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100話 洗髪料で大騒動

 次の日、ティアラは朝からとんでもない騒ぎになった。

 出社したラーナさん、リリーさん、キャロルを目にした女性職員が、一目でわかるその艶やかに輝く美しい髪に目を奪われたからだ。

 瞬く間に他の職員に情報が伝わると、次から次へとその髪を見にやってくる。

 髪の毛を顔がつくほど間近に見やり、遠慮なく触っている。

 質問攻めに圧倒される三人である。

 うっとおしがるかと思いきや、そこは女性の(さが)……褒められ羨ましがられて嫌な気はしないらしい。昨日の体験談を事細かに語る。

 話を聞く彼女たちの鼻息は荒い。

 ラーナさんが話をしながら俺に顔を向ける。釣られて女性たちの視線が刺さる。

 チラっと見やると目の色が違う……ヤバい。

 すぐに向き直り、知らんぷりを決め込んだ。

 主任の目も光っているおかげで、さすがに仕事中に聞きに来る職員はいなかった。


 昼休憩、一服しようと席を立った瞬間、女性職員が数名やってきた。


「瑞樹さん、ちょっといいですか?」

「ん? あ~はいはい……」


 まあ来るよね……わかっていたので大人しく奥についていく。

 会議などに使う大部屋に入ると、十数名の女性職員がいて圧倒された。

 ……というかこれ、女性全職員かな。さすがにびっくり!

 咄嗟に手を挙げ制止する。彼女たちに詰め寄られる前に先に話を切り出そう。


「あの三人の髪のことですよね?」


 口々に「そうです」と答える。

 女性たちが心穏やかでないのはすごく伝わる。これは実際にやってみせたほうがいいな。


「ん~五分待ってもらえます? 部屋に在庫があるので取ってきます。その間にどなたか髪を洗う準備をしてもらえませんか?」

「わあぁぁ!!」「やったぁああ!!」「嬉しいぃい!!」


 互いを見やり、嬉しそうな歓声が部屋全体に広がった。

 こう期待されると俺も悪い気はしない。急いで宿舎に洗髪料を取りに戻った。

 数分後、バッグを抱えて戻ってくると、ラーナさんたち三人の姿を目にする。どうやら呼び出されたらしい。

 見ると机には、洗髪用の木桶のたらいと、お湯が入った水差しが、それぞれ三セット用意してあった。

 一つと思ってたんだけどな……まあいっか。

 俺はバッグから瓶を六本、二セット分を取り出すと、皆一様に色めき立った。


「じゃあ時間もあれなんで、とっとと始めましょう」


 考えたら三セットなのは好都合だ。一人だけだと不平不満が出かねないしな。

 体験済みのラーナさんたちに指導をお願いし、俺が説明しながら進めることにする。

 まずシャンプーで髪を洗う。液体石鹸の使い勝手のよさに感心し、「これだけでも綺麗になります」と言うと、表情が華やいだ。

 次にリンス、キシキシになっていた髪の指通りが滑らかになる。女性たちが濡れた髪を次々に触ると、驚きと感嘆の声が漏れた。

 最後にトリートメントをして髪をタオルでくるみ、五分ほど待つ。


「み、瑞樹さんはなぜこういうこと知ってるんですか?」


 彼女たちから質問が飛ぶ。


「知り合いに詳しい女性がいたんですよ」

「彼女ですか?」

「ち……違う違う! 俺、そんな人いませんから!」

「ええー!!」「嘘だー!!」


 女性ならではの指摘に照れながら、手を大きく振って否定する。

 女の園に男一人。とても和気あいあいとした雰囲気に気分は悪くない。

 もういいかな……と、タオルを解いて洗い流す。

 ……するとどうだ!

 洗髪前とは明らかに違う艶やかな髪の登場に、女性たちから悲鳴に近い歓声が上がった。

 その声に男性職員も、何事かと覗きにやってきた。


「これは売ってもらえるんですか?」


 誰かの質問に皆が俺を見る。


「んー……」


 少し眉間にしわを寄せて答える。


「元々、マグネル商会に商品化をお願いしようと持ってった話なんですよ。そのうち販売してくれるかなーとは思ってるんですが……。ただいつになるかはちょっと……」


 皆、がっかりする。


「作るの、難しいんですか?」

「いや全然。材料と瓶があればすぐにでもできるけど……」


 聞いた途端、作って作っての大合唱である!

