スケープゴート編(5)
家に帰った時間は、ちょうど12時だった。
玄関から廊下に入ると、ソースの良い香りがし、石子と礼央の声が響いていた。
「あら、理世。遅かったじゃない」
「理世ちゃん、お帰り! 今、お好み焼き作ってるんだよ」
リビングのちゃぶ台の上は、賑やかだった。ホットプレートにお好み焼き目玉焼きがあり、ジュージューと美味しそうな音をたてている。
焦げたソースや鰹節の匂いに、理世はさっきまでホームレスに会っていた事などすっかり忘れてしまった。今日のちゃぶ台の上は、賑やかなお祭り気分で溢れていた。石子も礼央もニコニコしながらお好み焼きや目玉焼きを焼いていて、事件の事もいじめの事も全部忘れそうになった。
「さ、理世もお好み焼き焼きましょう!」
石子に誘われて、理世もホットプレートにお好み焼きのタネを広げた。
しばらくすると片面が焼けたので、礼央にひっくり返してもらった。ソースや鰹節の匂いだけでなく、春キャベツの甘くて水々しい香りもした。食欲はぐいぐい刺激され、あっという間に一枚のお好み焼きを食べていた。
「グランマ、美味しい。このお好み焼き!」
思わず理世は声をあげてしまった。口いっぱいに幸せが広がり、砂原や事件の事などは、今は忘れても良い気がする。
「本当、うまいよな。本当、うちの嫁は断食やめて欲しいですよ」
礼央は食べながら愚痴をこぼしていたが、その表情は楽しそうに目尻を下げていた。今日はいつもと違ってスーツ姿ではなく、シャツにジーンズ姿なので、近所のお兄さん的なユルい雰囲気だった。
「まあ、断食はほどほどにしなさいよ。血糖値が事とか、心配よ」
「グランマだって、タバコやめようよ?」
「私だって最近禁煙できてるわ。理世の手前、吸う気持ちになれなくてね」
石子はそう言い緑茶をすすった。そう言えば昨日や今日の石子はタバコ臭くはなかった。
「石子さん、タバコは悪魔に捧げる祈りっていう説もあるそうですから、クリスチャンならタバコはやめましょう」
礼央も若干呆れながら指摘した。
「そうね。でも、理世のおかげで少しやめられてるわ。ありがとうね、理世。ここに来てくれて」
「え?」
まさかこんな所でお礼を言われるとは、思わなかった。そう言えば、こんな風に誰かにお礼を言われた事は、あんまりなかった気がする。この村に来て環奈や百合名にも仲間入れてもらえたが、この時ようやく誰かと繋がっている感覚を覚えた。都会に住んでいた時は、こんな気持ちになった事もなかった。
「そうだよ、理世ちゃん。僕も君が来てくれたから、宿題出すのとかこうしてみんなで食事をするのは楽しいよ」
礼央にも笑顔で言われてしまい、胸が一杯になり、理世の目が潤んでいた。
確かに麹衣村はムーミン谷ではない。事件も起きたし、カルトもある。天国では決してないし、スローライフも送れそうにも無い。でも、今の自分にはこの村が居場所だと感じられていた。例え、都会に帰っても、緘黙症の症状がひどくなっても、この場所に戻ってこれれば大丈夫だと思い始めた。
こうしてみんなで食べたお好み焼きは、今まで食べた食事の中で一番楽しかった。あっという間にお好み焼きも食べ終え、締めにパンケーキをホットプレートで焼く事になった。
「このパンケーキミックスは、ハワイのもので、美味しそうでしょ?」
石子は台所から、ホットケーキミックス粉を持ってきた。
「石子さん、何でそんなオシャレなもの持ってるんですか?」
つかさず礼央がツッコミを入れた。
「これは、理世の為に楽天で注文したのよ。今の時代じゃ便利ねー。こんな珍しいものもネットで簡単に買えるね」
「石子さんは、ネットもバリバリ使いますよね。なんかとてもお婆さんには、見えないよ」
「あら、礼央くん。お婆さんではなくて、グランマってお呼び!」
二人のやり取りが面白くて、理世は吹き出してしまった。
こうしてホットプレートに、パンケーキミックス粉、牛乳、卵を混ぜたタネを焼いた。表面がぷつぷつとしてきたら、礼央が素早くフライ返しでひっくり返した。甘いバニラの匂いで、お好み焼きを食べらた後なのに、まだまだ食べられそうだった。
「そう言えば理世。さっきはどこ言ってたの?」
石子に聞かれた。圭吾や砂原との事は何となく言いたくなかったが、美味しいパンケーキを食べながらだったら、どうにか話せそうだ。理世は圭吾は描いたスケッチブックの絵を見せ、さっきの事を全部説明した。
「おぉ、想像以上に闇が深いね」
「私もショックよー。ガチでセクハラっていうか虐待があったなんて……」
さすがに礼央も石子もドン引きしていた。
「それにしてもホームレスだって怪しいな。俺はノーマークだったが、ホームレスが犯人説もありうるね」
礼央はパンケーキをムシャムシャ食べつつ、う深く頷いた。
「そうねー。やっぱりホームレスを調べてみましょう。砂原って名前だったのね。理世、グッジョブよ!」
石子はわざとらしくウィンクしてきたが、この雰囲気だとちょっと笑ってしまった。
「それにしても圭吾くんのことは気になるね。この事は、事件に関係している気がするよ」
「 関係って? 華名さんや香村刑事が、圭吾くんが主役に決まって、嫉妬しているとか?」
理世は口にしながら、その可能性も大いにある気がしたが、頭のどこかに違和感を持ってきた。
「そうね、いくら華名さんは目立ちたがり屋でも、嫉妬だけで人を殴ったり、殺そうとするかしら?」
石子も動機に関しては、首を傾けていた。
「そうなると、やっぱりホームレスかね。でも、どうやってホームレスを見つければいいんだ?」
礼央も首を傾げ、呟いた瞬間だった。家のチャイムが鳴り、石子は小走りに玄関の方に向かった。




