119話
ティアラの受付カウンターには、向かって右から、レスリー、俺、ガランドが座っている。
ティアラの看板娘を目当てで来たのなら、さぞがっかりすることだろう。
昼休憩で三人揃ってお風呂に行ってしまったからだ。
キャロルがラーナさんに「お風呂行きましょ」と誘うと、ラーナさんがリリーさんの肩を叩いて「あんたもよ」と連れていったのだ。
今まで交代で行っていたのに……今日にかぎって何だろう。
まあ今までも、三人が昼に席を空けることは何度もあるので気にもしないが……。
……それにしても風呂が長い気がする。
幸い今日は主任がいない。ギルド長と出かけているため、お小言を言う人がいない。
まあ暇なら別にいいんじゃね……などと思っていると、受付嬢がいないときに客は来るものだ。
この寒い時期に待たせるわけにもいかず、俺たちが受付業務を行っている。
「風呂……長くない?」
「まあ今日寒いですからねー」
「にしても揃って三人で行かんでもなー」
どうやら新規の冒険者登録だ。書面に記入してもらう間、声を落として雑談する。
「普段一人ずつなのにどうしたんでしょうね」
「ん~何か内緒話でもしてるんじゃないですか? 『恋バナ』とか」
左のレスリーがこちらを向く。
「何? 『恋バナ』って」
「恋の話……要するに恋愛相談じゃないかって意味。日本語通じなかったね……ゴメン」
今度は右のガランドがこっちを見た。
「誰の?」
「知りませんよそんなの!」
俺は書類を書き終えた新人冒険者に、「頑張って」と声をかけた。
次に来たのは配達依頼を受けたい冒険者、貼りだしていた依頼書を持っている。
登録カードで履歴を確認する……問題ない。書類にサインをもらい、奥に積んである荷物を渡す。
「ていうか三人とも彼氏いるんじゃないんですか?」
俺が尋ねると、書類を書いているガランドが首を振る。
「え? いないってことですか?」
今度は首を縦に振った。
「マジか……」
「レスリーも知ってんの?」
彼も書類を作成しながら答える。
「いやー俺は全然知らないな……ガランド、なんで知ってんの?」
「ん? 前に妻と買い物に出かけたときに偶然、リリーと出くわして、妻が聞いたらしいんだよ。そしたらいないって」
「それはリリーさんだけいないってことですか?」
「いや、三人ともいないってさ!」
「それいつの話です?」
「んー……11月頃だったかなー」
三人とも彼氏がいないと聞いて意外だと思った。
しかしその手の話は真実である確率は低い。ホントのことなど話さないだろう。
奥さんに言えばガランドに伝わるのは確実だろうしな。いるけどいないっていうのは女の常套句だろ。
まあ彼氏はいないとしても、思い人は確実にいるだろうな……。
ガランドが登録を終わって、次の冒険者の対応をする。害獣駆除の依頼受注なので説明を始めた。
そっと左に身体を傾けてレスリーに小声で尋ねる。
「……ちなみにレスリーは彼女はいるの?」
彼は書類の手を止めると俺をじっと見た。
自分でもびっくりする……なんで聞いちゃったかな。流れでつい聞いてしまった。
この手の話をしたことは一度もない。色恋ネタはどんな答えも対応に困るんだよな。
「…………いや」
「三人の誰かが好きとか?」
客に聞かれないように耳そばで聞くと、苦笑いしながら否定する。
「ふふっ、ただの同僚だよ」
「ふぅ~ん」
その言葉に動揺の色は見られない……違うのか。
まあ仮に気があるとしても言わないか。俺でも絶対言わないな。
これ以上聞くのはしつこいな。
レスリーの客は登録が終わり、次の冒険者も新規の登録だ。ホント今日は新規登録が多いな。
俺のところに来たのは薬草をたくさん抱えた冒険者。右を指さして「あっちでお願いします」と営業スマイルで答える。
次は求人募集か……申込用紙に要件を書いてもらう。
「瑞樹は三人の誰か好きなの?」
「俺?」
レスリーが俺にお返しを見舞う。そりゃ聞いたら聞き返されるわな。油断してドキッとしてしまった。
「な……なんで?」
「だって三人と楽し気に会話してるじゃない。風呂も作ったし。キャロルは瑞樹のこと好きなんじゃね?」
「はあ!? ないない! 俺なんか相手にされないよ!」
たしかに最近……というか、少し前からキャロルの態度が好意的かなーと思ったりもする。
けれど彼女はいい意味で空気を読まない元気っ娘、スキンシップの距離が近いだけだろう。キスとかもこっちの世界じゃ普通なんじゃないかな。現代でも欧米人はしてた気がする。
