11話
俺は弓使いの冒険者だ。
冒険者として3年以上の経験、今じゃ護衛任務の依頼も受けられるほどの実力だ。
先日ティアラで受けた『東のコリント市までの親子の護衛依頼』を済ませて報告に帰ってきたところだ。
「ご苦労様でした」
「あ、いえ……はい」
リリーちゃんは今日も可愛い……俺はその笑顔を見るのが生きがいだ。
……おっといかん、報告が済んだらとっととどかないとな。
去り際、書類に目を落とす彼女を見つめる。
いつかリリーちゃんを俺に振り向かせてみせるぜ。
だがまだその時じゃない。慌てずじっくり機会を待つのだ。
突然リリーちゃんの声が店内に響く。
「あ…あの……昨晩はすみませんでした」
咄嗟に目がいく――彼女は焦っている様子だ。見るとギルドの職員の横に男がいるぞ――何だ!?
昨晩…昨晩って何だ!? たしかにリリーちゃんはそう言った。
奴がリリーちゃんに何かしたのか? 気になるな……。
購買で買い物するふりをしながら様子を見よう。
奴が座って何かを書き始めた。なるほど……冒険者登録か。
ん……奴は何かを取り出している。するとラーナさんとキャロルちゃんも飛びついた。
な!? 何だ何だ! 何がそんなに面白いんだ!
いきなり馴れ馴れしくリリーちゃんに話しかけやがって、何だその紙は!
そんなもんで気ぃ引いてやがって。ラーナさんもキャロルちゃんも釣られて喜んでやがる……気に入らない。
購買近くの壁際でたむろしている3人の冒険者が目に入る。見ると奴を睨んで不機嫌な面をしている。
こいつら確かキャロルちゃん目当ての三馬鹿だったな。奴と楽しそうなのが気に入らないと見える。
ふん……お前らしょっちゅうキャロルちゃんに粉かけてるがまったく相手にされないだろ。いい加減お前らごときじゃ無理って悟れ。
俺はお前らとは違う。焦ってリリーちゃんに粉かけたりしない。いけると判断できるまでじっくり待つ。弓使いだからな。
だがくそっ、あの男がリリーちゃんに色目を使ってるのは確かだ。まったく気に入らない。
次の日、広場で屋台の飯を頬張ってからティアラに顔を出す。
今日もリリーちゃんのために依頼をこなしていいとこ見せるぜ。俺は稼げる男だってな。
ふっ…リリーちゃんも俺のことが気になる様子だったな。昨日の笑顔はいつもと違ってた……。
他のやつに向ける笑顔と輝きが違う……俺に向ける笑顔は特別だ。
ふとキャロルちゃんの後ろにいる男が目に入った。
な……くそっなぜあの男が職員になっている! なぜだ……冒険者じゃないのか!?
あんなどこの馬の骨ともわからないやつ……ちょ、リリーちゃん近いぞ! もっとそいつから離れるんだ。
なぜ3人ともその男のすることをいちいち気にするんだ……何を見ているんだ!
ちょうど買取査定の冒険者がいる。そいつの陰から男の様子を眺める。
――何だその小箱は!?
見ると職員の男共も驚いている。
――そ…そんなすごい道具なのか?
経理の男が話しているのを耳にする。
どうやらとてつもない魔道具らしい。なるほど、それでリリーちゃんは気を引かれたんだな。
……いや、ワザと見せつけて気を引いたに違いない。
気に入らない。まったく気に入らない。
数日奴を観察したが、どうやら経理業務が得意らしい。
凄い魔道具を使いこなすようでそれなりに優秀、受付の彼女たちも奴を歓迎している様子だ。
事あるごとに奴に笑顔を見せている。その度に腸が煮えくり返る。
昼休憩で3人そろって外へ出る様子。
ほほう、しょうがないな……俺が見守ってやるとするか。
購買から彼女たちが出るのを目にすると例の三馬鹿冒険者も後を追って出る模様。
ふん、三馬鹿どももついて出るのか……相手にされないくせに。まあ気持ちは分からんでもない。
ギルドを出た瞬間、驚愕の光景を目にしてしまう――
なんとリリーちゃんが奴の隣に座っているではないか!
なっ! なんであいつの隣に座るんだリリーちゃん! しかもキャロルちゃんとラーナさんも!
ふざけんなっ! 密着しすぎだろ! 離れろリリーちゃん! リリーちゃん!
ムギィィィィィィ!!!
握る拳に力が入る。
さらに彼女たちは奴の手元を覗き込むように顔を近づけ、上目遣いで笑顔を見せている。
何でそいつに笑う? その笑顔は俺にだろ! ふざけんなリリーちゃん!
イイイィィィィィィィィッ!!
あの野郎! リリーちゃんを誑かすあいつは重罪だ――殺す! あいつ殺す! 絶対許さないっ!!
