おばあちゃんと聞き込み編(2)
麹衣村の隣町・美素町はそこそこ栄えていた。駅前にコンビニもあり、理世はちょっと感動してしまった。コンビニがあるだけでも都会のように感じてしまう。
他にも駅前商店街には、医院、花屋、書店、カフェなどもあり賑やかだった。少し歩けばスーパーや学校、病院もあり、麹衣村の住人のライフラインは美素町頼りだそう。
華名のヨガスタジオは、商店街の一角にあった。かなり立地もよい。壁はミントグリーンで、可愛らしい雰囲気だ。一見カフェのようにも見え、ヨガスタジオには見えなかった。スタジオの前には看板もあり、チラシも何枚貼ってあった。チラシには「意識覚醒」「アセンション」などという単語も踊り、そこだけ胡散臭い雰囲気が漂っていた。
「こんな田舎でヨガなんてやる意識高い人なんているのかしら?」
石子はヨガスタジオや看板を写真の収めながら、呟いていた。
「さあ。でも、健康にはいいって聞くよ」
「ヨガって仏教やヒンドゥー教と関わり深いみたい。牧師さんがあんま関わらないよう言ってたけどね。もう時間だわ。理世、行きましょう」
ヨガスタジオは一階が受付になっているようだった。一面が白い壁でシンプルでオシャレな雰囲気だった。看板のあのチラシが嘘のように胡散臭さは無い。
黒髪のアジアンビューティ系の美女が受付にいたが、石子が話しかけると親しみやすい笑顔を見せていた。確かに孫を連れたおばあちゃんに警戒するものはいないだろう。
「実は華名先生、息子さんの事で学校に呼び出されてしまって。少し待合い室でお待ちいただけますか?」
受付のアジアン美人は、困ったように頭を下げた。名前は香村伊織というらしい。華名とは親戚だと言っていた。田舎にそぐわない美女で、理世もちょっと緊張していたが、なぜか緘黙症の症状はあまり出てこなかった。麹衣村で初対面の人と会う機会が多く慣れてきたというのもあるかみしれない。それに今は森口の事件を解決したいという目的があるので、病気がある事を忘れかけていた。
「いいわよ。その間、退屈しちゃうわ。あなたも一緒におしゃべりしない?」
石子がそう提案すると、伊織と一緒に待ち合い室に向かった。受付のある部屋とすぐ隣の部屋だったが、この部屋は妙だった。
部屋には華名の写真やトロフィーなどがいっぱい飾ってあった。写真は美しい筋肉を見せつけるかのように、露出度も高い。華名には色気はあなり無いので嫌らしい感じは無いが、うっとりとした表情の写真ばかりで、ナルシズムは隠しきれていない。
椅子とテーブルはあったが、待ち合い室というより、華名自身の展示会場だった。ファンなら喜ぶかもしれないが、別にそうでは無い理世は戸惑う事しかできない。
「こちら、ハーブティーです。こちらはオートミールとオーツ麦のクッキーです」
伊織は、そう言いながらお茶と茶菓子をテーブルに持ってきた。意識が高そうで、理世の食欲はあまり出てこなかった。
「あら、ありがとう。これは私が作った蒸しパン。食べる?」
一方、石子はニコニコ笑いながら素朴な蒸しパンを伊織に差し出していた。
「いいんですか? ありがとうございます。えー、この蒸しパン美味しいですよ」
「でしょう?」
石子はドヤ顔で胸を張っていた。この事で伊織は警戒心をすっかり解いているようだった。大人っぽく見えるが大学生で、ここの受付バイトをしているらしい。この近くベーカリーがおススメだとか色々と石子と雑談をしていた。
「ところで華名さんってどんな人? 実は私もよく知らないの。旦那さんが刑事なんですよね?」
すっとナチュラルに石子は、香村刑事の話題に切り込んだ。傍目には単なる雑談にしか見えず、森口の事件調査をしているようにはとても見えない。理世は思わず心の中で石子に拍手を送った。
「以外とあの夫婦は仲良いですよ。二人とも息子さんを溺愛してるの。この子が、秀太くん。可愛いよね」
伊織はスマートフォンに保存している画像をみせた。失礼だが、あの両親なのが信じられないぐらい真面目で優しそうな子供だった。
「へぇ。可愛い子じゃない。ところで何で華名さんは学校に行ったの? 授業参観?」
「違うのよ。何でも学校にいじめっ子がいるみたい」
「嘘」
ずっと傍観し、黙っていた理世だったが、いじめという言葉に声をあげてしまった。
「いじめなんて、ひどい」
ついつい口から本音がが漏れてしまう。
「いじめっ子は誰よ。この石子おばあちゃんが、やっつけてやるわ!」
石子もうるさく吠えたが、伊織は深刻そうな表情を浮かべる。
「こんな事言っていいかわからないけど、森口さんの息子さんがいじめの主犯格みたいなの」
伊織のこの発言は、大きな手がかりではないか。森口の息子と香村夫婦の息子でいじめ問題があったとしたら、この夫婦には動機はある事になる。
「森口さんの息子って昔からいじめっ子みたい。あ、華名さんから連絡がきてる。しばらく学校で問題が長引きそうだから、今日の見学はキャンセルして欲しいだって。ごめんなさい、石子さん、理世ちゃん。という事で、今日は見学中止でいいですか?」
「いいのよ、蒸しパンもう一個食べる?」
「石子さん、ありがとうございます」
華名には会えなかったが、石子の目はキラリと光っていた。これだけ大きな手がかりが得られたのだから、収穫はあったと言って良いだろう。事件調査初日としては、なかなか良い滑り出しでは無いだろうか。少し順調すぎつ気もして、理世は違和感も持ってはいたが。
「そうだ、石子さん。このヨガスタジオのノベルティをお土産で持っていってくれない? 邪魔くさくてしょうがないのよね」
伊織は受付の方から、段ボール箱を持ってきた。そこには、華名の写真つきの缶バッジ、ボールペン、マスキングテープ 、アクリルスタンド、マスコットキーホルダーまである。なるでアイドルやアニメキャラクターのグッズのようだが、華名をテーマにしたそれは、はっきり言って欲しくないなと思ってしまった。
「あら、華名さんってファンでもいるの?」
理世はドン引きしていたが、石子は目をキラキラさせて見ていた。別にこのグッズが欲しいわけではなく、面白がっているのだろう。麹衣村や美素町にはドンキホーテはないが、もしあったら石子は変なパーティーグッズとかを買ってそうだ。
「さあ、別にファンはいないんじゃないですか……。でも華名さんは自分が大好きな人だから、こういうグッズ作って楽しんでいるみたい。今は小ロットで、こういうグッズも安く作れるみたい。あ、秀太くんの顔写真つきのグッズは人気ですぐなくなったんだけどね。あれは可愛かった」
伊織は華名のグッズの数々を指で突いていた。マニュキュア が塗られた尖った爪なので、カサカサとした音が響く。
「あら、華名さんってそんな面白い人だったのね。ふふ、このグッズいただける?」
「え、グランマ。こんあの貰ってどうするの?」
思わず本音が漏れたが、誰も突っ込まれなかった。
「面白いじゃない」
石子はニヤニヤと笑い、華名のグッズを見ていた。




