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ようこそ、麹衣村編(2)

「え、ええ…」


 初めて会った人物に声をかけられた理世は、さっそくパニックになり挙動不審になっていた。両親と話す時のように、リラックスは全くできない。


「もしかして、雲井のおばあちゃんとこのお孫さん? 私は環奈。佐藤環奈っていうの。この村の教会の娘だよ」


 環奈は石子の家まで送ってくれるという。理世が緘黙症の症状を発症し、ろくに話せなかったが、 なぜか環奈は全く気にしていなかった。


「この辺田舎でしょ。全く退屈だけど、うちの教会でときどきゴスペルやってるから来てね」

「うん、うん」


 さっそく挙動不審になっている理世だったが、環奈は意外と緊張はしない。クラスメイトと違い、地味でおとなしそうなタイプだったからかもしれない。ヲタクで、今は漫画を描いているという。その辺も共通点があり、理世は自然と笑いながら話を合わせていた。


「っていうか、理世ちゃん絵が上手いじゃーん。ウチの漫画の背景描いてくれる?」

「え、漫画は。えーと描いた事ないんだけど」

「これだけ上手かったら描けるよ。お願い、背景描くの手伝ってくれない?」


 そこまで言われると、断れない。それに理世の中で環奈の印象は良かった。友達になれるかはわからないが、少なくともクラスのいじめっ子のような嫌な雰囲気はしない。


「いいけど、私、まだこの村には慣れてなくて」


 パニックになりそうだが、どうにかそれだけは伝えた。


「そっかー。そうだよね。あ! だったら理世ちゃんの歓迎パーティーしよう。さっそくお父さんに相談してくる!」

「ちょ、ちょっと環奈ちゃん?」


 環奈は理世の言う事も聞かずにあっという間にどこかへ行ってしまった。かなり脚が速い。やっぱり田舎の生活で足腰が鍛えられているようだ。環奈の制服のスカートから見える脚は、以外と筋肉がしっかりついていた。


 一人残された理世だが、少しホッとしている面もあった。駅員からは辺な噂を聞いたし、石子の手紙も不安要素がいっぱいだ。でもこの環奈だけは、ヲタクっぽい子だが良い印象を持ってホッとしてしまう。


 そう言えばアニメ「楽しいムーミン一家」のニンニの話でも、ムーミンやフローレン、ミイもみんな新参者のニンニに優しかったではないか。スティンキーは意地悪だったけど。


 石子おばあちゃんだって、ムーミンママのように優しい気がする。あのアニメの中のムーミンママは、聖母のごとく優しかった。


 根拠はないが、今のところ長閑な田舎道を歩いていると希望が出てきた。確かアニメでは、ニンニはいじめられっ子だったけど、ムーミンママの優しさに触れてだんだん希望を取り出して行くんだった。その描写が丁寧で、涙なしには見られない。


 坂道も何とかスーツケースを引きながら登り終え、石子の家の前までついた。このあたりは、村の中でも住宅街のようで、数件の家が立ち並んでいた。二階建ての似たような日本家屋だったが、石子の家は和風要素は強い家だった。縁側もあり、昭和の家、例えばサザエさん一家やちびまる子ちゃんのような家も連想させた。


 あのムーミンのアニメと、長閑な田舎の田舎風景、そして環奈の存在。少し懐かしい雰囲気がある日本家屋。


 理世は駅員から聞いた噂や石子の手紙などもすっかり忘れて期待していた。


 チャイムを鳴らし、石子が出てくるのを待った。


「理世、遅い! 約束の時間はとっくに過ぎてるでしょ!」


 出てきた石子は、ムーミンママとは遠かった。むしろ正反対と言っていい。


 紫に染めた髪の毛はくるくるとパーマがあてられ、ところどころ白髪も出ている。化粧も服装も派手だった。黒いワンピースに花柄のベスト。ベストは花柄で派手だった。化粧もアイシャドウたっぷりで、一歩間違えると占い師のような雰囲気もある。


 背丈は理世よりだいぶ低く、小柄だった。体格だけは、弱弱しいが他の部分は全部強い、エネルギッシュ、圧が強いという言葉しか浮かばない。


 そして何より、タバコに匂いがプンプンする。葬式でしか会ったことのない石子だったが、こんな人だっけ? 


 そういえば母は「うちの石子母さんって昔からちょっと苦手なのよね。押しが強いというか、圧が強いというか。アメリカ人っぽいというか日本人らしい繊細さなんてなくて」と言っていた事も思い出す。


 理世はすっかり、圧が強そうな石子のビビり、小動物のようの震えていた。身内の緘黙症の症状は出ないと医者に言われていたが、今は血の繋がった祖母のバッチリと症状が出ていた。


「え、ええと。途中でお母さんと別れて一人で電車に乗ってきたし。おばあちゃん、ごめんなさい?」


 こういう時には、一応謝っておこう。カタカタ震える理世だったが、子供らしくない頭の回転はしていた。


「おばあちゃんって言うな! 私の心は20歳よ。どうしてもおばあちゃんって言いたいなら、グランマってお呼び!」


 ピシャリと言われたら。


 頭の中にあるムーミン一家やニンニのイラストが、ガラガラと崩壊していく。タバコの匂いが鼻をくすぐり、ちょっとむせそうだった。


「さあ、理世。働かざるもの食うべからずよ。これから、庭の草むしりをしましょう」

「えー?」

「つべこべ言わずの動く! 家でじっとし引きこもっているから、病気になんてなるのよ」


 ぶつぶつ言っている石子に庭に連れていかて、草むしりをやらされる事になった。


 庭には芋虫もいて、理世の悲鳴が轟く。


「さあ、理世。1時間以内に庭の草を全部むしってもらいますからね。まったく今の現代っ子はひ弱でならないわ!」


 縁側で石子は仁王立ちしてるし、逃げられそうにない。


 理世は涙目になろながら、草をむしっていく。


「おばあちゃん、いや、心だけは永遠に20歳のグランマ? もう疲れたんですけど」

「まだまだよ!」


 しばらく石子によりスパルタ指導が続いていたが、不思議な事に緘黙症の症状が出てこなくなっていた。腐っても身内という事なのだろうか。


 気づくと、草ボーボーだった庭も綺麗になっている。


「よく頑張ったじゃない、理世。さ、手を洗ってお昼にしましょう!」


 初めて石子の笑顔をみた。さすがに20歳には見えないが、エネルギッシュで春の太陽みたいな笑顔だった。


 確かにムーミママみたいに優しくはなさそうだ。でも、いじめっ子のクラスメイトや腫れ物のような態度をとってくくる両親よりかは、裏表はないようにみえた。タバコ臭いけど。


 麹衣村に来て後悔しかけたが、そう決定づけてしまうのは早いかもしれない。

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