表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

101/210

101話

 瑞樹がマグネル商会へ出かけて程なく、洗髪指導を済ませた受付の3人は戻ってきた。

 ラーナはかなりご機嫌のようで、意気揚々とその足で主任に歩み寄る。


「主任、お風呂を設置しましょう!」

「はい!?」


 書類に目を通していた主任は驚いて顔を上げる。

 いきなり何を言い出すんだ……という表情で彼女を見る。

 すると耳にしたキャロルが同調。


「それすごくいい! 主任、お風呂置きましょうよ~!!」


 主任は呆れてため息をつく。

 今日は洗髪料の一件で朝から大騒動。皆が浮き立ってて仕事にならず、それだけでも頭が痛い。

 もちろん自分も瑞樹に頼んだ手前、大目に見て目をつむっている。

 だが風呂まで要求されるのは論外だ。昨日実物を目にしているので何かはわかる。

 当然、拒否する。


「無理です。場所もないでしょ」

「じゃあ場所があればいいんですね?」

「そういうことじゃなくて……ここ職場だから」

「え~だって瑞樹さんも言ってたじゃないですか! 職場の『フクリコーセー』は大事だって!」

「言ってました。『フクリコーセー』で従業員のやる気がアップするって!」


 主任は右手でこめかみを押さえながら首を振る。

 彼女たちがここまで風呂に入れ込むとは……特にラーナの執心っぷりが尋常ではない。

 それも瑞樹が昨日の帰りに余計なことを吹き込んだからだ――


 マグネル商会をあとにした帰り道、女性たちは大盛り上がり。

 ついてきてよかったと満面の笑みを浮かべ、初めてお湯に浸かるという体験にとても感動したと話す。

 ラーナは、体がいつまでもポカポカと温かいことが本当に嬉しそうだった。

 その様子に瑞樹は誇らしげに笑みを浮かべ、そして少し照れていた。

 彼女たちから「もう少し広いお風呂がいいね」と聞くと、彼は日本の風呂事情について自慢気に語りだした。

 ところがそれがあまりに夢のような内容だったのだ。

 何でも日本には『銭湯』という、家一軒お風呂になってる施設があるという。

 他に『露天風呂』という、外に囲いを作って景色を眺めながら入るお風呂、さらには『温泉』という『肌が美しくなる』お風呂もあるそうだ。

 髪が美しくなった洗髪料の一件もあり、是が非でも日本に行きたいと大騒ぎ。

 さらに『福利厚生』という名目で、従業員用のお風呂を設置している職場もあると聞き、何度も羨ましいを連呼していた。


「とにかくお願いします! お風呂…作ってください!」

「しゅに~ん! おふろ~絶対要りますって~~!」

「はいはいもう仕事に戻って! 彼が帰ってきたら聞いてみなさい!」


 主任は騒動の元凶を作りだした人物に投げることにした。


「瑞樹さんができるって言ったらいいってことですね?」

「いいって言いましたね?」

「言ってません! とにかく仕事しなさい!」


 主任は手で追い払う。

 興奮気味に席に戻った2人にリリーはくぎを刺す。


「ラーナさんもキャロルも少し落ち着いて……ね」

「うわ~~リリーさん、何かいい子ぶってる~~!」

「そ…そういうわけじゃ……」


 ラーナは彼女の肩をポンと叩く。


「リリー……あなたもお風呂、よかったでしょ?」

「それは……そうですけど……」

「じゃあギルドにも欲しいわよね?」


 彼女の圧に少し怯む。


「う……それはあったら嬉しいですけど、でもさすがに無理なんじゃ……」


 キャロルがはたと閃いた。


「瑞樹さんなら何とかしてくれます。なんならまた裸見せてやる気出してもらいますもん!」

「そうね……」


 その台詞に経理の男どもは一斉に振り向いた。


「「「今なんて!?」」」


 リリーは額に手を当て首を振った。


「キャロル……」


 ◆ ◆ ◆


 約2時間後、俺はいくつかの荷物を小脇に抱えてギルドに戻った。


「すみません、遅くなりました」


 席に戻って一息つくと、皆の視線が俺に向く。


「いや……ちょっと買い物に手間取っちゃいまして……」


 さすがに数時間も穴をあけたのはマズかったかな。

 帰りが遅れたことを申し訳なく思い、そそくさと書類を手に取る……が、雰囲気が変なのは俺のせいじゃなさそうだ。


「…………何かありました?」

「瑞樹さん……キャロルの裸、見たんですか?」

「んあっ!?」


 ロックマンの言葉に一瞬、思考が停止する。即座にキャロルを見る。

 ところが彼女は悪びれた素振りがない。


「お風呂作ってください!」

「は……見……え!?」


 なんじゃそりゃ!

 いやいやそれより、まずなんでラッキースケベがバレてんの?

