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ようこそ、麹衣村編(4)

 理世は、石子の家にある和室でしばらく伸びていた。枕と掛け布団のお陰で、休むことができた。


 鬼頭からクレームを受けた理世は、そのままショックで倒れてしまい、石子に運ばれたわけである。


 気づくともう窓の外は、日が暮れかけていた。


「全く、あんたはメンタル弱いわね。というか弱すぎる」


 起きると、さっそく石子から説教が始まったが、さすがにこれは理不尽だと思う。


「だって、私何もしてないですよ。なんで、文句言われなきゃいけないんですかー」


 半分泣きベそをかきながら、石子に文句をいう。


「鬼頭さんの事を説明しなかった私が悪かった。お隣の鬼頭さんは、旦那さんが鬱病で療養しにこの村に住んでるのよ。いわば、あなたと同じような立場。もっと静かにすべきだったわ」

「それにしたって」


 鬼頭の顔は怖すぎる。目が吊り上がり、顔も赤い。口はへの字だったし、思い出すだけでカタカタ震えてくる。


「鬼頭さん、めっちゃ怖かった」

「外見で判断してる? それはダメね」


 納得いかない。


 やっぱり田舎生活は自分の向いていないんだろうか。石子は悪い人間ではないが、どうも自分と相性が悪いというか、話が噛み合わないというか。


「まあ、さっき鬼頭さんも言いすぎたって謝りにきたわ。美味しそうなチーズケーキをもらった。ちょうど牧師さんも来てるから、3人で食べない?」

「う、うん……」


 本当は心に違和感があり、石子に反抗したい気持ちだったが、チーズケーキという単語にひかれた。理世はクリームチーズが好きで、チーズケーキにも目がない。特に焼かないで作るチーズケーキが好物だった。


 さっそく起き上がると、リビングのちゃぶ台についた。石子はお茶を淹れ為に台所に行ってしまったが、ちゃぶ台にはグレイヘアの五十歳ぐらいのおじさんがいた。普通のスーツ姿で、特に大きく変わって様子はなかったが。


「理世ちゃんだっけ? 話は聞いててるよ。僕はこの村の教会の牧師だ。佐藤恵理也という。よろしく」

「え、ええ」


 突然の牧師の登場で、また頭がパニックになりかけるが、雰囲気は優しそうだった。あの環奈とも似てるし、親子というのは本当なのだろう。


「今日は何でいらっしゃったらんですか?」

「それは石子さんのタバコを注意する為さ。注意しないと、すぐヘビースモーカーになっちまう」


 どうやら牧師は、石子の喫煙については手を焼いているようだった。


「いいじゃないですか、牧師さん。レアチーズケーキあげないわよ」


 石子はブーブー文句を言いながら、紅茶とレアチーズケーキの皿を配った。


 理世は思わずツバをのむ。理世が好きなタイプのレアチーズケーキだった。なめらかでツヤツヤな表面は、見ているだけで素敵な食感を想像してウットリとしてくる。


「このケーキ、本当にあの鬼頭さんが作ったんですか? 信じられない」


 本当に信じられなかった。あの顔で、こんな美味しそうなチーズケーキを作っているなんて、想像もつかなかった。


「理世ちゃん、人は見かけのよらないよ。料理と顔はなんか関係あるかい?」

「そうよ、理世。牧師さんの言う通りよ。そう言う偏見持つところは、本当に子供っぽいわね。聖書には隣人を愛せって書いてあるのよ。理世がそうするのは無理ね〜」


 そう言われるとぐうの音も出ない。


 また、石子や牧師の話んによると、鬼頭の前の家やその隣に住む住人の方がけっこうヤバいらしい。なんでもカルト・銃価の信者で、鬼頭をしつこく勧誘しているそう。おかげで鬼頭もピリピリし石子の家の騒音に過剰反応しているらしい。


「そういう事情があったんだ」


 理世は一方的に鬼頭を判断してしまった事が恥ずかしく、下を向いてしまう。


「聖書にも書いてあるけど、人間ってどこか悪いんだよ。神様以外は聖い方はいないんだ。だから、隣人の失敗も神様の愛を頂いてる我々はゆるそうじゃないですか」

「牧師さんの言う通りよ。鬼頭さんを責めちゃダメね。私もご近所さんからカルトの勧誘受けたけど、あれは本当に執念深い。だから、私は教会に駆け込んでクリスチャンになったという面もあるわ」


