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102話

「丸い瓶が『シャンプー』、四角い瓶が『リンス』、六角形の瓶のが『トリートメント』です」


 2日後の昼休み、完成した洗髪セットを女性職員に配る。1人ずつ並んで手渡しする光景は、何だか当選品の受け渡しみたい。

 瓶にラベルは張ってないが、中身の色も、白緑色、薄桃色、薄茶色、と全然違うので間違うことはないと思う。

 口々に笑顔でお礼を述べてくれる。

 むふ……俺もまんざらでもなく嬉しいな。


「ただし量は多くないので、無くなったらギルドで補充できる体制にそのうちしときます」


 その言葉に歓声が上がる。

 マグネル商会で販売が決まっているのだが、いつになるかわからないしな。

 それにお風呂をギルドに用意できた場合に備えてもおきたいし。

 それと大事な点、人に聞かれたら『マグネル商会の試験販売』ということにしてもらう。

 もちろん、俺の名前は出さないようにお願いする。


 トリートメントは卵黄を使用しているので、通常は1週間程度しか保存が効かない。

 だが俺が作るやつは『保存の魔法』がかけてあるので長期間保存が可能。作り置きができる点が大きい。

 マグネル商会で作る分は、少量の瓶での販売を……と釘は刺してある。

 まあ口にするものでもないし、ちょうど寒い時期でもある。しばらくは心配ないと思う。

 いずれは卵黄を使わないタイプ――たとえば日本のCMでやってた『椿オイル』だけにするのも手ではある。


「はい主任、どうぞ」

「ありがとうございます」


 奥様にプレゼントする用の洗髪料を渡す。


「使い方の説明書も入れてあるので、多分大丈夫だとは思います」

「わかりました」


 次いでガランドにも渡すと、にんまり喜んだ。

 そして購買にいる女性、ミリアーナさんのもとへ向かう。


「ミリアーナさん、お待たせです」


 彼女に洗髪料を渡すと「待ってました」と嬉しそうに笑う。

 姉さん肌の彼女の髪はくせっ毛で、しかも毛の量が多いのでたまに爆発してるときがある。

 櫛とか通りにくい髪質の女性には喜んでもらえると思う。

 するとオットナーが洗髪料を手に尋ねる。


「なあ瑞樹、これうちで売らないのか?」


 先日の女性職員の騒ぎっぷりを耳にし、購買でも売りたそうである。

 気持ちはわかるが、俺が作り続けるというのはさすがに勘弁だ。


「元々マグネルに頼む予定でいたんですよ。正直こんなに作る羽目になると思ってなかったですし」

「ふぅむ……」

「それにうちは冒険者ギルドですからねー。おしゃれ云々は場違いかと」

「でも女性冒険者もいるわよ」


 ミリアーナさんの指摘はごもっとも。一般客も来店するしな。

 だがやはりめんどうだと首を振る。


「マグネルの販売を待ってからにしましょう。卸してもらう形ならありですし」

「そうか」


 まだ販売もされてないうちから考えても仕方がない。

 マグネル商会で販売されて、安定供給できるようなら回してもらう形がいい。

 それと口にはしないが、現代でいう『製造物責任』の問題もある。

 俺が作ったものが何かしらのトラブルを起こして責任問題になるのは困る。それはギルドにも迷惑がかかる。

 個人が作る代物は、ご近所さんに配る程度で収めておくのが無難だ。

 その説明で納得してもらった。


 続いて洗髪料を手にギルド長室を訪れる。

 コンッコンッ


「どうぞ」

「失礼します」


 何かの手紙を読んでいたようで、俺が入ると顔を上げた。


「今いいですか?」

「ああ、どうした?」

「いえ、実はギルド長に娘さんがいらっしゃると聞きましたので、奥様と娘さんに使っていただければと……」


 机の上に洗髪料を置く。


「あーこれか。女性職員が騒いでいたのは……」

「耳にしてましたか」

「タランからな」


 手紙を横によけると、シャンプーの瓶を手に取った。


「主任も奥様にプレゼントするとおっしゃってました」

「ほお~」

「使い方はこれに書いてあるので、よければ試してみてください」

「わかった。ありがとう」


 そして本題を切り出す。


「ギルド長、実は一つお願いというか……提案があるのですが?」

「ん?」


 持参した要望書を渡して説明する。


「んー……つまり敷地の一角に風呂という施設を作りたいというわけだな?」

「ええ。元は俺が個人的に欲してたものだったんですが、期せず女性職員が利用したら渇望されちゃいまして……」


 ギルド長は手にした書類に目を落としつつ、左手で顎をつまむ。


「マグネルの会長も使って大絶賛してました」


 好感触だったと伝えるが、俺を一瞥すると渋い顔をして書類を置いた。


「だが家を建てるのだろう? 大金がかかるし……場所はどうする?」


 慌てて大げさに手を振った。


「いやいや、木枠で簡単に囲いと屋根を作る程度です。大きさも……そうですね……荷馬車が置いてあるスペースぐらいです。場所も本館と別棟の角のところに置ければと思ってます」

「そうなのか」

「男だけだったらギルド長の机ぐらいのものを地べたに置くだけですよ」

「ふぅん……」


 そういえばギルド長は実物がわからないか。そこでスマホを取り出して風呂の絵を見せる。


「こんな感じの代物です」

「…………これに何、人が入るのか?」

「そうそう、お湯張って浸かります」

「ふむ」


 もう一押しいるな。


「ホント置くだけ……邪魔ならすぐどけられます。人が入れる桶を置いて、その周りを見えないように囲うだけ……そんだけです」


 ギルド長は絵を見ながら考えている。さすがに現場を目にしてないと理解は難しいか……。


「タランはなんて?」

「特には。ギルド長に直接話を……とだけ」


 主任に話をしたとき、少し険しい表情だったことは内緒にしておこう。

 上目で俺をじっと見据えると、背もたれに体を反らしてニヤリとする。


「まあ……いいだろう。お前のやることに興味もあるしな」

「ありがとうございます!」


 よし、これで設置場所が得られたぞ!


