115話 ルーミルからの情報
次の日、久しぶりに猫人行商人のルーミルと娘のラッチェルが来店した。
盗賊団に襲われて以来の再会、嬉しくて思わず立ち上がる。
フードを脱いでラッチェルが顔をみせる。
さらに背が伸びていてカウンターの位置に腹がある。もう立派なレディーかな。相変わらず成長が早いのに驚かされる。
来客中の受付嬢三人は、「すみません」と断りを入れ店内へ向かう。
ラーナさんはラッチェルをギュッと抱きしめ、「いらっしゃい!」と嬉しそうに声をかける。ラッチェルもマール語で「お姉ちゃん!」と目を細める笑顔で返事をした。
リリーさん、キャロルとも抱き合った。実に尊い光景である。
ルーミルが外套を脱ぎ、改めて先日のお礼を述べる。
……と、二人の衣服が以前と違う。
寒い時期なので厚手に変わったのはわかる……が、どことなく仕立てがいい感じ。
「ルーミルさん、何となくですが……いい服着てます?」
「わかりましたか」
猫人独特のにんまり笑顔に心が和む。どうやら襲撃後の後遺症はないようだ。よかった。
彼は約二ヶ月の間の出来事を話してくれた。
とにかく『シャボン玉』の売り上げが好調らしい。
彼らの里で情報共有し、本格的に生産し始めた模様。コミュニティを通じて材料を購入して里で大量生産、各行商人に売らせて稼いでるそうだ。
娯楽が乏しいこの世界では『シャボン玉』はかなり珍しがられ、富裕層の令息令嬢が喜んで購入しているという。
街の商会からも引き合いがあるそうで、ますます販路が拡充するだろう。
おかげで金銭的に潤い、商売道具から衣服、取扱商品の品揃えもグレードアップしたわけだ。
「猫人でもこの時期は寒いですか?」
「そりゃあもちろん。人に比べて温かいですが、そもそもが寒がりな種族なんですよ」
「へえ~」
「ラッチェルも成長して可愛い服になったな」
「えへへ~!」
猫人は何を着てても可愛いだろ……。
ルーミルからタバコを購入したあと、彼は煙管に火をつけた。
「何だか大変なことになりそうですね」
「みたいですね」
ダイラント帝国の街がドラゴンに襲われた話はルーミルも知っていた。
「北のコリント市でも大騒ぎでした」
「おーそうですか!」
フランタ市の北東に位置しているコリント市は、ここよりダイラント帝国に近い。
帝国に近い街はどこも「次の襲撃はここ」みたいな噂が流れているそうだ。
ダイラント帝国から少しでも遠くに離れたほうがよいと、別の街や王都に移動する動きが出ている。
マルゼン王国でも、各都市に配置されている王国軍は王都に引き上げを開始。王都だけは守りを万全に……という姿勢だ。
当然、各領主からは反発があったが、覆らなかった。
他国の地理は秘匿情報なので、襲撃のあったリンガラ市の正確な位置は不明。一応『ダイラント帝国のかなり東の街』だと聞いている。
直線距離だとフランタ市も近い気がするんだがなー……。
「それで瑞樹さん……」
「はい?」
「猫人コミュニティの伝手である噂を聞きました」
ルーミルは煙をふぅと吐き出すと、真面目な顔つきで話す。
「今から二ヶ月程前……ちょうど私たちが襲われた頃ですね……」
「はい」
「……どうやら魔族もドラゴンに襲われたそうです」
「は!?」
あまりの内容に硬直した。
「魔族の都市が一つ壊滅したそうです」
俺は椅子から立ち上がって手で制止する。
「ちょ……ちょちょっと待って! それホントですか!?」
「ほぼ間違いないです。魔族と取引してる猫人の行商人からの情報ですから」
「え!? 猫人って魔族と取引してるんですか!?」
「私たちじゃありません。魔族領に里がある連中です。彼らからの情報です」
「里? 魔族領!?」
次々と飛び出る新情報に、一瞬キャパがオーバーフロー気味になる。
二ヶ月前にドラゴン、魔族の都市、魔族領の猫人、魔族と取引……もう何から聞いていいやら。
