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1度目は偶の出来事だった。
姫咲が以前。取り巻きたちを引連れて、他クラスの女子生徒のどこかが気にくわないとかなんとかで。またしょうもないケチをつけていた時。ちょうど、彼女の担任教師である白川零が通りかかったのだ。
当時、彼の名前に赤羽やその他の攻略対象者同様。名前に"色"と"数字"がはいっていたのでもしや…と思い、気にはしていた。
「おーい。何してんだ?お前ら。廊下で騒いだらダメだろー?」
「し、白川先生…」
「零先生!ひどいんですっ!この子が私の事、目障りだっていきなり言ってきて…」
詰め寄られていた子がいきなりの教師の登場に動揺している隙に。さすがと言うべきか、素晴らしい速さの変わり身で姫咲が白川零に擦り寄っていく。もちろん、お得意の涙付き上目遣いも忘れない
ココは人通りもそれなりに多い廊下。もちろん、モブである彼らは姫咲の味方に着いている。
詰め寄られていた彼女も理不尽な仕打ちであるのにも関わらず、モブ補正がかかっているのか、「そうだよね。ゴメンね」としか言っていなかった。
…たしか、彼女は高校からの編入生だったハズだ。
少しの時間しか過ごしていなくても、姫咲がこのゲームのヒロインである限り、普通に暮らしていた人達でさえ、不本意に巻き込まれてしまう。…中学入学時にも、同じような光景を目にしたが、何度見てもいたたまれない。
さて。もし、彼が攻略対象者なら会話の途中からとはいえ、憚りもなしに大声を出して理不尽に喚いていた彼女を叱りもせず、全力で姫咲の味方をするだろう。既に、姫咲は同じクラスに所属する、他の攻略対象者達は全員味方につけている。
あれは、転生前の人生で“スク♡ラブ”とやらを相当やり込んでいたんだろうな〜。あれよあれよという間に、姫咲を囲むイケメンが日に日に増えて行くのを見た時は思わず拍手してしまいそうになったもんだ。
そして。名前から察するに、白川先生は絶対隠しキャラ!
だって、“白”に“零”だし。名前に他の攻略対象者と同じく、色と数字が入ってるし。教師と言う立場も隠しキャラっぽい感じがする。うん、多分!
「へー。目障り、ねぇ。中々に酷いこと言うじゃん」
「そうなんです!私、こんな事言われて、怖くってぇ…」
「そいつは怖かっただろうな。大丈夫か?
──坂本」
白川零がそう言って声をかけたのは、姫咲に詰め寄られていた少女…坂本さんの方だった。
私はその場面を物陰から見て、一瞬、時が止まったかのように感じた。
だって、こんなこと。初めての事だった。
あの、姫咲の魅了が通じない──強制力に作用されない人間を見るのは
「え…?あ、あの。先生?ち、違いますよ?いじめられてたのは私で…」
「いや。どう見てもアレは姫咲が坂本を詰め寄っていたようにしか見えなかったぞ。あんな大きな声で罵っておきながら、堂々と嘘をつくの。先生はどうかと思うな〜」
「違います!私、本当に『──プッ!…んと!なんであんたみたいなドブスが、青山くんと楽しそうに会話してる訳?彼と話すのはヒロインである、この私の特権なのよ!今後一切、青山くんに近寄らないでよ!!』っ!?」
「あ、コレ?ペン型の録音機♪いやー、便利な世の中だよね〜!こーんなに小さいのに、はっきりくっきり、音声収録してくれるんだもん☆──で?これでもまだ、嘘つくの?」
白川先生がそう言って、胸ポケットに指しているペンをトントンと指さす。
どうやら、咄嗟に言い逃れできないように、会話を録音していたらしい。
うん!流石、攻略対象者。テライケメン!!有能!!!
──そして、この時だった。その変化は訪れたのは…
(え?なに、今の…姫咲さん?)
(姫咲さんってそんな子だったの!?)
(うわ…性格キツすぎだろ…)
(…あれ?なんで俺たち、今まで、彼女の言葉を肯定して…え…?)
それは、はじめて、姫咲の魅了が解けた瞬間だった。
それが姫咲の生の声ではない、機械を通しての声だったから魅了に掛からず、姫咲の言葉をちゃんとした罵詈雑言として認識できたのか。それとも、白川零と言う攻略対象者が、真っ向から彼女を否定したからこそ、彼女の魅了が破られたのか。
それは、定かではなかったが。今、ようやく確信がもてた。
白川零は、強制力から外れた攻略対象者であり。その、攻略対象者から直に姫咲の行動を否定されることにより、姫咲の魅了からモブたちは開放される。ということだ。
そして。今現在も、その現場を目の当たりにした
「まー、今回は?かわいー学生たちのちょっとしたいざこざって事で?このまま何も言わないなら、一旦保留ってことにしてあげてもいいかな〜って思うよー?…一応、お前ら俺のクラスの生徒だし。ぶっちゃけ、面倒事とかゴメンだし☆」
おい、担任教師。本音が出てるぞ。そこはぶっちゃけるなよ、隠せ隠せ!