「そうだ、ティナメリル副ギルド長には話しといてくれ。懇意にしてるんだろ?」

「えっ!?」


 突然の指摘に思わずドキッとする。


「懇意って!?」

「ん? 話し相手になってるんだろ? エルフ語の……」

「あ…ああ、そういう意味ですか……びっくりした」


 彼女といい仲だと思われたのかとびっくりした。

 というかギルド長、お茶会のこと知ってたのな……ってティナメリルさんが報告してるか。

 俺が内心驚いていると、ギルド長の顔が緩む。


「瑞樹と話すようになってから明るくなったな」

「そう……ですか? あんまり変わってないように見えますが……」

「いやいや全然違う。今まで人に全く興味ない素振りだったからな。正直驚いてるぞ」

「そう言っていただけたら何よりです」


 ギルド長からのお墨付き、褒められてとても嬉しい。


「おそらく反対はしないだろうが、話だけはしといてくれ」

「わかりました」


 一礼してギルド長室をあとにした。


 ◆ ◆ ◆


 ギルドの炊事場は、しっかり調理ができる設備が整っている。

 おそらくだけど、3階が宿泊部屋になっているため、食事を提供する場合に備えてだろう。

 普段はまったく使われていなくて、いつもお茶用のお湯を沸かしているだけ。とはいえ掃除はしてあり綺麗な状態である。

 そしてなんと、石窯もあるのだ。

 実物を見ながらスマホの事典で石窯について調べていると、リリーさんがヒョイと顔を見せる。


「瑞樹さん、石窯がどうかしました?」

「ん? ちょっとこれを使う必要に迫られまして……」

「何か作るんです?」

「ん~とこれをね……何とか処理しないと……」


 視線の先にあるのは、大鍋に入った卵白である。

 トリートメントを作る際に余ったものなのだが、さすがに捨てるのはもったいない。

 冷蔵装置のないこの世界ではすぐに傷んでしまうものだが、『保存の魔法』がかけてあるから劣化しない。

 実はこれも、化粧品にしようと思えばできなくもなく、たとえば『卵白パック』に使える。

 だがそれは止めた。

 理由はゼミの女性が『卵白はアレルギーがでる』と指摘していたから。

 自分で使用するなら構わないが、人に勧めるべきものではない。

 そこでスマホの料理本で卵白と使う料理を検索し、『メレンゲクッキー』なるお菓子をトライすることにした。


 ちなみに俺のスマホに料理本が数冊入っている。

 料理人の叔父が本を出したとメールしてきたので、記念に購入したものだ。

 とても喜んで感謝されたのだが、今じゃ俺が感謝している。


 さて、当然だけど石窯なんぞ使ったことはない。

 しかも薪窯って時点で難易度がプロフェッショナルモードだ。ぶっちゃけやりたくない。

 魔道具で料理道具が作れたら取り組もうと思っていたのだが、先に食材がきてしまったので仕方がない。


「料理できるんですか?」

「1人暮らししてましたからね。リリーさん料理は?」

「母に教わった程度です。なので瑞樹さんが何作るのかなと興味がありまして……」

「なるほど。今度何か作ってくださいよ」


 彼女は少し照れ気味に微笑んだ。


「で、何作るんです?」

「ん~それ以前にですね、俺、石窯使ったことないんですよ。リリーさんあります?」

「ありますよ。鳥の丸焼きしたりしましたね」

「おお~マジで! じゃ使い方教えてもらってもいいですか?」

「いいですよ」


 彼女の説明を聞きながらメモを取っていると、キャロルが何事かと覗きに来た。


「何してんです?」

「ん? リリーさんに石窯の使い方を教わってるんだよ」

「え? また瑞樹さんが何かいいもん作るんですか?」


 俺が何かするときの、「いいもん」という言葉を覚えてしまった。


「いや~それが石窯……結構難しそうでな~、おそらく今回はダメな気がしてるな」

「え~~!」


 キャロルのがっかりに、リリーさんがくすりと笑う。


「瑞樹さん、日本は石窯使わないんですか?」

「一般的には使わないね。『オーブンレンジ』っていう道具で簡単に焼けるんだよ」

「……魔道具ですか?」

「まあそういう感じだと思ってもらっていいよ」


 2人とも、相変わらずの日本のすごさに感心してくれる。


「で、いつ作るんです? あれすぐダメになりません?」

「――秘密ですが、実は魔法で傷みません」

「えっ!?」


 すぐ口に指を当てて「内緒ね」というポーズをした。


「今日の終業後に主任に許可取って夜ここでやらせてもらおうかなと思ってます」

「そうですか」


 そして業務終了後、主任に許可をもらいお菓子作りにトライする。


「じゃあミズキさん、許可はしましたが火の扱いは十分に気を付けてくださいね」

「ありがとうございます」


 さてと、今夜は徹夜かな……。


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― 新着の感想 ―
[一言] メレンゲクッキー美味しいけどもまず卵白泡立てるの大変なんだよなあ 電動泡立て器なんてありませんしどうするんだろ
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