ちょっと情報を整理しよう……とラッチェルを見る。
「ラッチェル、マール語だいぶ喋れるようになった?」
彼女は俺に笑顔を見せる。
「うん。ゆっくりならわかるよ」
「賢い!」
「ラーナさん、ちょっと!」
呼ばれると嬉々としてやってきた。
「何でしょう」
「すみません、ちょっとラッチェルの相手をしててもらえませんか?」
「いいわよ!」
その言葉にデレデレである。
「ラッチェル、少しお父さん借りるよ。大事な話があるんだ」
「わかった」
「ルーミルさん、申し訳ないですがギルド長交えてお話聞かせてもらっていいですか?」
「わかりました」
「主任! 主任もちょっといいですか?」
俺では処理できない内容だと告げ、一緒にギルド長室へ向かう。
トンットンッ
「どうぞ」
「失礼します。ギルド長、少しお時間いいですか?」
「ん?」
ギルド長はいきなりの猫人登場に驚いた。とはいえ襲撃事件の救出時に顔合わせは済んでいる。
ルーミルが改めてお礼を言い、ギルド長と握手を交わす。
「……どうした!?」
「実は今、ドラゴンの件で重要な話を聞きまして、お二人にも聞いていただいたほうがいいと思いまして……」
「ドラゴン!?」
「はい」
二人してルーミルに目を向ける。
彼は、猫人コミュニティのルートからの情報として、『魔族領の都市をドラゴンが壊滅させた』事実を告げた。
話を聞き終わると、ギルド長は背もたれに体を預け、両手を頭の後ろに回すと大きく息を吐いた。
主任も腕を組んで難しい顔をしている。
「二ヶ月前か……。その間にどこか他のところが襲われたという話はないんでしょうか?」
「いえ、ないそうです」
その一度の襲撃で都市が一つ、近隣の村が三つ、森の一角が一つ、焼かれた。
とんでもない暴れっぷり、魔族がどんな連中か知らないが甚大な被害だ。
場所まではルーミルは知らないという。まあ言われても魔族領の地図はないもんな。
「森って何でしょう。人以外の種族の集落ですかね?」
「……エルフとか?」
ルーミルもわからないと首を振る。
森には彼ら猫人族の里もあるし、他の獣人……といえばいいのか、そういう連中の住処もあるそうだ。
エルフはもちろん、魔族が住んでいたのかもしれないし、ただの獣の群れだったのかもしれない。
「二ヶ月周期なんですかねー……」
俺が呟くと、『二ヶ月以内にどこかが襲われる可能性があるのか』と、互いに目が語っていた。
この情報の扱いは、ギルド長に一任した。
ギルド長は席を立ってルーミルに手を差し伸べる。
「情報ありがとうございました」
「いえ、お役に立てれば何よりです」
握手をして俺とルーミルはギルド長室をあとにした。
階段を降りると、ラーナさん、リリーさん、キャロルの三人と楽しそうに話をしているラッチェルを目にした。
「お、ラッチェル……お姉さんたちと楽しそうだな」
「うん、兄ちゃんの面白い話いっぱい聞いたー」
「えっ!?」
きょどった態度に女性陣はふふっと笑う。
「また変なこと吹きこんでないでしょうね?」
「何言ってんです! 瑞樹さんのすること全部変なことじゃないですか!?」
キャロルの指摘に二人は「そうそう」と頷く。
俺が「ひどいな~」と笑うと、ルーミルとラッチェルも目を細めて微笑んだ。
数日後にダイラント帝国が大々的に布告を出した。
『ドラゴン襲撃は悪質なデマであり、帝国を貶めようとする周辺国の策略である』
その発表を耳にした俺は、すぐにプロパガンダだと確信する。
しかしこの世界の人にとっては十分信じるに値する内容らしい。呆れるほどチョロかった。
教育水準の低さもあるだろうし、情報伝達の不便さもある。政治体制も民主主義じゃないしな。
まあ一番の理由は、『信じたくない』という思いだろう。心情的にわからなくもない。
布告の効果は抜群で、自然とドラゴン襲撃の話題は聞かれなくなった。