彼女はあくまで職場の同僚として接してくれてるだけ……勘違いしてはいけない。
以前ネットで『女性から笑顔で話しかけられただけで、好かれていると勘違いする男性が多い』という話を読んだ。それがすっごく頭に残っている。
とにかく何かやらかして嫌われるのが怖い。その意味ではこの前の不用意発言での態度は辛かった。
「仕事で一緒だから話をしてもらえてるだけですよ。勘違いはしませんって!」
「んなことないだろ」
「いやいやホントホント、調子に乗るとすぐこの前みたいにやらかしちゃうからね。俺は『よそ者』だから……」
「『よそ者』ってお前……」
何となしに自分を卑下する単語を言ってしまった。
それを聞いてガランドが急に険しい表情になる。俺も即座に「あっ!」と思った。また失言だ。
「お前、まだ気にしてんの?」
「いや……ゴメン! 今の言い方はないな……すまん!」
「もうみんな『気にしてない』って言ったろ!」
「うんわかってる。ゴメン」
レスリーが呆れるような顔で俺をじっと見る。
「いや俺なー、思考がネガティブなんだよ」
「何? ネガティブって……」
「あっ、えっと……マイナス思考……」
「マイナス?」
そこまで話すと、客が記入で悩んでいるのが目に入った。話を一旦切って、項目を説明しながら手伝う。
ガランドとレスリーは、身体を反らして互いに見やり、呆れていた。
求人募集の記入が終わった客は、少し怪訝な表情を浮かべている。こちらの空気が微妙な感じなのが伝わったか。
俺は営業スマイルで誤魔化し「じゃあ貼りだしておきますね!」と告げると、軽く頷いてギルドをあとにした。
店内はちょうど客がいなくなった。
二人が俺をじっと見つめている。俺は諦めたように大きく息を吐くと口を開いた。
「俺はどうも『人の感情を察せない』とこがあってな、ついポンと思ったことを口についてしまうんよ。あと『悪い方向に物事を考える』性格なので、みんなが気にしないと言っても『でもやっぱり気にしてるよなー』ってずっと思っちゃうんだよ」
「いやだから――」
「わかってる! わかってんのよ! みんなの態度を見たら気にしてないって!」
そこまで言うと、腕を組んで考え込む。
「でも…………自分に自信がないんだよ」
「なんで?」
「んー……」
ふと顔を上げる。なんで俺はこんなことをしゃべってるんだ!?
「いやいや、さすがに仕事中にする話じゃないぞ! もう言わない!」
二人が唖然として口を半開き、「お前、そこまで話して止めるか?」という顔をしている。
「ぃよぅし瑞樹! 今日仕事が終わったらそこでちょいと飲もう!」
「んあ゛ぁ!?」
急な飲みニケーション発動に変な声が出た。
「レスリー、お前も来い!」
「んふっ、まあいいけど……」
「ロックマン、お前今日空いてるよな!」
一人経理業務をしていた彼は振り向いて、一体何事かと眉をひそめた。
彼は、三人が何か話をしているなとは思っていたけど内容までは聞いていなかった。
それがいきなり飲みに行くという。
「えっ何? 何かあったの?」
ガランドが左手で、俺の肩をバンっと強めに叩く。
「こいつがいつまでもウジウジしてるから、飲んで全部ぶちまけてもらう」
その言葉でロックマンもピンときた。
「えっ? 瑞樹、まだ気にしてんの?」
「ほら見ろ! ロックマンも思ってるぞ!」
「いやガランド、お前、家で奥さん待ってんだろ?」
「大丈夫、近くに住んでる職員に伝言頼むから」
「え~?」
苦笑いしながらため息をつく。
めんどくさいことになったなと思いつつ、けれど気にかけてもらえるのが少し嬉しくもあった。
そこへ受付の三人が風呂から帰ってきた。
「戻りました~!」
「おっそい!」
ガランドが開口一番文句を言う。俺とレスリーも呆れて笑った。
「ホント長いですよ。主任がいたら大目玉ですよきっと」
「珍しいですね、三人一緒に行くなんて」
ラーナさんは気にした様子もなくお風呂にご満悦。リリーさんは申し訳ないと平謝り。キャロルは「ゴメンゴメン」といつもの調子である。
三人と席を交代するとき、キャロルの視線を感じて振り向く。
「ん……どうした?」
「……ううん、何でもない」
「なんだそれ!」
彼女の笑顔に釣られて笑う。
「じゃあ俺、外でタバコ吸ってきます」
「瑞樹!」
「ハイハイ……了解です」
ガランドの言葉に右手で答えつつ、広場に出て行った。