104話 エイトランド工務店
終業後、ティナメリル副ギルド長の部屋を訪れる。
手には洗髪料と、今朝作った『メレンゲクッキー』の入った小袋を持参している。もちろん一番いい出来のクッキー。
「今日は前回言ってた手土産を持参しました」
「手土産……そういえば言ってたわね」
皿にあけてどうぞと促す。
彼女はクッキーを手に取ると、珍しそうに眺めまわす。
「これは?」
「『メレンゲクッキー』というお菓子です。卵の卵白にハチミツを混ぜて作った甘いお菓子です」
説明のあと、ためらうこともなく口にした。
出しといてなんだが、疑われるとか拒否されるとかの姿勢がなくて意外……信用されてるようで嬉しい。
素材を明示したからかな、それとも甘い香りだったからかな……ともかく最大の関門をあっさりクリア。
そして受験生の如く、味の合否判定を待つ。
彼女は軽く頷きながら微笑んだ。
「ほんのり甘いわね、これあなたが作ったの?」
「ええ」
「そう……美味しいわよ、ありがとう」
優しい口調と目尻の下がる笑みに、お世辞でない印象を受ける。
俺は心の中でガッツポーズをした。
「いえ、こちらこそお口に合ってよかったです」
さすがにもう緊張はしない……が、目が合うとやはりまだ照れる。
さて、本題を切り出す前に、先日のお風呂の件と今回の洗髪料の騒動の話をする。
「それがその髪を洗う洗剤ってこと?」
「ええまあ。ティナメリルさんにも……と思って持参したんですが……」
目の前にして渡すのを躊躇する。
「確認なんですが、エルフも髪洗いますよね?」
「ん?」
「いや……人間って体洗わないと、匂ったり汚れたりするので髪も洗うんですが、ティナメリルさんはどうなのかなーと……」
「そうね……毎日ではないけど体を拭いたり、髪も洗いますよ」
「それは水か、お湯で洗うだけですか? 石鹸使ったりとかは……」
よく考えたら石鹸って人間の発明なんだよな。森で生きてるエルフには必要ないのでは……。
「……石鹸は知ってますよね?」
「ええ」
「それで体を洗ったりはしませんか?」
「しませんね」
即答だ。
まあ別におかしな話ではない。
日本でも洗剤を使わない人や湯シャンのみの人もいる。石鹸を使わないなら髪がキシキシになることもない……のかな。
「いただいた日記には昔、冒険者らしきことをしていたとあったんですが、覚えてます?」
「どうして?」
「いえ、こっぴどく汚れたりしたことないのかなーと。血だらけになったとか泥まみれになったとか」
「どうかしらねー……」
洗うの大変だったんじゃないか……という意味で聞いたのだが、なぜか彼女の昔話になった。
ティナメリルさんは、この辺一帯がマール国だった頃にこの地にやってきた。
この地の人と交流し始めたのち、弓の腕を買われて冒険者まがいのことをしたことがある。
当然、エルフという事で珍しがられ、別の意味で大変だった。
要は口説かれまくったみたいな話……なのであまりいい思い出ではないという。
それに寿命の違いから、パーティー組んでも数年で解散した。
仕事も主に狩猟だったらしいので、森で生活しているのと変わらない。護衛とかそういう類のはしなかったという。
「そうか。森での生活では普通に野宿なんですね」
返事はないが、肯定するように頷く。
今はこうして文明的な生活だけど、元はサバイバル能力高い人……エルフってことだもんな。
汚れたら川で行水、素っ裸……漫画でよくあるやつだ。
それにそもそも飯もあまり食わなくても生きていける種族なわけで、体質も人と違うのだろう。
食品由来の洗髪料が体質に合わないってことはないと思うけど、今回はやめておこう。
日本企業が作る洗髪料ならおすすめできるんだがなー……。
「それで、今回ギルドの敷地にお風呂を作ろうと計画してるんですが……いいですかね? ギルド長には許可いただいたんですが……」
少し遠慮気味に尋ねる。
彼女はじっと俺を見据えたあと「いいわよ」と頷いてクッキーを頬張った。
「ありがとうございます」
これで全上長の承認は得られた。
「お風呂ができたらティナメリルさんにも入ってもらいたいです」
「いいわよ私は」
「――言うと思ってました。でも完成したらぜひ体験していただきたく……」
まったく興味なさそう。すました顔でお茶を口にする。
まあ想定の範囲内なので、ここで無理強いはしない。設置の了承が得られただけでいいのだ。
俺もお茶を口にしながら、ティナメリルさんをチラっと見やる。
そのうちぜってえお風呂に入れてギャフンと言わせちゃる!
