暴行事件編(7)
夢を見ていた。
あまり良い夢ではなく、悪夢だった。夢の中で理世は、都会に学校に戻っていてクラスメイト達からいじめを受けていた。
「あいつ、うウザくない?」
「挙動不審だよねぇ」
などとコソコソ悪口を言われたと思ったら、先生がいる前では待った違う態度だった。
「雲井さんって可愛い」
「ねー、可愛いね!」
口では褒めているが、その目は意地悪そうだった。といってもクラスメイト達が口で褒めているのは事実だったので、いくら理世が先生にいじめられらと主張しても、誰も聞いてくれなかった。それどころか「遊んでるだけだろう」「雲井の方が歩み寄りなさい」と言われるだけだった。クラスで文房具などが無くなると、理世が犯人にされた事もあった。濡れ衣だったが、誰も聞いてくれなかった。
誰も理世のいう事を信じてくれない。いくら感じよく挨拶し、話しかけても無視される。
だんだんと理世は、学校で声が出なくなり、家族以外とは自然に会話できなくなっていた。
嫌な夢だった。
今はそれどころじゃないはずなのに、なぜか夢の中では過去の傷を引っ掻かれていた。
それにしても先生は、いじめっ子のクラスメイト達を妙に擁護している面があった。そればっかりは疑問だったが。
「あぁ、嫌な夢」
理世は起きあがると、周囲の風景があの森や洞窟で無い事にホッとした。目の前に森口の姿もないが、彼女は一体どこに行ってしまったんだろうか。
ゆっくりと目をあげ、周りをよく見ると、どこかのソファの上のようだった。壁にはイスラエルの地図や聖書の言葉が書かれたポスターなどが貼ってある。ここは教会の一室らしかった。おそらく応接室か多目的室のような場所だろう。窓の外はもう暮れかけていた。
「理世ちゃーん、目覚めた?」
そこにペットボトルの水やお茶を持った環奈が現れた。環奈は制服姿で、どうやら学校帰りらしい。あの夢を見た後では、垢抜けない雰囲気の環奈にホッとしてしまった。いじめっ子達は例外なく化粧が濃く、化粧品で二重瞼を作っていた。
「というか、ここどこ?」
「ここ教会。礼拝室の隣にある多目的室ね。ごめんね、この部屋ぐらいしか適当なところなくて」
「それはいいんだけど……」
「理世ちゃんが気を失ったから、みんなで運んだんだよ。もう大変だったのよ、あの後」
環奈によると森で倒れた理世を、牧師や石子や立花でここに運んだらしい。
「ところでおばあちゃんは? 森口さんは、どうなったの?」
「とりあえず理世ちゃんは、水でも飲んで落ち着こう」
環奈はやけに冷静で、理世にペットボトルの水を渡した。
「あの森はいわくつきなのよ。昔もヤンキーが行方不明になったり、クマに襲われたおじいちゃんもいたし。あんまり近づかない方がいいよ。特にメンタル弱い子はね」
環奈が冷静な理由はわかった。たぶん、あの森でのトラブルはよくある事で、珍しい事ではないのだろう。
都会育ちの理世はそんな事には全く慣れていないが、ペットボトルの水を飲んでいたらだんだんと頭が冷えてきた。一番気になっているのは、森口に事だ。彼女の生存は知りたかった。
「っていうか、森口さんは?」
「大丈夫。意識は戻っていないみたいだけど、生きてるよ。まあ、事件に巻き込まれたのは事実だと思うけど」
それを聞いて心底安堵した。もし森口が亡くなっていたと思うと、もっとショックだっただろう。
「でも、なんで? 誰が森口さんを傷つけたの?」
確かに森口は頭から血を流していた。事件性がある事は疑いようがない。
「さあ。それは警察の仕事だよ。今、石子おばあちゃんと刑事さんが話してる見たい」
環奈がそう言ったのと同時に、部屋の外から石子の声が聞こえてきた。
「だから、刑事さん! 何回言ったらわかるんですか。森口さんが行方不明になったって聞いたから、探しに行ったんですよ。私は何もしてませんよ。ここは礼拝堂。神に誓って何もしてません!」
石子の大声を聞いた理世は嫌な予感がし、部屋を出て礼拝室に向かった。
礼拝室は椅子が並べられ、教壇にはピアノがあるだけだった。学校の教室や公民館の一室のような雰囲気だった。
端の席に石子は男性と並んで座っていた。50代過ぎぐらいの小太りのおじさんだった。この人が刑事さんだろうか。どうも体格も表情も情け無い雰囲気で、刑事ドラマのキャラクターとは全く違うようだった。
「あら、理世。環奈ちゃんもこっち来なさい。このわからずやの刑事にガツンと文句を言ってやろうじゃないの」
石子は胸をはり、刑事を睨みつけた。
「この香村刑事は、私のことを疑ってるのよ?」
「疑っていませんよぉ。事実確認だけです。第一発見者として」
「うるさいわ!」
石子が吠え、刑事は萎縮していた。刑事は理世や環奈に気づくと、一応挨拶をしてきた。どうやらこの村の住人・香村華名の夫らしい。あのオシャレな住宅やいかにもスポーツマンらしい華名のルックスを思い出した。夫婦といえど華名とは正反対のタイプのようだ。
「君が理世ちゃんだね。森口さんを見つけた経緯を話してくれる?」
香村刑事には優しく聞かれたし、隣には環奈や石子もいたのに、なぜかこの刑事には緘黙症の症状がバッチリと出てしまった。しかもかなり重い感じで一言も出てこない。同時に吐き気が胸を遅い、環奈に付き添われてトイレに駆け込んだ。
トイレでは全部吐いてしまった。
「理世ちゃん、大丈夫?」
トイレのドアの外からは、環奈の声も聞こえるが、香村刑事と石子の揉めている声も聞こえた。さらに吐き気がこみあげる。
自分のポンコツなメンタルに呆れると同時に、森口の件は事件性があるのは確実のようだった。病気や自殺だは無いだろう。
「香村刑事! さっさと森口さんを襲った犯人を見つけなさいよ!」
「それはちょっと……」
香村刑事の情け無い声を聞いていると、この事件は解決できるか疑問だった。何なら石子の方が犯人を捕まえられそうな気もしていた。
それにしても森口を襲った犯人は一体誰?
吐いて胸も気分もスッキリしたが、新たな謎が生まれてしまった。
田舎暮らしも一寸先は闇のようだった。




