111話
「『犬も歩けば棒に当たる』じゃないが、『探知で振り向きゃ犯罪者が見つかる』という状況、何とかならんのか……」
先ほどの現場から二百メートルも離れてないところでまた誰かが襲われているようだ。
今度はさらに数が多い。酔った勢いで連れ込んだって感じじゃないな……何だろ。
「あーこれは何か、賊のアジトとかそんな系か?」
小道をすり抜けて、バレないように陰から建物を確認する。
見ると場所は路地裏ではなくそれなりに広い通り。人通りは少ないが歩いている人もいる。
けれどこの建物近辺は避けていて、近づかないようにしている気がする。
なぜか入口前に2人ほど見張りが立っているもんな。
あれかなー……日本でいう『暴力団組事務所』のような雰囲気だろうか。映画や漫画でしか知らんけど。
どうやら襲われている場所はその建物の2階……青い玉も両手の指の数ぐらい見える。それなりの集団だ。
ふっとラーナさんやリリーさん、キャロルのことが頭をよぎる。
もし彼女たちだったら……いやそんなことは考えない。怖くて発狂しそうだ。
襲っている連中に激しい怒りが湧く。
「皆殺しにしたいぐらいだが、街では自重すると決めたしな……」
以前、ギルドに来た三馬鹿魔法士を撃退したあと、主任にやんわり釘を刺されている。
俺の魔法は人を殺す威力があるのを知っているからだ。
あのときは「ハイハイ」と気にせず返事をしたのだが、今はそれがしっかり楔となっている。
せめて街ではそれくらいは守ろうと思っている。
《我が姿を隠せ》
まず姿を消す。
玄関先に近づき、見張り二人の間に立つ。
両手を伸ばせば届く距離、無駄話をせずに時折り辺りを見渡している……少し暇そうだな。
さてと、一階には青い玉は見えない。ということは全員二階にいるのだろう。
正面に窓が三つあるが木の扉は閉じられている。開けても覗き込まないと倒した見張りは見えない。
ではいきますか!
《詠唱、弱雷》
帯電すると隠蔽が解けて姿を現す。同時に二人の肩にポンッと手を乗せる。
彼らが「ん?」と振り向く前に感電する。
体が一瞬硬直した途端意識が飛び、ぐにゃっと崩れる。
2人の腕を《剛力》でつかみ、脱力した体がドサッと落ちないように引き上げる。
静かに彼らを下ろし、玄関ドアを開ける――
鍵がかかっていた。
「ありゃあ……」
どうやら一階の連中も、二階へ行っちゃったのだろう。
見張りを玄関に寄せて、辺りを見渡し少し考える。
前の通りは大通りほど広くはないが、それでも主要道路であり人の往来もある。
ふいに捕まって引き込まれるという場所ではなさそう。
これはおそらくどこかから連れてこられたのだろう。何とも周到だな。
休息日ではあるがここらは平穏で、人影は遠くに見える程度。普段より閑散としているのだろうか。
建物に目を向けると、結構立派な四角い二階建ての家だ。
家の横に樽やら木箱が積んであり、その上に庇のような屋根が後付けで設置してある。そこに乗れば窓から中を覗けそう。
幸い隣の建物との隙間も狭い。これなら人目にもつかないだろう。
しかし柱が細いのが気になる。
辺りを見渡し建物の横に回る。柱を掴んで軽くゆすってみる……揺れるなー。
どうやら木のつっかえ棒で支えてるだけの感じ。下を蹴ったら外れそうだ。
とはいえ屋根の根元はちゃんとくっつけてあるようだ。
窓が二つ見えるので、その間の壁に向けて飛ぼう。
隠蔽を解いてしばし待つ。
飛ぶ勢いを調整して《跳躍》で庇に乗る。すぐに壁にへばりつく。
体重で屋根がミシッと音が鳴った。
ヤバイ! すぐに『隠蔽』かける。
《我が姿を隠せ》
少し中から声が聞こえ、ガラスの格子窓が開く。
俺は顔を壁に向けたまま動かさず、横目でチラっと男を見やる。
いかつい図体した、顔にものすごい傷のある男。俺のほうをじっと見てる……もちろん隠蔽で気づかれない……はず。いやマジ超怖い。
息を殺して耐える。指先に全神経を集中し、指紋の引っかかり具合に注意を払う。
男はしばらくキョロキョロ見渡したのち、「何でもない」と中に告げて窓を閉めた。
ふぅうと息を吐くと静かに横移動し、窓の下枠を掴んで中の様子を覗く。
……それはひどいものだった。
タバコの煙が漂う薄暗い部屋の片隅で、男二人が椅子に縛られている。
暴行を受けたのが丸わかり、顔は血だらけで腫れあがり、すでに虫の息なのかぐったりしている。
その横の大きなベッドで女性二人が犯されている。すでに抵抗もなくされるがまま、意識もないのか声も発していない。
今日はもうずっとこんなシーンばっかり……うんざりするな。
こんな光景に慣れたくはないが、わりと落ち着いて状況を観察できている。怒りは置いといてまずは解決を……と頭が働く。
さて部屋の構造だが、この建物にはガラスの格子窓が内側についている。いい家なのだろう。
ただし正面側の木窓は全て閉じられている。二階ではあるが見られたり声が漏れたら困る……といったところか。
ベッドがある側に窓はない。右側は一階へ降りる階段だ。
部屋の中が覗けるのは俺のところだけ。ガラスの格子窓が閉じた状態なのは室内への明かりを取り入れるためだろう。
襲っている連中……立っている男が二人、縛られている男の近くにいるので暴行を加えた奴だろう。
酒やタバコを手にテーブルについている男が四人、俺が覗いている場所から二メートルと近かった。
屋根に飛び乗るとき、直接窓に取りついてたらバレてたな……危なかった。
犯してる男が2人……の計八人の集団だ。
いかにも悪って感じの連中……頬に傷、唇横に縫い跡、頭の右半分が怪我で髪がないなど、見た目のインパクトもすごい。
あれ……あんたら治癒魔法で治さなかったのか?
