暴行事件編(4)
立花の家を後にすると、鬼頭の家の方に向かった。鬼頭の家も石子の家と似たような日本家屋だったが、監視カメラが置いてあった。
違和感を感じたのはそれだけではない。
立花の予想通り、鬼頭は誰かと揉めていた。おそらく坂下という女性だろう。50代ぐらいの女性だったが、鬼頭とも負けず劣らず怖い顔だった。学校の校長や教頭にいそうな厳格そうなタイプだ。痩せているせいで、より神経質そうに見える。ムーミンのキャラクターでいえばフィヨンカ婦人に一番近そうだ。髪を一つにまとめ、きっちりとした紺色のワンピースを着ていたが、鬼頭とやりあっていた。
「鬼頭さんの家が先に騒音を出したんじゃないですか。こっちこそ騒音で迷惑しているんです!」
坂下は地団駄を踏んだ。
「うるさい! そっちが先に嫌がらせやったんでしょうが。でてけ、この村からでてけ!」
鬼頭も負けていない。まさに鬼の形相で言い返していた。よっぽどバトルに集中しているのか、石子や理世に姿には全く気づいていなかった。
「これは、ガチで立花さんが言った通りね。ここはこっそり逃げて、森口さんや香村さんの方に行きましょう。まさかこんなに揉めているなんて知らなかったわ」
石子はそう言ってため息をつくと、理世に手をひく。鬼頭や坂下の家からこっそりと去っていった。
「放って置いていいの?」
「いいのよ、理世。触らぬお隣さんに祟りなしよ」
「そんなことわざ聞いた事がないよ」
「今作ったわ。正直なところ、関わりたくないわね」
そんな事を話しつつ、石子と理世はこそこそと鬼頭や坂下の家から離れ、別のご近所さんに向かった。
「森口さーん。近所の雲井です。いらっしゃいます?」
石子は、森口の家のチャイムを鳴らしながらピンポンをおした。
この家はこの辺りではちょっと雰囲気が違った。赤い屋根でメルヘンな雰囲気だが、壁には政治家のポスターはベタベタと貼ってあった。「幸福引き寄せ党」という政治団体で、確かカルト銃価を母体としていた。銃価は一見カルトだが信者も多く、政治経済、メディア、芸能でも力を発していた。
こんなにポスターがあるということは、この森口も銃価の信者である事は間違いなさそうだった。
石子はチャイムを鳴らすが、人が出てくる様子はなかった。
「森口さんてどんな人?」
理世はちょっと怖くなってきた。どうもお花畑というか地に足がつかない雰囲気の家で、鬼頭や坂下の家はごくごく普通に見えてしまった。
「あぁ、森口さんね……。下の名前は花蓮さんって言うんだけど、まあ、ユニークな容姿の人ね」
「ユニーク?」
「うーん、金髪で……」
あの石子が言葉を握らせているというのは、相当だ。ますます怖くなってきた。
「まあ、この村では珍しく小さな子もいるけどね……。旦那さんも隣町の実家で子供連れて半分別居状態だったかな……」
どうもこの森口もトラブルメーカーのような匂いがした。鬼頭や坂下も見るからにトラブルメーカーだし、石子も癖がありそうな人物だが、この森口に限っては、会う前から嫌な予感もする。
「噂では、すごい教育ママで旦那とも意見が合わないみたいだけどね……」
石子が苦い顔でつぶやいた時、森口のお向かいの家から30代ぐらいの女性が出てきた。
タンクトップにジーンズというこの時期にしては寒そうな格好だったが、日に焼け、筋肉モリモリの女性だった。体格もかなりよい。理世の苦手なタイプだった。家もこの辺りでは珍しく四角く近代的なデザインだった。デザイナー住宅というやつかもしれない。この女性の雰囲気や家は、おしゃれで都会的だった。思わず、都会の生活のあれこれを思い出し、いい気分はしなくなってきた。
「香村さんじゃないですか。おはようございます」
おしゃれで都会的なこの女性は香村という名前らしい。
「あら、雲井さんのお孫さん? よろしくね。私は香村華名。イニシャルはkkよ。覚えやすいでしょ。隣町でヨガスタジオを運営しているから、運動不足になったら相談してね」
華名は、爽やかな笑顔を見せた。ヨガスタジオの経営者とううのは、彼女の雰囲気にピッタリだった。一歩的に苦手意識を持ってしまった事に後悔しながら、理世は自己紹介した。
「これ、ご挨拶の和菓子。モナカなのよ。どうぞ」
石子は華名に和菓子を渡した。華名はほんの一瞬だけ眉間に皺をよせた。石子は気づかなかったが、理世はすぐに気づいた。おそらく華名の体格から見て意識が高い系だ。ダイエットをしているかもしれない。内心「和菓子なんていらないよ」と思っているかもしれないが、華名はわざとらしくニコニコ笑顔を見せた。
「旦那さんは忙しいの?」
「ええ。一応警察ですからね」
「華名さんの旦那さんて警察官なの?」
思わず理世は、声をあげる。いじめにあった時、警察にも相談しようと思うぐらいだったから気になった。まあ、理世にいじめには証拠がないので、そんな事はできなかったが。
「ええ。何か困ったらウチの旦那に言ってね」
華名は、再びニコニコと笑顔を見せた。
「しかし、森口さんがどうしたか知らない?」
石子は森口の家のチャイムを再び鳴らしながら、口尖らせた。
「そういえば、今朝は見てないわね。いつもゴミ収集所の掃除をしてくれているのに」
華名は少し遠くの方にあるゴミ収集所に目をやるが、野良猫が何匹か集まっていた。少し散らかっているようだった。
「心配ね。どこ言ったのかしら、森口さん」
なぜか石子は好奇心を隠せにない表情を見せていた。
「さあ。じゃあ、私はこれから仕事があるから」
華名は肩をすくめると、和菓子の箱を片手で持ちながら、おしゃれな家に戻ってしまった。
「心配ね、森口さん。ちょっと探してみましょうか? ほら、礼央くんはホームレスの噂していたし」
「ちょっとおばあちゃん。何か楽しそうな顔してない?」
「おばあちゃんじゃなくて、グランマってお呼びなさい。元ミステリー作家志望の血が騒いできた。なんか、事件の香りがする!」
石子はルンルンとスキップを踏むように、歩き始めてしまった。
「ちょっと、グランマ。どこいくの?」
「森よ、森。森口っていうぐらいだから、きっとこの村の森にいるはず」
それって推理? ギャグじゃないの?
しかし、突っ込むのも面倒そうだ。この圧やエネルギーの強そうな石子を止めるのは、とても難しそうだった。
「待ってよ、グランマ!」
「いくわよ、理世!」
何だかいつもより石子は、目が輝いているように見えてしまった。