 俺は顎に手を当てて少し考える。


「……二、三日待ってもらえますか?」


 その言葉にみんな、はち切れんばかりに沸き立った。

 その様子を目にして俺自身も気分がよかった。あまり話す機会がない部門の女性職員と親しくなれたわけだしな。口々に話しかけてくれてとても嬉しい。


 ふと彼女たちの手が目につく。


「ちょっと手を見せてもらっていいですか?」

「え?」


 たしか買取部門で薬草の選別作業をしている職員だったかな。

 背がとても低く、俺の首ぐらいまでしかない。ちっちゃな先輩なので印象に残っている。

 驚く彼女の手を取ると、マジマジと掌を観察した。


「結構荒れてますが、痛くないですか?」

「うん、この時期はどうしてもね……水も冷たいし風も乾燥してるので」


 他の職員の手も見せてもらう。

 仕事柄、ひび割れやあかぎれの症状の人が多い。中には草で手を切ってる人もいる。

 それとなく唇に目をやると、カサカサに乾燥して、裂けた跡が見える人もいた。


「ん……ありがとうございます」


 俺が何か思案してるのを目にしたキャロルがほくそ笑む。


「瑞樹さん、また何かいいもん考えてますね?」


 皆が俺に目を向ける。


「ん? いや別に……」


 とある商品が頭に浮かんだのは事実だが、実現できるかわからなかったのではぐらかした。

 材料が手に入るかわからんしなー、現物見たことないし……。

 しかしキャロルは信じて疑わず、ラーナさんとリリーさんもにんまりしていた。


「……この瓶はサンプルとして置いておきますので、試したい人は使ってください」

「ありがとうございます!」


 手を振って部屋をあとにする。

 俺は席に戻ると、棚から依頼書の用紙を数枚取り出し、要項の記入を始めた。


「さてと……」

「大騒動だな」


 ガランドが何やら期待を込めた笑みを浮かべている。


「ん~まあね。騒ぎになるのは想定してたんだけど、もう少し先の予定だったんだよ」

「そうなのか?」

「うん。三人がお風呂に入ったのが想定外でなー、それで予定が早まってしまったわけ」

「へえ……」


 元々、マグネル商会に商品として作ってもらうつもりでいたと説明する。

 なるほど……と頷くと、依頼書を書く俺の様子を、肘をつきながら眺めている。


「…………瓶60本!?」


 ガランドが驚くと、ロックマンとレスリーも席から首を伸ばす。


「…………うわ、卵100個!」

「……ハチミツ……酢……量多いな。もしかして皆?」


 ご名答……とばかりに吹き出す。


「んふっ、女性職員総出で待ち構えてたわ!」


 その答えに三人は一瞬目を見開き、声を出して笑った。


「……じゃあ俺も頼んでもよさそうだな」

「ん?」

「俺のもお願いします」


 おっ、ガランドも欲しがるとは……敬語で恭しく頭を下げる。


「妻の分を頼もうかと」

「あ~なるほど。それはいいね」


 たしかに……男からのプレゼントというのはアリだな。


「ミズキさん!」


 後ろから主任が俺を呼ぶ。

 振り向くと自分を指さしていた。


「私のもお願いします」

「あはっ…了解です」


 少し照れている。その仕草を揶揄うように、指をさして笑みを浮かべた。

 ふむ……こういう感じなら男にも需要があるな。

 依頼書と金を用意し終えると、店内にいた若い冒険者数名に声をかける。


「買い物を頼みたいんだけど、どうかな?」


 彼らは「いいですよ」と引き受けてくれた。

 依頼書を見せながら、現金の入った革袋をカウンターにドサッと置く。


「これは今日中、こっちは明日まで。うちの荷馬車使っていいから」


 俺のポケットマネーで行う依頼なので、報酬は割増しにしてある。そのことに気づくと目を丸くした。

 通常は大銅貨数枚の依頼……それに小銀貨で同枚数払うという。実に4倍の報酬だ。

 目が覚めたように、真剣な表情で俺の話を聞く。


「割れ物が多いから注意してね。それとお金、失くさないように」

「わかりました」


 市井の買い物で使う硬貨は大銀貨まで。枚数が多いので冒険者たちは少し緊張している。

 ちなみにギルドの場合、小切手みたいな支払いもできるのだが、あくまで職員が買い物する用なので冒険者にお願いするわけにはいかない。

 それにやはり現金払いが好まれるからな。


「主任、すみませんがマグネル商会に頼み事があるので出てきます」

「わかりました」


 仕事中に席を外すわけだが、主任も今回は大目に見てくれそうだ。


 ◆ ◆ ◆


 着替える手間も惜しかったので制服のまま、人目につかないように《俊足》と《跳躍》を用いてマグネル商会に向かう。


「ティアラ冒険者ギルドの瑞樹と申します。カルミスさんいますか?」


