121話 村への聞き取り調査
二月に入ると、ティアラに害獣駆除の依頼を持ち込む客が増えてきた。
というのも、年始に伝播したドラゴン襲撃騒動の余波である。
依頼に来る客の話だと、どうもフランタ市近郊で活動する冒険者が減ったらしい。
まず、ドラゴンの話題でどこの街も大混乱に陥ったわけだが、そうなると怖いのが暴動や騒乱である。
そこで貴族や富裕層が、護衛名目で腕の立つ冒険者を引き抜いた。話がデマとしても、契約としては最低一ヶ月ぐらいはするだろう。
次に王都へ避難する連中も現れる。その護衛に冒険者を取られた。報酬もいいし楽だろう。
と思いきや、避難する連中を襲う盗賊の活動が目立ち始め、討伐のための徴募にさらに冒険者を取られた。
結果、人手不足の玉突きで、ティアラにもお鉢が回ってくることになったわけだ。
しかも悪いことに、寒い時期は害獣駆除が増える。村の畑や食糧庫が襲われるのだそうだ。
害獣の種類は、狼、猪、鹿などの中型の獣、熊、大狼、虎の大型獣による被害だそうだ。
うーむ……中型の獣、それと熊はわかる。だが大狼と虎って何? 虎がいんの? ホントは「シカでした」ってオチじゃないだろうな。
くだらないことを考えつつも、森の怖さを改めて知らされる。
食糧庫を襲われたら、ほぼ食いつくされてしまうそうだ。そうなれば村はこの時期を越せない。死活問題である。
各地の村の人々は、何とかしてくれと冒険者ギルドに頼みに来るわけだ。
ティアラが受けるのは危険度が低そうな中型獣まで。新人が森での行動を覚えるのにちょうどいい依頼だという。
それでも運が悪いと大型の肉食獣に遭遇したり、特殊個体の魔獣に出くわしたりして亡くなるケースもままある。
リリーさんが依頼書のリストを手に主任に報告をしている。
「先月に受けた討伐の五件の報告がいまだにありません」
主任は怪訝な表情でリストを受け取る。
依頼内容は、『猪の駆除』『鹿の駆除』『村周辺の探索』『薬草の採取』『大型草食獣の討伐』だ。
しばらくリストを眺めてすぐに気づく。
「全て同じ地域ですね」
どうやら当該地域が全部、フランタ市の北に位置している村や森だという。
リストの一番最後の大型獣の依頼……それを目にして主任は眉をひそめる。
「これもですか……」
「はい」
ティアラは大型獣の討伐の依頼は基本的に受けない。
しかしこれには事情がある。
一月の中旬、とある商団が、北西の街ミールブル市からの帰りに、街道沿いの森で大型獣を見かけたという。とても立派な角をした大きな鹿だったそうだ。
フランタ市に着くとすぐに討伐依頼をティアラに持ち込んだ。
主任と相談した結果、依頼は討伐専門のヨムヨムへ持ち込むように促した。
ところが依頼者は、ティアラに出入りしているという、噂の冒険者パーティーの話を知っていた。彼らにお願いしたいとやってきたのだ。
リリーさんが、「もうティアラには長いこと来ていない」と説明すると、がっくりと肩を落とした。
そのとき、たまたまティアラを訪れていた冒険者が口を挟む。
「それ、俺たちが引き受けるよ」
剣士二人、弓使い二人の四人組の冒険者パーティーだ。
体格のいい若い連中で、俺より背も高く、全員それなりにイケメンである。
年明けから、うちの受付嬢を口説きに来ていた。
前からフランタ市にいたのか、よそから流れてきたのかは知らないが……。
彼らもまた、噂の冒険者の話を知っていた……となると、対抗意識も出る。
その場で依頼者に、自分たちは実力があって倒せる自信があると喧伝し説き伏せた。
受付嬢への下心が見え見えではあるが、実力はあると確認できたので受注した――
その彼らが帰ってこないのだ……。
主任は手で口を覆い考え込む。
冒険者が行方不明というのは残念だが起こり得ること。しかし年明けから五件は異常な数である。しかも同地域というのは実に怪しい。
ギルドとしても放っておけない事態である。
「その村へ聞き取りの依頼を出しましょうか……」
主任の提案に、リリーさんは首を振る。
「それにはおよびません」
「というと?」
実は数日前に村への配達依頼を受けた冒険者がいた。今回の発覚は彼からの報告が発端なのだ。
「襲われた倉庫を確認して、森に向かったということです。で、それっきりだそうです」
「そうですか……」
主任はギルド長に相談すると告げた。
リリーさんが俺の横を通り過ぎる際に声をかける。
「何かあったんですか?」
「依頼を受けた冒険者が帰ってこないんです」
「ふ~ん……」
俺の脳裏に転移時に見た、四人組の死体のことが頭に浮かぶ。
リリーさんを労うと、彼女は軽く頷いた。
数日後、マグネル商会から俺に手紙が届いた。
先々月分のアイデア料の振り込みが完了したとの報告だ。そしてその振込金額に驚いた。
大金貨五枚、小金貨三枚、と端数(日本円で約150万円)
待て待て待て! 何だこれ!
十二月分は売り出し開始が月半ば、なので約半月分だ。マージンは3パーセントだぞ!
