スケープゴート編(2)
翌朝、窓の外はスッキリと晴れていた。いかにも平和そうな春の日差しだったが、鬼頭と坂下の家の周辺は、ペットボトルや缶コーヒーのゴミが散らかっているのが、理世の部屋の窓から見えた。
まだマスコミは来ていないようだが、両家のもピリピリとした雰囲気が伝わってきて、思わずカーテンを引っ張って見るのをやめた。
とりあえず着替え、身だしなみを整えた。今日は寝癖もつかず、一発で髪も落ち着いた。
石子はテレビをつけながら、リビングでメモをとっていた。テレビは昨日録画した鬼頭と坂下の問題の番組のようだった。かなり集中しているようだったので、話しかけるのはやめ、玄関先の掃除に向かった。
この家の前もペットボトルや缶コーヒーなどのゴミが散らかっていて、理世は仕方なくそれらを片付けた。マスコミの人達はマナーが悪いようだった。
そもそも鬼頭の言葉を意図的に編集し、伝えているのがタチが悪い。昨日、石子はこれは香村刑事の事件の隠蔽工作かもしれないと推理していたが、もしそれが本当だとしたら、背筋がぞってする思いだ。
もしそうだとしたら、鬼頭が無実の罪で逮捕されてしまう事もあるんだろうか。まるでいじめみたいだ。偶然にも、理世も銃価が原因でのいじかもしれないという疑惑が出ている。鬼頭の事は、他人事には思えなくなっていた。
この事件の犯人は香村刑事? あるいはその妻・華名と共犯してのもの?
理世は掃除をしながら、頭を動かしていた。香村刑事と華名なら動機はある。おそらく息子の秀太が関係しているだろう。秀太へのいじめというより、親の見栄も関係している気がする。被害者である森口の息子が子役オーディションに選ばれ、秀太は落ちたというのも引き金だったのだろうか。華名はやけに自己顕示欲が強そうだし、森口に嫉妬していても不自然ではない。
坂下はどうだろう。
犯人の可能性もあるが、今は鬼頭の方が憎い気がする。
鬼頭は、森口を襲う動機はあるだろうか。森口を襲うんだったら、トラブル中の坂下を襲った方が良くないだろうか。
そう思うと、石子が最初に言った通り香村圭と華名が一番怪しい。そもそも香村刑事は、仕事上、いくらでも隠蔽や工作できる立場にある。その上、メディアや政治、警察にも権力がある銃価信者だ。色々と隠蔽や工作をしていてもおかしくは無い。
ただ、ホームレスの犯行説も捨てきれない。動機は金目当て。財布のわずかなお金でも、ホームレスにとっては必要だろう。理世が作った似顔絵ではイケメンだったが、犯罪と顔は関係はない。
次はホームレスを調べてみるのが、一番良さそうだ。
こうして次やる事を考えている時、立話がやってきた。以前貰ったバスケットを返すと、代わりに野菜をもらってしまった。新鮮な春キャベツだった。みずみずしい葉の色を見ていると、スープやサラダ、お好み焼きなどのキャベツ料理が目に浮かんでしまった。
「立花さん、ありがとう!」
「いいのよ。あれ? 理世ちゃん、ちょっと雰囲気変わった? まるで麹衣村の田舎娘みたいに元気じゃない?」
自覚は全くなかったので、少し戸惑ってしまう。
「いいのよ、いいのよ。この村はガサツで下品な場所だからね。少しぐらい神経太くないとやっていけないわよ!」
まるで立花の言葉に同意するかのように、鶏の鳴き声が聞こえた。
いじめの原因が銃価絡みかもしれないと思うと、気が抜けてきたのかもしれない。いつの間にかこの村に馴染みはじめているのは、確かだと理世は思う。
「ところで、鬼頭さん、大変ですね。何か知っていませんか?」
理世は少し声のボリュームを落として聞いてみた。この村に来た時よりも、自分に緘黙症の症状は出ていない気がする。
「あぁ、マスコミがきちゃったなんて大変ねぇ。夜中は、旦那さんを病院に連れていったみたい。旦那さんはそのまま入院したみたい」
「え、大丈夫ですか?」
立花は全く心配せず、好奇心に満ちた目を見せていたが、理世は不安になってくる。
「大丈夫よ。私の極秘の情報網によれば、命には別状ないっぽい。鬱病でも悪化すると大変みたいけどね、鬼頭さんはかなり参っているみたい」
ここでようやく立花は、鬼頭の家の方を見て、心配そうな表情を浮かべた。
「森口さんは大丈夫なんですか?」
「私の極秘情報によれば、命には別状ないけど、ショックは大きかったみたい。病室で銃価のお経をずっと唱えているらしいわ。いやね、こんな事件に巻き込まれてもまだあんなカルトを信じているなんて」
「た、確かに…」
森口が今だに銃価のお経を唱えている気持ちは、理世は全くわからなかった。
「森口さんのところにも香村刑事が来てるみたい。でも、口は割っていないようね。不思議ね。お経を唱えるより、犯人の名前を言えばいいのに」
「確かに……」
ふと、理世はやっぱり香村刑事が犯人ではないかと思いはじめた。森口の弱みか何かをにぎり、脅すような事をすれば口を割らないのでは無いだろうか。そんな気がしてきた。お経を唱えて、精神的にショックを受けているもフェイク? 演技だと思うと、辻褄が合ってしまった。
「ところで、森口さんの息子の圭吾くんって、本当に子役のオーディションに受かったっぽいわ。しかも主役。こんな顔でよく主役なんて出来るわ」
立花は、ポケットの中から一枚のチラシを取り出して理世に見せた。
そこには、決して可愛くはない少年の写真が写っていた。これが森口の息子の圭吾だろうか。母親にそっくりで、カワウソのような可愛らしさはあるが、美少年とはいいがたい。どちらといえば秀太の方がそういうルックスだろう。どこかの劇団のチラシで、童話シンデレラの劇をやるようだが、圭吾は王子様役らしい。王子様というよりは、村人その一とかの方が似合いそうだと理世は思ってしまった。
「これが王子様……」
うっかり本音が漏れてしまった。
「だよねぇ。この劇団も銃価関連なのかしら。コネとしか思えないね。このチラシはあげるわ。石子さんと二人で笑っていたらいいわ」
立花はそう言い残して去ってしった。
「うん、やっぱりコネだよね……」
理世は、再びチラシをまじまじと見ていた。王子様役は、秀太の方が似合うかもしれない。
この事で森口と香村刑事、あるいはその妻の華名とトラブルがあったのだろうか。そんな気がしてならなかった。




