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暴行事件編(3)

 礼央が仕事に行ってしまうと、朝食の片付けをした。あの石子特性の洗剤が今日もスルスルとお皿の油汚れを落とした。


 洗った皿を布巾で拭いていると、石子がやってきた。


「皿洗ったら、ご近所さんにちょっと挨拶に行くわよ、理世」

「え?」


 突然の事でお皿を落としそうになったが、ギリギリ洗いカゴに戻す。


「何で?」

「ご近所さんとうまくやるためには、普通に挨拶しないとね。和菓子買ってあるから、まずこの近くの人達に挨拶しましょう」

「え、え……」


 初対面の人と会うには、気が重くなってきた。これから教会の人と会うのもちょっと緊張するが、牧師はいい人そうだった。環奈も好印象だ。礼央も第一印象は悪かったが、意外と優しそうではあったが、この辺りにはカルト信者が多いとかいう噂を思い出し、思わず後退りしてしまった。


「ここは都会と違うのよ。田舎にはそれなりの暗黙の了解があるわけよ。聖書もそうね。確かにクリスマスや食前の祈りをしろとは書いてはいないけど、神様の事を考えれば自然とやるべき事ってあるわけよ。いちいちマニュアルみたいに全部書いてないの」

「よくわからない」


 思わず首を傾げる。


「理世も大人になればわかるわ。人間って案外、言葉通りの生き物じゃないの。その裏や意図を読まないとね。求人票なんかだいぶ嘘つきよ? 察する力をつけないと」

「大人ってめんどくさい」


 思わず呟いてしまった。やっぱりここはムーミン谷ではないらしい。確かに山が見えて、星も見えれ自然優なおおらかな場所だが、天国とは言えないようだ。むしろ、都会より人間関係がめんど臭そうに感じた。


「まあ、大丈夫よ。さすがに子供とおばあちゃんという組み合わせで怒る人とかいないから」

「 そう?」


 それを聞くとちょっと安心してきたが。


「ええ。あの推理ドラマ『おばさん探偵・ミスミャープル』の主人公も、一見可愛い猫の姿をしてるから、容疑者も油断していたじゃない。私たちもちょっと猫を被っておきましょう」

「猫?」

「そうよ。人はいくつもの顔があるからね。めんど臭そうなご近所さんには、いい人そうな顔を見せておきましょう」


 石子はそういうと、仁王立ちしてドヤ顔を見せた。


 そう思えば、初対面の人とも少しは緊張せずに会えそうだった。そういえ家と外では、態度が変わってしまうと言われている緘黙症だが、理世に限っては言えばちょっと猫を被ったりする事はありそうだとも思った。


 理世は、病名と病識に過剰に縛られている気がした。医者にそう診断されたわけだが、気にしすぎだった事は否定できない。


「さ、めんど臭そうだけど、行きましょう」


 という事で和菓子の箱を紙袋に入れ、石子と一緒にご近所さんに向かった。


 まず石子の家の裏手にある立花家に向かった。今朝、鶏の卵をそっと置いておいといてくれた人物だ。


 裏手といっても徒歩5分ぐら離れた場所にあるので、そこまで石子の家には鶏の声が聞こえなかったが、家に近づくと確かにその声はガヤガヤと賑やかだった。大きな畑も所有しているようで、鶏も平飼いのようだった。


「あら、石子さんとお孫さん? いやだ、可愛い子じゃない」


 立花は、見るからにおっとりと優しそうなタイプだった。年齢は60歳ぐらいだが、垂れた目と口元にほくろがあるにが印象的だった。割烹着姿だったので、日本のお母さんという感じだった。容姿や雰囲気が、石子とは正反対なタイプだった。石子はどちらといえばアメリカなんかにいそうな癖が強そうなおばあちゃんだが。


「そうなのよ。この春にちょっと遊びに来てるのよね。これ、和菓子。いつも産みたての卵ありがとうねぇ」


 石子はちょっと苦笑しながら、和菓子を石子に渡した。微妙にいつもと違った態度にみえた。大人のめんど臭そうな空気を感じてしまったが、ご近所さんとうまくいくための知恵なのかもしれないと理世は思った。


「あら、いいのよ。そのかわりいつもウチの鶏がうるさくしてごめんねぇ」

「そんなの気にしてないって。こちらこそ、新鮮な卵、ありがとうねー」


 石子はそう言ってバスケットも立花に返した。


「あ、卵ありがとうございます。ゆで卵、美味しかったです」


 理世も思わずお礼を言い、頭を下げた。


「あらあら、理世ちゃん、いい子ねぇ。飴ちゃんあげるわ」


 飴をもらってしなった。確かにこの立花さんは、怖くない。緘黙症の症状もあんまり出ていなかった。そう思うと、自分のこの症状って何なんだろうとも思い始めてきた。病名や病識に縛られている気がした。


「ところで、石子さん。鬼頭さんと坂下さんの噂聞いた?」


 いい人そうな立花だったが、ちょっとゲスい目を見せながら石子に話しかけた。


「噂?」

「ええ。坂下さんが鬼頭さんをカルトに勧誘したのはいいけど、失敗して嫌がらせしているんですって。あとつけたりストーカーみたいな。鬼頭さんも黙ってないで、かなり言い返しているみたい」


 優しそうな立花だったが、噂話をしている時の顔はちょっといやらしかった。


「まあ、あの鬼頭さんと坂下さんの家は挨拶行かなくていいんじゃない? 今日も揉めてる気がする。じゃあね、石子さん、理世ちゃん。後で教会で会いましょう」


 こうして石子と理世は、立花の家を後にした。


「立花さんて噂好きなの?」

「ああ見えてそうなのよ。この田舎では他に娯楽もないしね。私みたいにドラマ楽しんだり、ゴスペル練習したらって勧めているんだけどね」


 石子は深いため息をついた。


 一見、優しそうな立花だったが色々あるらしい。石子も一見タバコ臭く圧が強そうなおばあちゃんだとも思ったが、どうもそれだけでもないらしい。案外、大人らしく気遣いしてる姿は意外だった。


 タバコ臭いのは、ちょっと嫌だけど。


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