110話 休息日の裏側
休息日の初日。フランタ市街は朝から大賑わい。
前夜祭とばかりに昨晩からすでにできあがった連中が、大通りや広場に転がっている。
そんな連中はお構いなしと、飲食店には朝から客が訪れ、楽し気にジョッキやコップを手にしている。
店先にも椅子やテーブルを並べ、次々に運ばれる料理に舌鼓を打つ。
もちろん屋台も並び、広場のあちこちでは楽士がリュートを奏で、それに合わせて見物客が踊る。
実にお祭り騒ぎといった様相である。
大通りから外れた路地裏、さらにその奥の人通りもない薄汚れた建屋の一角で、六人の男たちの押し殺す声がする。
その中に激しく抵抗する女性のうめき声もあった。
「――――ッ! ――ゥ―ッ!」
「――――イャッ…――ヤッ――テッ!」
男二人が攫った女二人の口を塞ぎ、ズボンを膝まで下げた格好で覆いかぶさっている。
もう二人が女の腕を頭のほうから押さえつけ、動けずに抵抗する様を嘲り笑っている。
残る二人は酒瓶片手にしゃがみ、ラッパ飲みしながら早くしろとせっついていた。
「んふぅー、今からお互い気持ちよくなろうってんだ! 騒ぐんじゃねえよ!」
「んーっ見ろよ、嬉しそうに泣いてるぜッ!」
女は激しく抵抗し足をバタつかせるが、それがさらに男どもの欲情を刺激する。周りの連中もニタニタと嬲るように眺めていた。
左の長髪の男は女の顔を舐め、右の刈上げの大男はそそり立ついちもつを、今まさに挿入しようとしていた。
ダンッ!
突然ドアを叩く大きな音に、部屋にいた連中は驚いて振り向いた。
「なんだ!?」
覆いかぶさっていた男も身動きを止めドアのほうを見る。衛兵が来たのか?
女は変わらずうめき声を上げる。口を塞ぐ手に力を込めると「静かにしろ、殺すぞ」と小声で脅した。
右の男が顎でドアを指すと、二人は女の手を離して剣を抜く。しゃがんでいた二人も酒瓶を地面に置いて剣に手をかける。
突然、ドアの真ん中あたりから水が湧き出した。
一瞬で部屋の窓を越す。
ところが窓の木製扉は内側から施錠して閉じられている。そのためさらに水位は上昇。
窓や玄関扉の隙間から水が噴き出し、水圧で窓の扉はミシミシと壊れそう。
覆いかぶさっていた男二人と襲われていた女二人は、声を上げる間もなく大量の水に沈む。
部屋の中の椅子やテーブル、木箱などは浮かび上がり、酒瓶もプカプカと浮く。
剣を手にした四人は、胸まで浸かったと思いきやすぐに水は頭を越した。
何が起きたか理解する間もない。
次の瞬間、彼らの耳には届かないブゥンという音がして、連中の体がビクンと硬直した。
力が抜けたように水の中に沈んだ。
数秒後、部屋の水が一瞬にして消える。
浮いていた連中はそのままドサリと床に落ち、部屋の中にいた人間は全員気絶していた。
辺りが静まり返ると、ゆっくりドアが開いた。
◆ ◆ ◆
「おーいけたいけた。いちにい……男六人と女性二人だな。青い玉も消えてないから死んでない。よしよし」
中の制圧を確認して笑みを浮かべる。
俺の魔法、おでこから発動する攻撃魔法は、おでこの約三十センチ前から発動する。
なので帽子やヘルメットを被ってても使える。
今みたいな薄いドアにおでこをくっつけて発動すると、ドアの向こう側に撃ち出すことができる。
そこでまずドア越しに『放水』、続けて『感電』、最後に『脱水』する。
するとこのように何の証拠も残さずに敵を倒せるわけだ……部屋の中はぐちゃぐちゃなんだけど。まあ何が起きたかはわかるまい。
ある程度密閉された空間なら一瞬で水没させられる。そのまま溺死というのもいけそうだ。
なお、『感電』は弱で行うと死なずに失神する。スタンガン程度の威力だろう。
おそらく電圧や電流も、水の魔法同様に「こんくらい」みたいな設定はできるような気がする。
ただし瞬間技なので途中で調整というのはできない。
さじ加減が難しいのでお遊びで使うのは危険。使うのは殺っちゃってもいい連中に対してだけがいいだろう。
今回は襲われてた女性がいたのと、敵の人数が多めだったので、まとめて気絶してもらうほうが安全だと判断した。
結果は上々である。
ちなみに昨日発見した『脱水の魔法』は生物には効かなかった。
朝方、朝露に濡れる草地に魔法を唱えると、草や小さな虫はそのままに、露が消えて土が乾いていた。
人間の水分飛ばしてミイラにするということはないので安心した。
おそらく生物のマナかそうでないかを判断して発動する魔法なのだろう。殺人魔法でなくてよかった。
覆いかぶさってる男をどける。女性はどうやら犯られる寸前だったみたい。ギリギリセーフだ。
女性二人に『ヒール』し、気絶のまま部屋の隅へ移動させる。
襲っていた二人はいちもつ丸出し。このまま股間めがけて石弾撃ち込んだろうかと本気でムカつく。
ついでに周りの連中も脱がそうかと思ったが手に剣を持っている。なので誰かを襲おうとしてたのがわかるようにしっかり握らせておいた。
部屋を出て、衛兵の笛を吹いた。
ピ―――ッ!
