112話 カートン隊長の訪問
五日間の休息日が終わり、新年の朝を迎えた。
スマホのアラームで目が覚める。体がずしりと重い。どうやら疲れが取り切れていないようだ。
休息日はまったく休息にならなかったしな。
ふうとため息をつくが心は晴れやか。それなりに人助けをしたのだ。
思えば数日間連続で魔法を使い続けたのは初めて。そのせいか、毎日疲労が蓄積していった感じがする。
もしかして……魔法を使いすぎると疲労が溜まる?
そのあたりも今後検証しないといけないな。
ゆっくりベッドから起き上がり窓を開ける。ひんやりとした空気が顔にかかり、小さく身震いした。
通りは昨日までの馬鹿騒ぎが嘘のように平静を取り戻している。
「新年、おめでとうございます」
出社した俺の挨拶に皆、不思議そうな顔を見せる。
あらあ……この国では新年の挨拶的なものはないのかな?
後ろから主任が「それは何です?」と声をかける。変わった挨拶が気になったようだ。
「日本では年が変わった最初にする挨拶なんですよ」
その答えに満足そうに微笑む。主任は日本の文化に興味を持っている。
俺が就職してからずっと目の当たりにしつづけているせいか、見るもの聞くもの、すべてためになると言われた。その言葉に俺もまんざらでもない。
「何で『おめでとう』なんです?」
棚の申込書の残り枚数を確認をしていたリリーさんが興味を示す。彼女の愛くるしい笑顔が眩しい。冒険者はみんなこれに元気をもらう。もちろん俺もだ。
「んー、新しい年を無事迎えられてよかったねってことだと思います」
「そうなんですかー」
言葉のトーンから、あまりピンときてなさそう。
まわりのみんなも普通に休み明けの業務再開みたいな感じ。ギルド内も飾り付けがあったりするわけではなく、年が明けてお祝いムードという感じは微塵もない。
まあそういうイベントは全て休息日が受け持っているのだろう。
それとなくみんなはどうしてたのかを聞くと、やはり皆、家でのんびりしていたそうだ。
俺がティナメリルさんから「休息日は危ない」と聞いた話をすると、女性たちは「うんうん」と頷く。やはりそういう認識なのか。
「瑞樹さんはどうしてたんですか~」
「ん? 部屋で寝てたよ」
キャロルの屈託のない笑顔が見られて俺も嬉しい。
ラーナさんもさすがに今朝は朝一の風呂はしなかった。今すぐ入りたいと愚痴る様子にリリーさんがくすくすと笑う。
さて準備も整ったようで、主任が開店の指示を出す。
ティアラ冒険者ギルド仕事始めである。
お昼過ぎ、珍しい客が来た。
防衛隊第一小隊のカートン隊長と魔法士のクールミンだ。
いきなり何事かと店内の客もざわつく。
主任が慌てて席を立ち、事情を聞きに行く。
彼らの視線が俺に向くのがわかると、職員のみんなが俺を注視した。
「瑞樹さんに聞きたいことがあるそうです」
「俺に?」
主任の対応を無視するように、隊長はカウンターそばに来た。
「いくつか聞きたいことがあるんだが、いいかな?」
「はあ……」
かなり威圧的な物言いに、みんなとても不安そうな顔をする。
俺自身は、まあ来るだろうなーぐらいの覚悟はしていたので驚かない……が、隊長に近寄られるとやはり威圧感に気圧される。
防衛隊本部に連行かと聞くと首を振った。
どうやら何かの容疑者扱いというわけではなさそうだ。いわゆる任意の事情聴取ってやつか……。
主任の許可をいただき、談話室で話をすることになった。
「まあ、朝の忙しいのは過ぎたので……で何です?」
隊長とクールミンが並んで座り、俺が対面に腰かける。
俺のホームグラウンドなのにアウェー感がハンパない。完全に尋問の様相だ。
「街には慣れましたか?」
「ええまあ。他国で新年を迎えることになるとは思ってませんでしたけどね」
軽く社交辞令の挨拶を交わすと、リリーさんがお茶を運んできた。
「休息日はどうされてました?」
ホイきた! 事情聴取の最初の質問。さすがに想定済みである。
もちろん答えは「ずっと家にいました」である。
その後、五日間のことを逐一聞かれるが、出かけたのは広場の屋台で飯を買ったときだけと答える。
隊長もクールミンも俺の目から一度も視線を外さない。
たしか『斜め上をみたら嘘をついている』とかいう心理学のネタがあったようなのを思い出す。そういうのを観察しているのだろうか。
まあ嘘と思われても構わない。勘ぐられる証拠は何も残していない……はず!
