113話 ダイラント帝国にドラゴン襲来
凍てつく寒さに透き通るような青い空。
休息日が明けた1月1日、ダイラント帝国は好天に恵まれた。
帝国の東に位置するリンガラの街でもお祭りムードは終わり、日常を取り戻している。
かつて魔族領に攻め入ったときの補給拠点だったこともあり、現在も多くの兵士が駐留し警備も厳重である。
二人一組の兵士が、酒臭い息に軽口を乗せながら、東側の城壁を巡回している。
南の低い位置に太陽が差し掛かるお昼頃、遠くの連山の少し上辺りにポツンと黒い点が現れる。
咄嗟に兵士の一人が「あれはなんだ?」と目に留めた。
その点はだんだんと横に広がり、大きな鳥のような姿になった。しかしそんな鳥はいない。
すぐに兵士が叫ぶと、警報を示す鐘が鳴り響いた。
「ア――ッハッハッ! ギャャハッッギャハァ――ッ!!」
ドラゴンが飛来した。
数か月前に魔族領の都市を襲ったドラゴンである。前回より進路を南寄りに飛行し、見つけた集落や村を焼き払い、この街を見つけた。
空気を震わす獰猛な叫び声が都市に響き渡る。
人々にとって初めての出来事に頭が真っ白になる。一体何だろうと空を見上げた。
一瞬、黒く大きな影が横切ると、直後に猛烈な強風に襲われて建物が揺れる。
道行く人は風に煽られて転び、市場のテントが吹き飛んだ。
あちこちから声が上がった――
「ドラゴンだああああ!!」
街の人々はドラゴンを目にするのは初めて。
話には聞いたことがあったとしても、それはおとぎ話みたいなもので、信じるに値しないものという認識だった。
それが突如、現実としてやって来たのだ。
この街は約二千の軍隊が駐留している。彼らはすぐに戦闘態勢をとり、城壁に設置してあるバリスタの準備をする。
ところが兵士たちは大混乱。
彼らは人や魔族との戦いを想定した戦闘集団であり、ドラゴン相手など戦ったこともない。
まして空を飛ぶ魔物相手だ。
兵士はドラゴンに向けて剣や弓を構えるが、それでどうにかなるというわけでもなかった。
「ハハハハ! 潰れろ! ほらほらこっちだあああ!! そうだそうだ……いくぞ!!」
怯える兵士にドラゴンが見下す台詞を吐く。
人々にとっては、ただの恐ろしい咆哮にしか聞こえない。叫びながら荒れ狂っている。
奴の言葉がわかる人間などいないし、わかったところでどうしようもない。
空中で静止して口から炎を吐いた。一瞬で炎が地を走り、人々はその火に飲み込まれた。
着地してはその巨体で建物を破壊する。太く短い手を振り足を跳ね上げる。
まるでいじめっ子が積み木の家を破壊するような感じだ。
人が逃げ回れば進路を塞ぎ、火を吐いて焼き払い、建物を破壊して楽しんでいる。
「ギャハハハハハ! 何だそれ何だそれ! お~お~狙うのか! ざ~んね~んハズレだ!!」
兵士がバリスタでドラゴンを狙う。
城壁近くを飛行するとき狙ってみるが当たらない。飛行速度が速すぎるのだ。
何度目かの一斉射で数発が運よく当たる……が、奴の硬い鱗は貫けなかった。その結果に兵士は絶望する。
ドラゴンがゆるりと反転し、射撃したバリスタに向けて飛ぶ。城壁を掴むように着地して踏み潰した。
尻尾で見張り塔を吹き飛ばすと、その残骸が街へ散らばり、小さな家屋が紙のように潰れた。
街はパニックに陥っている。
逃げ惑う者、怯えてしゃがみ込む者、荷車に荷物を積み込もうとする者などで大混乱。もはやなすすべがなかった。
人の必死の抵抗を面白がるように、ドラゴンはますます調子に乗って上空を飛び回る。
「んんんん? 逃げるのかああ~~!」
帝国の軍隊は、街を守り切るのは無理と判断して撤退を決める。
ドラゴンはそれを許さない。
まとまったところを焼き払い、門を駆け抜けようとするところを尻尾で薙ぎ払う。
馬はドラゴンの咆哮で早々に狂乱状態。暴れまくりで手に負えず、中には激突死やショック死した馬もいた。
城壁で囲まれた街は、その出入りする城門を破壊されると人々は脱出ができなくなる。
ドラゴンは人々が右往左往する様を目にしてそれを理解した。
