105話 ギルドにお風呂場が完成!
エイトランド工務店を訪れた4日後。
昼過ぎ、ティアラの前に荷馬車が数台到着した。
何かと顔を上げると、玄関にエーハム代表の姿を目にする。
俺はあまりの早さに内心驚きつつ、笑顔で出迎える。
「えっ、もうできたんです?」
「床だけ先にな。朝一から取り掛かれるように運び入れとこうかと……いいんだろ?」
「もちろんです!」
金に任せて急いでと注文したが、ホントに4日で仕上げてきたのか!
聞くと、明日からの建設作業のために、場所の確認と資材の搬入にきたのだ。
思わず顔が緩む。
そして工務店の連中を裏手に案内すると、明日のための荷下ろしを始めた。
ちなみに話を知っているのはギルド長、副ギルド長、主任の3人。他には話していないので、皆、何事かと驚いている。
ギルドの敷地を上から見た場合、手前に本館、左に旧館とトイレ、真ん中が旧広場(現ギルドの私有地)、奥に倉庫、右が道路となっている。
風呂場の設置場所は、本館と旧館の角、一般の人は近寄らない場所なので、安全面も大丈夫と思う。
さて、作るにあたっての問題点――『水の搬入』『排水』『排煙』だ。
旧広場には井戸があり、水はそこから搬入できる。
といっても普段はギルドにいる俺が水魔法で水の補充や入れ替えを行う予定。元々そのつもりの風呂だ。
そして旧広場は水捌けのいい石畳、排水されやすいように緩やかに道側に傾斜している。
路肩を伝って流れる水は、雨水排水用の細い溝から川へ流れ出る。排水もバッチリ。
もちろん排煙は外であるため何の支障もない。
「風呂と風呂釜は?」
「明日マグネルから直接運び入れる。もう準備できてるそうだ」
「向こうもさすがですね」
これは明日、期待してよさそうだ。
にやけ顔が収まらない俺を、代表が小突いて鼻で笑う。
工務店の職人が、設置場所の測量と位置決めをする光景を見ながら、しばらく2人で談笑していた。
席に戻ると皆から質問を受ける。
「まあ明日のお楽しみです……」
内容を語らず得意気な顔をする。
女性陣はおおよそ察してるようで、ラーナさんは「お風呂よね、そうよね?」としつこく尋ねてくる。
俺は「さあ……」と笑って誤魔化した。
他部署の職員たちが、事情を聞きに数名やってきた。
ラーナさんたちが「お風呂だと思う」と答えるが、それが何か知らないので困惑するばかり。
だが俺の仕業と知ると、洗髪料の一件もあり、何やらいいものだと期待していた。
そして当日、いよいよ『風呂場』の作成が開始される。
午前8時頃に工務店の人たちがやってきた。
ちょうど出社とぶつかったので「よろしくお願いします」と挨拶する。
ギルドの職員たちは開店前ということもあって、何ができるのかと遠巻きに眺めている。
代表と設置場所の再確認をする。
風呂場の広さは7畳半。浴室が6畳で、更衣室が1畳半。
ギルド本館と旧館の角に設置、長辺が本館側、短辺が旧館側。
そして短辺の旧館側に浴槽を設置、風呂釜は本館側の壁の外にはみ出る形になる。
作業開始から2時間ぐらいで床の設置を完了。
そこへ荷馬車が1台到着する。真新しい風呂の登場だ。
風呂のサイズは、マグネル商会で試したものより大きくした。およそ1畳といったところ。水量は約2倍になる。
以前入ったお風呂は元々俺のための設計だった。なので規格が日本人サイズである。
これだとこの国の男性には小さかった。
おそらくファーモス会長が利用したときはキツキツだったと思う。
ギルドの男性職員も体格はいいし背も高い。なので欧米人規格にしないといけなかった。
それに女性たちからも広いのが欲しいと要望もあったし、これなら女性3人一緒に入ることも可能だろう。
1人で入るにしても女性はお湯をたくさん使うしな。
その代わり湯を沸かす時間は延びる。まあそこは現状仕方がない。
風呂と風呂釜の設置が完了すると、柱を立てていく。
そこへ数台の荷馬車が到着、側壁の搬入だ。
大通りから広場横の道を通ってギルドの裏へ、何の荷物かと野次馬がついていく。
プレハブ工法なので、前もって工房で作っておいた畳サイズの壁を柱の間にはめ込むだけ。そして外れないように柱と結合させる。
時折り、ギルド長は本館から、副ギルド長は旧館から、建築の様子を眺めていた。
許可はしたものの、正直よくわかっていない施設に興味半分、不安半分といった眼差しであった。
昼過ぎには壁の下側面と脱衣所との仕切りまで完成。休憩で職員が進捗を見にくる。
ラーナさんは、やはり風呂場だったのだとわかり大喜び。
キャロルとリリーさんも、風呂のサイズが大きいことに気づき、にんまりする。
風呂を知らない女性職員が「これは何か」と彼女たちに質問する。