 人には、事情があるという事か。理世は、ますます恥ずかしくなってくる。牧師の言う事が正しいとしたら、自分だって悪い面がある事になる。いつまでも被害者でいる自分は、正しいのかわからなくなってきた。確かに自分はいじめられて、病気も発症したけれど、鬼頭を見かけで判断していた。よく事情も知らないで、相手を決めつけ、こんな風に気を失った自分は、子供でしか無いと思わされた。自分は被害者でもあるが、味方を変えれば加害者でもある。


「まあ、理世ちゃん。田舎暮らしはなかなか大変だと思うが、挫けないでくれ。神様は可愛い子ほど試練をお与えになるんだよ」


 そう言われると、再びここでの生活に希望がでてきた。


「そうよ、理世。怒られて、反省して、また行動する事で人って成長するのよ。いつまでも都会でぬくぬくぬるま湯にいるより、こっちに来て居心地の悪い生活した方がいいわ」

「それは僕も同感さ。スピリチュアルでは、気分のいい事だけしようっていう。でも本当は逆だよ。居心地の悪い事も経験して、人って成長するんだから」


 なぜか理世が大人二人の言い分に、深く頷いてしまった。確かに今までの環境がぬるま湯だったかも。この村に住む環奈の姿を思い出す。あの子は一見ヲタクっぽかったけれど、いじめにあったら自分で撃退しそうな雰囲気だ。


 そんな話をしながら、みんなでレアチーズケーキを食べた。


「あ、めちゃくちゃ美味しい!」


 思わず叫んでしまうぐらいだった。なめらかで濃厚な食感。まさに頬が溶けそうだった。


 同時に鬼頭に対しての自分の態度は、やっぱり失礼だったと反省した。こんな美味しいチーズケーキをくれた事もあるが、カルト勧誘の被害者だと思うとピリピリする気持ちもわかる。


「そういえば鬼頭さんとそのお向かいの坂下さんって、騒音問題で揉めてるって噂よね。牧師さんは何か噂知らない?」

「さあ。でも坂下さんはガチのカルト信者だからなぁ。どうなんだろうねぇ」


 大人二人が何やら深刻そうに話していたが、理世は美味しいチーズケーキを心ゆくままに楽しんでいた。


「なんか嫌な予感がするわ。私の勘は外れた事はないのよ」


 石子は眉間に皺を寄せていたが、理世にはそんな予感は全くしなかった。


 ただ、今度鬼頭に会う機会があったら、偏見など持たずに普通の接しようと思った。


 その夜、理世は自分の部屋で、日記を書いていた。


 理世のための用意された二階の部屋は広々とし、今まで都会で住んでいた部屋よりなぜか居心地がいい。元々母が使っていや部屋でベッドや机は、古く子供向けのものだったが、それでも十分だった。


 あの後、理世の歓迎パーティーを教会で開いてくれる事になったと牧師が話していた。明日の昼から、石子と二人で教会に行く予定だった。


 今までの理世だったら、知らない人に会うには緊張する事だが、今は意外とそうでもなかった。やはり、鬼頭のことに偏見を持っていた自分が悪いと反省できたからかも知れない。


 ・人を見かけで判断しない。鬼頭さんのチーズケーキは美味しかった……。


 理世は日記帳にそう書いた。自分の人見知りやメンタルな弱さの原因は、結局偏見で人を見ているところが原因な気がした。勝手に怖がって、勝手にビビってるだけかも知れない。つまり、子供なのだ。


 田舎の夜は静かだった。遠くで鳥の鳴き声や風のざわめきは聞こえるが、他に音は聞こえない。石子はもう眠ってしまったようで、一階は真っ暗だ。年寄りが早寝早起きというのは本当らしかった。


 ふと、窓の外を見ると大きな月が出ていた。漫画の背景みたいに綺麗だ。それに星もよくみえる。


「あれ……」


 この部屋から隣の鬼頭の家も見えてしまった。ごく普通の二階建ての一軒家だが、鬼頭は縁側に出てタバコを吸っていた。決して優しくない容姿の鬼頭がタバコを吸っていると、ちょっと怖い気もしたが、彼女は夜空を見上げながら涙をこぼしていた。


「え……」


 切ない表情だった。


 やっぱり、偏見を持って怖がってしまった事を後悔した。


 思わず理世は、スケッチブックを取り出し、鬼頭の姿を描いていた。意外と絵になると思ってしまった。

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