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109話 ティナメリルさんの私室

 ティナメリルさんが風呂場から出てきた。

 玄関のランプに照らされる姿は、まさに『湯上り美人』という表現がぴったり。

 上着を羽織っていても体から湯気が立ち上り、顔は血色がよくなったのか少し赤みがかっている。上気した肌も美しい。

 濡れた状態のストレートな髪はいつもと印象が変わり、それだけで心が騒ぐ。

 髪の輝きも入浴前より増した気がする。どうやら洗髪料はエルフの髪にも効果を発揮したようだ。


「どうでした? お風呂」

「そうね……よかったわ」


 とても聞きたかった言葉、右手でよっしゃと喜んだ。

 彼女はくすりと笑う。

 すぐに次の手が思い浮かぶ。先ほどの脱水の魔法を使えば、一瞬で髪を乾かせるはずだ。


「ティナメリルさん、髪……乾かしましょうか?」

「ん?」


 俺は彼女の後ろに回って髪の近くにおでこを寄せる。


「失礼します」


《詠唱、脱水――》


 刹那、不安がよぎる。

 先ほど見つけたばかりの『脱水の魔法』……これ、生物は大丈夫なのか?

 確認してからでないとマズいだろう。

 しかも相手はティナメリルさん……万が一にも事故はダメだ。

 咄嗟に取りやめ、すぐに送風で乾かす案が浮かぶ……がここは外だ。

 しかも夜だしかなり寒い。こんなとこで突っ立たせて風を当てるなどありえない。


「あ……やっぱり外だと寒いですからやめときましょう」


 そう言いながら彼女から数歩下がる。

 彼女は振り向くと「どうかしたの?」という表情を見せた。


「いえ、さっき魔法を偶然発見したんです。水をどける魔法……でも人に使って大丈夫か確認してないのでやめようかと。代わりに風で乾かす魔法があるんですが、ここだと寒いのでちょっと……」


 少し苦笑いしながら頭を掻く。


「と、ともかくお風呂を堪能していただき嬉しかったです。またいつでも声かけてください。喜んで釜焚きしますので」

「んー……わかったわ」


 社交辞令なのは重々承知。それでも次回も期待できそうな言葉に気分はよかった。


「それじゃあティナメリルさん、おやすみなさい」


 お辞儀をして帰ろうとする。


「瑞樹……」


 去り際に呼び止められ、驚いて振り向く。


「……はい?」

「せっかくだから髪を乾かしてくれる?」

「えっ?」


 彼女は顔を別館の二階に向ける。


「お礼にお茶でも入れるわよ。どうせ明日から休みでしょ?」


 もうすぐ日付も変わる時間、こんな夜遅くに女性の……しかも風呂上がりのエルフの部屋にお呼ばれだ。

 すっかり冷め気味だった俺の体が一気に暖かくなるのを感じる。心臓は早鐘を打ち、頭では喜びのファンファーレが鳴り響いている。


「あ……はい……」


 足早にティナメリルさんの横に駆け寄り、照れる顔を隠すことなく一緒に彼女の部屋へ向かった。


「どうぞ」

「失礼します」


 副ギルド長室ではなく、彼女の住んでいる部屋に案内される。

 すぐに「あ、ぬくっ!」と廊下とは違う空気に驚く。

 ああ、暖炉か。小さな火が燃えている暖炉が目に飛び込んだ。

 室内は思ったより質素、ただし本が多い。本棚はいっぱいで壁際にも積んである。

 副ギルド長室よりは明らかに雑然としていて生活感を感じ、これは私室だなと思わせる。

 ベッドは大きな枕に掛け布がたくさん、机の上には書類がドサッとあり、低い丸テーブルの上にも本が数冊乗っている。

 高い棚にはわりと無造作に箱やら小物が積んである。中身が何か聞くのは失礼だな。


「おー! この部屋、暖炉があるんですね!」

「副ギルド長室にはないのよね」

「それって寒くないですか?」

「そうでもないわよ」


 初めての女性の部屋ということで、ものすごく緊張している。

 逆にティナメリルさんは、お茶会のときよりさらにリラックスしている雰囲気。

 元からプライベートはこうなのかな……それとも俺と話をしだしてから変わったのかな。ギルド長は「明るくなった」って言ってたし。

 彼女はテーブルの上の本をどけ、椅子に座るようにと促すと、扉のついた棚からコップを二つ取り出す。

 あれ、ティーカップではない。教会にあるような聖杯みたいな形のコップだ。おそらく金属製。


「葡萄酒は飲めるのよね?」


 その言葉に固まる。

 うっそだろ! お酒のお誘いだ! さっきお茶って言わなかったか!?