マグネル商会……洗髪料、どんだけ売ったんだよ!
後日、知ることになるのだが、これは貴族が発売初期の取り合いで、青天井の値段をつけて買った結果だった。
手紙には『お風呂の販売状況』『ハンドクリームとリップクリームの販売状況』を、それぞれ知らせてくれている。
お風呂はエイトランド工務店が主導となって販売攻勢をかけている。
工務店にモデルルームを設置。見学に来る客も徐々に増えていて、富裕層向けに受注が入っているそうだ。
プレハブ工法で建設が早いのが高評価を得ているという。
設置した家からの評判も高く、建屋の種類も増やす計画だそうだ。
ハンドクリームは一月後半に製法を聞きに再来店。洗髪料より製造は簡単なのでお試し販売を開始した段階。
リップクリームは棒状にして紙を巻き付け、使う分だけ紙をはがす感じでとりあえず作成してみた。
現代の押し出す仕掛けは難しいだろう。俺もよく知らないし。
追加のアイデアとして、色付きのリップクリームを提案。食紅を混ぜて、試作ができたら送ってくれるそうだ。
洗髪料だが、一月始めにとうとう王宮に到達する。ドラゴンの襲撃騒動で王宮も大わらわの最中だ。
ところが女性たちは、「そんなこと知ったこっちゃないわよ!」と、洗髪料の話題で持ちきりだったという。
マグネル商会に王宮から大量の注文が入り、騒動のさなか、一月半ばに王宮へ輸送した。
そりゃマグネルはドラゴンどころの話ではないな……へたすりゃドラゴンの前に首が飛ぶ。
フランタ市以外への販売は、大手チェーン店のキール・キール商会に商品を卸す形で契約した。なので現在マグネル商会は、ほぼ製造のみを行う形だという。
手紙をそっと閉じて、ウエストポーチにしまった。
「いいことあった?」
顔が緩み切っている俺にガランドが気づく。
「うん。ハンドクリームのことが書いてあって順調だそうだ。風呂も売れてるって」
「あーちょうど時期的にいいもんな」
軽く頷いた。
先月、ギルドのみんなと少しぎこちない感じになってしまった。
俺の失言が原因で、それをいつまでも一人で思い悩んでいたせいだ。
おかげでみんなに気を遣わせてしまった。
わだかまりも解け、みんなとの距離も縮んだかな……と感じている。
このまま何もなければいいな……と思っているが、おそらくそうはいかないだろう。
ドラゴンの襲撃が、早いとあと一ヶ月後ぐらいにどこかで起こりそう。
仮にフランタ市でなくても、いずれはこの街にもやって来るはずだ。
わかっていることは『一体』『黒っぽい』『空を飛ぶ』『火を吐く』これだけ。
やっぱり火を吐くのかー!
勝てる見込みはまったくないが、『ギルドの職員全員を逃がす』という想定は立てておこうと思う。
次の日、ある村への配達依頼が舞い込んだ。
キャロルが受け付けたのをリリーさんが耳にし、彼女はその依頼を見せてもらう。
それを手に主任のところへ向かい、何やら相談している。
「瑞樹さん、ちょっといいですか?」
スマホの電卓を打っていた手を止め、主任の席に向かう。
「すみませんが、配達をお願いできますか?」
「はい?」
リリーさんも驚いた顔をし、主任にどういうことか事情を聞いた。
例の依頼未達成の五件のことが関連していた。
ある駆除依頼がその村からのもので、手紙の配達があるので話を聞いてきてほしいという。
この件、ギルド長も対応に悩んでいた。
うちからヨムヨムに出向いてベテラン冒険者に調査依頼、または駆除依頼をお願いする形になるだろうと考えていたらしい。
しかし五件のことを話すとなると、それなりに信用と腕のある冒険者が必要である。
不祥事……とまでは言わないが、あまり知られたくない案件だ。
村への聞き取り調査だけならギルド職員でいいだろう……で、配送依頼で俺に白羽の矢が立ったというわけだ。
主任は俺がグレートエラスモスを討伐したことは知っている。盗賊団殲滅の件もご存じだ。
まあここのみんなは知っていることなんだけどね。
俺なら不測の事態にも対処できるだろうという判断からだという。
村で話を聞いてくるだけ……ギルドとしても状況を掴めないので困っている。
話を聞きながら少し考える。
配達依頼はただの郵便配達。現在時刻は14時。
着替えて今日出たら確実に夜の到着。一泊して次の日の朝に事情を聞いて帰る――こんなとこか。
この寒い中を出かけるのは億劫だな……と本音が出そう。けれど他にいい選択肢もなさそうだ。
それに調査依頼となるとギルドの持ち出し。効率を考えると俺が行くのが一番ベストだ。
「わかりました」
快く返事をする。
ここはいっちょいいとこ見せますか。
俺の帰り支度にガランドが驚く。
「え、どうした?」
「ちょいと配達依頼をしてくる。村人に話を聞く必要があるんだとさ」
リリーさんから手紙の束を受け取ると、彼女が軽い励ましをくれる。
「今度は濡らさないでくださいね」
俺はおっと驚き、頬を緩めた。
「言うね~!」
皆がくすくすと笑う中、「行ってきます」と告げてギルドをあとにした。