おばあちゃんと聞き込み編(7)
眠ってしまった秀太をび牧師と石子が家に送って行く事になった。牧師一人でも良いのだが、「教会にいたなんて、何か誤解してくるかもしれない」と石子が主張した。念の為に石子も秀太を送り届ける事になった。牧師の背に背負われている秀太は、頼りない子供そのもので、理世はちょっと泣きたくなってきた。境遇は違うが、いじめに遭っていて孤立すている事は共通点があり、人事と思えなくなってきた。
牧師は子供のいじめは親が原因と言っていたのも思い出す。自分のいじめは何が原因かはわからないが、何か親にまつわる事が起因している事も考えられた。理世は、あとで母に少し電話してもようと思った。
夕食の片付けも環奈と一緒にした。環奈は毎日皿洗いもやっているのか、かなり手際が良かった。環奈は皿を洗い、理世は洗った食器をふき、棚に戻す作業を繰り返していた。
「環奈ちゃんは、手際いいよね」
「え、そう?」
「うん、ちゃんと場の空気読めるし。私は結構鈍感で雑なタイプだから、理世ちゃんが羨ましいよ」
そんな風に褒められると少し照れてしまう。そういえば自分は褒められる経験はあんまりなかった。
「そうかな? っていういか、毎日家事やってる環奈ちゃんの方がすごいよ」
自分は都会にいた時は全く荷重などしてこなかった事を思い出す。ぬくぬくと甘やかされ、生命力みたいなものを失っていたのは否定できなかった。環奈のような片親の境遇を思うと、自分は恵まれているのかもしれない。理世は都会にいた時は世間知らずだった事は否定できなくなってきた。
ちょうど夕食の後片付けが終わった時だった。チャイムがなった。
石子や牧師が帰って来たのかと思ったら、百合名だった。
「環奈ー! 大変!」
百合名は環奈とも中が良さそうだった。確かに二人ともっとっとヲタクっぽいところは共通点があった。
「百合名、どうしたわけ?」
「大変よ、環奈、理世ちゃん。とんでも無いものを見ちゃったのよ」
環奈は、興奮気味に話す百合名を落ち着かせ、リビングのテーブルを囲むように座らせた。温かい紅茶も飲ませ、少し百合名は落ち着いたようだった。
「で、百合名。何があったん?」
落ち着いたところで、環奈が切り出した。
「ホームレスを見ちゃったの! 美素町のバイトに行った帰り、川辺でなんかやってた」
「マジで!?」
環奈は身を乗り出して百合名の話を聞いていた。
「うん、ちょっと怪しかったから、懐中電灯のライトつけて、『何やってるんですか?』って聞いたら、すぐ逃げたんだけど。やっぱりアイツが森口さんを襲った犯人だよ」
「だよねー。財布を抜き取られてらしいし、森にはホームレスが住んでいたっぽいし、きっと犯人だよ」
百合名と環奈はホームレス犯人説で盛り上がっていた。一方、理世はその説を聞けば聞くほど、怪しくなってきてしまう。秀太の家庭環境を聞いた後では、香村刑事と華名が犯人であっても全く不思議ではない。もし二人は犯人だとしたら、石子のカンは相当鋭い事になる。
「理世ちゃんはどう思う? ホームレスが犯人だと思う?」
百合名は黒縁メガネを掛け直しながら、理世に聞いた。
「まだ何とも言えないかな。っていうか、ホームってどんな顔だったの?」
それは気になった。もしかしたら石子や立花が知っている人かもしれない。
「似顔絵作ってみようよ。理世ちゃんは絵描くの上手いじゃん?」
環奈はそう言ってホワイトボードを綺麗にして、理世にペンを渡した。
「え? 私が似顔絵描いていいの?」
「うん。理世ちゃんが描いてよ。たぶん、この中で一番絵が上手いよ」
また環奈に褒められてしまった。ここまで言われてしまうと断れなくなってしまった。
「じゃあ、描いてみるよ。百合名ちゃん、ホームレスの輪郭ってどんな感じだった?」
「そうだな。意外としっかりとした感じで。頬骨高め。あとは顎髭が生えていたから……」
理世は百合名が言う通りに似顔絵を描いていった。傍観者である環奈は完全に面白がり、時々ツッコミを入れたりしていたが、ホワイトボードにはどうにか一つの似顔絵が完成していた。
「あれ? これ、本当にこんなんだったの?」
似顔絵を描いた理世が一番戸惑っていた。出来上がった似顔絵は、かなりイケメンだった。確かにホームレスなので、髭がびっしり生え、皮膚は汚いが、目も二重で鼻も高めだ。眉もキリキリとしていて、「イケメンホームレス」という二つ名を与えたくなるほどだった。