「はーい!てなわけで、みんな撤収撤収!昼休み、なんも食べずに次の授業を迎えるのが嫌なら散った散った〜」
白川先生の一声で。皆、衝撃的なシーンであったのか、後ろ髪引かれる思い出はあっただろうが。各々、ノロノロと自分たちの食事へと戻っていく。
そして、姫咲軍団も…特に、姫咲は。歯をギジリ、と鳴らせながら修羅のような顔でこちらをひと睨みしてから、その場から立ち去ろうとして…
「おう、姫咲。最後に一言」
…白川零に、呼び止められた。
呼び止められた事で、自分にフォローを入れてくれるのかと思ったのだろう。先程の修羅のような顔はなんだったのだろう?と呆れを通り越し関心すら覚える変わり身の速さで、喜色満面の笑みを作り、彼の方を見やる。
…が、
「いいか。コレで2度目だ。3度目はないからなー。よ〜〜〜く、肝に銘じておけ」
白川零が放ったのは、ヒロインに向ける柔らかい笑みでも、優しい労いの言葉でもなく。一教師として生徒をたしなめる、怒っているとも取れる厳しい表情と、警告の言葉だった
「ーっ!みんな、行こう!!」
そうして、今度こそ。姫咲と取り巻きの攻略対象者達が、姫咲の言葉に従ってその場から立ち去って行った。
…うん。ひとまずは一件落着。って事でおkすか?早くご飯食べないと時間が無くなるし、助けてもらっておいて失礼ではあるが、簡単にササッと白川先生に礼を言ってから直ぐに食べ始めないと──
「レイ、ありがとうございます。たすかりました〜!」
「ほんと、あの女にはいつもイヤな思いさせられてたから、スッキリした」
「おー。ま、教師として当たり前のことしただけだ。まさか、最初来た時はお前らが絡まれてるとは思ってなかったけどな〜」
「…あれ?なんかお二人さん、やたらと白川先生と親しくない?」
「あ。あいかちゃん!紹介しますね。コチラ、学校の先生をしている、レイですよ」
「最初のパーティーの時になかよくなってね。それから一緒に、ゲームしたりしてんだよ」
「ん?パーティー?」
「あー、パーティーってのは、最初に留学生たち全員が顔合わせする交流会の事だ。俺はそこで、この2人のチームの担当だったんだよ。ったく、英語全然喋れねぇってのに、見た目だけで喋れる認定されてさぁ〜。もー大変だったのよー?!大体ね?俺は日本生まれの日本育ちだっての!英語なんか喋れるかっての、あんのクソッタレバーコードハゲ親父めぇ…っ!」
「シンプルに口悪いですね、先生」
「っ…と、おほん!ま、そんな感じでコイツらに出会ってな。いやー日本語が上手でマジ助かったー!しかも話してみたら、“怪物ハンター”が好きだって言うじゃねーか!久しぶりに楽しいハントができて、嬉しかったぜ♪」
「怪物ハンター…って、確かゲームですっけ?」
「お。なんだ北村?お前もやってる口か?」
「いえ。ゲームは私、クソザコナメクジなので見る専です。いつも彼らの隣で、口を出すだけですね」
「えー、そんな事言わずにさぁ、一緒にやろうぜ、怪物ハンター!あれ、オンラインで4人まで一緒に出来っからさー。やっぱり3人と4人じゃあ狩るスピードが違う訳よ。なんなら先生が手取り足取り教えてやっからさ〜。な?な?」
「先生。今の発言、教育委員会が聞いたら免職待ったナシですよ?あと、私の好みの男性は先生みたいな分かりやすいイケメン細マッチョ系ではなく。ガタイのいい、けどお腹がちょっとポコッと出てるおじさん系です」
「いや、マニアック過ぎんだろお前の好み!何をどうしたらそんな好みになるわけ?!」
「あ。やっぱりあいかちゃんの好きな男の人って、トクシュなんですね」
「てっきりおれ、日本の女子高生はみんなキモデブおやじが好きなんだと思ってた。マンガでよく見るし」
「聞き捨てならないね。私が好きなのは、ちょっとお腹がポコッと出てるだけで、あとの体の部位は至って普通だよ!」
「うーん…。お腹が出てるって時点で一般的な女子高生の好みからかけ離れてると、先生思うんだけど〜…」
「あ、あと。体毛が濃ければ尚よし。イメージとしては、クマみたいな感じの人でですね///」
「うん。人の好みは千差万別だけど、それでも北村の好きな男性像は普通じゃないと思うな!…まぁ、とにかく飯を食おう。早く食べねーと時間が無くなっちまうし」
白川零がそう言って 私たち3人に「ほれ、行くぞー」と声をかける。どうやらこのまま、私たちと昼食を共にするつもりらしい。なんともフランクな先生が居たもんだ
「いや、しかし…。あー、なんだ。うちのクラスの生徒がすまなかったな。俺も、北村が高校に上がる前に何度か見たことはあるんだけどな〜。その時は俺も学生だったし、下手に口を出すことも出来なかったんだ。…うん。ほんと、ゴメンな」
「え?先生、ココの生徒だったんですか?」
「おう。俺も小学校からこの学園に通ってる。両親もココ出身だから、まぁ、必然的にな。お前らと10歳違いだから…北村が小学校入った時、俺が高1だな」
「では、私と姫咲さんの関係に着いても薄々感ずいてはいた、と?」
「あぁ…。まー、俺は。高校の時に、あいつの本性を見てるからな〜」