8
ここまでお読みいただきありがとうございます。
今回は、sideストーリーを本日2話アップしています。
〜ルドルフside 1〜
俺の婚約者は可愛い。
最初は綺麗な……と思う程度だったが。
サファイアのように赤く美しい瞳に、夜空を思わす滑らかな深い青い髪。きつめだが整った顔立ち。まるで、人形のようだと言われていた。
俺もロゼリアと初めて会った時、周りと同じ印象を受けた。綺麗な人形、だと。ただ、我儘だと聞いていたが、そうでもないようだった。
それから、何度かお茶会で顔を合わすも、大きな変化はなかったし、このお茶会が俺の婚約者を選定するものだとわかっていた。でも、俺には急いで婚約者を立てる必要もなかったから、ロゼリアを含め、令嬢達とは積極的に話をするつもりもなかった。
兄上は恐ろしく優秀だ。人望もある。ついでに言うと健康だ。俺を王太子に、と推す声がないわけではないが、兄上とは年も離れているし、そう遠くない未来、立太子することが想像に難くない。実際、俺が在学中に兄上は立太子した。
俺自身も兄上を尊敬しているし、何の不満もない。正直、そこまでの野心もない。兄上にお子が生まれれば、俺は臣籍降下する。王位を継がないことが、ほぼ決定しているのに、帝王学の勉強って意味があるか?
兄上に子ができなければ、俺に継承権が回ってくるけど、もしそうなったとして、俺が王位を継ぐ頃には、立派に爺さんになっているよな? だから、普通に過ごしていれば威厳も出てくる年齢なわけで……。まあ、そんなことは口が裂けても言わないけど。
つまり、少々やる気のない子どもだったと言えよう。自分で言うのもなんだが、優秀な兄上と血が繋がっている通り、俺も優秀だ。周りにはバレない程度に、手を抜いていた。しかし、その頃、婚約者に決まって、接する機会がグッと増えたロゼリアにバレた。
ロゼリアは、いつも完璧で隙がない。鑑賞用にはいいが、面白みも可愛げもない。皆が言うように人形だと思っていた。俺が手を抜いているのを知って、苦言を呈するか、無言を貫くだろうと思い、面白くなさから憮然としていると、ロゼリアはいつもの貼り付けた笑顔ではなく、目尻眉尻を下げ、嬉しそうに笑ったんだ。
まるで花が咲いたような笑顔。わかるか? その一瞬に目を奪われ、心が奪われたのを覚えている。
「うふふ。ルドルフ殿下も私と同じなんですね。毎日、勉強、勉強って飽きてしまいますわよね」
「……君もそうなのか?」
「ええ。時々、逃げ出したくなりますわ。ルドルフ殿下と比べたら、私が勉強している量など、ほんの少しですのに殿下は凄いです。でも、少し安心しました。ふふ」
いつも凛とした真っ直ぐな姿勢なのに、手足の力を抜き、リラックスして笑う姿に、急に親近感が湧く。
「意外だな。嫌味の一つでも言われるかと思った」
「あら、失礼いたしました。嫌味の一つでも申し上げましょうか? ふふふ」
「自然に笑えるのだな。その方がいい」
「ふふ。人形だと思いました? 人形みたいに笑わないと怒られるんですの。先生達はこの笑顔の何がいいのでしょうね。ルドルフ殿下も同じお考えで助かりましたわ」
俺の本性を知ったロゼリアは、人形の仮面を取り、素を見せるようになった。話してみると、彼女は案外お喋りで、色々な表情を持っていた。ロゼリアを好きになるのに、時間は掛からなかった。敬称を付けずルドルフと呼ぶように言い、慣れた頃にはもっと親しくなりたくて、
「婚約者なのだから、ルドでいい」
「…ルド、様。では、わたしのことはリアとお呼びください」
冷徹無敵な完璧令嬢と言われるリアが、こんなに可愛らしいなんて誰も知らないだろう。そんなリアが、愛おしくて仕方ない。
リアとの時間が少しでも欲しくて、勉強の後はガゼボに集合するようになったが、気づけば一緒に勉強していた俺の友人達も、参加するようになった。
リアが俺以外の男の前でも、素を出すようになったことが、気に食わないと思っているなど、リアは夢にも思ってないんだろうな。嫉妬から、うまく接することができなかったりして、よくジェイド達にからかわれたものだ。
ちょっとしたきっかけで、初めてキスできた時は、飛び上がりそうな程、嬉しかったし興奮した。実際、飛んだ。その日は顔が緩んで緩んで、表情管理ができなくて兄上に問い詰められたこともあったな。
学園が始まり、公務に王子教育に学園の勉強に生徒会に、とにかく忙しくなった。リアと同じクラスなのに、お互いの社交もあり、なかなか会話をする時間が取れなかった。それでも、普通に完璧な王子の振りをしていられたのは、リアの存在があったからだ。
そんなリア大好き人間な俺が、どうしたことか……。入学して半年経った頃、転入生がやって来た。アンジェリーナ•バルト子爵令嬢か。バルト子爵の庶子だそうで、最近引き取られ、このタイミングで入学したとかなんとか。水色の髪に金の瞳か、目を引くな。
彼女が現れてから、リアは何処か怯えるようになり、俺に対してもよそよそしくなった。そんなリアに違和感を覚えながらも、日々に忙殺されていた。バルト嬢は、やたらと俺たちにぶつかる。物理的にだ。
紳士たるもの転んでいる令嬢を無視できないため、手を差し伸べる。なんだろう。バルト嬢に近づくと頭にモヤがかかったように、自分の口から出た言葉が自分の言葉じゃない。そんな感覚に陥った。
違和感を覚えたのは最初の頃だけで、バルト嬢、いや、アンジェリーナ嬢と関わることが日常になった。ロゼリアがいた場所が、彼女に取って代わったことに気づいてもいなかった。
そのうちに、ロゼリアが疎ましく感じてきた。話しかけられていないのに、疎ましくと言うのもおかしいがな。どうやら、アンジェリーナ嬢にきつく当たっている、悪役令嬢だと言う噂が聞こえてきた。未来の王子妃がなんたる醜聞。
怒りに任せて注意をしようと思うも、あれ? いない? 来る日も来る日もいない。ロゼリアは、一体いつから学園に来ていないんだ?