118話 お風呂で恋バナ
避難訓練の話題から一週間が経った。
ドラゴンの話などどこへやら……ギルドは日常を取り戻している。
この日の昼過ぎ、ラーナ、リリー、キャロルの三人がお風呂に入浴中。ティアラの看板娘が揃って湯船に浸かっている。
ラーナは首まで浸かり、足を伸ばして目を閉じている。今年の寒い時期は体調がすこぶるいい。お風呂のおかげだ。
キャロルは横向きに浴槽の真ん中、ラーナの足を跨いで浸かる。真っすぐ前を見つめ、何だか真剣な表情を浮かべている。
リリーも体育座りで横向きに、追い炊き側は熱い湯が出てくるので時折り混ぜている。
女性だと三人入れる余裕の広さ、瑞樹が浴槽を大きめに設計してくれたおかげである。
その彼のことを話し合うために、急遽お風呂パーティーの開催となった。
さぞや楽しい話題で盛り上がっているかと思いきや、風呂の熱気とは裏腹に、沈鬱な空気が漂っている。
「絶対、変ですって!」
「そうねー……」
「ですよね……」
キャロルが口火を切ると、二人も同意する。
最近の瑞樹の態度がおかしいのを三人は気にしていた。
「会話は普通にしてくれるけど、よそよそしいですもん!」
「そうね~……」
「あの日以来、お昼にどっか出かけたり、何か考え込んでますもん!」
「ん~……」
ラーナの生返事にキャロルが風呂の縁をバンッと叩いた。
「ラーナさん!」
「も~聞いてるわよ! 瑞樹が大人しいって話でしょ?」
キャロルの小言にラーナは目を開く。
そっとリリーは風呂から上がると、椅子に座って髪を洗い始めた。
ずっと静かなリリーをキャロルは目で追うと、再びラーナに向く。
「瑞樹さんまだ気にしてるんですかね~」
「あれはしているわねー……」
その言葉に皆の表情が陰る。
一週間前に瑞樹が避難の話をした。
その際、失言をしてしまったと、本人がずっと気にしている。
「私たちが『気にしてません』って言っても、笑って『もう忘れてください』しか言わないもん。全然笑ってない!」
「笑ってるけど……笑ってないのよねー」
「…………」
ラーナは再び目を閉じて、鼻の下まで湯船に沈む。
たしかに「ティアラが潰れる」と言われたときはびっくりした。けれどもう誰も気にしていない。
むしろ『街が壊滅する』ことの意味を認識させてもらったと思っている。彼を悪く言う職員など一人もいないのに……なぜそこまで引きずるのか。
身体が十分温まったラーナも湯船から上がり、空いている椅子に座って髪を洗い始めた。
キャロルが一人で広々と湯船に浸かる。リリーに目をやると手が止まったままだ。
「んふぅ~……ところでリリーさん」
「ん?」
「リリーさんは瑞樹さん、好きですよね!」
キャロルの突然の指摘にびっくりして顔を上げる。するとシャンプーが目に入ってしまった。
「ひゃっ……キャロル! 何言ってんのよ!?」
「いやもうバレバレですよ、ねえラーナさん!」
「気づいてないと思ったの?」
ラーナはふんと鼻息を吹き出し呆れ顔。二人を目にしたリリーは、風呂で温まった以上に顔が熱くなった。
「よく目で追ってるし、すぐ彼の机のそばに行くわよね」
リリーは自分の行動を指摘されて口ごもる。
意識したつもりはないのだけれど……と思い返す。……いや、やはりそうかも。
「……それは」
「出会いも衝撃的でしたもんね」
「あれは……」
ラーナの言葉にバツが悪そうな顔になる。初対面で死体の写真に怯えてしまい、慰めてもらった出会いを二人は聞き出していた。
「好きじゃないんですか?」
キャロルがしつこく聞くのでリリーも反撃に出た。
「そういうキャロルはどうなのよ! 瑞樹さん――」
「好きですよ、瑞樹さん」
あっさりと認めた。その発言にラーナは顔を上げて笑う。
「やっぱりねー。あんたあからさまだし」
「えっ!? キャロルは瑞樹さん、好きなの?」
「だって頭いいし優しいし、一緒にいて楽しいですもん! 初心なところも面白いですし」
リリーは意外だった。キャロルの態度は、陽気な性格からだと気にしていなかったからだ。
言われれば……よくよく思い返すと合点がいくことばかり。
年明けからのボティータッチの多さ、ハンドクリームのときのキスは、スキンシップにしては近すぎる……と。
「いつからなの?」
「いつ……う~ん……」
ラーナの質問に彼女はしばらく考えて、休息日に思った話をする。
「いつからかはわかんないけど、ギルドで瑞樹さんに会えるのが楽しいなって思うようになって……。で、休息日の五日間会えなくてつまんないなーって頭に浮かんで……そしたら『あっこれ好きなんだ!』って気づいた感じ」
実に答えがキャロルらしいと、ラーナは満足気な表情を浮かべる。
「告白するの?」
「う~ん……」
キャロルにしては歯切れが悪い。彼女は瑞樹の反応がひっかかっていた。
「瑞樹さんって、他の男の人と反応が違いますよね?」
「奥手なだけじゃない? 彼、女性経験なさそうだし」
「それだけかな~……」
キャロルは重要な女性が頭に浮かんだ。
「あっ、瑞樹さん、副ギルド長が好きなんですかね?」
「あー……」
三人とも、瑞樹がティナメリル副ギルド長に対して好意を抱いているふしがあるのは感じ取っている。
「エルフ語の話し相手になってるんでしたっけ?」
「瑞樹さん、副ギルド長が職場に来ると、妙にそわそわしますもんね?」
