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〜ルドルフside 2〜
ロゼリアが学園に来ていない。しばらく気づいてなかったことに少なからず衝撃を覚えた。俺は何を見て、何を聞いて、何を言っているんだろう?
ぼんやりとしている頭をすっきりさせたくて、昔よく行ったガゼボへと向かう。ここに来るのは久しぶりだ。学園に入学してから一度も来ていないから、一年以上経っているのか。
ここは奥まっていて、ほとんど人は来ない。俺達の秘密基地のようなものであった。実際のところは、大人達は皆知っていたから、秘密でもなんでもないんだがな。
誰かが来た気配がして、そちらに目を向けると、その人物はロゼリアであった。
「ルドルフ様……」
ロゼリアは昔のように俺の左隣に座る。久しぶりに近くで顔を見た。赤い瞳に俺が映る。ロゼリアが用意したお茶を一口飲む。さすが公爵家の茶葉だ、美味い。ぼんやりしていた頭が少しずつ晴れて来た気がした。
「ルド、何かあったの?」
久しぶりに愛称で呼ばれて、ハッとし、一気に頭が冷えた。
俺は今までロゼリアという婚約者がいるのに、他の女と仲良くした挙句、ロゼリアを疎ましく感じていた? しかも、悪役令嬢だなんて噂を聞いて、彼女を咎めようとした?
なんて愚かなんだ! 考えるまでもなく俺が悪い。婚約者を蔑ろにした。例え、ロゼリアがアンジェリーナ嬢にきつく当たっていたとしても、それは当然ではないか? 婚約者がいる男性に気軽に近づくなんてマナー違反だ。俺はそんな女を受け入れた軽率な男だったのかと思うと、本当に愚かだ。
自分の愚かさに打ちひしがれながらも、ルドと呼ばれ、心が温まる。幼い頃に二人で決めた愛称だ。胸を撫で下ろす。絆が残っているのだとわかり、呼ばれれば呼ばれるほど、自分が戻ってくる。
リアと話していると、リアの表情が冴えないことに気づく。悪い展開を想像して、俺達を、いや、俺を避けている。そう言えば、昔、侍女に言われたことで、泣いていたことがあったな。
俺がいつかヒロイン? のことを好きになり、自分との婚約を破棄するんだと。あり得ないあり得ないあり得ない。でも、リアは、侍女の言う通りになると思っている。
ここ最近のリアが、何を思い何をしていたか思い出せない。それもそうか。俺はアンジェリーナ嬢とばかりいた。でも、はっきりとした頭で考えるとわかる。俺はアンジェリーナ嬢に恋していない。心が彼女を欲していない。俺が心から欲しいと思う女性は、今隣にいるリア、ただ一人だ。
安心して欲しくて、リアにキスをする。それなのに、悲しそうに見える。俺がそんな顔をさせたんだよな。リアの気持ちが聞きたいけど、きっと答えてはくれない。
俺達は好きや嫌いで婚約しているわけじゃない。キスを受け入れたのだって、婚約者だからだ。俺のこと、好きじゃないかもしれない。真実を知るのは、いつも怖い。
リアは俺に従うと言う。やはり気持ちは教えてもらえない。だが、わかった。俺に従うのであれば、従ってもらう。もう、正体のわからないものに振り回されるのは、まっぴらごめんだ。
「君の考えはわかった。俺は、いや、私は自分の心に従おう」
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リアと話してから、学園でぼんやりして、おかしなことを口走ることは、一気に減った。そうすると、周囲がはっきりと見えてくる。リアはほとんど学園に来ていないし、来たとしても、教師の手伝いや、友人達の相手で忙しそうだ。冷静になると、この状況でどうやって嫌がらせをするのか。
リアと話したいが話せない寂しさを、リアがくれたお茶を飲み紛らわす。
それにしても、アンジェリーナ嬢をもてはやし、リアに良くない感情を向けているのは、ほぼ男、もしくは下位貴族の令嬢だ。その中にジェイド達もいる。実際、俺もいた。
逆にリアを支持している層は、主に高位貴族の令嬢か。
そんな違和感を覚える中、ジェイドの目つきが変わった。昔のジェイドに戻ったようだ。何か変わるきっかけが…あるな。確か、ジェイドはフリューゲル公爵家に滞在しているはずだ。リアと毎日会えるなんて、くそっ! 羨ましい!
失礼、少し取り乱した…。
このおかしな状況に、リアが関係しているのではないか? いや、そもそも俺達がおかしくなったのは……アンジェリーナ嬢だ。そして、元に戻るきっかけはリアだ。なぜだ?
でも、そうか。高位貴族の令嬢達は、お茶会等でリアと個人的に関わりがあり、世間体もあるから、アンジェリーナ嬢と近づくことはない。アンジェリーナ嬢も令嬢達には近づいていなかった。だから変わらない。
しかし、他の男達や下位貴族の令嬢は、主に俺という王族と懇意にしているアンジェリーナ嬢に、自ら近づいていたんだ。だから、異常な事態が起こっている。
はぁ、情けない。それにしても、きな臭い。洗脳、催眠……。いずれにしても、王族相手に何処の誰が何かをしている。早急に調べる必要があるな。
まずはアンジェリーナ嬢。危険が伴うため、慎重に行動しなくては! すると、どうだろう。何故か彼女の様子まで変わり始めた。なんと言ったらいいだろう。俺達に媚びを売らなくなった。それに、やたらとリアを褒める。褒められて当然の女性だが、なんだか腑に落ちない。
「アンジェリーナ嬢、私の婚約者が素晴らしく愛らしいのは当然だが、君とはあまり親しくないようだが」
「はい、そうなんです。フリューゲル様とはご挨拶程度しか、お話しできていませんので、ぜひ仲良くなりたいんです!」
「仲良く、か」
「ええ……。私、もっとお嬢様、あ、失礼しました。フリューゲル様とお話ししたいのです。あんな素敵な方は他にはおりません。公爵家のご令嬢というお立場なら、もっと我儘でもよろしいと思いますのに。まぁ、初めは、かなり我儘でしたけれども。とにかく、そういったこともなく、清く正しく美しい。弱音を吐きつつも厳しい教育をこなされるお姿は、尊敬に値します!」
この女、何故……。バルト子爵家とフリューゲル公爵家は繋がりがない。そもそもこの女は元平民だ。それに、昔のリアがよく口にしていた、清く正しく美しくという言葉はリアしか言わない。リアと深い仲の者しか知らない。
何者だ? 黙っていると彼女は続けて口を開く。
「ルドルフ殿下のお耳に入れておきたいことがございます」