 誰が漏らしたかっていうと……まあ間違いなくキャロルだよね。なんでそんなことになってんの!?

 そしてお風呂がなんだって?

 振り向いて主任を見ると、ご機嫌斜めでラーナさんを指さす。

 どうやらラーナさんが何かやらかしたらしい。

 彼女を見ると、声を出さずに口を動かした。


「オ・フ・ロ・ホ・シ・イ」


 え……なんて!?

 それを理解する間もなくロックマンが口を挟む。


「瑞樹さん……キャロルの裸、見たんですか?」

「んぐっ!?」


 ロックマンがいつになく真顔、思わず表情が強張る。


「…………ミテ……ナイヨ!?」


 俺が出かけている間に一体何があったのか、とりあえずこの場から逃げ出したい。

 するとリリーさんが静かに席を立ち、俺を奥の炊事場へと手招きした。

 男性陣の視線を受けつつ向かい、そして状況説明を受けた。


 要するに、ラーナさんとキャロルが、ギルドにお風呂を設置してほしいと主任に懇願し、その無茶ぶりを怒られた。

 その際、俺が裸を見ちゃった件をポロっと言っちゃった……というわけか。

 裸を見せたらやる気を出すってか……まあ、キャロルのヌードはご馳走様でした。

 チラっとリリーさんの胸元に目がいく。

 リリーさんやラーナさんのタオル巻きの上乳もご褒美感あったしなー。

 気づかれる前に目を逸らす。


「なるほどね」


 昨日の今日でそこまで入れ込んでしまったのか……。

 まあ相当気に入ってたし、帰りに日本の風呂の話をした件も持ち出したという。

 ラーナさん冷え性らしいし、人一倍強烈な印象だったんだろう。

 俺は腕組みしながら口に手を当てて考える。


 ――だがこれは悪くない流れだ。


 ギルドの風呂が実現できるかどうかはともかく、風呂を知って気に入ってくれた人たちが増えたということだ。

 設置に前向きに持っていけるチャンスでもある。


 現状、風呂が完成したのはいいが、設置場所がなくて困っている。

 宿舎に設置など到底無理だし、ギルドに……というのも俺に権限があるわけない。

 せめてどこかに空いている部屋でもあれば……という考えもあったのだが、風呂となると話は別。簡単には設置できない。

 問題点は『水の搬入』『排水』『排煙』の3点だ。

 この国は水道がないから井戸水を使っている。なので井戸の近くでないと厳しい。

 だが幸いギルドには井戸がある。なのでギルドに設置はアリなのだ。

 となると残りの問題は排水と排煙、やはり別に建物が必要な感じ。

 ……いや、別に建てなくても露天でも構わない。要はギルドの外に置く許可をもらえればいい。


 場所の検討と交渉、女性も使うためには仕切り……いや簡易でも建屋がいるな。

 ラーナさんとキャロルは味方、おそらくリリーさんも賛成してくれるはず。

 そして今回、洗髪料の件で女性職員の票も稼げたはず。

 男性陣は……そういやファーモス会長も絶賛していた。その話を切り出そう。


「俺がラーナさんに話をします」


 リリーさんにお礼を言うと、ラーナさんの席へ向かう。


「ラーナさん……気持ちはわかりますが、いきなりは無理がありますよ」

「ダメですか?」

「うーん……」


 自前で購入するにしても場所がないと無理な施設、ギルドに設置したいというのは俺も同じではあるが……。


「……そうですね。欲しいのは俺も同意見ですし、何かいい案ないか考えてみましょう」

「ホントに?」


 口角を上げてにっこり笑う。

 ラーナさんは、諦めろと言われなかったことに頬が緩む。

 そしてキャロルに顔を向け、目で訴える。


「キャロルさん……俺が見たのは『タオルを巻いたお姿』であって、水を足すときにほんのちょっと……チラっと見えただけですよね?」


 キャロルは話のわかる女性だ……そうだな?


「ソウソウ、ハダカミラレテナイデス」

「まったくも~~すぐ話を盛るんだから~~キャロルは~~」

「ごめんなさ~~い!」


 男どもに向き直り、2人揃って作り笑いを浮かべる。


「――ていうか俺、明後日までに洗髪料作らなきゃならないんで、騒動は勘弁してくださいよ!」


 ラーナさんとキャロルも溜飲を下げた模様。洗髪料の盛り上がりっぷりに当てられたのだろう。

 ちょうど冒険者がカウンターにやって来たので話はそれで終わった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 女性陣が公私混同しすぎw 採算取れるように商売にしちゃえばいいだろうけどね ギルド直営の銭湯を建物に併設して、汚れがちな冒険者を綺麗にしつつ、ついでにギルド職員は割引で入れるようにするとか …
[一言] 大騒動ですなあw これはもうお風呂設置しないと収まりがつかなそうですね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