細長い竹筒のような笛で、音色は時代劇で聞くのとほぼ同じだ。
注意深く『探査の魔法』の青い玉の動きを見つつもう一度笛を吹く。
ピ―――ッ!
声を上げながらバタバタと駆け足で2名やって来る。俺は『隠蔽の魔法』をかけて静かにその場を離れた。
衛兵の笛は今朝、通りで飲み潰れていた衛兵のものだ。
昨晩から飲み屋で飲んでたのであろう奴が店先で寝ていて、そばを通りかかったとき笛が垂れているのを目にした。
これ持ってると何かと便利な気がする……。
そこで「大丈夫ですかー!」と介抱するふりをしてこっそり拝借したのだ。
この一番忙しいであろう日に酔いつぶれているとはなっとらん。全くなっとらん。
俺は隠蔽状態のまま、少し離れた位置から様子を見る。
衛兵は中の女性に気づき、すぐさま連れ出している。
それを確認してこの場を離れた。
昨晩、ティナメリルさんから休息日の犯罪の話を聞いた。
そうはいっても日中の大通りなら大丈夫だろうと、軽く賑わいを見に出かけたわけだ。
だがやはり彼女が言ってたように襲われている人たちがいた。
俺は別に正義のヒーロー気取って犯罪者退治をする気はない――ただ『犯罪が見えてしまう』のだ。
見えてしまった以上、放っておくのは精神衛生上よくないので片付けてるだけ。
以前、出かけた帰りに尾行された経験から、街中では適宜『探知の魔法』を使っている。
人が多い場所では使えないが、人がいなさそうな方角にはもってこい。
路地裏や人気のない建物などで、数人の集団が集まっているとだいたい誰かが襲われている。
女性が襲われているパターンはもう見たらすぐわかるレベルにまで達してしまった。
一応弁解しておくが、夜な夜な『探知の魔法』で人様の夜の営みを覗き見してたわけではない。
街中で使うと普通に真昼間からおっぱじめてる連中が見えてしまうのだな……ホント羨まけしからん。
それはともかく、犯罪者相手なら攻撃魔法を使うことに何の躊躇いもない。
この手の連中は、不都合を感じたらすぐに剣を抜く。
手加減なんかいらない。気づかれる前に初手先制して倒す。
その練習が全然できてなかったので、いい機会と捉えることにした。
なお今回は殺さず、気絶させる方向で頑張るつもり。捕縛の練習だな。
街の外なら遠慮しないがさすがに中ではな……俺が襲われたわけじゃないし。
バレたときに正当防衛が通じない。
それに何かあったらギルドに迷惑がかかる。それは避けなければならない。
ということで『五日間の攻撃魔法訓練デー』だ。
◆ ◆ ◆
第一防衛隊隊長カートンと魔法士のクールミンは、女性二人が暴行されていた現場に到着。
犯行現場の室内を一見して「またか……」という表情を浮かべる。
室内は大立ち回りでもしたのかという荒れ具合。
壁に線を引いたような跡が残っていて、床から線まで土埃がついている。
被害者の女性および容疑者の男性の八名は全員昏倒。
命に別状はないとの報告を受け、女性を治療院へ、男性は柱に繋いでしばらく監視しろと命令した。
隊長は頭を掻きながらため息をつく。
本日は休息日でどこも人手が足らず、荷馬車の手配が間に合わない。
しかもなぜか今日は、この手の全員昏倒している現場出動が多い。
何とすでに三件目だ。
「隊長、また先ほどと同じで外傷はありません」
「クールミン……あれを見ろ」
容疑者の様子を報告したクールミンに、隊長は壁を指さす。
「またですね」
クールミンが壁を触るとざらっと土の感触がした。彼は床に目をやる。
「外の土……ですかね」
彼らには床下の土が水に溶けだしたなどとわかるはずがない。
隊長は床に落ちていた酒瓶を取り、中を見ると少し残っている。
手に取ると違和感を覚えた。
ゆっくり鼻を近づけると、治療院で嗅ぐようなツンとするにおいがして顔をしかめた。
クールミンも受け取りにおいを嗅ぐ。
キツイにおいに思わず眉間にしわが寄る。少量手に取り、指でこするとすぐに蒸発した。
「これ飲んでたんですかね?」
「いや違うだろう」
ただの安酒の瓶だ。それがなぜ中身がアルコールなのかが隊長には理解できなかった。
別の衛兵がやってきて、目撃者は誰もいないという報告を受ける。
休息日はトラブルや事件が多く、残念なことに発見はほとんど事後、犯人も不明なことが多い。
ところが今年は違っていた。
犯人は必ず捕まり、運がよければ暴行は未然に阻止されている。
「なんなんだこれは! なぜ到着したら解決してるんだ!」
「全員無傷で意識不明ですしね……」
隊長とクールミンは、お互いに何を言おうとしてるかわかっていた。
「俺はこの状況、思い当たるふしがあるんだが……」
「私もです」
それは五ヶ月前に起きた事件のことだ。
ティアラ冒険者ギルドの職員を襲った連中が、無傷のまま感電死、または意識不明だったという状況と酷似していたのだ。
二人とも、その人物の名が頭に浮かんでいた。
また、別の場所で笛が鳴る音が聞こえた。
隊長はすぐに表に出ると、スッと屋根の上に飛び乗った。
今度は自分にも聞こえた。現場は近い。
音のしたほうに目をやるとすぐにもう一度聞こえた。
「クールミン、あとから来い! 俺は先に現場を押さえる!」
「わかりました」
そう言い残し、身体強化術で屋根を飛び越えながら、笛の音がした現場へ急行した。