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退院してから初の登校日。
その日、私が教室に着いてみたものは、自分の机に飾られた花瓶と花。それを見て笑うクラスメイト達と、その輪の中心にいる、姫咲 桃菜の姿…。
──うん。すぐにその光景をスマホで写真にとって、職員室に直行したね!ダッシュで走ったよね☆
私がそんな行動に出るとは、まさか思ってなかったのか。姫咲とその取り巻きが口をあんぐり開けて驚いていた様子には、失笑をこぼしてしまったのを覚えている。
それを見て、慌てて何人か追いかけてきたが。向こうからやってきた隣のクラスの担任教師にばったり会ったので、すぐさま彼女に助けを求めた。
ちなみに。自分のクラスの担任野郎はイジメに半加担していたので、相談しようとも思いませんでした〜!
どうやら美少女な姫咲がお気に入りで、私に悩まされている彼女を不憫に思ってやっていた…との事だったらしい。
発覚後、スグに何処かに飛ばされましたね、あのクズ男性教師。飛ばされた日は、お姉ちゃんと二人でぶどうジュースをワイングラスに入れてポテトを3袋も空けて祝杯を上げた。
そんなこんなで。もう、職員室は上から下まで大騒ぎ。なんてったってイジメで骨折られた少女が更にイジメにあったからね。
バッチリ証拠写真までとって、その現場を教師まで目撃したものだから…まあ、全校集会になりました✩
…しかし、そこまでして尚。姫咲は表舞台に名前を出すことはなかった。なぜなら、全員が彼女を庇ったからだ。
証言が集まらなければ彼女が裁かれることは無い。そもそも、これらの事柄は全て姫咲の為とはいえ彼らが全て自主的に行ったこと…つまり、犯人として名前が一切上がってこないのだ。
彼女の評価は以前として、「かわいくてちょっと天然な優しい女の子」から変わらなかった
「はぁ?なんでのこのこ学校に戻ってきた訳?あんたなんか死ねばいいのに」
「このブサイク!あんたみたいなブスが私みたいな美少女と同じ髪色なんて虫唾が走るのよ!」
「モブ顔の癖に薄いピンク髪に赤目って…っ!何でよ!私の一番好きな組み合わせを!なんであんたみたいなブス女が持ってんのよ!あたしと取り替えなさいよ!今すぐ!!」
「──いやいやいやいやいやいやいやいや!!
なんで?仲間内の前だけとはいえ、なんでこんなセリフを堂々と吐いてるのにそんな評価になるのかなぁ?!フィルターとかそんなものじゃカバーできないくらいにはやばい性格してるって、誰でもわかるよ!?いくら惚れているからってこんなの聞いたら1000年の恋も冷めませんか!?あ、冷めない?うん、お前らもヤベーな!!」
「これって、いわゆる異世界転生特典じゃないの?姫咲が言うように、ほんとにこの世界が乙女ゲームの世界なんだとしたら、攻略対象とその周りには彼女がストーリーのキャラ通りに優しくてかわいい女の子だと思わせられてる…そんな感じの」
「なるほど、魅了ってやつか。お姉ちゃん、頭イイ〜!さすが、顔良し頭脳良しのパーフェクト美少女!!いよっ!世界一ィ!」
「宇宙一とお言い」
「うーん。でも、もし、その推理が当たってるんだったら、恐ろしい話だよねぇ」
「そこに彼らの意志はあるのか否か。…もし、無意識下で操られてるとかそんなのだったら良いけど。感情や行動自体がコントロールされるようなものだったら…」
「…え?これ消されない?『感がいいガキは嫌いだよ』とか言われて存在抹消されたりしない?!」
「でも、そんなヤツの魅了も、決して絶対って訳じゃないんだと思うよ。現に、愛花に危害を加えたあの男子3人。アイツら、もうイジメをしかけてきてないんでしょ?」
「まぁ、そりゃね。むしろこれでまだ私に何かしてきたら、それはそれでガチで性格に難アリどころかサイコパス決定だと思うよ?」
「そこよ。恐らく、あの魅了が解ける条件の鍵は、物語の外にいる第三者…つまり、モブですらない無関係者からの強い説得にある。アイツらの場合は、ヤツら自身の親からのお叱りがそれだったのよ」
いつもの様に姫咲に罵声を浴びせられた今日の一日を自宅の部屋で振り返りながら、お姉ちゃんに改めて言われてみれば。いじめの件で違うクラスになった彼らは、何を今更…とは思うがことある事に私に気をかけて来るようになった。