 店員に呼んでもらうと、ちょうどいいところに来たと言わんばかりに、会長も一緒にバタバタと出てきた。


「瑞樹さん! 昨日のあれ、すぐ売ろう!」

「ぜひ売りましょう!」


 二人してすごい勢いでしゃべりだした。

 どうやらマグネル商会でも騒動になったらしい。

 昨日、作業場から戻ってきたカルミスさんに、全従業員は目を奪われた。

 艶やかに輝き、サラサラと揺れるブロンドヘア。そばを通り過ぎると、とてもいい残り香が漂ったという。

 いわゆる『シャンプーの香り』というやつだ。もちろんこの世界にはない。

 すぐに本店の従業員にその噂が広まった。

 秘密は何かとカルミスさんに迫り、ぜひ自分たちも……という騒動に発展したわけだ。

 その光景に会長も、あの洗髪料は売れる……と納得したところに俺がやってきたというわけだ。


「よかった。うちでもとんでもない事態になりまして……急いで相談に来たんです」

「ほ~お」


 会長はにやりと笑う。


「『今すぐ欲しい』と全女性従業員に懇願されまして、ここで生産頼めないかと」


 俺の困った表情にカルミスは破顔、「うちもそんな感じです」と頷いた。

 三人の意見が一致しているのなら話は早い!

 会長室で小一時間、製造や販売に関する細かい話を詰めた。


「提案ですが、作る際は食品に偽装したほうがいいですね」

「なぜだ?」


 会長の質問に、カルミスさんが答える。


「レシピが簡単すぎるからですよ、会長」

「そうです。材料のほとんどが食品なので、食べ物作ってると誤解させといたほうがいいかと」

「ふむ」

「『シャンプー』はそもそも石鹸なのでいいですが、『リンス』と『トリートメント』は一工夫しましょう」

「というと?」

「そのままだと舐めて酢と卵だと気づかれるでしょう。なので苦い薬草でも加えて口にしたら吐き出したくなる味にします」


 会長は一瞬、意味がわからず戸惑うが、すぐにピンときて笑う。


「よく思いつくなそんなこと」

「いずれバレるでしょうが、なるべく長い期間独占したいでしょ」


 意地悪そうな俺の笑みに、会長は何も言わずに軽く頷いた。


「それで……アイデア料はいくら払えばいいでしょうか?」


 カルミスさんが俺の取り分について切り出す。

 俺は少し考え、そういえば大学で特許料の話を聞いてたのを思い出した。


「そうですね…………三パーセントは高いですか?」


 二人は目を丸くする。


「え? そんな安いんですか? 二割は取られると思ってました」

「ハハハ、そりゃボッタクリ……取りすぎですよ」

「そうなのか?」

「俺は一パーセントでもいいと思ってましたよ」

「イチって……」


 耳を疑ったのか、会長は絶句している。

 こんなすごいアイデアを投げ売りすることが理解できないのだろう。

 ちなみに日本での特許等のライセンス使用料は概ね3~5パーセントと言われている。


「日本じゃ誰でも知ってる知識だし、そもそも俺の発明じゃないですしね。それにいろいろと便宜を図ってもらってますし」


 にっと笑う。


「ただし無償というのはお互い信用できなくなりますので、金銭の授受を発生させとくのは大事です」

「ふぅむ……」


 予想外の条件に二人は顔を見合わせ、それでいいならと話はまとまった。


「そうそうお風呂な。わしも入ってみたが、あれはいいな。最初は怖かったんだが、お湯に浸かるというのがあんなに気持ちいいもんだとは知らなかった」

「でしょう?」


 この世界の人たちは、汚れを落とすのは『体を拭く』で済ませている。疲れを癒すために『お湯に浸かる』という文化がない。

 もちろん大量の水を用意するのが大変という理由のせいでもある。会長の場合は従業員に頼めるから可能だろう。


「で、風呂はどうする? どこかに設置するのか?」


 俺はいまだに宿舎住まいなのですぐには思いつかない。なので機会が来たら……という旨を伝えておく。


「まあうちはいつでも準備してるから気軽に申し出てくれ」

「ありがとうございます」


 洗髪料の件が思いのほか段取りよく進み、安心して商会をあとにした。


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― 新着の感想 ―
[一言] 昔の醤油とかの量り売りと同じように、保存魔法をかけた樽につめてどこかのお店で売るのが手っ取り早いかな。 すぐ腐るならそのままのほうが転売防止に役立ちそうですし。 個別にするのは王侯貴族とか特…
[一言] 面倒くさがりで お風呂嫌いな人が一部いると自然かも。
[一言] 猫獣人をサラツヤにしようぜ!
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