「まあ美人だものね」
「日本にエルフいないんでしたっけ?」
「言ってましたね」
「じゃあ仕方ないわね」
会話の口調に危機感は感じられない。
彼女たちはティナメリルさんが恋愛の障害になるとは露ほども思っていない。
彼女はエルフ、人間ではない。
たしかに見た目は美人だし、男が惹かれるのも無理はない。女性にしてみればあの容姿は羨ましい。
けれど種が違う。恋愛や結婚の対象にはなり得ない……と思っている。
ラーナにしてみれば『ラッチェルがかわいいから好き』と同じ感情だと捉えていた。
キャロルは何かが引っかかる……。
「エルフと人間って結婚できるんですかね?」
「知らないわよ。キャロル、お湯ちょうだい!」
キャロルがラーナの頭にお湯をかける。二度ほどかけるとラーナは髪の水を切った。
「キャロル、あんた瑞樹が副ギルド長と結婚すると思ってるの!?」
「思ってません!」
「でしょ!」
ラーナの強い口調に、キャロルの不安も消し飛んだ。
瑞樹は、女に見つめられれば照れ、裸を見ては俯き、キスされて真っ赤になる男である。
どう考えても『ティナメリルさんが瑞樹を好きになる』または『瑞樹がティナメリルさんを口説き落とす』などありえない。
リリーは黙っていたが、ラーナの言葉に安心していた。
「ラーナさんはどうなんです? 瑞樹さんのこと」
「私!? 私は瑞樹のことは出来のいい弟って感じかなー」
「そっちですか」
恋愛対象ではないと聞き、リリーはホッとする。
ラーナはその言葉のトーンに気づき、にやりと目を向ける。
「あんた今、ホッとしたでしょ」
「えっ!?」
「やっぱ好きなんじゃ~ん!」
キャロルは風呂の縁に腕を乗せ、リリーをにやにやと眺める。
「ラーナさんは年上好きですもんね。この前来たカートン隊長はどうなんです?」
「そうねー、あれくらいの年齢ならいいかなー。でもカートン隊長は怖いのでパス!」
二人はハハハと笑った。
「で、リリーさん。さっきからはぐらかしてますけどどうなんです?」
「それは……よくわからないわ。瑞樹さん、何だか私に遠慮していると感じるし……」
リリーの答えに二人も笑みが消える。
「あんたが煮え切らないからじゃないの?」
「あ~それはありますね~。リリーさん真面目ですもんね」
「そんなこと……」
「もう認めちゃったら?」
二人の質問攻めに陥落、ゆっくりと頷く。
「んふ~認めたわね。じゃあちゃんと頑張んなさいよ!」
「ねえねえリリーさん! リリーさんはなんで瑞樹さん、好きになったんですか?」
キャロルの遠慮ない質問に、ラーナも諦めて打ち明ける。
「んー……私が泣いてしまったとき、ものすごく優しく慰めてくれて――」
「そこから!?」
思わずキャロルが叫ぶ。
「ううん……ギルドに勤め出してからも、瑞樹さんはこの国の人とは全然違うなーって。で、何が違うんだろう……って気になってたら……」
「恋に落ちてましたって?」
「うーん……そうかな」
ラーナとキャロルは互いを見合い、リリーっぽい答えかなと思わなくもなかった。
「あんたたち、瑞樹の見た目はどうなの?」
「ん? 私は好きですよ。ていうか見た目では選ばないですし」
「……私も」
「ふぅ~ん」
ラーナは口角を上げながら、二人は合格かなと勝手に決めていた。
「リリーさん、二人で瑞樹さん落としましょうね!」
キャロルはへらっと笑う。そんな彼女をラーナは戒める。
「あんたは少し自重しなさいよ。あれじゃ瑞樹は逃げるわよ!」
「え~~!」
「あれはそういうの慣れてないんだから。やりすぎると嫌われるわよ」
「それはやだ!」
「リリー、あんたはもっといきなさいよ! 上目、上目使いなさい!」
「いや、私はそんな……」
「瑞樹も瑞樹よね。こんな美人二人から思われているのに気づかないなんて。彼は今まで女性と付き合ったことないのかしら……」
ラーナは年上お姉さんの意見をとうとうと述べる。後輩二人の恋を成就させたいのだ。
この国では男が妻を複数養うことは可能、もちろん条件はある。
二人と瑞樹なら何の問題もないだろう。
……いや、問題があった。瑞樹の不甲斐なさだ。
この国の男たちに比べて、自分の感情を出さな過ぎるのが不思議でしょうがない。なぜガツガツ来ないのか……。
しかもいまだに先の発言をずっと引きずっている状態……ラーナもどうしたもんかと頭を悩ませていた。
「でも瑞樹さん……もしかしたら日本に帰っちゃうんじゃ……」
リリーのつぶやきに沈黙が漂う。
瑞樹はこの国の人間ではない。もしフランタ市がドラゴンに襲撃されて壊滅したら、そのときは迷わず国に帰ってしまうのではないか……。
三人はそれが気がかりだった。
「キャロル、お湯ちょうだい」
手桶にお湯を入れると、ラーナの頭からかけてリンスを洗い流す。
「とにかく好きならちゃんと態度は示さないと。彼は自分からは言わないわよ、絶対に」
「あ~そうですね~、私の裸を見て真っ赤になってましたし、キスしたら固まってましたしね~」
「あんたねー!」
リリーがキャロルをキッと睨むが、彼女はキャハハと笑った。
「でも……」
キャロルは笑みが消え、少し伏し目がちになると小さく呟いた。
「瑞樹さん、ホントに帰っちゃうんでしょうかね……」
その質問に誰も答えられず、だいぶ長い時間お風呂に入っていたと気づき、三人は急いで上がった。