120話
ラーナは今のやり取りが気になってガランドに尋ねた。
「何?」
「いや瑞樹がなー……いつまでも例の発言を気にしてるから、今日飲んで考えを聞こうと」
「やっぱり……」
リリーの呟きにガランドも反応する。
「何かあったの!?」
「瑞樹さん最近、静かだなって話してたんですよ……」
「あー……」
ガランドとレスリーが互いに見合い、こっちも何かあったのだなとラーナは察した。
「何、話してたの?」
「いやー……」
レスリーは席に戻り、ガランドは彼女たちの後ろで腕を組みながら眉間にしわを寄せる。
「瑞樹は自分に自信がなさすぎる……」
「ええぇぇえ!? 意味わかんな~い!!」
意外な答えにキャロルは驚いた。
ラーナはガランドに向き直り、腹の前で軽く手を組んだ。
「自信がないってどういう意味……女性にってこと?」
「それもある。なんつってたっけ……」
レスリーが瑞樹から聞いた言葉を正直に話す。
「瑞樹は『人の感情を察せない』らしく、思ったことがつい口をつくらしい。あと『悪い方向に物事を考える』性格なので、俺たちがずっと気にしてると、どうしても思ってしまうそうだ」
彼女たちは絶句する。
「それと何だっけ……ラーナさんたちが親しく話してくれるのは、『同僚だから』って言ってたかな。勘違いしないって……」
その言葉にラーナは組んだ手で強く握りしめ、目を見開いて反論する。
「そんなわけないじゃない!」
「でも瑞樹はそう思ってる」
女性たちは、瑞樹のあまりのよそよそしさに合点がいった。
「彼、そんなに自信がないの!?」
「うん、びっくりするよな」
二人は瑞樹のあまりに消極的な態度がどうしても理解できないでいた。
みんなを見れば誰も気にしてないのはわかるだろうに……。彼にはそれが伝わっていない。
ガランドは年上だし何より妻帯者だ。女性の機微や反応がそれなりにわかる。
ラーナも人の好意を察するのがわりと得意だったりする。
「日本人ってあんななのかしら?」
「さあなー……それは知らん。彼だけじゃないか?」
「昔、何かあったのかしら……女性にこっぴどく振られたとか……」
「う~む……その辺りも今日聞ければ聞いてみるよ。話すかどうかは知らんがな」
「絶対に聞け!」
ラーナのドスの利いた命令に、ガランドはふっと鼻息をつく。
「ちょっと! こっちは真剣なのよ!」
「なんで?」
彼女が左右の二人に交互に見やる。
ガランドはチラっと二人に目をやると、キャロルはショックを受けて呆然とし、リリーは暗い顔をしている。
それで察した。二人が瑞樹が好きなのだなと。
「あー……」
ところが瑞樹は壁を前面に設置している状態だと知ったわけだ……それは堪えるな。
キャロルが自信なさげに口を開く。
「瑞樹さん、私のこと嫌いなんですかね?」
即座にガラントとラーナがフォローする。
「違う違う! 瑞樹はそんなんじゃない! キャロルのことは好きだと思うぞ」
「そうよ、ただ彼はそれを受ける自信がないだけよ」
「ホントなんだろうな……あの自信のなさは。普通わかるだろ!」
暗い顔のままのリリーに目がいく。
「リリーも心配するな」
「あんたはもっといきなさい!」
ガランドが「おっ?」という表情でラーナに聞く。
「風呂でそんな話してたの?」
「そうよ」
「なるほど……帰ってきてこれではショックだよな」
ガランドとラーナは大きくため息をついた。
そこへ瑞樹が帰ってきた。
◆ ◆ ◆
タバコを外で吸うにはかなり寒い。
室内で吸っても文句は言われないのだが、中で吸うととサボっているようにしか見えないので仕方がない。
先ほどの話を誤魔化すように、寒い寒いと口にしながら席に着く。
やおらガランドも席に着くと俺に向き、右肘を机に乗せて身体を預けた。
「瑞樹……お前、ホントめんどくさい性格だな!」
「んー……すみません」
口は災いの元……とはいうが、なかなか治らないんだよなー。性格もあるし……。
彼の呆れた口調に、俺は「これからは気をつけてものを言うよ」ぐらいに考えていた。
そこへラーナさんの叱声が飛ぶ。
「瑞樹っ!」
「はい!」
突然の呼び捨てにびっくりして反射的に返事をした。
「私たちが同僚だからあなたと仲良くしてると本気で思ってるの?」
「えっ?」
一瞬で青ざめる。
どうやら俺がタバコを吸いに行っている間に、先ほどの話を聞き出されたようだ。
「そんなわけないでしょ!」
「……はい。すみません」
俺が恥ずかしくて心臓の辺りをキューっと掴まれる感じを覚えた。
なるほど……やっと気づいた。いや、気づかされた!
俺は一人で勝手に嫌われたと思い込み、みんなと距離を取ろうとしていた。
もちろん意図的にではない。自然とそういう行動をしてしまうのだ。失敗しないように人から距離を取る。
そのことを指摘されて、急に自分が恥ずかしくなった。
どうしていいかわからない。
涙がじわっとするのがわかり、我慢しようと歯をグッと噛みしめる。
ガランドはキャロルに目をやり、首をくいっとする。
キャロルは立ち上がると、両肩を掴んで揺する。
「瑞樹さ~ん……元気出してくださいよ~!」
「ん、ゴメンゴメン」
ラーナがリリーに目くばせをする。
彼女は躊躇うと、ラーナは険しい表情で再度目でキッと睨み、首をくいっと傾げた。
意を決したリリーは立ち上がり、机に手を添えてしゃがむ。
「瑞樹さん、私たちを信用してください」
「はい。申し訳ありません」
俺は一生懸命笑おうと努力する。
キャロルに揺すられて励まされ、リリーさんに上目で説得される。
目頭をつまみ、自分の不甲斐なさを大いに恥じる。
何をいつまでいじけてるんだ! 失言は気にしないと言われたんだから、それを信じて前を向くべきだろう。
性格を言い訳にするのはここまでにしよう。
今後も失敗するかもしれない。そのときは素直に謝って前を向けばいい。ちゃんとみんなを信じよう。
口をギュッとして顔を上げた。
「瑞樹、何か困ったことがあったらお姉さんに聞きなさい!」
ラーナさんが微笑みながら右手で胸をトントンとつつく。
「その前に今日はお兄さんと飲み会だからな」
ガランドが左手で自分の胸をトントンと叩く。
二人の人生相談の受付に、自分はつくづく子供だな……とすごく嬉しかった。
その光景にロックマンは、頭の後ろで手を組むと口を尖らせた。
「瑞樹はモテモテでいいな」
「……すみません」
「今日は謝ってばかりだな、瑞樹」
「す……、はい」
レスリーの指摘に恐縮すると、みんなクスクスと笑った。