お風呂の説明を受ける……が、『お湯に浸かる』という意味がわからない。
首を捻る職員に3人は笑顔を向ける。
俺も中を覗き、問題ないと頷くと大工たちも安心した。
残りの壁を据え付け終わると、屋根の角材を上へ運び、等間隔に並べていく。
参考に見せた『デッキテラス』の屋根は布張りだったが、こちらは板張りにする。
そして雨が漏らないように皮シートを貼り付け、雨が風呂釜側に流れないよう旧広場側に傾斜をつける。
最後に風呂場と脱衣所と玄関に、吊り下げ式の魔道具のランタンを設置。水がかかっても消えないランプはありがたい。
そして日が傾きかけた17時頃に『風呂場』が完成した。
「おおおおおおおおお!!」
できあがった風呂場を目にして思わず歓声を上げる。
扉の前の階段、2ヶ所の跳ね上げ式窓、片側傾斜の屋根などから、現代の日本で流行りの『タイニーハウス』っぽい雰囲気がする。
水の継ぎ足しは、井戸のある旧広場側に、大きな水桶を3分の1ほど浴室から外に出っ張る形で設置し、外から水桶に汲めるように工夫した。
現代のような水道がないというのは本当に不便である。
とはいえ水に関しては俺が適宜チェックする予定だし、井戸から汲み入れる必要があるのは俺がいないときだけだ。
温まった体に水を被ると気持ちいい……というのは風呂に慣れた日本人の感覚だろうから、その話をするのはもう少し先だろう。
ただし水桶の水は減ると隙間ができて風が入るので、布を垂らして風の流入を防ぐ。
床は地面から30センチぐらいの高さに設置。床板の間隔は水捌けするように数ミリ空いている。バッチシだな。
にやける顔を抑えられずにいると、エーハム代表がやってきた。
風呂場の出来に自信満々の笑みを浮かべている。
「どうです?」
「4日で設計、運び入れて即日完成とはびっくりです!」
大満足な笑顔で、感謝の意を示す。
しかしさすが大工というか、プレハブ工法の説明をしただけでサッと理解し、こちらの世界の基準に合わせた作りで仕上げてきた。職人というのはいつの世もすごい連中だ。
屋根に関しても「火を使うなら雨がかからないようにしないと……」と傾斜を提案したのも彼だ。
風呂釜の下は当然レンガ張りで、追い炊き式のパイプの壁穴も、壁が焦げないように別の素材で対策している。
上へ伸びる煙突も屋根の上でT字の排煙。鉄製の煙突なので錆止めはしたけど完ぺきではないという。
コストアップの要因になるので「短くしたら?」と代表の助言を、気にせず「屋根に出して」と俺が指示した。風が吹いて風呂場が煙たくなるのは困るしね。
ただ剥き出しの風呂釜は気になるようで、後日、風よけと目隠しになる衝立を立てることにした。
細かいところに気が利く。
それどころか「あれはああしたい……これはこうしたい……」と次々に口にしている。職人ハンパない。
「瑞樹さん!」
後ろからラーナさんの声。
振り向くと彼女は手を後ろに組んで間近に寄り、嬉しそうに俺の顔を下から見上げた。
「完成したんですか?」
こちらが照れてしまうほどめっちゃいい笑顔。その上目遣いは誤解しちゃいますよ……。
「はい。仰せの通りにお風呂を用意しましたよ」
「やったあぁぁぁあ!」
年上の女性にここまで喜ばれるとまんざらでもない。俺も満面の笑みで返す。
他の職員も、普段は見せない彼女のはしゃぎっぷりに目が点になっている。
「瑞樹さん、これもう使っていいんですか?」
キャロルが入る気満々でやってきた。ラーナさんもすでに『銭湯開始』モードだ。
「いやいやいや……まだちゃんと水漏れしないかとか、お湯が沸くとか確認してからでないと。それにタオルとかも用意できてませんし――」
「タオルなら持ってきたぞ!」
その声はマグネル商会のファーモス会長だ。
驚いて振り向くと、会長とカルミスさんの他、数名の従業員がいた。
どうやらお風呂道具一式を持ってきてくれたようだ。
「注文のありましたタオルや手桶、それにうちの洗髪料も持ってきましたので試していただきたいと……」
「わざわざお見えになられたんですか!?」
「完成を見たかったのでな。俺んとこも頼むし……」
その言葉にエーハム代表が驚く。
「お? お前も欲しいのか?」
「まあな。それにしても本当に1日で建設できるんだな」
「うむ。『プレハブ工法』というやつでな……」
聞きなれない単語に、ファーモスは「またお前か」という目で俺を見る。
「「瑞樹さん!」」
ラーナさんとキャロルが揃って急かす。
目をキラキラと輝かせる2人を目にし、いい仕事したな……と自画自賛した。
「も~~! 俺が一番に入ろうと思ってたのに~~!!」
その言葉に皆が笑う。
日も暮れようかというのに入りたがる2人のために、俺は喜んで風呂を沸かした。