もしくは教会がノーサンキューだったのか。珍しく傷を負った連中だ。
壁の厚さを見ると三十センチなさそうではあるが、念のため窓越しに攻撃することにする。
窓枠をしっかり掴んで準備よし。一度深呼吸をして静かに窓に顔を近づける。
狙いを四人が座っているテーブルに合わせる。
《詠唱、大放水発射》
突然、大量の水が室内に放たれる。
まともに受けた四人は何もわからずテーブルごとベッドまで吹き飛んだ。
すぐに窓の高さまでくると水圧で窓がバンと開き、ガラスが割れた。
そろそろ頃合いか……このまま雷の魔法を唱える。
《詠唱、弱雷》
魔法書の魔法は、別のを詠唱すると前のは打ち消される。
つまりこの場合、《停止》を詠唱せずとも放水が止まる。
放水し続けていたため水がこちらに来ることはなかったが、部屋の水はとっくに窓枠をつかんでいる俺の頭の高さを超えている。
水が俺に襲いかかってきた。
《剛力》
咄嗟に腕の力を強化し、窓の中に両腕を突っ込んで窓の下枠をつかむ。
「がふっ……」
一気に窓に流れ出る大量の水を被る。
足場にしている庇をあっさり破壊、俺は腕で窓にぶら下がる状態になってしまった。
もちろん階段へも流れている。おそらく一階もしっちゃかめっちゃかだろう。
中の人たち……確認できないがおそらく全員感電してるはず。
水を被りつつ急いで消去する。
《詠唱、脱水発射》
シュパンという音とともに水が消失。
浮いていたベッドがドシンと落下。他の家具や装飾品も落下してけたたましい音を立てた。
階段は巨大な排水路と化し、椅子やテーブルが挟まっている。
目端の椅子に、縛られていた男が見えた。
再び『探知』で青い玉を確認する。
《そのものの在処を示せ》
どうやら全員二階に留まっており、縛られていた男性二人は床に倒れていた。ベッドの下敷きとかにならなくてよかった。
女性二人は運よくそのベッドの上だ。
襲っていた八人は全員昏倒して動く気配はなし。
急いで縛られている男性の紐をナイフで切り、ヒールをかける。
《詠唱、大ヒール》
女性に被さっている男をつかんで投げ飛ばす。
知らない人だ……ギルド職員じゃないことに安堵しつつ、彼女たちをヒールする。
静かに抱きかかえ、四人を部屋の隅に並べて寝かせた。
何やら入口付近で声がし始める。あー倒した見張りに気づいたか……。
侵入した窓から覗く。まだこちらは気づかれていない……急いで出よう。
窓から飛び降りて『隠蔽』を発動する。
《我が姿を隠せ》
誰かが建物横を覗き、庇が崩れているのに気づいて声をかける。ギリギリだったな……。
静かに家の裏手に出ると、幸い人の気配はない。
ゆっくりその場を離れ、物陰に隠れると隠蔽を解いた。
どうやらうまくいったようだ。大きく深呼吸する。
少し時間を空けてから笛を吹いた。
ピ―――ッ!
人が通りにわらわらと集まっているようだ。もう一度笛を吹く。
ピ―――ッ!
途端、笛の音と同時に一つの青い玉がかっ跳んでくるのに気づいた。
どうやら屋根伝いに跳んでくるようだ。
「うぉ!?」
《我が姿を隠せ》
すぐさま『隠蔽』をかけた。
その人物は現場の建物の屋根にたどり着くと、迷わず裏手に着地した……第一防衛隊のカートン隊長だ。
建物裏の少し離れた物陰で笛を吹いたのに、それに気づいたかのようにストンと降りた。
どうやら正体不明の人物は裏から逃げると踏んでたようだ。さすが隊長、勘が鋭い……。
彼との距離は二十メートルもない。
ものすごい形相で辺りを見渡し、動くものがいないか入念に確認している。
俺が潜んでいる物陰も覗く。距離は三メートルもない。バレないとわかっていても心臓がバクバクする。
隊長はしばらく周辺を探索していたが、見つからないと諦めて建物内の捜索に向かった。
……彼はどう思うのだろう。
玄関は鍵がかかっている。
水に押し流された品々が一階に山積している。ドアは内開きだから開かないんじゃないかな。
さらに階段も、机や椅子で塞がれているだろう。
2階の窓ガラスはすべて割れ、漏れ出た水で地面は濡れている。
この謎は解けるかな……まあ無理だろう。
どうやら続々と衛兵が駆けつけたようだ。
玄関ドアをガンガンと叩く音が聞こえる。叩き壊して入ろうとしているようだ。
部屋の隅に横たわっている四人を被害者と認識してくれるだろうか……まあ隊長なら大丈夫だろう。
襲っていた連中には厳罰が下ることを祈りつつ、現場をあとにした。
いつもお読みいただきありがとうございます。
瑞樹も異世界で新年を迎えます。この先どうなるんでしょうね。
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