10話
一瞬の出来事で何が起こったかわからなかった。
右腕を強い力で引っ張られ、バランスを崩してそのまま派手にこかされる。
「ぐあっ――」
派手に胸を打ちつけ痛みが走る。何が起きたかわからない。
驚いて振り向いて起き上がろうとしたところを振り下ろしで一発食らう。
「イッ……」
ガツッと鈍い音がして頬骨に激痛、相手を見ようと急いで顔を上げる。
だが逆光になって顔が見えない――複数人だ。
それを目にして理解する。
――襲われている!
人生で初めて暴力的行為、しかも不意をつかれたいきなりの襲撃に恐怖以外何も頭に浮かばない。
怖い怖い怖い……。
足を踏まれ腹を蹴られ、誰かがサイドバッグに手をかける。
「調子に……よくもキャロルちゃ……」
「おいバッグ……蹴るなよ。大事な……だ」
「フンッ、フンッ」
数人がかりで殴る蹴るの暴行を受けつつ彼らが何かを言っている……よくわからない。
体の防衛本能か、体をギュッと丸めると横から思いっきり蹴られて転がされる。
「んん゛……」
横っ腹にいいのが入り思わずうめき声が出る。
「胸のやつ奪え! それに入ってるはずだ」
朦朧としてたところ、彼らの声でウエストポーチ狙いだとわかると思考が働き出した。
このままではマズイと何か対応策を巡らせる――
そうだ魔法だ!
だが撃つには顔を奴らに向けなければならない。
腹のバッグに手を掛け引っ張る奴、背中のベルトを外そうといじる奴、そして俺の体を執拗に蹴りつける奴……。
このままで使えるのは――あれだ!
《詠唱、雷》
耳元でヴゥンっという震えるような音がした……と思ったら彼らの動きがピタッと止まった。
息遣いも聞こえない。
そしてドサドサッと人か倒れる音がした。
体中を殴る蹴るの暴行を受けて痛みが激しい。だがその行為は止まったようだ。
ゆっくり体を起こして顔を上げる――
3人倒れている。
「あ……感電……した!?」
彼らは雷魔法で感電したようだ。
雷魔法――最初は漫画のように電気をビリビリっと放電するのかと思って、本を発見した夜に試していた。
だがそんなことは起きなかった。
次の日の朝、周囲に数匹の虫が死んでるのが見つかる。そして原因は何かとしばらく考えた。
これは雷魔法で俺の周りに電気が発生して殺したのだろうと結論付けていた。
そこで今、敵に密着した状態で発動したら感電するのではないか……そのことが咄嗟に頭に浮かんだ。
虫が死ぬレベルがどの程度の威力なのかはわからなかったのでイチかバチかの賭け――どうやら人にもがっつり効いていた。
相手が動かなくなったのを確認して体を起こす。だが物凄い激痛だ。
「アァァア――イッテェエエェ!」
全身フルボッコ状態、人生で初めてリンチを食らった。
右足はしこたま踏まれ動かない――多分折れてるんじゃなかろうか……。
背中は踏みつけられるように蹴られ、顔も最初に一発いいのをもらってるので絶対腫れてる。
だがサイドバッグとウエストポーチは無事だ。
壁に寄り添い立ち上がり、右足を引きずって通りに出る――
途端、左肩を思いっきりどつかれたような衝撃を受け、体が反転するように吹き飛ばされる。
同時に風を切る音がして、何かをぶっ刺されたような激痛が走った。
「――――!?」
経験したことのない激痛に左肩を見ると、何かの棒が突き刺さっている。
そしてその棒には矢羽根が見えた。
――矢が刺さっているだと!?
一瞬、目を疑う。
全身の血の気が引き、凍り付いたのではないかと思うぐらいに体が寒さを感じる。
人は恐怖の度が過ぎると体は動かない。ガクガクと体が震えるだけだ。
俺は殺される……瞬時にその言葉が脳裏に浮かんだ。
再びシュンという風を切る音――すると右足に何かをねじ込まれるような感触を覚えた。
「ンアァ!?」
ものすごい激痛に、見なくてもふくらはぎに矢を撃ちこまれたのだと知る。
――頭に食らったら死ぬ!