ぬふふふ……人間の巣の出入り口はあそこということか。あれをまず破壊すればゆっくり楽しめるのだな……。
「ギャハッハッハッッギャハァ――ッ!!」
嬉しそうに咆哮を上げる。
大きな翼を二度三度羽ばたくとふわりと飛び上がり、目標めがけて飛行する。
姿勢を止めると火を放つ。
吐き終わるとその場に着地して辺りのものを破壊する。前足で建物をぶっ叩き、尻尾で周辺を薙ぎ払う。
人々はもはやどうすることもできずにただ死んでいった。
「アア―――スッキリしたぜ~~!!」
動くものがなくなって満足したのか、一吠えして飛び去っていった。
リンガラ市の壊滅……この惨状を伝えるものは誰もいないかと思われた。
ところが運よく、都市を離れてた商団が数キロ先の山の中腹にいた。
ドラゴンの飛来から飛び去るまでの一部始終を目撃していたのだ。慌てて次の街までの道程を急ぐ。
到着するとすぐにこの惨劇を伝えるべく、伝書鳥、早馬、手紙、商人への口頭など、全ての情報伝達手段を駆使して各国の商業ギルドに情報を流した。
結果、マルゼン王国の王都に伝わったのが三日後、フランタ市に届いたのが翌日の四日後だった。
◆ ◆ ◆
一月に入ると、外の寒さは身に染みるようで、依頼を受ける冒険者たちは口々に愚痴を垂れる。
そんな彼らの話を受け流しながら、リリーさんは配達依頼の荷物を受け渡す。
彼女の笑顔に癒されるのか、やる気を出した冒険者は笑顔でギルドをあとにした。
ラーナさんは、四人の冒険者に、害獣駆除の依頼を受けるかどうかの説明をしている。
この時期、森の食べ物は少なくなる。獣が村の貯蔵庫を荒らしたり、果樹などの木を食い散らかしたりするのだ。
寒い上に長期戦になる場合があると告げると、若い冒険者たちは渋い顔だ。
しかし村から宿と食事が提供されると知るや、それならと納得してサインした。
キャロルの前では、中年の男性が自慢話を語っている。
資材運搬の人手募集に来たようで、キャロルは嫌な顔一つせず聞いている。それが嬉しそう。
一通り書類に記入が終わると、確認したのち「また来るねー」と似合わぬ笑顔で出ていった。
経理の俺たちはそこまで忙しくない。
当日分の処理は難なくこなしているので、それぞれ先月分のチェックをしたりしている。
俺には時折り財務部の手伝いで、勘定元帳(ギルドの全ての金銭の出入りが書いてある帳簿)のチェックをお願いされたりしている。
一枚の紙にたくさんの数字が書かれていて辟易する。
これ『財務部の人がチェックしてるからヨシ!』って返しちゃだめかな……などと不謹慎な考えが浮かぶ。
左手の人差し指で一列ずつ数字を追いながら、表計算ソフトで作成した『四進数電卓』で数字を計算していく。
そんなときだった、突然ギルドのドアが勢いよく開き、若い冒険者が飛び込んできた。
その表情は真っ青で、何か悪いものでも食ったんじゃないのかと思うほど具合が悪そうに見える。
息を切らしながらカウンターに向かうと、リリーさんに手紙を差し出す。
「こ、これを配達に……ド、ドラゴンが現れたそうです!」
リリーさんは彼の形相に驚いて聞き返す。
「えっ、なんです?」
「ドラゴンがダイラント帝国に現れて、街を壊滅させたそうです!」
その言葉に皆、顔を見合わせる。
ドラゴン……俺のゲーム脳がキュンキュン反応する。
手紙を配達した冒険者は、商業ギルドの依頼で手紙を届けに来たという。どうやら情報元はダイラント帝国の商人らしい。
詳しい話までは知らないということで、リリーさんが受け取りのサインすると急いで出ていった。
『ダイラント帝国のリンガラ市がドラゴンの襲撃に遭い壊滅した』
主任は手紙を受け取り、ギルド長に報告へ向かう。
しばらくしてギルド長は慌てた様子で階段を降りてきた。各冒険者ギルドの長で話し合いをするそうだ。
年明けから明るく賑わっていたギルド内の空気は、一瞬で重苦しい雰囲気になった。
「私たち、どうなるんでしょう」
「どうって……ねぇ……」
「わからないわよ。ドラゴンって言われても……」
受付の三人が不安を口にする。
