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君は以外に走れる

作者: 蒼井真之介
掲載日:2023/01/23

『もう少しだ、もう少し。あと1人抑えたら人生で初めての完全試合だ。観客は総立ち。拍手が巻き起こる球場内。ベンチの仲間たちは固唾を飲んで見守っている。監督だけがソワソワと落ち着きなく動き回っている。キャッチャーの梶谷が仕切りにキャッチャー・ミットを叩いている。ツーアウト。バッターは最強の四番、中谷源五郎選手だ。今日は全部三振に仕留めているが、源五郎、ここまで45本のホームランを打っている。油断は禁物だ』

 

キャッチャーの梶谷がサインを出した。

 

『初級は外角低めのカーブから投げろ』

 

ピッチャーの荒谷辛丸あらたにからまるは首を上下に振って梶谷のサインを受け入れた。

 

辛丸は完全試合を意識しながら振りかぶって第1球を投げた。

 

その時だった。バックネット裏に見た顔が視界に入ってきた。荒谷辛丸の両親が全力で腕を振り回しながら応援をしていた。

 

最初の投球は無事に外角いっぱいに入ってストライクが取れた。あと2球で完全試合達成だ。たったのあと2球で全てが変わるのだ。

 

「よっしゃよっしゃ~!! さすがワシの息子だ!! ワシの息子からワシの息子が生まれたんじゃい!!」と父親の荒谷甚平がバカでかい声で叫んだ後、シャツを脱ぎ捨てて狂喜乱舞していた。

 

スタジアムから笑い声が聞こえてきた。

 

「あんたね、バカいっちゃってさ、バカいっちゃってさ!! 産んだのは私よ!! 私があの子を産んだのよ!! 難産でした。かなりの難産でした。一瞬死ぬかと思ったけども、ここで死んだら洒落にならんと言う事で無事に戻って参りました!!」と母親の荒谷美津子が怒鳴りながら言って腕を振り回した。

 

スタジアムの観客は一斉にバックネット裏を見ていた。

 

「うるせい、うるせい!! 仕込んだのはワシじゃい!! ワシの息子が誰よりも強靭だったから、ワシの息子が逞しく育ち、ビンビンに立派な息子になったんじゃい!!」と父親の荒谷甚平の下ネタなのか自慢話なのかは分からないが荒谷甚平はかなり真剣な顔で言っていた。

 

「あんたね、ふざけてもらっちゃ困るんだわ!! うちの息子はね、私の遺伝子を多く受け継いでいるんだよ!! あんたみたいなバカにならなくて良かったわよ!!」

 

「なんだと、この野郎!! ワシの遺伝子の方がビンビンなんだよ!! 凄まじくビンビンなんだ!! 息子の辛丸はなぁ、優秀なワシの遺伝子を6割方受け継いでいるだわい!! なめんな!!」

 

「あんたね、バカこくな!! バカがバカこくことほどバカらしい事はないんだよ!! 辛丸はね私の遺伝子を99%受け継いでいるんだよ!!」


スタジアムの観客が、どっと笑った。

 

「99%!? ぷははは。そんなわけないじゃろーが!! アホか。遺伝学を無視するな!! そこがお前のバカな所なんだよ!! バーカ!! ぷはははは」父親の荒谷甚平は自分の三段腹を叩きながら笑った。

 

「あんたとは、もう一緒の布団で寝たくない!! 別居だ!! 別居だ、別居だ!! 別居しよ!! こんな大衆の前で私に恥をかかせちゃってさ!!」母親の荒谷美津子は半泣きで怒鳴り散らした。

 

「わかったわかった。一緒に寝ようよ。なっ、一緒寝よう。一緒に、なかよ~く寝ようよ。なっ、なっ」

 

「謝って」

 

「えっ!?」

 

「謝ってくれなきゃ一緒に寝ない」

 

「え~っ」

 

「早く謝ってよ!!」


「ごめんご」

 

「ちゃんと!! ちゃんと謝って!!」

 

「この度は妻である荒谷美津子に対して多大な御迷惑を御掛けしましたことを、ここに御詫び申し上げます。どうも大変失礼致しました。これからも一緒に寝てくれるかな?」


「ど~うしよっかなぁ。ウフフフフフ」

 

「寝ようよ寝ようよ。変なことは絶対にしないから寝ようよ」

 

「本当に変なことはしない?」

 

「しないしない。絶対にしないから!」

 

「ど~うしよっかなぁ。ウフフフフフ。ムフフフフ」


荒谷甚平と美津子夫妻のやり取りは全国ネットで生中継されていた。あまりにも夫妻のバカでかい声がスタジアムに響き渡り、観客全員を静まらせていた。

 

息子の荒谷辛丸投手はマウンドで肩を震わせ、うつ向いて立ち尽くしていた。キャッチャーの梶谷捕手が心配になってマウンドに駆け寄ってきた。

 

二言、三言、言葉を交わして梶谷捕手がポジションに戻っていった。

 

梶谷捕手はサインを出した。

 

荒谷辛丸投手は首を横に振って拒否した。

 

梶谷捕手が二度目のサインを出した。

 

荒谷辛丸投手は決心をして首を立てに振った。

 

最強の四番、中谷源五郎は深く構えてピッチャーを睨み付けた。


荒谷辛丸投手、第2球を投げた。

 

真っ直ぐの自慢のストレートだった。

 

球速157キロは出ていた。

 

カキーン!!

 

球はグングン伸びていきライトスタンドに運ばれていった。見事なホームランで1対1の同点。最強の四番に相応しい貫禄のある同点ホームランだった。中谷源五郎がホームベースを踏んだ時だった。荒谷甚平がスタジアムに入り込み、中谷源五郎に走って近付くと高さのある飛び蹴りを喰らわせた。


「あ~ん、痛い!!」と中谷源五郎は言って後ろにぶっ飛んでしまった。


息子の荒谷辛丸投手は止めるでもなく、マウンドに立ち尽くしていた。完全試合の夢は消え去り、父親が息子の仇を打つためにスタジアムに入り込み飛び蹴りをした。こんな悪夢、全く信じられなかった。

 

飛び蹴りをした父親の荒谷甚平は警備員に追われながらスタジアム中を走って逃げ回っていた。

 

母親の荒谷美津子は旦那の甚平に向かってバカでかい声で応援をしていた。

 

 

 


おしまい

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[良い点] 見事に騙されちゃいました~♪
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