横倒しの体勢のまま動く右手で頭をかばう。
涙が溢れ、顔を上げても景色が滲んでよく見えない。
すると通りの向かいの左手20メートル先の建物の上に人影が見えた。
こちらが動かなくなるのを確認してたのだろうか。
怖い怖い怖い……。
壁際まで必死で這い、背中を預ける恰好で寄り掛かる。
すると相手はそれを見て――3階建てぐらいの建物からスッと飛び降りた。
叫び声を上げようとしたが声がまったくでない。
怖すぎると声も出ないんだな……。
そして声が出せないことでさらに恐怖が増す。
貫かれた左腕はまったく動かず、右足を矢で撃ち抜かれ、左足も折れてるのか力が入らない。
右手で体を支えて壁にもたれるのがやっと――もう動けない。
奴がやってくるのをただ目にしているだけだった。
相手は勝ちを確信したのか、こちらにゆっくり歩いてくる。
だがそれを目にして怒りが湧き上がる。
――怒りは恐怖を打ち消してくれる!
奴は俺の前でしゃがみ、ウエストポーチに手をかける。
「おまえが悪いんだ……まあこれは俺様が頂いて――」
《詠唱、石発射》
無詠唱で魔法を発動――
ドパンッという、ものすごい音とともにおでこから石弾が撃ち出され、何か言いかけた奴の顔面を撃ち抜く。
弾は勢いあまって奴の後ろの建物の壁をぶち抜いて突き抜けた模様。
奴はその凄まじい勢いにしゃがみ姿勢からふわっと立ち上がるようにのけぞった後、力なくひっくり返った。
涙で滲む景色に奴が倒れているのを見る。
激しい怒りがいまだ収まらない。
動かなくなった奴を虚ろな目で睨みながら、心の中で吐けるだけの暴言を吐いた。
◆ ◆ ◆
「だ、誰か来てくれー! 人が倒れてるー! 衛兵を呼んでくれー!」
遠のく意識に誰かが助けを呼ぶ声が聞こえる。
近隣の住人が気づいてくれたらしい。その声に安堵し意識が飛びそうになる。
――だが声はするが誰も近づいては来ない。
そのうち笛の音が聞こえ、衛兵らしき人物がやって来た。
「うわっ!」
彼は何かに驚いた様子。一瞬身じろぎしたものの俺に目をやる。
「大丈夫か!」
大丈夫じゃねーに決まってるだろ……と悪態ついたがまるで声が出てない。
心の中で思ってただけだろうか……それすらわからない状態だ。
だが安心したのか矢が刺さっている個所がドクドクと脈打ち、猛烈に痛み始める。
衛兵が数名やって来たが、やはり着いた瞬間皆うわっと声を上げる。
現場の酷さに度肝を抜かれている様子。
野次馬もぞろぞろ集まってきて騒がしくなってきた。
衛兵数名が俺のそばで声をかける。だがどうも妙だ――彼らは俺を見てるだけで一向に手当てしようとしない。
「もうしばらくの辛抱だ」
無茶をいうなと叫ぶ。だが叫んだつもりが台詞は「あうあうあー」だ。
「じきに聖職者が来る」
「……せい……あ!?」
一瞬何て言われたかわからず聞き返そうとする。
「お祈りしてもらえば助かるから」
「お……え?」
治療じゃなく祈ると聞こえた気がする……意識が朦朧としてるのだな。
ずっと見てるだけの衛兵、襲ってくる凄まじい痛み、増える野次馬――もう全てが鬱陶しくて怒りしか湧いてこない。
だが怒鳴る元気もなくか細い声で聞く。
「お…お祈り?」
「そうだ、お祈りだ」
「……魔法…ですか?」
「違う、お祈りだ!」
痛みで頑張る気力が尽きてきた――心が折れそう。
死の恐怖が襲ってきて怖くなり、呼吸もだんだん粗くなっている。
「あ……うぅ……お祈りって」
「すぐ治癒するからもう少し頑張れ!」
とにかく意識を保つのが精いっぱいだ。
やがて蹄の音がして、衛兵が白い服の人を乗せてやってきた。
なるほど……と衛兵が言った意味を理解する。
もう見たまんまだ。
白い服を着た美しい女性――聖女だかシスターだか看護婦だか、そんな感じの姿が馬の背に見えた。
風にたなびくプラチナブロンド、ロングヘアが素敵な美人だ。
現金なもので意識が急速にはっきりしてくる。
かっこ悪いとこ見せたくないと歯を食いしばる。
そして衛兵が慌ただしく動き出す。
俺の体を囲むように待機し、矢の刺さった右足を押さえる。
「あ!?」
