちがあとに続く。

 息子がもう一方の足にかみつき、娘が前足の足首にかみついた。


 大鹿は激痛に驚いて叫び声を上げる。

 砕かれた後足が沈み、体がズドンと着地した。

 母親と子供たちは、また裂きよろしく、足をグイグイ引っ張って大鹿を固定する。

 奴は残る右前足をバタつかせて必死に抵抗する。

 大鹿は、例の叫ぶ攻撃を仕掛けようと、首を上げて嘶こうとした。


 だがそれは阻止される。

 狙いすましたかのように、父親が首へかみついた。

 ゴリゴリっという音がして、大鹿の息が漏れる。

 大鹿はかみついたローゲンウルフをはがそうと必死に首を振る。

 しかし外れない。

 食い込んだ牙はどんなに振られても外れない。奴の首がどんどん締まる。


 母親と子供たちは、大鹿を立たせまいと足を引っ張っている。

 大鹿の目から涙がこぼれ、口から泡を吹くと、力なく頭が地面に落ちた。

 ゼイゼイと聞こえていた呼吸音は、やがて静かになり、しばらくしてローゲンウルフの息遣いだけになった。

 大鹿は絶命した。


 ローゲンウルフの親子は、大鹿が動かなくなったのを確認して口を離した。

 母親は、角に刺さった人間の服を咥えると、角から抜こうと引っ張った。

 するとすんなり抜けた。

 大鹿が外そうと振り回してたせいで、外れかけていたのだろう。

 四匹は人間のそばに寄ると、心配そうに顔を舐めた。


大鹿のモデルはエゾシカです。角は枝ぶりマシマシで。

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― 新着の感想 ―
もっとこう、罠にかけるとか あふれる財力で護衛や斥候を雇うとかなさらないんですかね 死闘っていうより、慢心で勝手にピンチになってるようにしかみえない
[一言] いや、ほんと、バカやんw 何回同じことすんのよ こうなっちゃうんかな
[一言] 本当に毎度繰り返される「単独行動」及び「油断」。 この世界の知識を詰め込んでるわけでもないのに(笑) これを気にワンコたちは連れていっても良いのでは。 単独行動は、どんなチートでも集団に…
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