今までドラゴンが街を襲ったなどという話は一度も聞いたことがない。なぜ襲ったのかさえわからないのだ。
何をどうすればいいかすらわからない中、『街が壊滅した』という言葉が重くのしかかる。
キャロルがスッと俺の席に体を向ける。
「瑞樹さん! 瑞樹さん、ドラゴン倒せないんですか!?」
静まり返っていたギルドに彼女の声が響く。そのあまりの内容に皆の視線が俺に集中する。
おそらくキャロル自身も何を言いたいのかよくわかっていないのだろう。そんな感じに見て取れる。
いやいや……どう考えても無理だろう。
あまりの荒唐無稽な質問に半笑いを浮かべてしまった。
「え……何? なんで俺がドラゴン倒せるの!?」
「だって瑞樹さんならなんとかしてくれるでしょ?」
「いやいやいやキャロルさん……何言ってんの! ドラゴンなんか倒せるわけないでしょ! 見たこともないのに……」
店内の客も職員も会話に耳をそばだてる。
そんな真剣に聞かれても困る……何も出ませんよ。
ガランドが口を開く。
「瑞樹はどうするんだ? ドラゴンやって来たら?」
右のガランドに目を向けると、彼もまた真剣な表情である。
たしかにここのみんなは、俺がグレートエラスモスという大型魔獣を倒したという事実を知っている。
そのため「ドラゴンも何とかなるんじゃないか……」という期待があるのかもしれない。
いやいや、さすがにそれはないか……。
「ん? やって来たらって……そりゃ逃げるしかないでしょう」
「でもダイラントの街は壊滅したんだろ……逃げられるのか?」
「さあ。どうでしょうねー……」
そう答えると妙に静まり返る。
あれ……おれ何か変なこと言ったかな。
「瑞樹はなんでそんなに冷静なん?」
「え?」
「いや、ドラゴンが来ても大丈夫そうな感じに見えるから……」
ロックマンが神妙な顔つきで俺の態度を気にかける。
あー……どうやらドラゴンのことを考えていたのが顔に出たのかな。
ゲームやアニメでは一大イベント、その本物の登場に知らず気持ちが高揚したのかもしれない。
街が壊滅させられたというのにな。
「んなわけないでしょ! 実感が湧かないだけですよ」
慌てて否定するが、自分でもなぜここまで気にしないのかよくわからない。
ドラゴンにこのフランタ市が襲われたら……アニメじゃ豪快に火ぃ吹いてるからな。確実に死ぬだろう。
と、考えたところでわからない。現実感がまったくないのだ。
これは完全に『正常化バイアス』というやつかな。
地震や津波も経験したことない人間には「どうせたいしたことない」とか思ってしまうアレだ。
いかんな……危機感持たんと死んでしまうな。
ドラゴンの襲撃なんて災害みたいなものだろう。
定番の火ぃ吹いて空飛ぶ奴なら、火事と地震ってとこか……それに暴風も加わりそうだな。
手元のペンをトントンしていたようで、気づくとみんな俺をじっと見ていた。
「え? なんです!?」
「何か思案してるようだったので何だろうと……」
いい案でも考えてるのかと勘違いされたようだ。焦って適当に誤魔化す。
「いやまあ……うちの国は災害慣れしてるんでね。もしもの時はどうする……みたいな対処が得意なんですよ。子供の頃から『避難訓練』とかもしますし」
「『避難訓練?』」
ガランドが聞き返す。
考えなしに口走ったのだが、思いのほかみんな前のめりに興味を示している。
都市壊滅を生き残る一手だとでも思われたのだろうか。ここで「何でもないです」は通じなさそう。
「……そう避難訓練、逃げる訓練です!」
いつもお読みいただきありがとうございます。
現在、初期に書き上げた文章に到達してしまい、校正しつつの投稿になっております。
(いやもうひどい文章なので……あと加筆修正も入ります)
なのでしばらくは1日おきの投稿になりますがご了承ください。
本文中のドラゴンの台詞ですが、人には普通に「ギャオー」の咆哮に聞こえています。
ただそれはドラゴン語? という意味で奴の台詞として書いています。
人語を話せているわけではありません。そのうち文章を追加または修正しようと思います。
混乱させて申し訳ありません。