「で、一体何です? 私が何かの事件の容疑者なんですか?」
隊長はやっと視線を外し、クールミンに書類を出すように告げる。
それを見ながら話し始めた。
休息日の五日間に、暴行事件が発生した。件数は何と全部で十八件。
うち二件は酒場での喧嘩、六件は街中での乱闘、八件が婦女暴行、二件が傷害事件だそうだ。
このすべてで犯人は逮捕され、事件は無事解決しているとのこと。
そこまで話すと隊長は顔を上げる。
「ん? 何?」
すっとぼけて困惑の表情を浮かべる。
あーこれ、何か反応がわかるのかな……気をつけないといけないな。
クールミンを見るとずっと俺の目を見たままだ。
隊長は肝の話に入る。
婦女暴行事件の現場では、なぜか衛兵が到着する前に事件が解決していた。
被害者は救出され、加害者は全員昏倒、死者はいないそうだ。
で、不思議なことに、なぜか現場がめちゃくちゃに荒れていたそうだ。
「荒れていたとは?」
「何かが大暴れしたような状態……というのかな、室内がぐちゃぐちゃになっていたんだ」
「ふぅん」
関心ない素振りでお茶を口にする。
「で? 私に何を聞きたいんです?」
俺は腕を組んで、話がみえないな……という態度を示す。
おそらく彼らは、現場を見た人間しか知らない『秘密の暴露』の供述を狙っている。慎重に受け答えをせねば……。
「もう一度聞くけど、休息日は何をしてた?」
「いやだから家にずっといましたけど……」
「市街地に出かけたりとかは?」
「ティナメ……副ギルド長に『休息日は危ない』と教えていただきましたからね。何せ一度襲われてますし」
「ふむ……」
隊長は俺の行動を疑っている。
実は二日目の朝早く、宿舎付近に衛兵に見張られていた。朝飯を買いに出ると俺に反応したからだ。
すぐに「これは例の隊長の指示か……」と察した。
対応の早さにちょっと驚いたが、たいした障害にもならない。
隠蔽使ってサラッと脱出し、二日目以降も事件解決に飛びまわる。
一件解決後すぐに自宅に戻り、飯を買いに出る姿を見せつけるとすぐにいなくなった。
そら無関係の俺なんぞに人手を割いてる場合ではないだろう。次々に事件は起きている。
以降は疑われるようなことはなかったと思う。
が、新年初日にやって来たということは、しっかり俺だと思ってるってことだな。
隊長が切り崩せない様子に、クールミンが口を挟む。
「以前、瑞樹さんが反撃したとき『雷の魔法』を使ったと言いましたよね?」
「ええ」
「今も使えるんですか?」
「まあ多分、あれから使ったことないですけど……」
「なぜ?」
「なぜって……使う機会ないですもん!」
呆れるように笑みを浮かべる。
明らかに『俺が雷の魔法で犯罪者を倒した』と思っている言葉だ。
隊長が俺に参考意見が聞きたいと、いくつか事件現場の様子を詳細に話し始める。
魔法で思い当たるふしがないか……とかそういう類だ。
特にある現場が不可解だったそうで、それについての意見を求められた。
建物の一階は水浸し、二階は階段が家具で封鎖。被害者四人は発見時、意識不明だったが外傷なし。しかし証言ではひどい暴行を受けていたという。
加害者八人は全員昏倒、証言では「いきなり部屋が水で溢れた」という。ところが二階は濡れていなかったそうだ。
ふむ……どうやら脱水の魔法で一階の水は除去できなかったようだ。
となると、範囲がある程度ある……または視認できてないと除去しない、といった条件があるのかな。
「君は水の魔法は使えるのか?」
「まあ『初級魔法読本』に書かれてるやつは撃てますね。水の玉がでるやつかな」
「それを屋敷で撃ったと?」
「屋敷って?」
俺が現場にいたような話しっぷりを挟んでくる。
容疑者から決め手となる発言を引き出そうとする手口なのかな。そんな手には乗らん!