 思わぬ展開に興奮する。

 彼女は、机の横にある低い棚の両扉を開き、真っ黒な瓶を取り出す。

 これはもしかして、このあと『大人の階段』上っちゃうかも……などと拗らせた考えが頭をよぎる。

 というかティナメリルさん……どう考えても上機嫌だろ。お風呂効果かな。


「何でも飲めます!」


 見栄を張って答える。

 葡萄酒が何か知らん! ワインのことでいいんだよな……飲んだことないけど。

 コップに注いでもらい、彼女が正面に座る。

 直径六十センチほどの小さいテーブルでは距離が近く、ティナメイルさんの顔が目の前だ。

 いつもの無表情ではなく口元も緩んでいる。俺の顔から火が出そう。

 コップを掲げて優しく微笑むティナメリルさん。


「乾杯!」

「乾杯!」


 自分のコップを口に運びつつ、ティナメリルさんの飲む姿をじっと見つめる。

 彼女は右手でコップの丸みのところを包むように持ち、口をつけると一気に傾け、中身のほとんどを飲み干した。

 結構一気に飲むのだな……意外でびっくり。

 俺に向けて柔らかく微笑む。やっべ……超かわいい。

 葡萄酒……おいしいのかな、続けて俺もいただく――

 ……しっっっぶ! えっ、葡萄酒ってこんなに渋いの?

 あまりのマズさに表情が強張る。

 慎重を期して口につけたのはほんのちょっと、おかげでみっともなくむせたりはしなかった。

 これ一気にいってたら吹き出してたかもしれん。危なかった……。

 なるほど……別の意味で大人の階段上ったな。

 ゆっくり半分ほど飲んでテーブルに置く。渋い面したのが顔に出たなーこれ。


「日本の葡萄酒と結構違いますね」

「そうなの?」

「日本のはもうすこし甘いので……」

「ふぅん……」


 ぶどうジュースの味しか知らない。渋さに驚いたのはごまかせたかな。

 幸いティナメリルさんは俺の様子を気にしてないみたいだし……いっか。


「瑞樹、休みは何をするの?」

「えっ、あー……たぶん部屋で寝てますね」

「出かけたりしないの?」

「いやー……」


 そこまで答えて頭の回転を働かせる。

 ティナメリルさんの予定を聞き、空いていればデートに誘えたりするかな?

 見ると彼女のコップが空いている。

 右手で瓶を取り「どうぞ」と差し出す。「ありがと」と声を出さずに微笑み、コップを差し出した。


「ティナメリルさんはどうされるんです? 出かけるんですか?」

「出ないわよ。危ないから」

「危ないんですか?」


 こくりと頷くと、この街の休息日の話をしてくれた。

 明日から街はお祭りモード、当然羽目を外す連中が増える。

 どうやら暴れたり、ひどいと襲われたりなどの犯罪も多発するのだそうだ。

 防衛隊も取り締まりを強化するが、まったく追いつかない状態らしい。


 それはイベントとしては全然ダメなのではないのか?

 女性がそんなところへ出かけるなど、狼の群れに羊を放すみたいなものだな。ましてエルフ……絶対に出ちゃダメだ。

 ティナメリルさんはずっと部屋で時間を潰すそうだ。

 まあ時間感覚がちがうので、五日間籠ってたところで大したこともないのだろう。

 あまりいいイベントではないのだな。話題を変えよう。


「あっそうそう……髪、乾かしますよ」


 そう言って立ち上がり、彼女の後ろに回る。


《詠唱、微風発射》


 おでこから送風を繰り出す。

 するとティナメリルさんは少し驚いた様子で首を後ろに回す。


「おでこから風を出して乾かします」


 目にしてくすくすと笑う。おそらく『おでこライト』のことを思い出したな。

 前に向き直るとコップを口にした。

 わりと笑ってくれるようになったな……ギルド長が言ってたように、人あたりがよくなったのかもしれないな。

 ティナメリルさんの変化を喜びつつ髪を乾かす。

 しかし直接当ててるだけでは乾かしにくい。手に取ってふぁさふぁさしたい。


「あの……髪、持ち上げてもいいですか?」

「ん……いいわよ」

「では失礼します」


 何とはなしに提案したが、かなり大それたお願いだったな。女性に髪を触らせろなんて。

 許可してくれたってことは、だいぶ信用してもらえてると取っていいのかな。彼女との距離がだいぶ縮んだのではないか。

 濡れた金髪を静かに持ち上げマジマジと見やる。めちゃくちゃ綺麗だ。

 髪を丁寧に乾かしつつ、俺は美しいエルフの髪を触らしてもらえるという栄誉をしばし堪能した。


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― 新着の感想 ―
[一言] 簡単に言うとハロウィンの渋谷みたいな感じなのか
[一言] 脱水がいい感じに作用して良かったですね… 1歩間違えれば身体中の水分が抜けて皮膚がカサカサ…どころかミイラになる可能性まであったのでは
[一言] 脱水魔法でエルフのミイラが!?
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