「うん、理世ちゃんの似顔絵通りだよ。こんな感じの汚い男だった」
百合名はこの似顔絵のは、全く違和感を持っていないようだった。
「こうしてみると、けっこうなイケメンホームレスだよね。やっぱり、ホームレス犯人説は撤回するわ。おそらく同じカルトの坂下さんか香村夫婦じゃない?」
環奈は似顔絵をマジマジと見ながら、意見を変えていた。手のひら返しと言っていいほど、意見が変わっている。
「環奈は、本当にイケメン好きなんだから。でも本当にこんな感じだったよ。理世ちゃん、本当に絵が上手いじゃん。ウチらがやっている麹衣村ヲタク女子会入らない?」
「え、百合名ちゃん、何それ?」
理世が食いつくと、百合名はカバンカから大きめな茶封筒を取り出した。そこには漫画の原稿が入っていた。聖書をコミカライズしたものらしく、ちょうどイエス・キリストが生まれるシーンなどが描かれている。確かに素人くさくて上手な漫画ではないが、一生懸命描いた事は伝わってくる。人物はそこそこ上手だが、背景が壊滅的だった。最後の方は描くの諦めたのか、白いページが続いていた。
「まあ、この麹衣村ヲタク女子会は、私と百合名しか入ってないんだけどさ。見ての通り素人くさくてねー。目標は今年のクリスマスに聖書のコミカライズを同人誌にする予定なんだけど」
環奈によると、全くうまく進んでいないらしい。
「理世ちゃんが入ってくれたら、もっと良くなると思うんだ? どう? 漫画描くの興味ない?」
「お願い、ウチらを助けてー」
環奈にも百合名にも懇願されてしまった。ここまで頼まれたら、断れない。断る理由もない。理世はさほど漫画には詳しくないが、背景描くのはできそうだった。
「わかった。私も別の漫画が上手いわけじゃないけど……」
そう言うと、環奈も百合名もとても喜んでくれた。
自分の存在で、誰かがこんなに喜んでくれたのは初めてだった。もしかしたら友達といえる存在も初めて出来たのかもしれない。胸が温かいもので、込み上げて、少し泣きそうになってしまった。
もしかしたら、自分は都会に帰っても大丈夫かもしれないとも思い始めていた。でいじめられても、ここでは受け入れてくれている。誰かに受け入れられる事が、こんなに安心する事とは知らなかった。
「みんあ、ありがとう。なんか嬉しくなってきた。今まで、私の事を否定する人ばっかりだったから」
素直な自分の気持ちが、溢れていた。
「こちらこそ嬉しいよ。ウチら、こんなに絵が下手だしね」
「そうだよ、環奈の言う通りだよ。理世ちゃんが入ってくれるだけで超嬉しいんだよ」
二人の声を聞きながら、嬉しさを噛み締めていた。
ちょうどその時、石子と牧師が帰ってきた。二人ともご立腹な様子だった。
「全く香村夫婦は感じ悪いわ!」
特に石子はプンスカ怒っていた。華名と香村刑事に会ったそうだが、「そちらの方がカルトでしょう?」などと牧師ともどもキリスト教を馬鹿にしてきたらしい。
「本当ですよ。たぶん、あの夫婦が森口さんを襲ったんだよ」
いつもは温厚そうな牧師も怒っていた。森口を襲った犯人も香村夫婦だと断定しているようだった。理世と百合名が協力して描いた似顔絵を見ても「イケメンだからホームレスは犯人じゃない」と謎理論も言っている始末だった。
「そうね。この似顔絵を見る限り、犯人じゃないわ。おばあちゃんの勘よ。香村刑事が犯人ね。あっちは警察だし、いくらでも隠蔽できるしね」
石子はホワイトボードの似顔絵を見ながら、より香村刑事犯人説を強ねているようだった。
「えー? じゃあ、ホームレス犯人だと思うのは、私だけですか?」
百合名が情け無い声をあげた時、牧師はリビングのテレビをつけた。そこには、予想外の光景が映し出されていた。
鬼頭がアップで写っていた。
「さっさと出てけ!」
鬼頭の怒っているシーンが切り取られ、何回も繰り返され悪人に仕立てられていた。騒音問題で、鬼頭と坂下の仲の悪さ、そして森口の件まで言及され、ボーっとテレビを見ていると「鬼頭さんは犯人?」という答えに誘導されそうだった。
「こんな、恣意的に報道するなんてアンフェアじゃない!」
石子は叫ぶが、相手はテレビ。何も反論せず、騒音問題と森口の件を延々と流し続けていた。