嫌な予感しかしない。
「準備はいいですか?」
いいわけないだろ……頭の中で反射的に返事する。
「な…何が始まるんです?」
聞いても答えない。そして1人の衛兵が刺さった矢を掴んで彼女に目をやる。
「お願いします」
何をお願いするのか知らないが、こいつらが矢を抜く気なのはわかった。
この手のシーンを映画で何度も見たことあるが、矢を抜かれるときはもの凄い叫び声を上げてた――たぶん相当痛いと思われる。
彼女にかっこ悪いとこ見せたくなかったのに恐怖で涙がこぼれた。
すると聖職者の女性は両手を組んだ。
それを見て俺は意表をつかれた――ホントに祈ってやがる。
そして彼女の詠唱――
《今から癒しの祈りを唱えます。シシルの神様、私はとても感謝をしています。祈りが正しいと認めてください。それでは癒しをお願いします。治癒》
彼女の手がボワッ光を纏ったのを見るや否や、衛兵が矢を一気に抜く。
「痛ってぇえ!」
すぐに彼女は組んでた手を離し、矢の貫通部分を挟むように押える。
「!?」
俺はわけもわからず成り行きを見やる。
どれくらいだろう……。
十数秒ほど押さえてたように思え、手の光が消えた。
そして彼女が手を離す。
「ぬほぉ!?」
思わず変な声が出た。
――なんてこった! 傷がふさがっているではないか!
血がべっとりで見えにくいが、矢を抜かれても血が噴き出たりしない。
ちゃんと塞がっている模様――あでもすごく痛いままだ。
傷は消えたが貫通した時の痛みがそのまま残ってるな……これ治ってる気がしないのだがどうなんだろう……。
だが彼女はふぅっと一息ついて、やりましたって顔をしている。
そして不安な表情をしている俺と目が合った。
「少し待ってくださいね。すぐに左肩のお祈りをいたします」
どうやらこれで治ってるらしい。
なるほどね……完全に理解した。
『お祈りとは魔法だ』
魔法ではなくお祈りと言っている。言葉が違うのか解釈が違うのか……わからないがお祈りと翻訳されている。
だが今のはたしかに魔法の呪文だ。俺には魔法となんら変わらず聞こえた――ヒール魔法だ。
探してたヒール魔法が目の前にある。喜びで胸の鼓動が早くなる。
そのせいで矢が刺さってるところが激しく痛み出した。
どうでもいいが今の呪文、ものすごく長かったな……。
そんなことを考えていたら彼女が再び手を組む。
その姿を目にしてあることが浮かび、そしてすぐに大事なことに気づく……。
――スマホは無事か!?
「ちょ…ちょっと待って! 待って待って!」
彼女は何事かと戸惑い手を止め、衛兵も驚いた様子で俺を見る。
「とにかく待って! えーっと……水! 水持ってきて。んで手にかけてくれ! 早く早く早く!」
周りのみんなは意図がわからず動いてくれない。
「いいから持ってこい! もってこぉぉぉい!!」
痛くて叫びが怒鳴り声だ。
衛兵もただ事ではない空気を察し、急いで持ってくるように指示を出す。
水が来た。そして俺の右手に水をかける。
血がべっとりだったのを濡らして服で拭き、ウエストポーチからスマホを取り出す。
恐る恐る電源を入れる。
――点いた!
よかったと胸を撫でおろす。
衝撃で壊れてないか不安だった――いやそれ以前に『雷の魔法』で感電してるはずだろう。
運よく通電しなかったのか、理由は不明だがとにかく無事でよかった。
そしてすぐに重要な作業に入る。
「はい静かに! 全員黙れ! だーまーれぇぇー!!」
衛兵もそれに続く。
「おい黙れ、みんな静かにしろ!」
全員がスマホを注視する。
自撮り撮影モードOK、撮影を開始して彼女に向かって頷く。
「準備OK! それでは先生よろしくお願いします。大きな声でー元気よくー!」
彼女は少し戸惑ってたが、一呼吸しお祈り開始する。
《シシルの神様…………ヒール》
詠唱完了――すると手がボワッと光る。衛兵が肩の矢を抜き塞ぐように手を当てた。
光が消え、彼女が手を離すと肩の穴がふさがっている。
俺は治療シーンの撮影に成功したのを確認して、心の中でよっしゃと叫んだ。
ヒールをゲットした瞬間である。