◆ ◆ ◆
数日後、マグネル商会のファーモス会長に紹介してもらった店にお邪魔する。
入り口の看板には『エイトランド工務店』とあった。
工務店……しっかり日本語らしい翻訳だな。
「どうも。エイトランドのエーハムです」
「初めまして、ティアラの御手洗瑞樹です。瑞樹で結構です」
お互いに握手してソファーに座った。
「ファーモスから話は聞いてるんだが、何でも家を建てたいんだって?」
「家というより小屋……にも満たないかな。お風呂場という施設を作りたいんです」
「ふむ」
スマホを取り出し写真を見せる。
すると「それはなんだ!」というお約束から始まり、そこいらを撮影してこういうもんだと理解してもらう。
「つまりこの風呂というものを置いた、仕切られた空間を作りたいわけだな」
「そうです。理解が早くて助かります」
風呂の写真を見せて、大きさはこの部屋の半分ぐらいと説明、日本の住宅のお風呂場ぐらいの広さを示す。
「それで、イメージとしてはこんな感じがいいかなと思ってるんですが……」
レストランの『デッキテラス』で俺が食事をしている写真を見せる。
「これは何だ!」
「うちの国のレストラン……食事するところの写真です」
「……国ってどこだ?」
「日本ってとこですが知らないでしょ」
「……知らないな。遠いのか?」
「ええまあ」
ふぅんという感じで写真に目を落とす。
そのデッキテラス――床はすのこ状の板張り、側面に柱が3本ずつ、床から高さ1メートル程の目隠しフェンス、屋根は板を縦置きに等間隔並べ、上にシートが掛けてある。
そこにテーブルと椅子が置いてあり、俺が友人と食事をしながら笑っている写真だ。
エーハムは初めて見る建築物の写真が珍しく、しばらく写真をじっくり眺めてた。
「これ全部木だな」
「そうですね」
「ここ……空いてるが?」
「外を眺めながら食事をする所なので空いてますが、風呂場は見られたら困るので塞いでください。下の壁と同じもん作ればいいかと」
彼は後ろを振り向いて誰かに声をかける。すると数名やってきて写真を見るように促した。
これまたスマホを見て驚き、説明が済むとすぐに板書を持ってきて絵を描き始めた。
彼らの反応を見るに、何となく「仕事に無駄がないというか……余計な口をきかないな」という印象を受ける。
建築バカというと言葉は悪いが、他国の建築様式を目にして興味津々、居ても立っても居られないという感じだ。
そして俺が作りたいという風呂場にも興味を持ったみたいで、根掘り葉掘り質問を受けた。
だが言葉だけでは説明しにくい。
俺は立ち上がって身振り手振りを交えて実演する。風呂とは何か……どういう使い方をするのかと。
「要するに、板張りの倉庫で、床を水捌けいいように少し上げ、風呂を置き、体を洗う場所と、それとは別に服を脱ぐ場所を用意する……そんな感じだな?」
「そうそう」
よしばっちり伝わっている。
代表と呼ばれているエーハムは、腕組みをすると椅子の背もたれに体を預けた。
「大体わかった。そんなに難しい話じゃないな。ファーモスから聞いただけじゃ想像ができなくてな。気にしてたんだ」
「まあそうですね。で、これどれくらいで作れそうですか?」
「ん~~……」
彼が後ろの職人たちに相談する。
すると「おおよそ2週間程度」と答えが返る。
「金額的には安い仕事ですか?」
「ん? ん~まあそんな高くないぞ。安心しろ」
ざっと見積もってもらって小金貨6枚――日本円で大体50万円ぐらいだった。
この国の物価はわからないが、俺としてはまあそんなもんか……という認識だ。会長の口利きもあるから適正だろう。
さて、ここからが勝負どころだ。
「それでですね……3倍の18枚出すと言ったらどれくらい期間短縮できますか?」
「あ!?」
今の言葉にエーハムは厳しい表情になる。
舐めてんのかと思われただろうか、それとも無茶ぶりが過ぎるとイラつかれただろうか。
後ろの職人たちも意表をつかれて驚いている。
「たとえば今から設計を始めて、明日から取り掛かれるとか……」
「何ぃ? 今からだぁ!!」
代表は椅子に座り直し、俺をじっと見る。職人たちも「何言ってんだコイツ」とざわめく。
少し気圧されて怖い。
だがおくびにも出さずに話を進める。無茶ぶりは承知の上だ。
「いや~いろいろ事情もあってすぐに欲しいんですよ。何ならキリよく4倍で大金貨にしましょうか……そうだな、それがいい!」
さらに金額を上乗せする。
「ファーモス会長から『ここは仕事ができる』と太鼓判を押されたんですがね……」
代表の目がピクンと反応した。今のは煽り過ぎたかな。
「無理は承知でお願いしたいんです!」
低姿勢で頭を下げる。
エーハムは顎に手をやり一時考え込むと、すぐに知り合いの店に連絡をとるように人を走らせた。
「わかった。すぐ始めよう」
「ありがとうございます」
「それと一つ提案が……」
「何?」
まだ何かあるのかと身構える。
「おそらく今後、これ注文が増えると思うんですよ。『風呂場』といういう建築物としてね」
代表の目は真剣……ただの倉庫の建設とは違うと気づいたようだ。
「なのでこれ……規格化してサッと作れる設計にしませんか?」
「規格化?」
「はい。うちの国の設計手法に『プレハブ方式』というのがあるんですが、それで作りましょう」
スマホの百科事典にあるプレハブの項目を表示し、これも身振り手振りで小一時間ぐらい説明する。
彼らはその変わった建築手法を真面目に聞き、すぐに理解を示した。
そして異国の建築様式に感心すると同時に、俺に対しても「何もんだお前」という目を向けられた。
「うちで全部作って持っていくのか……」
代表は腕組みをしながら考え込み、そして職人たちに話を振る。
彼らも面白そうだと笑みを浮かべると、エーハムは俺に手を差し出し握手を交わした。
そしてすぐに立ち上がり、試作を開始する。
その日一日ずっと付き合い、畳サイズの規格で床や壁の設計をし、その場の材料で仮組みなどして作り方を学んだ。