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そうと決めたルドルフ様は早かったわ。あっという間に話をつけて、あっという間に仕事を片付けて、あっという間に旅立つ馬車の中よ。
馬車の中には、ルドルフ様と私、それに侍女として同行したのはアンジェリーナ・バルトさん……。どうしてこうなった!? よね。
急転直下とは、まさにこのことね。ルドルフ様は隣国へ旅立つわずか半年の間に、何もかも整えたわ。そう何もかも。
まず、レオンハルト殿下の代わりに結婚式典に参加すること。これは特に問題なく了承されたけど、問題は私を連れて行くことよね。
隣国には隣国のおもてなし(ルドルフ様に娘を紹介したい)があるし、そもそも、婚姻前の若い男女が一緒に旅に出るなど、外聞が悪すぎるわけで、大人たちから猛反対にあったの。
でも、それすらも黙らせてしまう一手を打ったわ。
私との結婚を……早めました。婚約者ではなくて、夫婦ならいいだろうとね。
ゲームの話は一旦さて置き、学園を卒業後、私たちは結婚する手筈になっていて、卒業まで残りわずかだし、多少早めたっていいだろうと。王族の結婚だから、絶対によくないと思うのだけど、ルドルフ様はやり切ったわ。
婚約式はとっくに行っていたけど、さすがに結婚式やパーティーは間に合わないから、籍だけ先に入れたという形ね。お父様や陛下たちをどう説得したかは、ご想像におまかせするわ。と言うより私もよく知らないの。
そして、私に新しい侍女を付けると言って、紹介されたのが、アンジェリーナ・バルトさん。私ね、淑女教育、王子妃教育では、先生たちからお褒めの言葉をいただいていると言うのに、空いた口が塞がらなかったわ。
「この度、侍女として隣国への道中を一緒にいたします、アンジェリーナ・バルトです」
と言って素敵な礼を披露するバルトさん。
並み居る優秀な侍女達を押し退けて、何故彼女なの!? と驚き戸惑っていると、ルドルフ様が口を開いたわ。
「ははは。アンナ、いい加減説明してやってくれ」
アンナ? アンジェリーナ・バルトさんの愛称? 愛称で呼ぶほど、お二人は仲がよろしいの? 早速浮気ですの? いえ、もう結婚したのだから、不倫ですわね。許すまじ。と一人で怒りで震えていると、
「お嬢様、誤解です! 私です! アンナです! お嬢様の侍女だったアンナです!」
「何をおっしゃってるの? バルトさん、冗談はおよしになって!」
「ご冗談ではありません! バグって侍女に憑依して、お嬢様が断罪されないように、しつこいぐらいお嬢様に悪役令嬢になるなと言い聞かせていたアンナです!」
「本当に、本当にしつこかったわ。えええっ!! そんなことは今はどうでもいいのよ。本当にアンナなの!? でもバルトさん? え!?」
パニックになっている私をどうにか落ち着かせて、アンナは事の経緯を説明してくれたわ。どうやら憑依が終わったと思ったら、今度はヒロインであるバルトさんに転移したそうよ。憑依に転移…よくわからないわね。
余談だけど、憑依していた侍女の本当の名前はファーナと言って、私の預かり知らぬうちに結婚して、田舎に引っ込んだそうよ。記憶が曖昧なのもゲームの強制力ってやつかしらね。
とにかく、転移したアンナはヒーロー達を攻略することになったけど、前世の記憶も、侍女時代の記憶もあり、私のことが大好きなアンナは、ゲームの強制力に反発しようとしたみたい。
アンナの教えをしっかりと守っていた私は、バルトさんを避け続けていたもので、アンナは私と仲良くしたくても、きっかけがなかったみたい。
しかも、何もされていないのに、私の悪い噂が出回り始めるし、ヒーロー達はアンナに執着し始めるし、本当にどうしたらいいかわからなくなったそうよ。
でも、しばらくすると、アンナことアンジェリーナと距離を置く人がちらほら出始めて、絶対アンジェリーナに好意を抱いてたはずのルドルフ様も、距離を置き始めたことに気付き、これはチャンスだと思い、逆にルドルフ様に近づき、私に近づこうと頑張ったみたい。
ルドルフ様とガゼボで偶然会ったあの日に、ルドルフ様は私を思い出してくれたけど、あの日がなければ、アンナに懸想していた日々が長引いて、アンナのこと完全に好きになったかもしれないものね。本当に良かったわ。
まぁ、そんな紆余曲折あったけれども、ルドルフ様と私は無事ひっそりと籍を入れましたの。これで婚約破棄に怯えなくてもいいわね。婚約破棄されるかもしれないと思っていたから、隣国で婚活でもしようかしらと思っていたのは内緒よ。