屋台のそばにいる三馬鹿が目に入る。
奴らもあの男に怒髪天を突いている。お前らキャロルちゃんにあんなことされたことないだろ。
俺もリリーちゃんの隣に座りたい。くそう……くそう……。
依頼を探すふりをして店内へ戻る。
おっと……奴は明日休むのか――、ふーん街へ買い物……なるほど……。
店内にいる三馬鹿が目に入る。そしていい案が浮かんだ。
これはチャンスだ。痛い目見せてわからせてやろう。
三馬鹿に声をかける。
「おいお前ら知ってるか? あいつキャロルちゃんに気があるらしいぞ。経理の奴から聞いた」
「!?」
「得体のしれない魔道具で気ぃ引いてるらしい」
彼らがあの男を睨みつける。
「ムカつくだろ、ちょいと痛い目見せてやらねーか?」
三馬鹿は顔を見合わせたのち、にやけながら頷いた。
あっさり乗りやがった。単純馬鹿はチョロいぜ。
「情報仕入れてから作戦を立てる。明日ギルド裏に集合な」
魔道具か何か知らないがそんなもんで彼女たちの気を引くあいつに目にもの見せてやるぜ。
朝方、仕入れた情報で計画を立てる。
「どうやらあいつは本屋へ行くみたいだ」
地図を広げて場所を覚える。
「この街の本屋は3軒、こことここのは大通りぞいだから目立つので無理だ。狙い目はここの本屋だ。路地が複数あって待ち伏せしやすい。俺が屋根伝いに尾行して指示するからお前ら離れてついて行け」
三馬鹿は楽しそうに頷く。
あいつを痛めつけられると思うと嬉しくてしょうがないらしい。
奴を発見、追跡開始。
1軒目――やはり人がいる。諦めて次へ。
武器屋を出た後の様子を見る――よし北の本屋へ向かうらしい……よしルートに乗ってるな。
手信号で合図を出す。
(路地に入った。次出たら合図する)
(通りに出た――)
(よし来る……隠れろ!)
そして三馬鹿は奴の右袖を掴んで路地裏へ連れ込んだ。
よし引きずり込んだ! ざまあみろだ。
通りの対面側の建物の屋根上にいる関係で、三馬鹿が襲ってる状況がわからない。
だが3対1。しかも奴はただのギルド職員で相手は冒険者、武器も持っている……結果ははなから見えている。
ふ…いい気味だ。
やつらにはバッグを奪えと言ってある、後は好きにしろとな。
殺すとマズいからほどほどにな……とは言ったがやりすぎて殺してくれたらありがたい。まあ焚きつけたからな……うまくいくだろう。
バッグ持ってきたら外で合流し魔道具はもらう。グダグダいうようなら始末する。
顔を見られてるのはあいつらだ。俺は蚊帳の外だ……賢いぜ。
…………。
三馬鹿からの連絡がない。
それにしても出てこねえな。何やってんだ…あんなヒョロ野郎相手に――。
するとあいつが這い出てきた。
なっ…何でだ!? 三馬鹿どうした……やられてたのか!? わけがわからないぞ!!
くそっ通りに出てきやがった…マズい!
だが奴の様子を見て安心する。
んん……ボロボロだぞ。
あいつらやることはやったんだな。よし…幸い通りに人通りもない――
ここで始末してしまおう。
急ぎ弓を構えて一射――
バシッ
よし肩に命中!
さすがに殺すのはマズい――矢を撃ちこんだとなると三馬鹿だと言い訳が立たない……。
――いや、俺だとわからなければ問題ないか。
見ると奴はまだ逃げようとしている。
くそっ……止まらない。回り込んで……ええい走りながらだ。
構えて二射――
バシッ
足を撃ち抜いた! これで動きを止めたぞ。
路地裏を見渡せるところに来ると、倒れてる三馬鹿が目に入った。
おいおい何だあいつら……3人ともやられたのか。ホント雑魚だったな。まあいい…急いでバッグと矢を回収しないと!
3階建ての屋根から跳び下りる。
スタッ
奴を見ると手で顔を隠して怯えている様子でもはや虫の息だ。
ふん、いい様だぜ。おまえが俺のリリーちゃんに手ぇ出すからだ。
これに懲りて二度とすんなよ……ってあの世行きか、クククッ。
奴の前に跪き、手で見えない顔に向けて捨て台詞をかける。
「お前が悪いんだ」
「まあこれは俺様が頂いて――」
一瞬奴の手が下がり、指の隙間から俺を睨みつける眼が見えた――
ズバンッ
「ガァッ!」
一瞬、ものすごい衝撃と音が聞こえたかと思うと、目の前が真っ暗になった。
そして遠のく意識――
あ……あれぇ? 何か……前が見え……あっあっあぁあああぁぁ――――
弓使いは力なくひっくり返り絶命した。