推理漫画のお約束『間抜けは見つかったようだな』にはならないよ。
「お茶、冷めないうちにどうぞ。私タバコ吸っていいですかね?」
タバコを取り出しライターで火をつける。
「その火をつける道具は何です?」
「ん? ああ、ライターです。うちの国の道具ですね」
「魔道具ですか?」
「いやいや、油に火をつける道具ですよ」
クールミンが興味を示したので渡す。
彼が火をつけようとするが中々つかない。
動作がゆっくりだったので、火をつけるホイールを「ガッと回して!」と教えるとポッとついた。
「なるほど」
その後も隊長は誘導尋問を繰り返す。
被害者と容疑者の性別は言わないし、酒瓶のことを容器とあいまいに話す。引っ掛けポイントをたくさん用意しているようだ。
ふふふ知ってるよ。「襲われた男性が助かってよかったですね」とか言わせたいんだよね。そうすると「なぜ男性だと知ってるんです?」って聞くってやつだ。
犯人の状況を説明し、「俺ならどう倒す」だの「どうやったらこうなる?」と、ことさら魔法について聞いてくる。
それに俺は「さあ」「わかりません」「クールミンさんのほうが詳しいのでは?」とはぐらかす。
なかなか尻尾を出さない俺に、隊長は表情変えずに続ける。なかなか諦めない。
その中で面白い話が聞けた。
どうやら酒が入っていた瓶の中身が純粋なアルコールになっていたようだ。
なるほど……脱水した際に酒の水分を飛ばしたのか。これは酒の度数を上げる技として使えそうだな。
すぐに蒸留酒の商品アイデアが浮かんだ。
一時間ぐらい経ったところで主任が談話室を覗いた。
「まだかかりますか? 瑞樹さんに来客ですが……」
「いえ、もう終わります。ご迷惑をおかけしました」
隊長は意外にスパッと切り上げた。容疑者でもないからこれ以上は無理だろう。
サッと立ち上がって談話室を出る。
「また何かあったらお邪魔します。そのときはよろしくお願いします」
「どうぞ」
気のない返事をして彼らを見送った。
「何だったんです?」
席に戻った俺に主任が心配そうに尋ねる。
さすがに職員が一時間も事情聴取を受けるのは尋常じゃない。
俺の場合はいろいろと前科がありすぎるしな。間違いなく何かに関わっていると確信しているのだろう。
「休息日に犯罪が多発してたみたいで、それに関して意見が聞きたかったみたいです」
「なぜ?」
「現場が似てたんだそうです。俺が襲われたときの相手と」
「似てた?」
俺もよくわからないが……と前置きする。
要は現場が不自然だったので、俺に魔法で撃退したときの状況を聞きに来た感じ……と説明した。
まあ実際は俺が手を下しているわけだけど、この事実は黙っておこう。
「皆さん何か耳にしてます?」
皆一様に首を振る。
まあ年始だし情報は出回ってないだろうし、そのうち耳にするだろう……『正体不明の謎の人物が事件を解決した』という噂話をな。
そしたら勘ぐられるだろうな。まあ笑ってとぼけるだけだけど……。
「女性が結構襲われたそうです。御三方は十分気を付けてくださいね」
三人は神妙に頷いた。
俺は襲われてた女性のひどい姿が今でも頭に浮かぶ。ギルドの職員でなくてホントよかった。
どんだけ気を付けても襲われるときは襲われる……祈るしかないよな。
「で、主任、来客というのは……」
「ん? いません」
「は?」
「いえ、一時間経っても終わらなそうだったので、いい加減帰ってもらおうかと……」
「おぅふ!」
主任の好プレーに思わず拍手。
「ありがとうございます、主任!」
「ふふ……ということで瑞樹さん、仕事してください!」
「了解です!」
思わず敬礼。みんなの笑い声を受けながら、俺は溜まっている書類を手に取った。