それこそ、廊下で私が絡まれているのを見れば「おい、やめろよ」と言って、イジメを止めに入って来るぐらいには、私を助けに来てくれる
「良くも悪くも、学校なんてのは閉鎖的な場所だからね。1人でも力の強い奴がいたらそれに引っ張ってもらっていた方が楽だし、それが長く続けば善か悪か、疑うことすら放棄する。クラス内…あるいは、学年全体で愛花をいじめることは暗黙の了解になっていた節があった。私もおかしいとは思ってたのよ。アンタのことを何も知らないはずの子達まで、アンタが悪だと信じて疑いもしなかった」
「え。私の他クラスへの認識ってそんな感じだったの?」
「そうよ。実害がなかったから気にも止めてなかったでしょうけど、私のいたクラスでも『愛花はかわいい姫咲さんに嫉妬して虐めまくってる最悪の女の子』、って認識だった。その話を聞く度に笑い飛ばして誤解をとこうと説明したりしたんだけど…次の日には『あの会話はなんだったのか?』と思うくらいは、毎回元通りになってたの。あまりにも堂々巡りだから、説得は諦めたわよ」
「おう、マジか」
「マジもマジよ。…でも、これで幾つかの仮説がたったわね」
そう言って、お姉ちゃんと私が書き出した項目は、
"姫咲 桃菜は転生特典として《魅了》を持っている"
"《魅了》の効果範囲はゲームに登場するモブを含めたキャラ→今のところ同学年のみ?"
"《魅了》の効果を無くすにはゲームに無関係の人間からの強い説得を受けること"
この3つである。
「転生特典…ねえ。こっちも一応転生者なんだから、何か1つくらいあってもいいようなもんですけどねー」
「あら、私は貰ってるわよ。見てみなさいな。この輝かんばかりの美貌を!」
「あーはいはい。それは良かったですねえ、お姉様ー」
「まあ、冗談という名の本音100%は置いといて」
「それは最早ただの本音じゃん」
「もう少し後で言おうと思ってたんだけど…私さ。高校になったら交換留学したいのよね」
お姉ちゃんの突然の告白に、私は驚いて目をパチクリとさせた。
私たちの通う学校には、マンモス校らしく、交換留学制度というものがある。姉妹校提携している海外からの生徒とこちらの生徒を3年間、交換学習させるというものだ。
もちろん、留学するには面接やテストもあり、それに合格できなければ留学することは出来ない。
能力があれば3年後の高校卒業後も、本人の願いしだいでは、そのまま向こうの大学に入学することも出来、就職も可能にしている卒業生たちもいるそうだ
「今の体はさ。前世と違って、何のアレルギーも無いし、気管支も弱くない…だから私。ずっとやりたかったことを今世ではしようと思ってるの」
そんなお姉ちゃんの言葉を聞いて。私は「ああ…そうだったね」と、前世の姉の事を思い出した。
お姉ちゃんは、体の弱い人だった。頭も良く、有名私立校に通っていたが、クーラーのホコリが原因で気管支炎を起こし、転向を余儀なくされた。
アレルギーもあった為、動物関係の仕事につきたかったそうだか、それも体の為に断念した程だ
「海外に行って、交友関係広げて、色々な仕事ができるように選択肢を拡げて…その為に、向こうに行きたいの。今度は、そんな可能性がもてる体に生まれてきたからね」
「幸い、英語は今世両親の教育方針のおかげで日常会話なら普通にできるしね」と。そう言って笑うお姉ちゃんは、本当に嬉しそうで、美しかった。
前世からの姉妹であるお姉ちゃんがそう決めたのなら。私がすることは、決められている
「よし!行ってこいやってこい!…ん?頭パッパラパーの淫乱ピンク?あはは!大丈夫、大丈夫。なんとかなる…気がする!」
「おおう、全く安心できない言葉ね。…ま、だけど。そう言ってくれて、ありがと」
──そういった会話をした、3年後。
見事、お姉ちゃんは留学テスト・面談に合格し。晴れて彼女は、海外留学へと旅立って行った。
…そして、現在。高校入学式の当日。
「──っきゃ!」
「おっ…と、すまねぇ。大丈夫か?」
桜舞い散る高等部正門前で。
姫咲桃菜の言う、"乙女ゲーム"なるものが開始された